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SGS222 名馬をありがとう

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 あたしが近付くと、白雲はこちらに顔を向けて鼻の穴を広げ、威嚇するような険しい目つきで睨んできた。


 だけど、魔物や魔獣が放ってくる殺気とはその圧力が全然違う。それに、あたしがウィンキアで乗っていた馬よりも一回り小さい。大丈夫、たいしたことはない。


 トンと足を踏み込んで白雲の鞍の上に跳び乗った。


 驚いた白雲は前脚を高く上げてあたしを振り落とそうとする。だが、あたしは筋力強化と敏捷強化が常に掛かった状態だ。そう簡単には振り落とされない。


 白雲はさっきのように跳びはねながら暴れ始めた。今までこの暴れ方で何人もの男たちを振り落としてきたのだろう。でも、あたしは今までの男たちとは違う。


 両脚で白雲の胴を強く挟んで締めつける。落馬を防ぐというよりも白雲に誰が主人か思い知らせるのだ。


 これほど強い力で絞められたことは無かったのだろう。少し大人しくなった。すかさず脚で制御して、小さな円を描くように白雲を歩ませる。


 だが、白雲はあたしが制御しようとしていることに気付いたようだ。気に食わなかったのか、また暴れ出した。


 締めつける力を増してやろうかと思ったが、これを繰り返せば時間が掛かるし、白雲の体を痛めてしまうかもしれない。


 奥の手を使ってやろう。テイムの魔法だ。


 テイムは動物や魔物を魔力の力で威圧・魅了・調教して主人の命令に従順に従うようにさせる魔法だ。魔力が〈100〉以上あれば発動できるが、それだけでは成功しない。テイムの技能が必要になるからだ。


 残念ながらあたしはテイムの技能は高くない。と言うかテイム魔法を使うのも初めてだ。でも馬は家畜だ。難易度は一番低いはずだから何とかなるだろう。


 呪文を唱えた。が……、魔法は失敗!?


 突然、白雲の暴れる力が強くなった。あたしはその力に振り回された。


 しまった! うっかりしていた。魔法が失敗したら、10秒間の待ち時間が発生するだけではない。自分に掛けていたすべての魔法が消えることを忘れていたのだ。バリアも筋力強化も敏捷強化も、すべての魔法が消えてしまった。


 悔やんでも遅い。10秒間の我慢だ……。


 あたしの締めつける力が弱まったことに気付いたのだろう。白雲が一段と強く暴れ出した。


 10秒が過ぎた。まずはバリアだ。呪文を唱え始めた。だが……。


 気付いたら空中に放り出されていた。空がぐるっと回って、次の瞬間、地面に叩きつけられた。その直後、バリアが発動した。


 間に合わなかった。叩きつけられた衝撃が体全体に走った。急いでキュアの呪文を唱えた。少しだけ痛みが和らいだ。


「ハッハッハハハ……」


 少し離れたところから笑い声が上がった。タロウだ。


「羅麗でも白雲には手こずっておるな。これは愉快じゃ」


 くやしい! 自分を過信したあたしが馬鹿だった。


 検診の呪文を唱えて自分の体を調べてみたが、腰から脚に掛けての打ち身と擦り傷だけだった。キュアを掛けたから今日中に治るだろう。


 筋力強化と敏捷強化の魔法を掛け直した。諦めるつもりはない。


「姫様、お怪我はございませぬか?」


 ノブハルが心配そうな顔で近付いてきた。


「大丈夫よ。ちょっと油断してしまったけど……」


 近くで草を食み出した白雲を見ながら、やり方をもう少し工夫しようと考えていた。テイムの技能も無いくせに無謀にも暴れ馬に乗りながら不用意にテイム魔法を使ってしまった。それが大きな間違いだった。


「ねぇ、ノブハル。白雲の調教を続けるから、離れたところで見ていて」


 ノブハルは心配そうな顔のまま、タロウたちのところへ戻っていった。


 あたしは白雲に近付いていった。白雲はあたしに気付くと、また威嚇するように鼻を鳴らして敵意の籠った目で睨み付けてきた。


 今度は振り落とされないわよ。テイムを掛ける前に白雲を魔法で弱らせるつもりだ。


 小声で白雲に向けて電撃マヒを唱えると、空に向けて「ヒーン!」といななき白雲は草の中にドサリと倒れた。


 すかさず威圧の呪文を唱えた。さすがの白雲でも体がマヒしているから逃げることはできない。怖くてオシッコを漏らしているかもしれないわね。


「何があったのだ!?」


「姫様、どうして白雲が倒れたのでござるか?」


 タロウたちが騒ぎ始めた。でも、あたしにはその声に構っている時間は無い。


 白雲に向かって電撃マヒ解除を唱える。マヒは解けたはずだが、白雲はまだ草の中に横たわっている。頭だけをもたげて呆然としている感じだ。威圧が掛かったままだが、逃げることもできずにいる。


 次は威圧解除だ。呪文を唱えた。


 タロウたちがこっちへ駆け寄ってきた。


 威圧から解放されて、白雲は起き上がった。少しふらついていて、まだ呆然としている感じだ。


「おお、立ち上がったぞ。白雲は大丈夫のようじゃが、さっきまでの元気が無いな……。何が起きたのじゃ?」


 タロウの問い掛けに答えてやろう。


「あたしがこの暴れ馬に乗って訓練してたのを見ていたでしょ? あたしは振り落とされちゃったけど、この馬も疲れたのよ。だから、少しふらついて倒れたけど、白雲は大丈夫よ。まだ訓練を続けているから、それを見物したいのなら向こうに行って静かに見ていて!」


