SGS226 領地を得る
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
信玄はあたしとの約束を守って領地を提供してくれるらしいが……。
「その場所はどこなの?」
「それはな……、深志城とその一帯じゃ。そなたには梓川より南の筑摩野を領地として与える。これまで深志城は馬場美濃守が城代をしておったが、これを羅麗姫の居城とし、美濃守はそのまま残して家老といたす」
チクマノと言われても全然分からないが、深志城とその一帯ということであれば都合が良い。マリシィたちの砦や隠れ家がそのまま使えるからだ。だけど、あたしが深志城をもらうということは……。
「それではノブハルが気の毒よ。ノブハルは今まで深志城で城代をしてたのよ。その城の城主があたしになって、ノブハルはあたしの家来になるってことでしょ? 格下げってことよね!?」
「いや、その心配は無用じゃ。美濃守にも恩賞を遣わす。美濃守と一族の者は梓川より北の安曇平を領地として治めよ。森城を拠点とするのだ。ただし、美濃守は深志城の家老も兼ねることとする。森城の政務は一族の者に任せて、美濃守自身は深志城に出仕することを常といたせ。羅麗姫を支える家老として深志城で政務を執るのじゃ」
どうやら信玄はあたしだけでなく、ノブハルにも気前よく領地を与えてくれるようだ。信玄が言ってることは完全には理解できなかったが、あたしにノブハルを付けて面倒な領地の統治もやらせてくれるらしい。あたしはそれを喜んで受け入れることにした。
でも、信玄たちとの会合が終わった後でケイたちと念話で話をして、ようやく信玄のしたたかさが分かってきた。
コタローが言うには、信玄があたしに与えてくれた領地は松本盆地の南半分だそうだ。北半分はノブハルに与えた。その境界線は梓川という松本盆地を横切って流れる川だと言う。
あたしはノブハルが家老として残ってくれたから喜んでいたが、ケイやユウが言うには、ノブハルはあたしが不穏な動きをしないか見張る監視役を兼ねているそうだ。
そして、もしあたしが不穏な動きをすれば、ノブハルはすぐに隣にある自分の領地から兵を出動させて鎮圧に掛かるだろう。それが信玄の考えだとケイたちは語ってくれた。
それくらいの用心は戦国大名としては当然のことだそうだ。だから、あまり信玄やノブハルを信じ過ぎない方が良い。油断すると危ないとケイに言われてしまった。
その忠告を頭に入れて行動するようにしよう。でも、何とかなりそうな気がするが、自信過剰だろうか。
話を信玄との会合に戻そう。信玄から領地を得ることはできたが、まだ、こちらから言うことが残っているのだ。
信玄はノブハルを相手にあたしに与えた領地の経営や家臣の配置のことを話し合っていた。その話が一段落したところを見計らって、あたしは話を切り出した。
「ところで、父上。言っておかなきゃいけないことがあるのよ」
「何だ?」
警戒するような目で信玄はギロッとあたしを睨んだ。
「明々後日から2日間、天界へ帰るわ。実はね、5日ごとに2日間は必ず天界に帰らなきゃいけないのよ」
あたしが定期的に亜空間に入ってしまうことについて、本当のことを説明しても信玄たちは理解できないだろう。それに亜空間に入ったときには信玄たちからは姿が見えない状態で自由に動けるが、そのことは秘密にしておきたい。だから、信玄とノブハルには天界へ帰ると言ったのだ。二人ともあたしのことを天界から下りてきた女天狗だと思い込んでいるから、その誤解を利用させてもらった。
「それは具合が悪いのぉ……。そなたを甲斐に連れ戻り戦勝の祝いをせねばならぬし、そなたのことを家の者どもにも会わせておきたい。甲斐に戻れば様々な行事があるのじゃが……」
「嫌よ。あたしはそんな面倒なことには参加しないから。それに、天界には必ず帰らないといけないの。あたしの意志にかかわらず、帰る時間が来たら強制的に連れ戻されるのよ。もし人前でそんなことになれば、あたしの体が消えていくのを見られることになるわよ。それでもいいの?」
「いや、それは困る。そんなことになれば、そなたを物の怪と思う者が出てくるぞ。そうなれば、そなたを我が娘と申したわしが笑われることになる」
