SGS225 疾きこと風の如し
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
輝虎の斬撃が迫る。バリアで弾くのが手っ取り早いが、味方の騎馬武者たちに見られている。仕方ないから輝虎の刀をかわしながらバリア破壊の呪文を唱えた。一発で輝虎のバリアが消えた。
「ビシャモンテンの庇護は消えたわよ。分かってる?」
あたしの問い掛けを理解したかどうか分からないが、輝虎は何かを恐れるように刀を振るっている。上から、下から、横からと、手を止めることなく刀を打ち込んでくる。あたしはそれをギリギリの間合いでかわしていく。
「そろそろ終わりにするわよ」
隙を見つけて右脚で輝虎の胸に蹴りを入れた。輝虎は10モラほどぶっ飛んで、陣幕の中に包まれて見えなくなった。「ぐきっ」という嫌な音がしたから、その後ろにあった馬防柵に激突したのだろう。
「わしが輝虎の首を取っても構わぬか?」
「ノブハルの好きにして」
戦国時代の日本では倒した相手の頭を切り離して、それを持ち帰って戦果の証拠にするらしい。世界が変われば、ずいぶん風習も変わるものだ。あたしは気持ち悪くて、そんな野蛮な真似はできないが。
それより気になるのはソウルオーブだ。
陣幕の内側に入って、樹の根元近くに倒れていた忍びの者に近付いた。探知魔法に反応が無い。死んでいるのだ。
以前、カエデが着ていたのと同じような黒い衣装を身に着けて覆面をしていた。それを剥ぎ取ると、中年の男の顔が現れた。
調べると、ソウルオーブを1個と魔石を1個持っていた。魔石は魔力の補充用だろう。ほかにはめぼしいものは無かった。
そのとき陣幕の外から歓声が上がった。
「輝虎の首を取ったぞーっ! 上杉輝虎の首じゃぁーーっ!」
「馬場美濃守様が輝虎を討ち取りなされたーっ!」
「「「おおぉぉーーっ!」」」
陣幕の外に出ると、味方の武者たちがノブハルの周りに集まって喜び合っていた。
「おお、姫様じゃっ!」
「おめでとうござりまする!」
「我らの勝ちじゃっ! 羅麗姫様が上杉を倒したのでござるぞ!」
「皆の者っ! 今こそ勝ち鬨を上げるのじゃーっ! えい! えい!」
「「「「「おーっ!」」」」」
武者たちはノブハルの音頭で手に持った槍や刀を高々と上げた。輝虎を倒せるとは誰も思ってなかったのだろう。みんな嬉しそうに手を取り合ったり肩を叩き合ったりしている。
あたしは輝虎の亡骸を調べた。頭が無い死体は気持ち悪かったが、仕方ない。調べると、輝虎もソウルオーブを1個と魔石を1個持っていたからすべて没収した。
「あたしたちの役目は終わったわ。引き上げましょう」
「分かり申した。皆の者、引き上げるぞっ!」
ノブハルの声で全員が馬に乗り、白雲を先頭に走り始めた。
………………
途中、何度か敗走する敵軍や攻め込む味方の軍勢と擦れ違った。敵軍はこちらの騎馬隊を見つけても、少しでも遠ざかろうとして逃げるばかりで、反撃しようとしてくる敵軍はなかった。
武田側の支配地域に入り、厩がある馬場まで戻ってくると、陣幕が張ってあった。朝は無かったから、あたしたちが出発した後で陣幕を張ったのだろう。
聞くと、この中で信玄が指揮を取っているらしい。
白雲を下りて、ノブハルと一緒に陣幕の中に入っていくと、あたしを見つけた信玄が立ち上がった。敷物の上に座っていた側近たちも身を乗り出すようにしてこちらを見ている。
「ご苦労じゃった。して、戦果は?」
「お屋形様、輝虎の首でございまする」
ノブハルが手に持った物を信玄の前に置いた。布に包まれた輝虎の頭だ。布は血で赤く染まっている。
「なっ、なんとっ! 輝虎の首じゃとっ?」
信玄は驚いた拍子にどかっと低い椅子に腰を落とした。輝虎の首と聞いて周りの側近たちもどよめいた。
ノブハルが布を解くと、輝虎の頭が現れた。
「「「「「おおっ!」」」」」
信玄や側近たちが驚嘆の声を上げた。
