SGS224 敵本陣へ突入す!
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
馬首を返して見ると、味方は一気に逆転していた。深手を負った敵兵を槍で突き落としたり、地面に倒れた敵兵に馬乗りになったりしている。そこへノブハルたちの一団も加わって、敵兵にとどめを刺していった。
ノブハルは部下に命じて味方の損傷を調べてさせている。
「ノブハル、どうなの?」
「死んだ者が七人。深手を負った者が三人。浅手の者は九人じゃ。傷付いた馬がおるが、敵の馬と入れ替えるゆえ差し障りはござらぬ」
誰も死なせないつもりだったのに……。守り切れなかった……。
味方の様子を眺めると、矢が体に刺さったままで馬にまたがっている者も何人かいる。飛んできた矢は全部かわしたつもりだったが、防ぎきれなかったようだ。
「怪我をした兵士たちはどうするの?」
「浅手の者はまだ戦え申すが、深手の者は無理でござるな。可哀そうじゃがこの場に置いていくしかござらぬ」
「お、お待ちを……。深手の弟をこの場に捨て置くのは不憫でございます。拙者が自分の馬で……」
横からノブハルの部下の一人が口を挟んできた。頭に傷を負ったのか兜を脱いでいた。きりっとした顔の若い武者だ。自分も手傷を負っているが、今は弟のことで必死のようだ。目の色に弟を思う気持ちが現れている。
「寅之助、そちの気持ちは分かるが、その情けは仇となるぞ。戦いの邪魔になるだけじゃっ!」
「待ちなさい、ノブハル。重症の者を置いていったりしないわよ。三人とも連れていくからね。死んだ七人はこの場に残すけど、後でちゃんと葬るわ」
「じゃが、姫様……」
「心配しないで! 重傷者がいても、あたしの後に付いて隊形さえ崩さなければ大丈夫だから。ともかく、あたしに任せなさい。すぐに出発するわよ」
「分かり申した。隊列を整え申す」
ノブハルたちが馬を入れ替えたりして隊列を組み直している間に、怪我をしている者には全員にこっそりとキュアと活性化の魔法を掛けた。重傷者であっても傷が内臓深くまで達していないのであれば数日で完治するはずだ。
問題は矢が刺さったままの者たちだ。矢を抜かなければキュア魔法でも回復しない。その者たちのところに近付いて容赦なく矢を抜いて回った。男たちは悲鳴を上げたり歯を食いしばって我慢したりしていた。痛みでキュアの呪文に気付く余裕もなかっただろう。
隊列を組み直して出発した。重傷者は馬に括り付けて、あたしの指示で列の前方に配置した。魔力盾があるから前の方が安全なのだ。
道に戻ると速度を上げて突進を開始。馬防柵まで200モラほどだ。
「あれが上杉の本陣じゃぁーっ! 輝虎の首を我らが頂戴するぞぉーっ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
馬上から発したノブハルの大音声に味方の意気が揚がった。
途中から多数の矢が飛んできたが魔力盾と風の魔法で防ぎ、そのままの勢いで馬防柵に突っ込んだ。柵は魔力盾の衝撃で前方にぶっ飛んだ。
遂に上杉の本陣に突入した。白雲を先頭に騎馬隊は敵陣の中を凶暴な蛇のように暴れ回った。いたるところ敵兵だらけだ。威圧の魔法を放ち続けると、恐れをなした敵兵たちは逃げ惑う。その敵兵たちを魔力盾で次々と弾き飛ばしていく。
倒れた敵兵も逃げる敵兵もノブハルたちが槍で突いたり叩いたりしながら殺していった。
この本陣には数千人の兵士がいるはずだが、陣の中で暴れ回る騎馬隊に為す術が無いようだ。中には槍を持って正面に立つ者もいたが、魔力盾に弾き飛ばされて一瞬で姿が見えなくなった。
騎馬隊が縦横無尽に暴れ続けると、動く敵兵たちが少なくなってきた。大勢が地面に倒れ伏しているし、生き残った者も散り散りになって遠くへ逃げたのだろう。それを見計らったのか、ノブハルが横に進み出て声を掛けてきた。
「輝虎はあの陣幕の中じゃっ! 姫様、突っ込みましょうぞっ!」
ノブハルが指差す方には、何かの草の図柄が描かれた白い幕が張り巡らされていた。その幕の内側には屋根や何本もの樹木が見えている。
以前にノブハルから聞いた話では、ここには有力武将の館があって、輝虎はその館を寝泊まりに使っているらしい。昨夜あたしが調べに来たときも、ここまで侵入して、輝虎らしい男の姿を見掛けた。
あの陣幕の内側にも実は馬防柵がある。それは昨夜確認済みだ。むやみに突っ込めば、魔力盾があっても白雲や自分も損傷を受けるかもしれない。それで、昨夜侵入したときに陣幕に目印を付けて、その背後の馬防柵に切り込みを入れておいた。
その場所に白雲で回り込もうとしたとき、陣幕の間から鎧に身を固めた男たちが飛び出してきた。輝虎の護衛たちだろうか。十人以上いる。兜は被ってないから顔が見えるが、皆若くて綺麗な顔立ちだ。
