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SGS227 統治を始める

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


「信じられないという顔をしてるわね。でも悪いけど、あたしも自分が言ってることが正しいと証明できないのよねぇ……」


 あと8年しか生きられないと信玄に言ってしまったことを少し後悔した。だが一度口にした言葉は取り返しがつかない。あたしのことを信じさせるには……。


「あと8年かどうかは証明できないけど、キュア魔法で病気や怪我を治せることは証明できるわよ」


「どのようにして証すのじゃ?」


「そうねぇ……。今朝の戦いで酷い手傷を負った者が三人出たの。実はね、怪我をした者たちにこっそりとキュア魔法を掛けておいたのよ。重症でも数日で治るはずだから、今ごろは傷が塞がって少しくらいなら動けるくらいまで回復しているはずよ」


 それを聞いていたノブハルが口を開いた。


「お屋形様、たしかに今朝の戦いで深手の者が三人おり申した。助かる見込みはなく、その後の戦に連れて行っても邪魔になるだけでござった。それゆえ、その場に置いて行こうとしたのでござるが、姫様が連れていくと申されて……。三人の優れた武者の命が助かり申した。姫様のおかげでござりまする」


 ノブハルがあたしに向かって頭を下げた。


「それで、その者たちの傷の具合はどうなのだ?」


「はて……、昼過ぎに見舞ったときは三人とも眠っておったので分りませぬ。それがしが今一度見に行き……。いや、それよりも寅之助とらのすけをここへ呼んで話を聞いた方が早うござるな」


「寅之助とは?」


「兄弟二人で今朝の突撃に加わった武者でござる。弟思いの者で、昼間も深手を負った弟に付いて看病をしており申した。傷の治り具合も見ておるはず……」


 隣の部屋で待機していたカエデがすぐに呼びに行った。10分ほどでトラノスケを部屋に連れてきた。いきなり信玄の前に呼び出されて驚いているようだ。


「それで、そちの弟の傷はどうなのだ? 命に差し障りがあるのか?」


「弟は槍で太腿を深く刺されて、血が噴き出しておりました。拙者も弟の傷を見たときは助からぬと思うており申した。しかしながら、不思議でござるが今は深い傷が見事に塞がり、話ができるまでに回復いたしました。痛みはまだ少し残っておるようでござりますが、動くこともできるようで……」


「寅之助、たしかそちも頭に傷を負うておったはずじゃが……」


「それが、拙者の傷も治りまして……。まことに不思議でござります」


「分かった。ご苦労であった。下がってよいぞ」


 トラノスケが部屋を出ていくと、信玄が口を開いた。


「まことのようじゃな。そなたの妖術で傷が治ったというのは……」


「父上もキュア魔法で治療してみる気になった?」


「うむむ……」


「まだ迷ってるの? 意外に慎重なのね。じゃあ、ノブハル、先にあなたにキュア魔法を掛けてあげるわ。あなたにも長生きしてほしいからね」


「そ、それがしで、ござるか……?」


 戦場で敵を倒してその頭を斬り落とすのに何の躊躇いも無いくせに、キュア魔法を怖がっているのが可笑しかった。


「そうじゃ、美濃守。まずは、そちが試してみよ」


「はっ! お屋形様の命とあれば……」


 信玄に頭を下げているノブハルに対して、遠慮なくキュア魔法の呪文を唱えた。


「もう終わったので? 何ともござらぬな……」


「何時間かしたら効果が現れるわ。肩凝りや頭痛が和らいだりね。じゃあ、今度は父上よ」


 返事を待たずにキュア魔法を掛けた。


「たしかに……。何ともないな……」


「これで寿命が延びるわよ。年を取って体や頭の働きが弱ってくるのは防げないけど、キュア魔法を掛ければ病や傷は治るからね」


 実はあたしが言ったことは正確ではない。内臓深くにある病や傷をキュア魔法で治療するためには〈500〉以上の魔力が必要だ。今のあたしは魔力が半減しているから、内臓の浅いところにある病や傷までしか治療できないのだ。


