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SGS218 忍びを護衛にする

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 毛布を解いて、信玄だけをまず起こした。


「悪いけど、ここから歩いて城まで帰ってくれる? それと、その寝間着のままじゃマズイでしょ。あなたの服は持ってきたから着替えたら?」


 亜空間バッグから信玄の衣服を取り出すと、信玄は驚いた顔をした。


「わしの着物が何も無いところから出てきたが……。まことに妖術じゃな」


 信玄は服を着替えながら眠っている忍者を見た。


「この者も一緒に連れて帰るが、よいか?」


「ええ。あなたはこの護衛を連れて城から散歩に出て、そして城に戻った。そういうことにすればいいわね」


「そうよな……。この者を起こして昨夜のことを示し合わせておかねばなるまい。ただ、その前に……」


 信玄はあたしの顔をじっと見つめた。


「えっ? なに?」


「わしはそなたの名前も知らぬ」


「ああ、あたしの名前ね? ラウラよ」


「らうら……。らうら姫じゃな。そなたの名前に字を与えてつかわそう。そうじゃな……。らうら……。羅麗……でどうだ。羅刹天の羅の字に麗しいという字だ。羅麗姫……。姫武将に相応しい良い名じゃ」


「ラセツテン……?」


「羅刹天は破壊を司る鬼神じゃが、おなごの羅刹天は美しいと聞いておる。まさに天界より現れたそなたのことだ」


 あたしのことを女天狗と言ってみたり、羅刹天と言ってみたり……。勝手にすればいい。


「名前の字はあなたに任せるわ」


「おお、承知した。そなたはわしの娘で、名前は羅麗……、羅麗姫じゃ」


 信玄は自分が付けた名前がよほど気に入ったのか機嫌良さそうに笑顔を見せた。


「それとな……、わしはそなたの父となる。ゆえに、これからはわしを父上と呼ぶのじゃ。わしはそなたを羅麗と呼ぶでな……。さぁ、羅麗よ。わしを父上と呼んでみよ」


 えっ! そんなことを急に言われても……。でも、そう呼ぶしかないわね……。


「ち、ちちうえ……」


「うむ……。何か、よそよそしく聞こえるぞ。今一度呼んでみよ」


「ちちうえ……、父上……」


 何度か繰り返すうちに慣れてきた。


「まぁ、よかろう。されば、護衛を起こしてくれ。この護衛の前でも父上と呼ぶのじゃぞ」


 眠り解除の魔法を掛けると、護衛は目を開いて周りをさっと見渡した。すぐにバリアの呪文を唱えて信玄を護る体勢になり、あたしに向かって短剣を構えた。


「待て! その者は敵ではない。わしの娘じゃ」


「お屋形様、お言葉ですが、この者がお屋形様の御子様ならば魔法を使えるはずがありませぬ。この者は魔法を使って我らを眠らせた上に、かような場所まで我らをかどわかして参ったのです」


 護衛は短剣をあたしに向けたまま後ろにいる信玄に言葉を返した。


「おまえの言うとおりだ。本当のことを申そう。実はな、その者は女天狗なのだ。わしと取引きをするために天界から舞い降りてきた。その女天狗殿はわしの娘となり、姫武将となってわしの味方をしてくれるそうじゃ。その代り、戦で武功を立てれば女天狗殿にわしは領地を差し出す。女天狗殿とわしはそういう取引きをしたのだ。それゆえ女天狗殿は敵ではない。わしの娘となったのじゃ。分かってくれたか?」


「この者が女天狗だと申されるのですか? お屋形様、この者は偽りを申しておるかもしれませぬ。かような怪しき者をなぜ信じなさる?」


「この者が女天狗であろうが無かろうが、怪しかろうが無かろうがどうでもよいのだ。この者が妖術を使い、わしやおまえを城から運び出したことは確かなことだ。それだけの力を持っておるのだ。それに、わしもおまえも傷一つ負わされておらぬ。わしらに敵対する気は無いということじゃ」


 それでも護衛は構えを解かない。なかなか頑固な女のようだ。


「刀を収めよ! 羅麗姫がその気になれば、わしやおまえなどすぐに殺されてしまうぞ!」


 信玄が語気を強めて命じると、ようやく護衛は構えを解いた。


「それでよい。今言うたとおり、おまえが眠っている間に、わしは羅麗姫と取引きをした。じゃが、そのことが公になれば大騒ぎになり、わしは女天狗に頼って戦に勝とうとしておると世間の物笑いになってしまう。それゆえに……、な。ここまで言えば、おぬしも分ろう」


