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SGS216 タヌキ親父と取引きする

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 あたしは信玄の寝室にいた。信玄はすぐ近くで寝具に包まって眠っている。


 そろそろ朧な状態が終わる時間だ。朧な状態が終わればすぐに、あたしは信玄を眠らせたまま外へ運び出そうと考えていた。安全な場所で信玄と話し合って、終われば信玄をその場で解放するつもりだ。


 信玄が寝所に入ったときに、あたしは朧な状態のまま壁や天井を通り抜けて周囲を調べ尽くしていた。


 この寝所の間取りはシンプルだった。信玄が眠っている寝室が建物の真ん中にあり、その八方を別の部屋で取り囲んだ配置だ。寝室以外のどの部屋にも護衛の侍が数名ずつ詰めていたし、天井裏にまで護衛が配置されていた。さらにこの寝所の周囲は高い板塀で囲まれていた。暗殺を警戒しているのだろうが、多数の護衛も高い板塀もあたしには無意味だ。


 不意に朧な状態が終わった。すかさず眠りの呪文を唱えた。範囲魔法だ。信玄だけでなく周囲にいた護衛たちは完全に眠ったはずだ。


 まず、寝具のそばに畳まれていた信玄の衣服を亜空間バッグに放り込んだ。話し合いが終わった後で寝間着姿のまま信玄を解放するのは気の毒だ。なにしろ、あたしはこの大名の味方になるのだから親切丁寧に対応しておくべきだろう。


 信玄を寝所から運び出そうと念力の呪文を唱え始めたときに突然、あたしのバリアが連続して光りを発した。


 えっ!? 何かが飛んで来てバリアに当たったのか?


 短剣だった。床の上にバリアに弾かれた短剣が数本落ちている。


 飛んできたのはどこから? その答えはすぐに分かった。天井から黒装束を纏った護衛が一人飛び降りてきたからだ。


 護衛は信玄とあたしの間に転がるようにして入って来て、姿勢を低くして短剣を構えた。無言だ。頭巾で顔を隠しているが、その目だけは射殺しそうなくらい強い殺気を込めてあたしを睨んでいる。


 どうして眠りの魔法が効かなかったのだろう?


 急いで探知魔法で確かめると、ソウルオーブの明確な反応があった。この護衛はソウルオーブを装着していた。あたしはそれを見過ごしていたのだ。


 驚いたことに護衛はバリアを張っていた。バリアの魔力は僅か〈5〉だ。そんな弱いバリアであたしの眠りの魔法を防ぐことはできないが、護衛はバリアを張っていて眠りの魔法で攻撃されていることに気付いたのだろう。おそらく体のどこかを抓るとかして、眠らないように瞬時に何らかの対策を取ったのだと思う。


 こっちの世界でソウルオーブを装着した者がいるなんて思いもしなかった。朧な状態のときに信玄の周囲を調べ尽くしたと考えていたから、これはあたしの完全な油断が招いた失敗だ。


 護衛は今、バリアを張った自身の体を盾として信玄を護ろうとしている。


 こっちの世界の人間がどうしてソウルオーブを装着しているのか、それを確かめねばならない。だが今は、その時間はない。寝所の異常に気付いて兵士たちが押し寄せてくるかもしれないからだ。


 あたしは護衛に向けてバリア破壊と眠りの呪文を立て続けに唱えた。護衛は信玄が眠っている寝具の上に重なるように倒れた。


 面倒だがこの二人を眠らせたまま運び出すしかない。二人を一緒に亜空間バッグから取り出した毛布で包み、縄で縛った。信玄の寝具を何事もなかったように綺麗に整え、床に落ちていた短剣も回収した。


 毛布に包まれた二人を念力で運びながら引き戸を開けて隣の部屋に入った。そこには護衛の侍たちが床の上で眠っていた。外へ通じる引き戸を開けると中庭に出た。その先は高さ3モラくらいの板塀だ。


 浮遊の呪文を唱えて上空へ昇っていくと、北からの強い風が吹いていた。その風に身を任せると、どんどん流されていくのが分かる。今の季節は分からないが、空中でも寒くはない。信玄が風邪を引いたりすることはないだろう。


 夜が明けたようだが、曇っているせいかまだ薄暗い。10分ほど風に流されて、眼下に見えていた山の中腹に下りた。信玄たちは眠ったままだ。


 下り立った場所は緩やかな傾斜地で高い樹が生い茂っていた。魔法で樹を何本か倒して、その場所に石壁の魔法で小屋を作った。雨が降りそうだったからだ。雨に濡れながら話をするのは信玄も嫌だろうし、あたしも嫌だ。