 もし信玄の病が内臓の深いところにあったら、今のキュア魔法では治療できていないことになる。悔しいが、今のあたしではこれが限界だ。ケイがこちらへ来たときにヒール魔法で信玄を治療してもらうのが一番確実だろう。


 それでもキュア魔法は信玄があたしたちを裏切らないようにするための切り札であることは間違いない。多少ハッタリが混じることになるが、ここは強気で言っておくべきだ。


「キュア魔法を掛けたから今罹っている病は治るけど、これから先も病にはいつ罹るか分からないわよ。だから、キュア魔法は定期的に掛けた方が良いと思うの。父上の体は大切だからね。3か月か4か月に一度は会うようにしましょ」


「おお、承知した。戦の折に会うこともあろうが、まずは甲斐のわしの館に訪ねてまいれ」


「いいけど、面倒な行事には出ないからね」


「そこまで言うなら仕方あるまい……」


 信玄たちとの話し合いは終わった。翌朝の論功行賞であたしとノブハルには信玄から領地が与えられ、あたしは深志城の城主となった。


 その後すぐに白雲に乗って一人でマリシィたちが待っている砦へ向かった。ノブハルとその部下たちも深志城へ向かうはずだ。ノブハルとは明日の朝に深志城で落ち合う約束をしている。


 ………………


 夕方に砦に着いた。


 あたしが真っ赤な鎧を纏い猛々しい白馬に乗って帰ってきたので、砦の門のところで警護をしていたマサヒデたちは驚いていた。


 砦はあたしが留守にしていた間に、防御壁として築いていた高さ2モラの石塀が高さ5モラの城壁に変わっていた。マサヒデに尋ねると、あたしが出掛けた翌日の朝にこんな立派な城壁に変わっていて驚いたそうだ。おそらくマリシィが夜の間に魔法で作り上げたのだろう。


 マサヒデに白雲の世話を頼んで門から中に入ると砦の中の建物も増えていた。レングランにあったような3階建ての石造りの家だ。


 建物に入ったが誰もいなかった。マリシィたちは亜空間に入っている期間だ。仕方が無いから、一人で夕食を取って寝ることにした。


 ………………


 翌日の朝、ノブハルとの約束どおり深志城に向かった。城門は開いていて、白雲で乗り付けるとノブハルが走り出て来て跪いた。


「お待ちしており申した。姫様、そのままで。白雲に乗ったままお進みくだされ」


 白雲から下りようとしたあたしを制し、ノブハルは白雲にあたしを乗せたままくつわを取って城門から建物の玄関までの道を進んだ。その道の両側には家臣たちが跪いている。


 本当にここまでしてもらっていいのだろうか。たぶんノブハルが考えて指示した演出だろう。家臣たちに新たな城主の権威を見せつけるのが狙いだと思う。


 照れ臭かったが、正直言うと、ちょっとだけ気分が良かった。


 ノブハルが城内の広間に主だった家臣を集めて今回の論功行賞の結果を説明し、家臣を代表して新たに深志城の城主となったあたしに忠誠を誓った。


「では、羅麗姫様からお言葉を頂戴する。この領地を如何に治めるのかお話しくださるそうじゃ。皆の者、神妙に承るがよい」


 ノブハルが言うと家臣たちは「ハハーッ」と声を揃えて一斉に頭を下げた。家臣たちは板の間に胡坐を掻いて座っていて、あたしは一段上の板の間に置かれた低い腰掛けに座っている。


 実は前夜に念話でケイたちと相談して、あたしが治めることになった領地の統治方針を決めていた。話すべきことは決まっているのだ。


「この深志城の城主となったラウラです。よろしく。さっそくですが、あたしの統治方針を話します。

 まず一つ目はこの領地を豊かにして人々の暮らしを良くすることです。そのために産業を育成していきます。基本となる農業はもちろんですが、ほかにどのような産業を伸ばすかはこれから研究します。それと並行して、暮らしを良くするためには土地の開墾や治水、道の整備などを進めていかねばなりません。

 二つ目はこの領地で人々が安心して暮らしていけるようにすることです。そのためには外敵からこの領地を守ることと、領地の中の治安を良くすることが必要です。何をすれば罪になって罰せられるのか、それが分かるような法を整備します。さらに、領地と法を守らせるための領地防衛隊を整備します。