「そう……なのか……」


 タロウはあたしの返答に驚いているようだ。まさか白雲の訓練が続いているとは思ってなかったのだろう。


 タロウたちが元の場所に戻ったのを見届けてから、白雲に向けてテイムの呪文を唱えた。


 今度は成功だ。魔法で弱らせた作戦が当たったようだ。


 テイムが成功すると、白雲の目が穏やかになり、あたしに向けて服従の眼差しを向けてきた。


 近付いて鐙に足を掛け鞍にまたがった。白雲はおとなしく指示を待っている。もう大丈夫だ。


 まずは普通に歩かせて、それから少しずつ速度を上げていく。そして全力疾走。それを何度も行った。


 慣れてきたら、今度は手綱から手を放して脚だけで白雲を制御できるように訓練した。両手を手綱から放すのには理由がある。ウィンキアの一流の戦士やハンターなら馬に乗ったまま両手で槍や弓を駆使して戦うからだ。だけど、あたしが使うのは槍や弓ではないが……。


 自分が納得できるまで両手を放したまま急旋回や急制動などを繰り返した。


 タロウたちの前を何度も走り抜けた。最初は驚いたような顔をしていたが、あたしが手放しで白雲を巧みに操るようになると呆けたような顔に変わっていた。


 さすがにタロウたちが名馬と言うだけあって、走る速さはウィンキアの馬よりも速い感じだ。それにこれだけ走っても白雲の息は乱れてない。


 思いどおりに白雲を操れるようになったことを確信できたから、ゆっくりと歩かせながらタロウたちの前に戻ってきた。


「訓練は終わったわよ。さすがに名馬だけあって、足腰は強靭だし体力もあるわね。それに、頭が良いから主人が何をしたいのかもちゃんと理解して動いてくれるわ。こんな名馬をありがとう」


「あ、ああ……」


 タロウは返す言葉も無いようだ。


「太郎様、拙者があれほど申したのに……」


 白雲を厩に戻した後、あたしとノブハルが城へ向かって歩き始めると、後ろの方からジジイの声が聞こえてきた。今ごろ後悔しても遅い。


 ………………


 翌日の早朝。あたしは白雲の横に立って、夜が明けるのを待っていた。ノブハルとその配下の騎馬武者三十騎も後ろに待機している。


 馬に乗って戦う騎士のことを、ここでは騎馬武者と呼ぶらしい。その騎馬武者たちは全員が甲冑を纏い、菱形の印が入った赤い旗を背中に挿していた。混戦になったときに味方と敵を識別するためだそうだ。


 ノブハルの騎馬隊の騎馬武者たちとは昨日のうちに顔を合わせ、あたしの指揮で先陣を切ることを伝えていた。ノブハルの部隊は百二十騎と聞いていたが、大半が馬の世話をする者や武器を運ぶ者などだった。


 実際に馬に乗って戦う騎馬武者が三十騎だと聞いて少しほっとした。突撃する人数が少ないほど敵に殺られる数が減るからだ。


 昨日、ノブハルの騎馬武者たちに先陣を切ることは話したが、どこを攻撃するかは言ってない。上杉の本陣に突撃するなどと言えば、普通は生きては帰れないと思うだろう。あたしに反感を持ったり無駄死にだと考える者が出たりして、統制が崩れるかもしれない。


 ノブハルが前に進み出て、騎馬武者たちに向かって声を張り上げた。


「よいかっ! 昨夜も申し渡したとおり、最後まで長蛇ちょうだの列を崩さずに姫様に付いていくのじゃぞ! 敵を殺しても首を取ろうなどと考えるなっ!

 我らが先陣を切って敵陣へ突入するのは上杉の陣形を崩すのが狙いじゃ。敵陣が崩れればお屋形様が総攻撃を掛けてくださる手筈じゃ。

 白雲を先頭に我らが後を付いて駆け抜ければ必ずや上杉の陣形は崩れる。それを信じて我らは姫様に付いていくのじゃ。よいなっ!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 ノブハルが言ったことはあながちウソではない。あたしと騎馬隊が突撃して上杉の陣形を崩すことができれば、信玄はそれを見計らって総攻撃を掛けると言ってるからだ。


 普通は、騎馬隊が先陣を切って敵陣に突撃するなんて無謀すぎるからやらないはずだ。敵の馬防柵に阻まれたり罠にはまったりして全滅するのが落ちだ。


 でも、信玄はそんなことは百も承知だ。それを知っていて、あたしに敵本陣への突撃を頼んできた。女天狗なら何らかの方法で成功すると見込んでいるからだろう。


 あたしだって引き受けたからには成功させたいし、ノブハルの騎馬武者たちを死なせたくない。全員を生きたまま連れて帰ってくるつもりだ。だから、既に自分なりに手は打ってある。


 それに、騎馬武者たちへは魅了と活性化の魔法をたっぷりと掛けておいた。だから、今のところはあたしに反感を持っている者はいないだろうし、戦いに向けて勇気が湧き上がっているはずだ。


 でも、これからの突撃で友人が死んだり自身が傷付いたりすると、その信頼が薄れ反感が芽生えてくるかもしれない。統制が崩れると、それは隊形の崩れにつながる。周りじゅうが敵の中で隊形が崩れることは死を意味するのだ。


 夜が明けた。あたしが白雲にまたがると、続いてノブハルたちも騎乗した。鎧兜を纏った男たちが馬にまたがると、赤い旗が一斉に風になびいて音を立てた。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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