「輝虎の小姓どもや馬廻衆じゃっ! 姫、輝虎はすぐ近くにおり申すぞっ」
後ろからノブハルの声だ。陣幕から出てきたのは輝虎の側近らしいが、この者たちに構ってる暇はない。可哀そうだが魔力盾と威圧の魔法で葬ろう。
槍を持って白雲の前に立ち塞がった数人を魔力盾で弾き飛ばした。残りの男たちも槍や刀を構えていたが、あっけなくノブハルたちに倒されていった。威圧を受けながらも逃げずに踏みとどまったのは、さすが輝虎の側近たちだ。
陣幕の間から男が一人出てきた。黒い鎧を纏い、頭にも黒い布を巻き着けている。刀を手にして、鋭い眼差しであたしを睨んでいる。昨日も見掛けたが、おそらくこの男が輝虎だ。
その姿を見て、あたしの後ろでノブハルたちも馬の脚を止めた。
「輝虎じゃろう。姫、どうなさる?」
「あなたたちは、ここで見ていて」
魔力剣をこっそり消して白雲から下りた。輝虎と話をするつもりだ。
輝虎の前まで歩いていく。
「あなたが輝虎ね?」
「そちは誰だ? おなごのようだが……」
輝虎は自分の実名を呼ばれてムッとしているようだ。この戦国時代では実名は諱と言って、身分の高い者を実名で呼ぶのは失礼に当たるらしい。だが輝虎は信玄やあたしの敵だ。失礼も何もあったものではない。敵は呼び捨てだ。
「あたしはラウラ。武田信玄の娘……、と言っておくわ」
「信玄の娘だと? そちのような娘武者がおるなど聞いたことが無いが……」
「あたしとこの騎馬隊で上杉の陣形はズタズタに崩したわ。輝虎、あなたの負けよ。降伏しなさい。武田の全軍が押し寄せて来てるから、ここで降伏しなければ上杉軍は全滅するわよ」
「わしに降伏を勧めるのか?」
「そうよ。降伏すれば、少なくともあなたの配下の兵士たちは大勢が助かるわ。逆に降伏しなければ、追撃戦で大勢が死ぬことになるのよ」
「ふふふふっ……。わしが敵の女武将から降伏を勧められるとはな……。生きてみるものよな」
「降伏するの?」
「断るっ!」
「では、戦うってことね」
「わしと戦ってみるか? 毘沙門天の功力を思い知ることになるぞ!」
「ビシャモンテンのクリキ? 何なの、それ?」
輝虎が言ってる意味は分からないが、あたしなりに分かっていることがある。輝虎がソウルオーブを装着していることだ。探知魔法で見ると、輝虎の魔力が〈10〉もある。
こっちの世界では魔力が半減するからソウルオーブの魔力は〈5〉になるはずだ。だが輝虎の魔力が〈10〉もあるということは、輝虎自身のソウルが魔力〈5〉で、それにソウルーブの〈5〉が加わっているということだ。
こっちの世界では人族の魔力は〈1〉の半分ほどだ。それが10倍の〈5〉もあるということは、普通は考えられない。でも実際に輝虎の魔力はソウルオーブと合わせて〈10〉なのだ。もしかすると、本当にビシャモンテンのクリキなどという不可思議な力があるのだろうか……。
探知魔法でもう一つ分かっていることがある。陣幕の内側に隠れていて姿は見えないが、輝虎と同じようにソウルオーブを装着した者がもう一人いる。その者も魔力が〈10〉だ。
「功力はな、わしと戦ってみれば分かる。じゃが、そのときはそちの命は無いやもしれぬがな。ふふふふっ……」
輝虎は笑い声を上げながら、腕を振って何かの合図をした。
その直後、あたしに向かって火球が飛んできた。すぐに魔力盾で防ぐ。火球は見えない盾に当たり、弾けて消えた。敵が放ってきたのは火砲の魔法だ。陣幕の内側にある樹の上から撃ち出されたようだ。
「なんとっ!? あの火砲を……、弾いたのか……」
輝虎は呆けたような顔をしている。よほど驚いたようだ。あたしの後ろにいた騎馬隊の武者や馬たちもざわついている。
「そちも……、魔乱一族の者なのか? 魔乱信志郎の配下だな?」
マラン一族とその頭領のシンシロウについては以前に信玄から聞いていた。ソウルオーブを装着して魔法を使う忍者の一団で、カエデもその一族の者だ。
どうやら輝虎もマランの者を雇っているようだ。それだけでなく、輝虎自身がソウルオーブも入手して装着しているらしい。
「違う。あたしはマラン一族ではない」
そう返事をして、すぐに呪文を唱えた。風刃の魔法だ。目には見えないが魔力が〈100〉以上あれば風刃を誘導できる。狙ったのは樹の上にいる忍者だ。
風刃は20モラほどを飛んで、樹の枝に足を掛けていた忍者に命中した。ドサリと音を立てて忍者は地面に落下した。生きていてもかなりの重症のはずだ。
「あなたを守っていた忍びの者は樹から落ちたみたいよ。これであなたを守る者はいなくなったけど、まだ戦うの? 無理しないで降伏しなさい」
「何を申す。わしには毘沙門天が付いておる。その庇護があるのじゃっ!」
そう叫びながら輝虎は手に持った刀で斬り掛かってきた。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




