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SGS223 敵中を疾駆する

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 昨日と同じように朝霧が出ている。少し風があるから陽が高くなる前にこの霧は晴れるだろう。今の自分たちにとって好都合だ。この霧は姿を隠してくれる。


 信玄は姿を見せなかった。もしかすると、あたしたちの出陣を山の上の物見台から眺めているのかもしれない。朝霧のせいで信玄から見えるかどうか分からないが、手を掲げて出発の合図をした。


「行くよっ!」


 声を上げて、馬場から田畑の中の狭い道に出て白雲を走らせ始めた。先頭は自分が乗っている白雲で、後ろには三十騎の騎兵が地面を揺らしながら続く。


 黄金色に実った稲の間の小道を駆け抜けてしばらく進んだ。武田側の支配地から出ると荒れ地が目立つようになってきた。どの田畑も無残に踏み荒らされていて、稲は乱雑に刈り取られている。ここが戦場であることを物語っていた。


 既に必要な呪文は唱えていた。バリアや筋力強化、敏捷強化の魔法はいつも自分に掛かっているから唱え直す必要は無い。発動したのは魔力盾だ。できればバリアで騎馬隊全員を守りたいが、今の自分の魔力ではそれができない。その代わりが魔力盾なのだ。


 魔力盾の原理はバリアと同じだ。ただし、全身を包むのではなく、手を突き出した方向に張り出して使う。盾として攻撃を防ぐだけでなく、戦いの場ではもっと効果的な使い方があった。それがバドゥ(巨象)や馬に乗っての突進だ。魔力盾を進行方向に張り出しながら突進すると、その勢いのまま前面の障害物を弾き飛ばして進むことができるのだ。


 魔力盾は左手から発動している。目には見えないが常に前方5モラに5モラ四方の魔力盾が張り出されているはずだ。


 既に上杉の支配地に入った。何人もの敵兵らしき人影が見える。だが、疾駆する騎馬隊の速さに手出しができないのか、ただ見送るだけだ。


 手綱からは両手を放していて、自分の下半身だけで白雲を操っている。


 あたしは右手で信玄からもらった刀を持ち、それを振りかざした。別にこの刀で敵を斬ろうとしているのではない。これはただ恰好を付けてるだけだ。本当に使うのは刀ではなく、刀を持っている右手の指だ。人差し指は刀の柄を握るのには使わず、魔法を発動するのに使うのだ。


 それは威圧の魔法だ。範囲魔法だから敵の一団に目掛けて放つと、敵兵は逃げ出したり戦闘不能になってその場で蹲ったりした。この付近にいる敵の小隊はおそらく上杉側の巡視隊か斥候隊だろう。


 上杉の支配地に入ってしばらく走ると、前方に馬防柵ばぼうさくが見えてきた。騎馬隊の突進を防ぐための木組みの頑丈な柵だ。その柵は道を塞いでいるだけでなく左右にずっと続いている。


 柵の反対側には弓を構えた多数の敵兵が見えた。柵の向こうが敵の陣地だ。白雲と後に続く騎馬隊は地面を揺らしながら敵陣目掛けて疾走しているが、まだ威圧の魔法が届く距離ではない。


 馬防柵へ100モラ、70モラと迫っていく。50モラほどのところで敵が矢を放ってきた。何十本もの矢が真正面と斜め前方から鋭い矢音とともに襲い掛かってくる。


 右手に持った刀を左右に振りながら斜め前方に向けて何度も呪文を唱えた。風の魔法だ。疾風の範囲魔法を次々と巻き起こした。斜め前方からの矢が逸れていく。真正面からの矢は魔力盾で弾き飛ばした。


 白雲は勢いを殺さないまま馬防柵を目掛けて突進した。あたしを完全に信頼してくれている。


 魔力盾が激突。馬防柵が前方にぶっ飛んだ。


 衝撃の大半は魔力盾が吸収してくれる。これもバリアと同じ仕様だ。自分も白雲も損傷は受けてない。


 地面に強固に固定された馬防柵が簡単に壊れたが、それには訳があった。あたしが昨夜のうちに馬防柵に密かに近付いて木組みに切り込みを入れておいたのだ。だから激突してもほとんど抵抗は無かった。その内側にいた敵兵たちも木組みと一緒に消えていた。


 実はここまでの道にも罠が仕掛けられていた。落とし穴や泥濘ぬかるみだ。これも昨夜のうちに魔法で全部埋めておいた。この無謀な突撃を成功させるために、自分なりに手を打っておいたのだ。


 敵の陣地に入った。騎馬隊が突っ込むと右往左往する敵兵たちが多かったが、中には武勇の優れた者たちもいた。槍の穂先をこちらに向けた兵士たちが横一列となり(後で知ったが、これを槍衾やりぶすまというそうだ)、あたしたちの真正面に並んで騎馬隊の突進を阻もうとしたり、弓を構えた兵士たちが後ろから一斉に矢を射かけてきたりしたのだ。


 正面に現れた槍衾の兵士たちは魔力盾で一気に弾き飛ばせるが、後ろから弓兵に射掛けられると防ぎようが無い。むやみに殺したり傷付けたりはしたくないが、弓兵は積極的に倒しておくべきだ。弓隊に向けて白雲を突っ込ませて、魔力盾で次々と兵士たちを弾き飛ばした。


