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SGS212 マリシィから経緯を聞く

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 子供たちを率いて山の麓に着いたが、まずは偵察だ。子供たちのことをマリシィに任せて、一人で山の中腹まで登ると、隠れ家に適した場所を見つけることができた。あたしが地面を掘って隠れ家を作っている間、子供たちや先生たちには樹木の間で仮眠してもらった。マリシィがバリアで全員を包んで守っているから保温は効いている。眠っていても寒くは無いはずだ。


 これまで何度も地面を掘って隠れ家を作ってきた。最初のころはケイが一人で作っていたが、クドル・インフェルノに長期間籠もって訓練する間に、あたしも自分一人で隠れ家を作れるようになっていた。ケイは何かの非常事態に備えて、あたしが一人で何でもできるように訓練してくれたのだ。


 でもケイのようには上手く作れないし、時間も掛かってしまう。それは仕方が無いことだと思う。ケイは神族だからどんな魔法も使えるし、技能も高い。それにアロイスから受け継いだスキルを色々と身に付けている。あたしはハンターとして剣や魔法の技能を磨いてきたが、所詮は人族だ。


 山の斜面は雑木と竹藪で覆われていた。その竹藪の斜面を掘削の魔法で20モラほど掘り進み、その先に10モラ四方の空間を作った。壁や床は崩れないように石壁の魔法でしっかりと固めた。トイレ用の小さな部屋と空気穴を何本か作り、隠れ家に出入りするためのトンネルをもう一本掘り進めた。太い樹の枝に飛び上がって、そこから幹を地面に向けて刳り貫いてトンネルと繋げた。これがもう一つの出入り口となる。地上からは見えないから兵士たちが捜しに来ても見つかることはないはずだ。


 眠っている子供たちを起こさないようにしながら、隠れ家の中に運び込んだ。亜空間バッグから何枚もの毛布を取り出して床に敷き、その上に寝かせた。


 最初に掘った穴の入口は外から分からないように竹藪で覆い隠した。すべての作業が終わるまでに4時間ほど掛かってしまった。


 あたしは少し焦っている。マリシィが朧な状態になってしまう前に話をしておきたいからだ。


 隠れ家の中で眠っている子供たちを見ながらマリシィと念話で話を始めた。


『何が起こったのかをお話ししますね……』


 ジルダ神様の暗殺未遂についてケイから聞いていたことをすべて語った。それと、ケイが神族と同じような能力を持っていて地球から召喚されてきたことや、ケイとあたしの関係やケビンとの関係についても話をした。


『ともかく、ジルダ神様がご無事でよかった……。ケイ様やラウラさん、あなたたちのおかげだ』


『ラウラと呼んでください。これからは長いお付き合いになるのですから』


『では、私のこともマリシィと呼んでほしい。友として、もっと気楽に話をしよう。ラウラ、よろしく』


『ええ、よろしく。マリシィ』


『それにしても、まさかクラーラがバーサット帝国の工作員だったとはな……。起こして尋問しようか?』


 あの見習い先生の名前はクラーラというらしい。


『いえ、今は時間が無いから尋問はもっと後のほうがいいと思うの。朧な状態が終わってからということで。それまではクラーラが警戒しないように普段どおりに接したほうがいいわね。それより、これからどうするかを話し合いましょ。この世界でどうやって生きていくのかを……』


『ああ……。でも、この世界で生きていくよりも、できれば子供たちだけでもウィンキアへ戻してあげたいのだが……。もう子供たちがウィンキアへ戻れないというのは確かなことなのか?』


『さっきお話ししたとおりよ。時空を超えて地球からウィンキアへワープする方法が無いのよ』


『だが、地球生まれのケイ様はそれができるのだろう?』


『ケイの魔力が〈1500〉を越えればね。そのために、必死に魔力を高めると言ってたわ。早ければ半年か1年くらいでケイの魔力はそれくらいになって、そのときは迎えに来てもらえる。でもさっきも話したように、ケイと一緒にウィンキアへ戻れるのはケイの使徒だけ……。つまり、今のところはあたしだけになるの。申し訳ないけれど……』


『それは……、ケイ様の使徒にしていただければウィンキアに戻ることができる、そういうことではないのか?』


『ええ。でも……、あなたはジルダ神様の使徒になってるから、今すぐ使徒の契約を解除したとしても、50年間は誰の使徒にもなれないわよ。ケイの使徒になる頃にはお婆さんになっちゃうと思うけど』


『ふふふっ。私のことを言ってるんじゃない。子供たちのことだ。今の話を聞いて、私はこの世界で生きていく覚悟ができた。この地でこの子たちを立派に育て上げるつもりだ。そして、ケイ様にお願いして立派に育った子供たちをウィンキアへ帰してあげたいのだ。私はそれを見守るだけでいい。あっ、だけど……』


『どうしたの?』


『私が年を取ったら、子供たちを見守ることもできなくなってしまうな……』


『あ……、ごめんなさい。言い忘れていたけど、その心配は要らないみたいよ。ジルダ神様が仰ったことをケイから聞いたんだけどね。どんなことがあってもあなたとの絆が切れることはないし、使徒の契約を解除するつもりもないと、ジルダ神様はそう仰っているそうよ』


