SGS219 宴の席に出る
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
夕刻になって、約束した寺へ向かった。村人に場所を尋ねると、城の近くの山の中だと教えてくれた。その場所はすぐに分かった。
山の麓に屋根付きの大きな門があり、門の前には頭髪をツルツルに剃った男が立っていた。あたしを見るなり「案内いたす」とひと言だけ言葉を発し、石段を先になって上がり始めた。信玄の指示であたしを待っていたらしい。
寺とはレングランにあるような煌びやかな神殿だろうと考えていたが、意外にも石段の先には質素な建物が並んでいた。
男の案内で建物の中に入ると、すでに信玄とノブハルが来て待っていた。部屋の中は灯りが何本も灯されていて、思ったより明るい。板敷きの床に鹿皮のような敷物を敷いて、信玄とノブハルはその上に胡坐を掻いて座っていた。
探知魔法で確認すると、隣の部屋にソウルオーブを装着している者が一人いる。カエデが隣の部屋で控えているようだ。
「おお、来たか」
「父上もノブハルも先に来てたのね?」
そう言いながらあたしも敷物の上に座った。
「そなたより先に来て、これからのことを美濃守と相談しておったのだ」
「お屋形様と親子の縁を結ばれたと聞き申した。まことに目出度きこと、お祝い申し上げまする」
ノブハルがあたしに向かって座ったまま両手を突いて頭を下げた。
「さっそくじゃが、今宵、そなたを皆に披露することにした。その宴を催すゆえ、そなたも加わるのじゃ。既にな、今朝、城へ戻った折にそなたのことを公にしたのだ。配下の武将や小姓どもが昨夜のことを何があったかと煩く聞いてくるのでな」
「うたげ? 宴を催すって、どんなことをするの?」
「陣中での宴ゆえ、大袈裟なことはせぬ。配下の主な武将どもを集めて、無礼講で飲み食いをするだけだ」
信玄はあたしが考えている以上に素早く動いている。
「さすがね……」
「それとな、そなたの元服の儀のことだがな。そなたはおなごじゃが、姫武将となるゆえ、男と同様の儀式を考えておったのだ。じゃが、今宵のそなたの披露までに時間が無い。されば美濃守と相談して、そなたの身なりだけを整えることにいたした。男であれば元服の折は武将に相応しい名を与え、髪を整えさせるが、そなたは名前も髪も今のままで十分じゃ。そなたの名前には姫武将に相応しい文字を与えたし、髪も今の総髪と髷が似合っておるからの」
たしかに信玄はあたしの名前に何か難しい字を付けてくれたし、あたしの髪型はポニーテールだから侍の髷のように見えるのかもしれない。
「では、今から支度にかかるのじゃ。楓、用意をいたせ」
信玄が隣の部屋に向かって声を上げると、扉を開けてカエデが現れた。
「姫様、こちらへ」
隣の部屋に入っていくと、鎧のような物が床に置かれていた。
「その小袖の上にこの衣装と鎧をご着用ください。私がお手伝いいたします」
こんな物を着たら体の動きが鈍くなりそうだ。それに、一人では着れそうにないからカエデが手伝ってくれるらしいが、そのときはバリアの内側にカエデを入れることになる。カエデを信用して大丈夫だろうか……。
あたしが鎧を見ながら戸惑っていると、カエデがまた声を掛けてきた。
「ご心配はいりませぬ。おなごでも紐で調整するゆえ胸も腰も鎧の中にちょうどよく収まりまする」
カエデは誤解しているが、あたしは鎧を着た自分の姿が不恰好になることを心配していたのではない。でも、その言葉で決心がついた。カエデを信じることにしよう。
