SGS214 城代を攻略する
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
深志城の中には簡単に忍び込めた。見張りの兵士が何人かいたが、眠りの魔法に抗うことはできない。城内の建物をすべて回って、見張りの兵士だけでなく眠っている者たちへも念のため眠りの魔法を掛けていった。
城内にいた者は全員眠らせたはずだが、城代の馬場信春がどこで眠っているのか分からない。城代の部屋はどこだろう? 眠っている女の使用人を起こして尋ねることにした。
こんなときにケイのように暗示魔法を使えればいいのだけど、あたしにはムリだ。これまで何度も試してみたことがあったが、どうやっても暗示魔法は失敗するのだ。代わりにあたしが使っているのは魅了の魔法だ。暗示魔法ほどの効果は無いが、魅了を掛ければ、相手はあたしに素直に従うようになる。
今回も魅了を掛けてから女を起こした。そしてこう尋ねた。
「あたしはご城代様から呼ばれて夜中に忍んでくるように言われた者です。ご城代様のお部屋まで案内してください」
「まぁ、お綺麗な方ですこと。ご城代様がわざわざ戦を抜け出して戻って来られたのは、このようなご用だったのですね……。ご案内いたします。こちらでございます」
魅了の魔法がたっぷりと掛かっているから、女はあたしの話を完全に信じ込んでいる。城代が女性と密会するために戻ってきたと勝手に思い込んでいるようだ。
寝静まっている館の中を廊下を何度も曲がって部屋の前まで来た。ここが城代の部屋だそうだ。案内してくれた女へ部屋に戻って寝るように言うと、女は素直に引き返していった。
部屋の引き戸を開けて中に入ると、初老の男が寝具に包まって眠っていた。
さっき城内を眠りの魔法を掛けながら回ったときは建物の外側から範囲魔法で眠らせたから、城代の顔を見たのは今が初めてだ。馬場信春は顎髭を生やした50歳くらいの男で、精悍な顔付きだった。
城代を起こして話をしたいが、この場所では危険だ。あたしはこの城代を城の外に連れ出すつもりでいた。隠れ家を作ったあの山まで連れていくのだ。
浮上走行と念力を使って城代を山の上まで運んできた。焼け落ちた建物があるところだ。夜明けが近付いているらしく、辺りは明るくなり始めている。
マサヒデの横に城代を横たえて、眠り解除の魔法で二人を起こした。
「ここはどこじゃ!? そちたちは誰じゃ?」
城代はマサヒデとあたしの顔を交互に見ながら不思議そうな顔をした。
「これはご城代様……」
マサヒデは目の前にいる男が城代の馬場信春だと気付いたらしい。慌てて城代の前でひれ伏した。
「おぉ、たしかその方は稲森……」
「はっ。稲森政秀でございます」
「この女は? いや、それより……、わしはかような場所に来た覚えはない。はて面妖な……」
説明してあげよう。
「あたしが連れてきたのよ」
二人に対して深志城に忍び込んで城代を連れ出したことを語った。
「それでね、城代さん。あなたをここまで連れ出したのは、ここで会わせたい人がいるのと、大事なお願いがあるからなの。あたしが今から話す要求を受け入れてもらいたいのよ。もし受け入れてくれないなら、あたしが魔法を使って深志城を破壊するわよ」
あたしが説明を始めたとき、城代は表情を強張らせながらもあたしの話を黙って聞いていた。だが、あたしの最後の言葉を聞いた途端、まなじりを吊り上げて怒鳴り始めた。
「稲森っ! そのほう、謀反を起こす気かっ! かような卑しい女を使った上に、なんと申した? 魔法で城を破壊するじゃと!? 片腹痛いわっ!」
「ご、ご城代様、それは誤解にございます。拙者は知らぬこと……」
「城代さん、そんなに怒っても、そこにいるマサヒデさんは何も知らないわよ。あたしが無理やりここに連れてきただけ。あなたと同じようにね。それより、あたしの要求を説明するから話を聞きなさい」
「何を戯言を申すのじゃっ! わしは女子供には手を出さぬ男じゃが、そなただけは許しておけぬ」
城代はあたしに素手で飛び掛かってきた。武器を何も持ってないから素手で戦うしかなかったのだろうが、なかなかの迫力だ。だが、あたしのバリアに阻まれて転んだ。
何度やってもあたしを捕まえることができない。業を煮やしたのか、隣にいたマサヒデの剣を抜き取って、あたしに斬り掛かってきた。それもバリアに弾かれた。
切りが無いから電撃マヒを食らわせてやった。城代は泡を吹いて引っくり返っている。
「ご城代は死んだのでござるか?」
青い顔をしてマサヒデが城代の顔を覗き込んだ。
「城代は気絶してるだけよ。うるさいから電撃でマヒさせたの」
あたしの言葉を聞いてマサヒデはへたへたと床に座り込んだ。ホッとして力が抜けたのかもしれない。
「マサヒデ、ごめんね。迷惑を掛けるけど、もう少し付き合ってもらうわね。この剣は返しておくわ」