「これが輝虎か? 誰ぞ、輝虎を検分できる者はおるか?」
顔を識別できる者が呼ばれて輝虎に間違いないことが分かると、信玄が声を掛けてきた。
「羅麗姫、それに美濃守、よくぞいたした。長年争ってきた輝虎を我が騎馬隊を率いてこうも素早く討ち取るとは、実にあっ晴れじゃ」
そこで一旦言葉を切って、信玄はじっと輝虎の頭を見つめた。
「輝虎はわしの宿年の敵であったが、首になってしまえば哀れよの……」
信玄は目を閉じて顔を天に向けた。これまでの長い争いに思いを馳せ、輝虎の魂魄に祈りを捧げているのかもしれない。
やがて目を開けて、穏やかな瞳をあたしに向けた。
「疾きこと風の如し……。まさに羅麗姫、そなたのことよな」
なんて答えようか……。そう思っていると、「まさに、さようでござる」とノブハルが声を上げた。
「姫様が白雲を駆って敵陣に突進する様はまさに鬼神のごとくでござった。恐れをなした敵兵どもは逃げ惑い、敵陣は容易に崩れ申した」
「そうか、そうか」
信玄は嬉しそうだ。でも、あたしは喜べなかった。
「父上……。味方の武者を七人も死なせてしまったわ。申し訳ないけど……」
「それで、さような浮かぬ顔をいたしておるのか? そなたはたった七人の犠牲で輝虎を討ち取るという大殊勲を立てたのじゃ。死んだ者には気の毒じゃったが、その家族には十分に報いるとしよう」
「ありがとう……」
「もそっと話を聞きたいが、今は時間が無い。詳しくは今宵、ゆるりと聞くとしよう」
そう言いながら信玄は立ち上がった。
「敵は輝虎を失って総崩れになるはずじゃ。まずは、機を逃さぬうちに上杉勢を追撃するのじゃっ! 味方の軍に輝虎の討ち取りを知らせて、追撃に掛からせよっ!」
側近たちは信玄から細かい命令を受けて、味方の軍にそれを伝えに向かった。
すべての命令を出し終えた信玄はあたしに近付いて来て、ほかの者には聞こえないような小声で呟いた。
「取引きのことは忘れておらぬ。今宵、美濃守と三人で話し合おうぞ」
信玄は丸い目を大きく開いてあたしの顔をまっすぐに見つめている。あたしを騙そうとするような顔ではない。
………………
深夜。城の一室にあたしはいた。信玄が前に座っていて、あたしの隣にはノブハルが座っている。部屋の中には三人だけだ。隣の部屋にはカエデが待機しているが、ほかの護衛や側近たちは遠ざけられていた。
追撃戦は夜まで続き、武田軍は大勝利を得ていた。大将の輝虎を討ち取られて、上杉軍は散り散りになって敗走した。それを武田軍は追撃して、多くの将兵を討ち取ったらしい。
信玄が今朝の突撃のことを聞きたがったので、ノブハルが細かく説明した。
「さようか……。羅麗姫の武勇も凄いが、あの暴れ馬がさような名馬だったとはのぉ……」
信玄が感心しているのは白雲のことだ。馬防柵が簡単に破壊できたことや敵兵が恐れをなして逃げ惑ったのはすべて白雲の突進が速くて勢いがあったからだと、ノブハルがそう説明したのだ。本当はあたしの事前準備と魔力盾や威圧の魔法があったからこれだけの戦果を上げられたのだが、目には見えないからノブハルは白雲が凄いと思ったらしい。
「太郎様がいたく悔しがっておられ申した。白雲がこれほど凄い名馬じゃと分かっておればと、それはもう地団太を踏んで……」
「さようであろうな。太郎のやつの悔しがり様が目に見えるようじゃ」
仲の悪い親子だから、信玄は嫡男が悔しがっていると聞いて面白がっている。
「さて……」
そう言って信玄はあたしに顔を向けた。
「そなたはこれほどの戦果を上げたのだ。正式な論功行賞はあらためて行うが、羅麗姫には約束どおり領地を与えよう」
信玄が一旦言葉を切った。ぎょろっとした目であたしを見つめている。この男は目の奥で何か面白がっているみたいだ。そんな気がした。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