その鎧は胴体や肩、腕、脚などに分かれていて、カエデに手伝ってもらいながらそれらをすべて着けていった。革と金属を紐で編んだような防具で、体の動きを邪魔しないように作られている。色は赤一色で統一されていた。
すべてを着け終わった後、体を動かしてみたが、あたしには筋力強化と敏捷強化の魔法が常時掛かっているから影響はほとんど無いようだ。
「うむ。一段と美しさが増したようじゃ」
「まさに姫武将に相応しいお姿でござりまする」
信玄とノブハルは隣の部屋からあたしが鎧を着けるのを見ていた。
「じゃが、何か物足りぬな……。兜は被らぬ方がよいが……、鉢巻は締めた方がよい。それと、刀じゃ。この刀をつかわそう」
信玄は手に持っていた剣をカエデに渡した。ウィンキアでよく見るような諸刃の直剣ではなく、片刃で少し反った剣だった。侍たちはこの剣をカタナと呼んでいるようだ。
その刀をカエデはあたしの腰に差した。信玄があたしにくれたその刀は少し短めで、赤い鞘に収まっていた。
カエデが白い布を取り出して、あたしの頭に鉢巻を結んでくれた。
「おお、それで良い。これぞ武田の姫武将じゃ」
信玄が立ち上がって、あたしに近付いてきた。
「これより、そなたをわしの正式な子であると認める。名は羅麗。武田の姫武将、羅麗姫じゃ。
それとな、わしの子となり、元服をいたした祝いをそなたにつかわす。ここにおる馬場美濃守信春をそなたの配下とする。戦に出る折は美濃守と共に出陣いたすのじゃ。美濃守は傅役としてそなたを育てたことになっておるゆえ、皆も納得するであろう」
信玄の言葉を受けて、ノブハルがあたしに向かってまた両手を突いて頭を下げた。
「では、城へ戻るぞ。すでに宴は始まっておろう。そなたは、その出で立ちのまま宴に出よ。姫武将に似つかわしいゆえな」
信玄の思いのままに物事が進んでいるようだ。ちょっと悔しいが、今は従うしかないだろう。
外に出ると完全に日が沈んで真っ暗だった。
………………
信玄たちに付いて城の中を歩いていくと、わいわいと男たちの声が聞こえてきた。笑い声や怒鳴り声に混じって、何かを歌っているような声まで聞こえる。宴は盛り上がっているようだ。
奥までずっと続いている広い部屋とそれに隣接する庭には男たちが溢れていた。板敷きの部屋と庭には敷物が敷かれていて、男たちが座り込んで酒を飲んでいる。いくつもの篝火が焚かれていて、庭だけでなく部屋の中まで明るい。
酒の匂いと男たちのむさ苦しい臭いが充満している部屋に入っていくと、一斉に声が上がった。
「「「「おお、お屋形様じゃ」」」」
「これはお屋形様。遅うござるぞ」
「さぁ、こちらへ」
「おお、このお方が噂の姫君でござるか」
「なんと、見目麗しい姫君じゃ」
「いやいや、それは褒め言葉にはならぬぞ。凛々しい姫武将であらせられる」
男たちは好き勝手なことを口に出しては笑ったり怒鳴ったりしている。
「皆の衆、お静かになされぃっ! お屋形様のお言葉を聞くのじゃ」
ノブハルが大声を上げると、信玄が頷いて話し始めた。
「皆の者、今宵は皆に若武者を披露したい。わしの娘、羅麗姫じゃ」
信玄が隣に立っているあたしに向かって手を大きく開くと、男たちの視線があたしに集中するのを感じた。
「羅麗が赤子のときにわしは密かに美濃守に預けてな、育ててもろうたのじゃ。器量は見てのとおりじゃ。おなごではあるが、美濃守は羅麗をこの世で一番の姫武将となるよう育ててくれた。元服も本日済ませたゆえ、これより先は羅麗を姫武将として戦に出す。では、羅麗。皆に挨拶をいたせ」
「ラウラです。よろしく」
挨拶と言われても何も言うことは無い。立ったまま軽く頭を下げた。
「立派な若武者ぶりじゃ!」
