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SGS221 馬に乗ってみよ

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 上杉輝虎の本陣に突撃すると信玄は言う。あたしにそれを言うってことは……。


「そなたにそれを頼みたい。ここにおる馬場美濃守ばばみののかみと配下の騎馬隊をそなたに任せる。百二十騎じゃ。そなたは好きなように采配を取ってよい」


 やはり、そう頼んできたか……。姫武将として武功を立てれば領地を与えると、そう言われたときから何かあると思っていた。気が進まないが仕方ない。この頼みを受けるしかないだろう。


 問題は配下の騎馬隊だ。あたし一人なら自由に動けるが、百二十騎を任せると言われても邪魔にしかならない。


「その頼みは受けてもいいけど、ノブハルとその配下を任せてもらっても困るわ。あたし一人で動いた方が大きな戦果を上げられるから」


 あたしは魔法を駆使しながら上杉の本陣に忍び込んで、上杉輝虎と主要な武将を葬ろうと考えていた。


「それはダメじゃ。そなた一人が戦果を上げても、武田の軍が勝ったことにはならぬ。そなたが兵を率いて戦い、勝ちを収めてこそ武田の軍が勝ったことになるのじゃ。そなたが……、姫武将が武功を立てるとはそういうことだ」


 くっ……。腹立たしいが信玄の言うことは尤もだ。


 あたしが黙っていると納得したと思ったのだろう。信玄は言葉を続けた。


「明日の早朝、そなたと美濃守の騎馬隊が先陣を切って突撃を開始するのだ。そなた等が上杉の本陣まで突き進むことができれば、上杉軍は慌てるはずじゃ。必ずや敵陣は崩れる。それを見計らって総攻撃を掛ける」


 話がどんどん進んでいく。何とかして断りたいが……。


「多くの兵士が死ぬかもしれないわよ。それでもいいの?」


「姫。はなから死ぬることは覚悟しておること。先陣を切って死ぬるは武士の本懐でござる」


 さすがはノブハルと言いたいが、そんなことを言われても嬉しくない。それに、自分の配下になる者たちを死なせるつもりもない。


「ところで羅麗よ。そなた、馬は大丈夫か?」


「馬?」


「乗れるのかと聞いておる」


 一瞬、答えに迷った。乗れないと言ってこの話を断ろうかと思ったが、それは止した。あたしは長いハンター生活の中で数えきれないほど馬に乗って護衛や狩猟の旅をしてきた。


「乗れるわよ」


「それなら決まりじゃ。そなたは明日、馬で出陣せよ。美濃守の騎馬隊を率いて、先頭を駆けるのじゃ。よいな?」


 信玄はあたしが断るとは思っていないようだ。


 兵士たちを引き連れて突撃するとしたら、足の遅い歩兵よりは騎馬の方が間違いなく成功する可能性は上がる。こうなったらやるしかない。


 あたしが頷くのを確かめると、信玄はノブハルに顔を向けた。


「羅麗姫をうまやへ案内せよ。良い馬を探して羅麗に与えるのだ」


「ははっ」


 ノブハルが頭を下げた。張り切っているようだ。


 信玄と別れて、ノブハルの案内で山の麓にある厩へ向かった。カエデも一緒だ。


 ………………


 厩へ行くために城の中を歩いていると、どこかで見たことがある男たちと出会った。


「これは羅麗姫様、それに美濃守もご一緒か。昨夜はご無礼いたした。姫様の武勇はたいしたものじゃ。この虎昌、感服いたした」


 声を掛けてきたのはあのジジイだ。タロウとかいう名前の信玄の嫡男も一緒にいる。


 ノブハルは立ち止って軽く頭を下げたが、あたしは黙ってジジイとタロウを睨み付けた。


「おお、そうじゃ。太郎様もここにおられて、ちょうど良い折りじゃ。少し話をいたさぬか?」


 思い付いたようにジジイが言うが、魂胆は見え見えだ。あたしのことを探りたいのだろう。


「姫様はお忙しいゆえ、日を改めてくだされ。今はお屋形様からのご命令で姫様を厩へ案内するところでござる」


「厩へ? 何用じゃ?」


 ノブハルが上手く断ってくれたと思っていると、黙っていたタロウが問い掛けてきた。


「良い馬を探して姫様に与えよとのご命令で」


「馬じゃと?」


「姫様が戦でお乗りになる馬でござる」


「ほう。されば……」


 タロウが何か含みのあるような笑みを浮かべた。


「わしの馬の中から一頭を進ぜるとしよう。馬の名は白雲しろくもじゃ」


 タロウの言葉に驚いたような顔をしたのはジジイだ。


「何と!? お待ちを、太郎様。あれは拙者が太郎様のために甲斐の国を探し回って見つけた名馬でござるぞ。気性が荒いゆえ、今のところ乗りこなせるのは、馬番うまばん平左衛門へいざえもんだけじゃが、それを姫様にお譲りになると申されるのか?」


