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SGS220 武勇を披露せよ

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 信玄が配下の者にあたしを披露すると言うので宴の席に出たが、何やら訳の分からないうちに男と木刀で仕合をすることになってしまった。


 庭は綺麗に片付けられ、周りは篝火が焚かれている。仕合に支障は無い。


「組討ちになってもよろしいか?」


 ヒコハチロウがあたしに向かって直接尋ねてきた。何を聞いているのか意味が分からずに困っていると、信玄が代わりに答えてくれた。


「合戦の場で敵を組み伏せて討ち取るのは当たり前だが、今は模擬の仕合じゃ。木刀を相手の首に当てたところで止めよ」


「承知いたした」


 どうやら組討ちとは白兵戦になって敵兵を組み伏せて命を奪うことらしい。


 あたしは右手で木刀をだらりと持ち、相手の男から5モラほど離れて立っていた。男はあたしに向かって両手で木刀を構えている。


「では、いざ勝負! 参られよ」


 男が声を掛けてきた。声には余裕があるというか、あたしを舐めている感じだ。


 渡された木刀は短い。短剣ほどの長さでしかない。おそらく相手を組み伏せて命を奪うのに普通の剣では戦い難いからだろう。


 あたしもハンターとして数多くの魔物と戦ってきたが、そのとき使った武器は狩猟刀だった。ちょうど今持っている木刀と同じくらいの長さだ。


「姫が動かぬのであれば、こちらから参るぞ」


 男の身長はあたしより少し高い程度だが、引き締まった筋肉をしている。よほど体を鍛えているのだろう。


 男は両手で木刀を構えていたが、右手だけに持ち替えた。


「トォォォーッ!!」


 男は腕を大きく広げながら雄叫びを上げた。あたしに向かって飛び込んでくる。あたしを抱え込んで組み伏すつもりか。


 普通なら素早い動きなのだろう。その迫力はたいしたものだ。でも、あたしには通じない。男の動きがすべてゆっくりと見えている。男が腕を広げて一歩一歩と前に踏み出すが、遅い! 隙だらけだ。


 男の右手首に木刀を振り当てる。


「ゴキッ!」


 骨が折れた音だ。痛みと驚きで男の顔が歪む。


 男の手から木刀が離れる。その腕を取って相手の勢いのまま放り投げた。


 男は5モラほど飛んで背中から地面に落ちた。そのまま気を失ったようだ。


「「「「おおっ!」」」」


 周りの男たちがどよめく。


「見えたか?」


「いや、見えなんだ」


「気付いたら彦八郎殿が地面で寝ておったわぃ」


「投げられたように見えたがな……」


 男たちが口々に仕合の批評を始めた。


 今がチャンスだ。あたしは呪文を唱える機会を窺っていたのだ。小声で魅了の呪文を周囲の男たちに向けて何度も唱えた。


 呪文を唱えながら地面に仰向けで倒れている男のところへゆっくり歩いて行き、男の首に木刀を当てた。


「羅麗よ、そこまでだ。さすがじゃ……」


 信玄は驚いたような顔であたしを見ていた。少し手加減したほうが良かったかもしれない。


 そもそも一般の人族を魔闘士のあたしと戦わせることが間違っているのだ。これがウィンキアであれば、そんな馬鹿なことは誰もしない。だが、何も知らない信玄にそんなことを言っても仕方ないが。


 当然、あたしの体は常にバリアで守られているし、筋力強化や敏捷強化の魔法がずっと掛かったままだ。それに、あたしはハンターとして何年も体を鍛えてきた。闇国に来てからはケイと一緒にクドル・インフェルノで数えきれないほどの魔獣を相手に戦ってきたのだ。


 あたしのことを疑っていた信玄の息子は離れたところで苦虫を噛み潰したような顔をしている。あのジジイも厳つい顔を歪めていた。あたしがこれほど簡単に勝つとは予想もしてなかったのだろう。


「羅麗様は日の本一の姫武将じゃっ!」


「さすがはお屋形様の御子じゃのぉ」


「戦では先陣を切りなされ。拙者も後に続きますぞ」


「姫様、拙者をぜひ寄騎としてくだされ」


 魅了の魔法が効き始めたようだ。どの言葉もあたしに好意的だ。


「皆の者、見てのとおりじゃ。戦では羅麗姫に後れを取るでないぞ!」


「「「「「おおっ!!」」」」」


 信玄が勝ち誇ったように叫ぶと、配下の者たちは一斉に気合が入った声を上げた。


 宴はその後も続いたようだが、信玄に断ってあたしは先に休ませてもらった。いつまでも男たちに付き合っていられない。


 ………………


 翌日の朝、寝所で朝食を食べているとカエデが呼びに来た。


 昨夜は宴から途中で抜けて、カエデに寝所へ案内されて休んだ。眠っている間もバリアは張っているし、寝具も自分がいつも使っているものを亜空間バッグから取り出して、それに入って眠った。ぐっすり眠ったから気分も良い。