『ジルダ神様……』


 マリシィの頬から涙が一筋こぼれた。千五百年もの間、ジルダ神様と苦楽を共にしてきた間柄だ。家族以上の強い絆で結ばれているのだろう。


『それに、ジルダ神様とのリンクは時空を超えて繋がったままだと聞いてるわ。ジルダ神様との間で念話とかはできないけどね……。でも、リンクは繋がったままだから、あなたは使徒としての能力は維持できるのよ。相反する属性の魔法も使えるし、年だって取らないの。だから、子供たちを育て上げて、ずっと見守ることもできるはずよ』


 あたしの話を聞きながらマリシィは静かに泣き続けていた。


『あたしはケイと一日に何度か念話で話をするから、何かジルダ神様へ伝言があれば伝えるし、ジルダ神様の様子も聞いておくようにする。だから泣かないで……』


『ラウラ、ありがとう……。今の話のことだが……、私がこの地で子供たちを育て上げて、ケイ様に気に入っていただけるくらい立派な大人になったなら、子供たちをケイ様の使徒にしていただけるだろうか?』


『そうねぇ……。使徒の数は限られているから全員は無理だけど、何人かは使徒にしてもらえるかもしれないわね。ケイには伝えておくけど、使徒にするかどうかはケイが判断することだから……』


『手数を掛けてすまない。その望みがあるだけでも、子供たちを育てる張り合いが出てくるよ』


 マリシィは涙を拭きながら明るい笑顔を見せた。


『でもね、マリシィ。ここで子供たちを育てると言っても、今は兵士たちから追われている身なのよ。それにしても、いったいどうして大勢の兵士たちに追われるような状況になってしまったの?』


『それは……』


 マリシィが強制転移でこの地に来てからのことを語ってくれた。


 孤児院の部屋であの紫色の光に包まれた直後、マリシィは自分や子供たちが見知らぬ山の中に強制的に転移させられたことに気が付いた。


 数日間を掛けて子供たちと一緒に山の中を歩き、麓まで下ってきた。麓の村で何人もの村人に出会ったが、言葉は通じないし異様な風体をした者ばかりだった。困っていたところを腰に剣を差した50歳くらいの男が現れて、自分の家に来るよう手招きをした。


 親切そうな男だったので付いていくと、男の家は比較的大きな屋敷で何人もの使用人たちがいた。男はこの家の主で、食べ物を出してくれたり別館に泊めてくれたりした。


 言葉が通じないため身振りや絵を描いて困っていることを伝えると、この家の主である男は何日でも泊まれと言ってくれた。


 その親切に甘えてマリシィたちは屋敷に滞在していたが、この地に転移して来て5日間が過ぎたときに突然、周りの何もかもが朧な状態になってしまった。子供たちや先生たちは普通の状態だったので、すぐに空腹や喉の渇きを訴え出した。それで、マリシィたちは亜空間バッグに持っていた非常食や水でしのいだ。


 その朧な状態が2日間続いて、突然に普通の状態に戻った。朧な状態に飽きていた子供たちはマリシィたちから離れたところで遊んでいたが、普通の状態に戻ったときに家の使用人たちに捕らえられてしまった。


 マリシィは驚いて家の主に身振りで子供を解放するように頼んだが、主は笑いながらそれを拒否した。それどころか家の主は自分の言うことを聞かなければ子供を殺すと身振りでマリシィを脅した。


 マリシィが拒むと一人の子供の腕を剣で突き刺した。怒ったマリシィは家の主を魔法で殺し、子供たちを傷付けようとした使用人たちも殺してしまった。


 生き残った使用人たちは逃げていった。その一人を捕らえて尋問すると、家の主はマリシィや子供たちを奴隷商人に売り払うつもりだったことが分かった。


 傷付いた子供はマリシィがキュア魔法で治療した。傷は思ったよりも軽く、この数日間で完治したらしい。


 逃げた使用人が兵士を二十人ほど引き連れて戻ってきたが、マリシィはあっさりその兵士たちを撃退した。翌日には百人規模の軍勢が押し寄せてきたが、これもマリシィの敵ではなかった。


 押し寄せてきた軍勢の指揮官に対して敵意が無いことをなんとかして伝えようとしたが、言葉が通じないため上手くいかなかった。


 これでは切りが無いとマリシィは考えた。そこで、兵士たちを派遣した領主を捕らえて、マリシィ自身がこの国を支配しようと考えた。それはこの地の兵士たちが魔法を使ってないことに気付いたからだ。この地に来てマリシィは自分の魔力が弱まっていることは分かっていたが、それでも弓や剣だけで立ち向かってくる軍勢に負けるはずがない。マリシィはそう考えたのだ。


 それで、子供たちを連れて領主が住む城へ向かった。だが、川に差し掛かったところで周りを大勢の兵士たちに囲まれてしまった。


 川は一昨日の嵐で水嵩が増して流れも速く、歩いたり泳いだりして渡ることはできなかった。マリシィがバリアで子供たちを守りながら浮上走行の魔法で川を渡ることはできるが、一度に全員を連れていくことは無理だった。何度かに分ければ可能だが、その場合はマリシィから離れた者たちが敵軍に攻撃されたり捕まったりする虞がある。


 数百人の兵士がいるようだが、マリシィが爆弾の魔法などを撃ち込めば皆殺しにできるはずだ。だがそんなことをしてしまうと、自分がこの地を支配するときに遺恨を残してしまう。


 どうしようかと迷っている間に日が暮れてしまった。そして、その夜にラウラが訪ねて来て、今に至るという話だった。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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