「せっかくジイが見つけてくれた馬じゃが、羅麗姫への贈り物としたい。腹違いとは言え、羅麗は新たにわしの妹になったのだ。兄から妹への元服祝いの品としようぞ。白雲は父上が乗っておる黒雲くろくもに勝るとも劣らぬ名馬じゃ。たしかに気性が荒い駻馬かんばだが、武勇を誇っておる羅麗姫なら乗りこなせよう」


 シロクモという名前の馬をもらえるようだけど、どうやら暴れ馬のようだ。もしかするとタロウはあたしに昨夜の仕返しをしようとしているのかもしれない。


 形の上では兄から腹違いの妹への贈り物だから断ることもできない。結局、有難く白雲という名の馬を譲り受けることになった。


「されば、羅麗よ。馬に乗ってみよ。わしも羅麗が白雲を乗りこなす様子を見物させてもらおう。ジイ、そちも一緒に付いてまいれ」


 やはり、これは昨夜の仕返しだ……。


 ………………


 厩とその周りの馬場には数えきれないほどの馬が繋がれていて、何人もの男たちが馬の世話をしていた。すべて軍馬なのだろうが、ウィンキアの馬に比べると格段に小さい。どの馬もまるで子馬のように見える。


「平左衛門はおるか?」


「これは馬場美濃守様。おお、若殿と宿老様も……。して、いかなるご用でございますか?」


 厩から出てきたのは30歳くらいの大柄な男だった。


「お屋形様からのご命令でな。こちらにおられる羅麗姫様がお乗りになる馬を探しに参ったのじゃが……」


 ノブハルが話していると、その横からジジイが口を挟んできた。


「白雲を引き出して参れ。姫様に白雲をお見せするのじゃ。太郎様が白雲を姫様に譲られるそうじゃからのぉ」


 ジジイはしかめ面で不機嫌そうだ。タロウに贈った馬をあたしに譲ることになったのが面白くないのだろう。


「ジイ、白雲を見せるだけではないぞ。羅麗姫に試し乗りをさせるゆえ、白雲に鞍を付けよ」


 タロウの魂胆は分り切っている。試し乗りをさせて、あたしが馬から振り落とされるところを笑いたいのだろう。


 それを聞いた馬番は困ったような顔をした。


「若殿、白雲に乗るのはまだ無理でございます。手前が乗っても振り落とされる始末でござる。良い馬じゃが暴れ馬の気性は直らぬようで……」


「かまわぬ。わしが命じておるのじゃ。早うせよ!」


「さようで……」


 馬番の男は渋々厩に入って行き、馬を引いて戻ってきた。白い馬だ。ほかの馬に比べて体格が一回り大きく、荒い鼻息をしながら首を左右に振っている。


「今朝は機嫌が悪いようで……」


「悠長なことを言うでない! いちいち馬の機嫌などに構っておっては戦などできぬぞ。まずは、そちが白雲に乗って手本を見せよ」


 タロウの命令を受けて、男は仕方なさそうに白雲にまたがった。その途端、白雲は脚を蹴り上げて走り始め、跳びはねながら暴れ出した。男は必死に手綱で制御しようとするが、結局、落馬してしまった。腰でも強く打ったのか、男は痛そうに腰を摩りながら立ち上がり、面目無さそうにトボトボと戻ってきた。


 その間に白雲は近くの草地で何事も無かったかのように草を食み始めた。


「ちぃっ! 不甲斐ないヤツじゃっ!」


 タロウは男に向かって腹立たしそうに言い、近くにいた別の馬番に言い付けて自分の馬を引き出して来させた。


「羅麗よ、わしが手本を見せるゆえ、しかと見ておけ」


 たしかに自慢するだけあって、タロウの手綱さばきは上手い。だが、タロウが乗っているのは調教済みのおとなしい馬だ。


「今度はそなたじゃ。白雲に乗ってみよ」


「若殿、お言葉でござりますが、かような暴れ馬ではさすがの姫様でも無事では済みますまい。ほかの馬を……」


「待って、ノブハル。そんな心配はいらないわよ」


 あたしはノブハルの言葉を遮った。あたしのことを心配して言ってくれたのは分かるが、それは無用だ。なぜなら、あたしはこの白馬を気に入ったし、乗りこなせると思っているからだ。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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