「お屋形様がお呼びです。お見せしたいものがあるとのことで」


 鎧一式を身に着けてカエデの案内で山道を登っていくと、物見台が見えてきた。高さは5モラほどで、その上に信玄とノブハルが上がって、あたしを待っていた。


「昨夜はご苦労であった。太郎義信たろうよしのぶはわしの嫡子だが、何かにつけてわしに歯向こうてくるのじゃ。宿老の飯富虎昌おぶとらまさも太郎の傅役もりやくであったゆえ、太郎に甘い。それどころか近頃はあからさまにわしに盾突く始末じゃ。昨夜のようにのぉ……」


 信玄は溜息を吐いた。どうやら親子の仲は良くないようだ。息子の後ろ盾になっているあのジジイも信玄に逆らっているらしい。


「ともかく昨夜のような騒ぎになるとは思うておらなんだ。そなたには迷惑を掛けてしもうたのぉ」


「されど、お屋形様。終わってみれば、あれで良かったかと……」


 ノブハルの言葉に信玄は腹黒そうな笑みを浮かべた。


「まあ、そう言うことじゃな。羅麗姫の武勇を皆の者に示すことができたし、日頃生意気なことを申しておる太郎や虎昌に思い知らせてやれたしのぉ」


 結局、信玄もノブハルも昨夜の騒動を喜んでいるようだ。


「ところで、そなたを呼んだのは見せたい物があるからじゃ。ここから山の下を見渡してみよ」


 眼下には美しい景色が広がっていた。ところどころに朝霧が湧きたち、実りの黄金色をした田畑を薄っすらと覆っている。清々しい風景だ。


「あの旗が見えるであろう?」


 言われて気付いたが、遠くに数多くの旗が立っている。遠視の魔法で見ると、旗には何か難しい字が書かれていた。コタローから知識を植え付けてもらったから、あたしでも普通の漢字は読めるが、あの字は読めない。


「あのの字はな、上杉輝虎うえすぎてるとらの旗印じゃ。自らを毘沙門天びしゃもんてんの化身と申しておるらしい」


 上杉輝虎というのは上杉謙信の名前だとコタローから事前に聞いていた。でも、ビシャモンテンは知らない。


「それは何なの? そのビシャモンテンと言うのは……」


「女天狗のそなたが知らぬのか? 毘沙門天は戦の神だ。鬼や悪霊を退治して、財や福を授けてくださるそうじゃが……。もしや、そなた……、毘沙門天に退治されるようなことは無かろうな?」


「なに、それ? あたしは鬼でも悪霊でもないわよ!」


「そうか。それなら安心じゃ」


 そう言いながら、信玄は手に持っていたハタキのような棒を水平に上げて、遠くの方を指した。


「今は霞んでおって、ここからは見えぬが、この方角に上杉輝虎の本陣がある。よく晴れておれば軍旗が固まっておるから分かるはずじゃ」


 普通なら霞んで見えないだろうが、遠視の魔法で見ると手に取るように上杉軍の様子が見えた。本陣はここから5ギモラほど……、いや、もっと離れているだろう。意外なことにその本陣は山や丘ではなく平地にある建物を中心として陣地が築かれていた。


「まるで平地で戦おうと、こちらを誘っているような感じだわね?」


「そなたには見えるのか? そのとおりだ。されど、その誘いに乗って仕掛ければ大きな傷を負うのは我が方じゃ」


 たしかに上杉の陣地には馬防柵だけでなく色々な罠がありそうだ。


「それに、こちらが平地で陣を敷こうとすれば輝虎は得意の車懸り《くるまがかり》の陣で攻め寄せてくるかもしれぬ。先の戦では輝虎めがわしの本陣めがけて突撃して来てな、危うく首を取られるところであったわい」


 信玄は自分の太い首を鉄製の団扇うちわでパシパシと叩きながら言葉を続けた。


「そこでじゃ、此度こたびは輝虎に一泡吹かせてやりたい。こちらから輝虎の本陣めがけて突撃をかけるのじゃ」


 話を聞いていて嫌な予感がしてきた。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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