「刀をお返しくださるのか。それは有難いが、拙者はご城代に刃を向ける気はござらぬぞ」
「そんなことは分かってるわよ。あなたには城代との連絡役をお願いしたいと思ってるの。後で詳しく説明するから、少しだけ眠ってなさい」
マサヒデに眠りの魔法を掛けて、それからマリシィを呼びに行った。初めから城代を山の上に連れて来て交渉を行う計画だったが、その交渉にはマリシィも同席する段取りになっているのだ。マリシィが子供たちから少しの間離れることになるが、子供たちは隠れ家にいるから安全だろう。
これから城代と交渉だ。まず、交渉が有利になるように魅了の魔法をたっぷりと掛けた。そして城代のマヒを解き、マサヒデも起こしてから二人にマリシィを紹介した。
「マリシィはこの国の言葉を喋れないけれど、あたしよりも強い魔闘士よ。だから侮ると痛い目に会うわよ」
マリシィのことを紹介して、最後にそう付け加えると、城代は馬鹿にしたような顔をした。
「ふん! こけおどしの妖術など怖くはないわっ! どうせ体を痺れさせるだけじゃろう」
城代は電撃マヒだけを魔法だと思っているようだ。
『マリシィ、城代があたしたちの魔法を信じていないみたいだから、これからこの男たちに魔法がどれほどのものか見せようと思うの。爆弾の魔法を使うから、いいわね?』
『分かった。こいつらを驚かしてやろう』
マリシィがニヤリと微笑んだ。
もう夜は明けたのだろうが、曇り空のせいか周りの風景は薄暗い。
「ねぇ、あの川の向こう岸にあなたの軍勢がいるわね。見える?」
あたしが指差したのは数百人の兵士たちだ。マリシィたちが隠れていた川岸の竹藪の周囲を兵士たちはまだ取り囲んだままのようだ。陣形はそのままで、おそらく兵士たちはその場で眠っているのだろう。ここからは400モラ近く離れている。
「兵士たちが囲んでいる竹藪を見ていなさい」
魔力が半減してるから誘導爆弾の魔法は使えない。爆弾の魔法は撃ち放った後は制御できないが、これを使うしかない。あたしが呪文を3度連続して唱えると、10秒ほどの間にあたしの指先から3つの大きな火球が飛び出して兵士たちの方へ飛んでいった。射程ギリギリだが何とか届くだろう。
「おおっ!」
「なんとっ!」
城代とマサヒデが驚きの声を上げた。直後、火球が竹藪に立て続けに着弾して大きな火柱を上げた。
「ドガァァーン! ドガァァーン! ドガァァーン!」
少し遅れて爆発音とともに地面が揺れた。
竹藪があったところは土煙が上がって何も見えなかったが、しばらくすると土煙が晴れてきた。竹藪は無くなっていて、その場所には大きな穴が3つ開いていた。どの穴も辺りにある家よりもずっと大きい。
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。竹藪から50モラくらい離れていたから大きな怪我はしてないだろう。
城代とマサヒデは口をポカンと開けて放心状態だ。
『マリシィ。今度はあなたの力を見せてあげて。狙うのは……、あの山の麓でどうかしら?』
あたしが指差したのは竹藪とは反対方向だ。そこは以前に山火事でもあったのか樹木は生えてなくて、斜面には草地が広がっていた。さっきの竹藪よりも少し遠いようだが、爆弾魔法の火球は届くだろう。マリシィの魔力はあたしよりも強いはずだから。
マリシィが頷いて呪文を連続して唱えた。大きな火球が現れて列をなして飛んでいった。あたしのよりも火球は大きく数も多い。さすがだ。
遠く離れた草地に火球は次々と着弾して火柱を上げた。
「ドガァァーン! ドガァァーン! ドガァァーン! ……」
爆発音だけでなく地面を揺るがすような振動も伝わってきた。
土煙が晴れると、その草地にはいたるところに大きな穴が空いて見るも無残な地形に変わっていた。
「ご城代様。女天狗様に我らが敵うはずがございませぬ。どうか詫びを……」
マサヒデがひれ伏しながら城代に懇願した。
「ぬぬぬぬ……。稲森っ! 今そちは女天狗様と申したな? それはどういうことじゃっ!?」
城代に問われて、マサヒデがあたしのことを説明した。
「なにっ!? 空から下りてきたじゃと? ま、まことでござるか?」
城代があたしに向かって尋ねてきた。女天狗というのが何かは知らないが、この地では人族から畏敬の念を持って恐れられている存在のようだ。それなら、そのように振る舞ってやろう。
城代の問い掛けに頷き、あたしは浮遊の魔法を唱えた。体がゆっくりと空に上がっていく。50モラほど上がって見せて、それからゆっくりと下りてきた。
「天界から来られた女天狗様……。お山の神様でござったか……。知らぬこととはいえ、ご無礼つかまつった。どうかお許しいただきたく……、このとおりお詫び申し上げまする」
城代はあたしとマリシィにひれ伏した。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