「うむ。鎧がお似合いでござるぞぉ!」
あたしに向かって男たちは言いたい放題だが、どれも褒め言葉だ。
「父上、お待ちをっ!」
その声を聞いた途端、ざわついていた宴の場が一瞬で静かになった。
声を上げたのは少し離れたところに座っていた男だ。射殺しそうな目であたしを睨み付けている。
「かようなおなごを我が子と申され、そればかりか戦に出すなど言語道断でござる。武田の御家の恥となりますぞっ!」
「ひかえよ、太郎! 羅麗姫は間違いなくわしの子じゃ。おなごではあるが武勇に優れ、おのこに引けを取らぬ。羅麗を戦に出すことはわしが決めたことじゃ。そちが口を出すことではないっ!」
どうやらタロウという男は信玄の息子らしい。25歳を少し超えたくらいだろう。怒りの籠った信玄の口調にも怖気づく様子はなく、むしろ眼光を強くして信玄を睨み返しているように見えた。
「父上、お言葉ですが……」
「まぁ、お待ちなされ、太郎様」
タロウが何か言おうとしたのを制したのは、その隣に座っていた初老の男だ。厳つい顔をした男で歴戦の古強者ような雰囲気を纏っている。
「嫡子とは言え、お屋形様に対して言葉が過ぎますぞ。か弱きおなごを戦に出したとなれば武田の軍が笑い物になり申す。が、そこにおられる姫様は武勇に優れておるそうじゃ。お屋形様をお信じになりませぃ」
男は低い声で隣のタロウをたしなめた。だけど、たしなめたようには思えない。あたしには「おなごが戦に出ると武田の軍が笑い物になる」というところだけが強い口調で聞こえた気がする。気のせいだろうか……。
「止めるな、ジイ。わしはな、武田が笑い物になるのが嫌なのじゃ」
タロウの言葉で部屋全体が一瞬静かになった。だが、すぐにタロウの近くに座っていた中年の男が立ち上がって声を上げた。
「この武田が笑い物になると聞いては黙っておれませぬ。我らは姫様の武勇をこの目で見とうござる。のぉ、皆の衆」
「おお、そうじゃ、そうじゃ」
タロウの周りに座っている男たちが口々に同調する。どうやらこの男たちはタロウの配下たちのようだ。
「おまえたち、静まるのじゃ。姫様の武勇をおのれの目で見たいなどと畏れ多いことを申すな。お屋形様に恥を掻かせる気かっ!」
お屋形様に恥を掻かせるって、つまり、このジジイはあたしが弱いと決めつけているようだ。信玄の言葉を信じてないと言ってるようなものだ。
これにはあたしの隣にいる信玄も唸り声を上げている。かなり怒っているみたいだ。
「むむむっ……、虎昌っ! 宿老のそちがそこまで申すか! されば、羅麗よ。この場でそなたの武勇を披露せよ。誰か、羅麗の相手をして、仕合する者はおらぬかっ!?」
「いや、拙者はお屋形様を信じよと申しておるだけでござる。じゃが、ここにおる武将共も姫様の武勇を見ずば静まらぬと存ずる。されば……」
ジジイは周りを見渡して、ひとりの男に目を付けた。
「彦八郎、そちがよい。姫様のお相手をいたせ」
「おれに……? 姫様が怪我をしてもよいのか?」
男の名前はヒコハチロウと言うらしい。若いが鍛えた体をしていて、どこかふてぶてしい。
「彦八郎か、日頃の武勇自慢をこの場で披露せよ。怪我の心配は無用じゃ。たとえ姫に怪我をさせたとしても責任は問わぬ。誰か木刀を持ってまいれ。庭を広げよ」
信玄が命じると、バタバタと庭が片付けられ、木刀が用意された。
「これは良い余興じゃ」
「姫様に勝ってほしいのぉ」
「彦八郎よ、少しは手加減いたすのじゃぞ」
周りの男たちは勝手なことを喚き始めた。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