「どうせよと?」


 護衛は構えは解いたが、あたしを睨みつけたままだ。


「騒ぎにならぬようにな、周りの者が得心する話をわしは既に考え済みじゃ。それゆえ、その話を元に、わしとおまえで口裏を合わせておくのだ」


「どのような話でございますか?」


「それはな……、かような話じゃ。昨夜は羅麗姫と会うために城を密かに抜け出して、わしはここまで歩いてきた。おまえ一人を護衛に連れてな。羅麗姫はわしの隠し子でな、これまで世間に隠しておった。わしが羅麗姫と会うのは、羅麗が赤子のときに別れて以来じゃ。どのような娘に育っておるか分らぬゆえ、こっそりと会いたい。じゃが、警護の者に見つかるとうるさい。それゆえ、周りの警護の者は皆、おまえに頼んで術で眠らせたのだ……」


 信玄はまるで我が子に何かの物語りを語り聞かせるようにゆっくりと話した。


 隠し子に会ってみると、その娘は武勇を好み、体を鍛えていることが分かった。そこで信玄はこの娘を正式に我が子として公に認め、姫武将とすることに決めた。そういう話を護衛に語って聞かせた。


 あたしはその話を聞きながら感心していた。たしかに信玄の配下たちも納得するだろう。よくまあ、こんな都合のよい話を思い付くまま上手く作れるものだ。


 護衛もそれを聞きながら相槌を打っていたから納得したのだろう。


「よいか、昨夜からのことは今わしが話したことがすべてじゃ。ほかのことは忘れよ。よいな? おまえの一族の者にも女天狗のことは語るでないぞ」


「承知いたしました」


 護衛は地面に片膝を突き、頭を下げた。


「それでよい。ところで、おまえの名前は何と申す?」


「楓でございます」


「かえで? 楓か。良い名じゃ。では、楓。あらためて、おまえに命じる。これからおまえは羅麗姫専属の護衛となり、姫専属の忍びとなるのだ。加えて、わしと羅麗姫との間の連絡役もおまえに申しつける。よいな?」


「はっ。畏まりました」


「羅麗、聞いてのとおりだ。これからは楓がそなたに付く。わしとそなたとの連絡役ともなるゆえ、よろしく頼む。楓、姫に挨拶をいたせ」


 信玄はあたしに向かってニヤリと笑った。信玄の配慮のおかげで、このカエデという名の忍者と普通に話ができるようになる。親しくなれば色々聞き出せるかもしれない。


 だが、信玄の狙いはそれだけではないはずだ。楓にあたしを監視させるつもりだろう。さすがは信玄だ。知恵や口ではとても敵いそうにない。


「姫様、あらためてご挨拶申し上げます。楓でございます。姫様付きの護衛と連絡役を申しつかりましたゆえ、よろしくお願い申し上げます。それと……、先ほどの無礼をどうかお許しくださいませ」


 カエデはあたしの方に向きを変えて頭を下げた。片膝を地面に突いたままの恰好だ。


「ラウラよ。よろしくね」


 簡単に挨拶を返した。


「お屋形様、早く城に帰らねば……。お屋形様が寝所から姿を消されたと、今ごろ城では大騒ぎになっておるでしょう」


「そうだな。では、楓を借りて城まで帰るといたそう。羅麗姫。夕刻にまた会おうぞ」


 信玄は歩き掛けて足を止めた。


「羅麗……、わしの草履は?」


「あっ! 持ってくるのを忘れてた。待ってね……」


 亜空間バッグから予備の革のサンダルを取り出した。信玄の身長はあたしと同じくらいだから履けるだろう。


「これを履いて帰って……。ええと、ちちうえ……」


 信玄はニタリと笑って、サンダルを履いた。


 驚いたことに、いつの間にかカエデは服を着替えていた。さっきまでは黒い忍びの衣装を着ていたのに、今は薄茶色の小袖を着て、覆面も外している。どこにでもいるような村の娘に見える。


「いつ着替えたの? 魔法?」


「いえ……。これは魔法ではございませぬ。忍び衣装の裏がこの衣装になっておるだけで……。素早く着替えるのは忍びなら当たり前かと……」


 なるほど。裏返しで着られる衣装か……。さすがは忍者だ。


 信玄とカエデは城に帰っていった。あたしはどこかの樹の上にでも隠れて、休憩を取ることにしよう。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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