 そして三つ目はこの領地で人の育成に力を注ぐということです。暮らしを良くするにも、産業を興して育てていくためにも、領地を守り治安を良くするためにも、その基となるのは人です。優秀な人を見出して、育て上げ、その人を活かすということはもちろんですが、それだけでなく、行く行くは普通の民の教育にも力を入れるつもりです。

 暮らしを良くすることも、産業の育成も、治安の改善も、人の育成も、どれも簡単ではありません。時間が掛かります。でも、それを続ければ必ず良い結果が出るはずです……」


 そこまで話して家臣たちの顔を見渡した。みんな、ぼんやりした顔をしている。あたしが言ってることが分かっていないのだろう。


 実は、この統治方針の基になっているのは以前にケイが考え出したアーロ村の統治方針だ。あたしだって、アーロ村でケイからこの話を最初に聞いたとき、何を言ってるのかよく分からなかった。


 あたしや村長たちが十分に理解してないことが分かると、ケイは一生懸命に説明してくれた。アーロ村の村長や長老たちと議論して、彼らもようやくそれを理解し、今では統治方針に沿った取り組みを始めている。


 でも、ここはアーロ村ではない。アーロ村よりも統治はずっと難しいと思う。アーロ村には魔獣狩りで得られる大魔石という特産品があるし、これまでに蓄積してきた大魔石を売れば莫大なお金になる。それに魔力泉からは有り余るほどの魔力が尽きることなく湧き出ている。それに比べると、この領地にはこれといった特産品も無いし、お金も魔力も無い。さらに、人の数はアーロ村よりもずっと多いだろうし、広さも全然違う。ここの統治の方が何倍も何十倍も難しいだろう。


 それが分かっていても、ここを統治して安住できる地にしていくしかないのだ。マリシィや子供たちがこの地で安心して暮らしていけるようにするために。


 だから、まずは目の前にいる人たちが理解して自ら取り組みを開始するまで話し続けるしかない。


「今お話しした統治方針を具体的な実行計画にして前に進めるためには、それらを率先して進めていく指導者が必要になります。それを、この場にいるあなたたちにお願いしたいのです。

 そのためにまず、この城の部署を見直して人の配置を新たに決めます。そして、あなたたち一人ひとりに具体的な役割を割り当てます。

 でも、ここにいる人たちだけでは足りないでしょう。そのために現場ですぐに力を発揮できる人を捜し出すことも始めます。

 具体的な統治施策や実行計画はノブハルと相談します。あなた方はノブハルの指示に沿って動いてください。

 今あたしが話したことは簡単なことではありません。すぐには理解できないと思いますが、みなさん一人ひとりが理解して行動に移せるようになるまで、何度でも説明し議論を重ねます」


 ここで、また言葉を切って、あたしはノブハルに顔を向けた。


「ノブハル、まずはあなたと話し合いをします。あなたが理解できるまでね」


 ノブハルも完全には理解していないと思うが、あたしの気持ちは伝わったようだ。


「この馬場美濃守信春、しかと承り申した」


 ノブハルは跪いて頭を下げた。それに続いて全員が同じように頭を下げた。ノブハルたちが顔を上げるのを待って、あたしは話を続けた。


「みなさんも既に知っていると思いますが、あたしは友人たちと一緒にこの深志城の北西にある低い山の上に砦を築きました。普段はその砦の中であたしは生活をします。でも、領地の運営はこの深志城が中心となります。その実務は家老のノブハルを筆頭としてあなた方に任せます。あたしは時々この深志城に来て方針どおりに進んでいるか確認をして、正すべきところがあれば指示を出します。いいですね?」


「ははーっ」


 全員が頭を下げた。ここにいる男たちがあたしの話を理解したかどうかは別として、ともかく言うべきことは言った。


 さて、これからノブハルと相談だ。領地の統治について決めなきゃいけないことが色々ある。マラン一族のことも気になるからカエデから聞き出さなきゃいけないし……。


 それにしても、あたしが城主になるなんてねぇ。夢じゃないかしら。


 いや、今はぼーっとしてるときじゃない。ああ、忙しい。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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