 小屋の中を照明の魔法で照らした。小さな小屋だが、ベッドを二つとテーブルと椅子を配置した。そのベッドには信玄と護衛を寝かせている。


 そろそろ起こして話を始めよう。護衛は眠らせたままにして、信玄だけを起こした。起こす前に魅了の魔法をたっぷりと掛けておいた。


「目が覚めた?」


「……」


 信玄は無言であたしをじっと見つめ、体を起こしながら小屋の中を見渡した。眠っている護衛と大きく開いた窓から見える樹々を見て眉をひそめた。


「見てのとおり、ここは城の中じゃないわ」


 あたしはテーブルの椅子に腰を下ろし、信玄はベッドの上で毛布に包まりながら胡坐を組んでいる。


「そなたは天界から下ってきた女天狗であろう? 馬場美濃守から聞いておる。わしを城から連れ出して、どうするつもりだ? わしを警護しておった者たちはどうした?」


 さすがに戦いの場数を踏んできた戦国大名だけあって、怖がっている様子はない。


「あなたと話がしたいからここまで連れ出したのよ。城の中じゃ落ち着いて話し合いができそうにないものね。あなたの護衛たちは全員眠らせたわ」


「美濃守が申しておったが、わしと取引きをしたいそうだな? わしの味方をする代わりに安住の地を与えよと、そう申しておるとか……」


「ええ、そのとおりよ」


「それは断る!」


 思い掛けない言葉が信玄から出た。眉一つ動かさないが意志が強そうな顔だ。


「どうして? その理由は何なの?」


「美濃守から聞いたが、そなたは妖術を用いるそうだな。火球で山野を爆破したり、空に舞い上がったりしたと聞いておる。わしの味方をするというのは、その妖術を用いて敵を葬るということであろう?」


「そうだけど……、それが何か問題なの?」


「そなたの妖術でわしが上杉との戦に勝ったとしたら、どうなると思う?」


「どうなるの?」


「世間から笑われるわっ! 上杉とは何度もこの北信濃で戦ってきたが、決着がつかなんだ。信玄坊主は上杉に敵わぬと考えて、とうとう女天狗の力を借りて妖術で上杉に勝ったそうじゃ。世間では面白おかしくそう言うであろう。そのようなことをすれば物笑いの種じゃ。川中島で死んでいった武将や足軽共が化けて出てくるわぃ」


「でも、勝ちは勝ちでしょ? それであなたは領地を広げられるし、上杉の邪魔が入らなくなれば他国との戦いもずっと有利になるわよ?」


 この時代の状況はコタローから教えてもらったから、あたしもちょっとは反論できるのだ。


「わしはな、悪辣と言われようが卑怯と言われようが一向に構わぬ。じゃが、世間の物笑いになることだけは我慢ならぬ」


 太い眉を吊り上げてあたしに凄んでくる。これ以上聞く耳を持ちそうにない。頑迷そうなオヤジだ。


「じゃあ、あなたとの取引きはできないわね。どこか別の大名と話をするわ」


「諦めが早いのぉ。じゃが、まぁ待て。そう急くでない」


 突然、信玄は表情を変えた。


「さようなキツイ顔をしては、美人が台無しじゃぞ」


 あたしの顔を見ながら信玄は頬を緩めてにこやかに微笑んでいる。あたしは今の自分の表情は分からないが、たぶん不満げな顔をしているのだろう。それを面白がって……。


 このタヌキおやじ! 何を考えてるの?


 信玄はジロジロとあたしの体を見始めた。スケベなことを考えてるのねっ!


「良い体をしておるな。それに美人で若い……」


「このドスケベ! あたしに手を出そうとしたら殺すよっ!」


「何を勘違いしておるのだ? わしはおまえの鍛えた体とその美しさに見とれておったのだ。それにな、取引きを止めるとは申しておらぬ。その鍛えた体を使うなら、わしとの取引きを諦めずともよい」


 たしかに、あたしはハンターを15年間やってきたし、サレジ隊の訓練は特に厳しかった。


「魔物と戦うために体は鍛えてるけど、それが取引きと何の関係があるの?」


「魔物と戦っておったとな? それは好都合じゃ。どうだ、姫武将にならぬか? 姫武将になるなら、そなたが望んでおる取引きを進めてもよいぞ」


 信玄はあたしにニンマリと微笑みかけた。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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