 あたしの後ろにはノブハルとその騎馬隊が馬蹄を響かせながら付いてくる。馬防柵に突進するまでは蛇のように縦に長く伸びた隊形だったが、今は蛇の頭が膨らんでいる。逃げ惑う蛙の群れに襲いかかる獰猛な蛇のように敵陣の中で暴れまわった。


 だが、ここはまだ上杉の本陣ではない。本陣はまだ先だ。道は昨夜のうちに確認済みだ。


 さっきの敵陣を過ぎてしばらく走ると、また次の馬防柵が見えてきた。


「上杉の騎馬隊じゃぁっ!」


 後ろからノブハルの声が聞こえた。見ると、馬防柵の右端の方からこっちに向かって騎馬隊が列をなして駆けてくる。先頭は五騎くらいで、その後ろに数十騎が続いている。横から突進して来て、こちらの隊形を崩す気だ。


 こちらの隊形が崩れてバラバラになったら作戦は失敗する。バラバラになれば各個が敵に囲まれて、ノブハルの騎馬隊は全滅に近い損害を被るだろう。あたしがノブハルの騎馬隊を率いて戦果を上げてこそ武田の軍が勝ったことになる。信玄からはそう言われているのだ。


 ここは敵の騎馬隊を魔力盾で蹴散らそう。


 瞬時にそう判断して白雲の向きを変えた。道を外れて荒れ地に踏み込む。走りにくいが、泥を跳ね上げながら無理やり草の中を駆ける。このまま進むと30秒後には敵の騎馬隊に真正面からぶつかるだろう。


 こちらは蛇のように長く伸びた隊形だが、敵は雨粒のような流線型の隊形だ。


 20モラまで近付けば、威圧の魔法が使える。もうすぐだ。


 だが突然、敵は左右に分かれた。左右の斜め前方からこちらの隊列の真ん中辺りを目掛けて突っ込んでくる。敵はこっちの隊列を分断する気だ。ズタズタに分断して足止めしてしまう作戦だろう。


 それに気付いたが、もう遅い。あっという間に敵の左右の先頭はあたしから5モラくらい離れて通り過ぎた。その後に敵の隊列が続く。魔力盾は空振りだ。


 慌てて威圧の呪文を唱える。辛うじて敵の右側最後尾にいた数騎に威圧が命中。敵の馬は恐怖のあまり棹立ちになる。それを横目で見ながら通り過ぎた。


 走りながら白雲を方向を転換。敵の騎馬隊を追撃するのだ。


 方向を変えて気付いたが、自分の後に続く味方の騎兵は半分くらいに減っていた。残りの後ろ半分は敵の騎馬隊に囲まれて戦っている。


 味方が相次いで落馬するのが見えた。敵の数が多いから、味方の一騎が敵の二騎か三騎を相手に戦っている。囲まれて戦うのは圧倒的に不利だ。


 落馬した騎兵たちは敵の槍の餌食になって地面に倒れ伏した。


 白雲を加速させながら、あたしは右手に持った刀を鞘に収めた。呪文を唱える。魔力剣だ。これで敵を殲滅してやる!


 敵までの距離50モラを一気に詰めた。


「姫。隊形が崩れますぞっ!」


 後ろの方からノブハルの声が聞こえたが無視した。白雲の加速に付いて来れないのだ。


 騎兵同士の混戦の場が迫る。右手で使い慣れた魔力剣を振り上げる。狙いは味方を囲んでいる敵の騎兵だ。擦れ違いざまに魔力剣を振り下ろす。


 普通の剣なら届くはずがない距離だが魔力剣は届く。普通の剣なら斬れるはずがない鎧だが魔力剣なら斬れる。騎兵の鎧など魔力〈5〉のバリアよりも防御力が弱いようだ。魔力剣で一太刀入れると、まるで紙のように斬れた。


 白雲の速度を緩めないまま敵の騎兵と次々と擦れ違う。そのたびに魔力剣を振るう。筋力強化と敏捷の魔法が掛かっているからあたしの剣速は圧倒的に速い。それに白雲の速度が加わっているのだ。敵の騎兵はあたしが通り過ぎた後で斬られたことに気付いた者が多いはずだ。


 混戦の場を駆け抜けて、白雲を方向転換。


 白雲が通り過ぎた後には落馬した敵兵や辛うじて馬にしがみ付いている敵兵が十人以上見えた。それを後を追ってきたノブハルたちが槍で突き殺していく。


 また加速。敵の騎兵に迫る。擦れ違うたびに敵を斬り飛ばしながら駆け抜けた。


 もう一度方向転換。


 見ると、ノブハルたちはあたしが斬った敵兵にとどめを刺しながら付いて来ている。


 混戦の場でまだ戦っているのは敵も味方もそれぞれ十騎ほどだ。大半の者が馬上で一対一で槍を合わせているが、味方が劣勢だ。最初に囲まれたときに、味方の騎兵たちは大なり小なり手傷を負っているからだ。


 白雲に脚で合図して全力疾走。敵の騎兵たちに剣を浴びせながら混戦の場を駆け抜けた。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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