信玄は頭を抱えた。本当に困っているようだ。
「お屋形様。姫様を甲斐に連れ帰るのはお止めなされませ。姫様を深志城に出向かせて領地経営に専念させることにいたしたと、ここはさようになされた方がよろしいのでは?」
「うむむむ……。止むを得まい。美濃守の申すように進めるしかなかろう。明朝、一番槍で輝虎を討ち取った羅麗姫と美濃守の論功行賞を特別に催すことといたす。その場で羅麗姫には直ちに深志城に出向くよう命じるつもりじゃ。美濃守の補佐を受けながら領地経営に専念して、領主としての品格と手腕を身に付けよとな。これでどうじゃ?」
信玄が問い掛けると、ノブハルは大きく頷いた。
「姫様にはこれまで武勇の修行ばかりで、領主としての修行をさせておりませなんだ。それは姫様の養育を承っておったそれがしの責任でござるな。お屋形様はそれに気付かれて、急遽、姫様を領地に帰らせ、それがしに補佐をさせることとした……。そういうことでござるな。まことにけっこうかと存じまする」
信玄とノブハルはお互いに分かったような顔をしてニヤリと笑い、頷き合った。
あたしは領地をもらえるなら、その筋立てはどうでもいい。できれば円満に信玄との間で事を運びたいだけだ。
「羅麗よ、当分は深志城で領地経営の修行をしておれ。ただし、戦の折にはそなたの力添えが必要になるやもしれぬ。そのときは呼び出すゆえ、常に戦支度は整えておくのじゃ」
「了解よ。でも、天界に帰っている間は連絡ができないから、ノブハルに伝言しておいて」
これからもずっと信玄は死ぬまで戦い続けることになるのだ。戦国時代なのだから仕方がないことだと以前にケイから言われた。あたしやマリシィたちはこの戦国時代に転移して来てしまったのだから、今は信玄を後ろ盾にしながらこの時代を生き抜いていくしかない。
そうだ……。ちょうど良い機会だから、以前にケイと相談していたことを信玄に言ってみよう。
「ところでね、父上。体にキュア魔法を掛けてあげる。いいわよね?」
唐突だが、信玄に申し出てみた。信玄にキュア魔法を施すことはケイたちと相談して計画していたことだった。その理由の一つは信玄の命を伸ばそうということだ。
コタローが言うには、歴史上では信玄は1573年に死んだらしい。今が1564年だから、あと10年もない。信玄は信長討伐の途上で吐血して死んだそうだ。病死のようだが死因ははっきりしていないとコタローは言っていた。
だが、信玄にはもっと長生きしてもらわないと困る。マリシィたちがこの世界で生き抜いていくだけの力を持つまで、協力者として支えてほしいからだ。
それと信玄にキュア魔法を施すことにはもう一つの理由がある。キュア魔法は信玄があたしたちを裏切らないようにするための切り札となるからだ。定期的にキュア魔法を掛けることで健康を取り戻し寿命を延ばせることが分かれば、信玄はあたしやマリシィを絶対に必要とするし、大切に扱ってくれるはずだ。
あたしやマリシィが領国を安定化させて豊かで強い国にすれば、もしかすると信玄はあたしやマリシィを恐れて滅ぼそうとしてくるかもしれない。でも、キュア魔法という信玄の寿命を握るカギを持っていれば、それができなくなるだろう。
だが、あたしの言葉に信玄はポカンとした顔をしている。
「きゅあ魔法とな?」
「ええ。病気や怪我を治す魔法よ」
「さような妖術は要らぬ。わしは体を鍛えてあるからな」
「何を言ってるの! 今のままでは、あなたは10年も生きられないわよ。病で血を吐いて死ぬことになるわ」
それを聞いた信玄もノブハルも青くなった。
「姫っ! 口を慎みなされっ!」
怖い顔をしてノブハルがあたしを睨んだ。
「でも、本当のことよ。あたしには父上のことが少しだけなら分かるのよ」
「そなたは……、わしの寿命が分かるのか……?」
「寿命と言うより、今のまま何もしなければいつまで生きるか分かるだけよ」
「ま、まことか!? で、わしはいつまで生きるのじゃ?」
「今のままなら、あと8年ほどね」
「……」
信玄もノブハルも不審げな顔をしている。
これは困った。どうやって信じさせようか……。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




