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SGS211 子供たちと合流する

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 四百人ほどの兵士たちを相手に正面突破をしようと、一旦はそう考えたが、ちょっと危ないかも……と気付いてしまった。


 もし、ここでそれをやってしまったら、今後は武田軍と敵対して戦う可能性が高くなる。そうすると、武田軍はあたしの魔法を恐れて次は数千の軍勢を出してくるかもしれない。


 その数を相手に戦うとどうなるか分からない。ケイやコタローに相談した方がいいだろう。だから今は正面突破は避けるべきだ。そういう結論に達したのだ。


 正面から行かないとなると……。


「ねぇ、マサヒデ。川の向こう岸はどうなってるの?」


「こっちと同じで、荒れ地のはずじゃが……」


「向こう岸にも兵が配置されてる?」


「いや、兵はおらぬじゃろう。悪人共が川を渡るのは無理じゃからの。一昨日の嵐で川の水は溢れんばかりに増水しておって、流れもまだ速いゆえ泳ぐことはできぬし、舟で渡るのも難しいからの。悪人共は川岸に追い込まれたといことでござる」


 つまり、川と対岸は警戒されていないということだ。川の上を浮上走行で進めば兵士たちに邪魔をされずにマリシィたちのところへ行けるはずだ。


「橋はこの近くにある?」


「橋でござるか? ご存じないかもしれぬが、この信濃国は戦が多いゆえ、橋など架けるだけ無駄なのじゃ。架けたとしても、すぐに焼かれたり壊されたりするのでな……」


「つまり、ここにいる兵士たちも向こう岸へ渡る方法が無いということね?」


「川の水嵩が減るまでは無理であろうな」


 あたしの作戦は決まった。夜のうちにマリシィと子供たちを向こう岸に脱出させるのだ。兵士たちが気付いても、追われる心配はない。


「夜になるのを待って、川の上を移動するわよ。あなたも一緒に来なさい」


「拙者も……、一緒に行くのでござるか……」


 マサヒデは案内人として役に立つ。それにこの男は正直だ。本人は迷惑そうな顔をしているが、もうしばらく一緒に行動してもらうことにした。


 あと1時間くらいで日が暮れる。それまではこの近くで休憩して食事も取っておこう。


 ………………


 辺りが真っ暗になった。あたしは浮上走行を発動して川に向かった。マサヒデには眠りの魔法で騒がないようにして運んでいる。


 兵士たちがいる場所を大きく迂回して川の上を走り始めた。たしかに水嵩は増していて流れも速い。でも、あたしは水面から2モラ上を走っている。水に濡れる心配はない。


 暗視の魔法を発動しているから70モラほどの距離までは昼間と同じように見渡せる。まずは対岸まで走って、マサヒデが言うように兵士たちが配置されていないことを確かめた。


 それからもう一度川の上を走って、背の高い竹藪が見えるところまで来た。この辺りにマリシィたちが潜んでいるはずだが、その竹藪は増水した川に浸かっていた。竹藪が生えているところは大人の腰のあたりまで水が来ているから、小さな子供なら溺れてしまうだろう。


 この場所にマリシィたちが潜んでいるという情報はデタラメだったのだろうか。もしかすると兵士たちも騙されているのかもしれない。


 そう思いながら竹藪に近付くと、その中に何か黒い塊のような物が見えてきた。金属製の大きな箱のようだ。箱の下半分は水に浸かっていた。上半分は水の上に出ていて、水面からの高さは1モラ半くらいだ。箱の幅は5モラくらいあるだろう。


 子供たちはその金属製の箱の上にいた。大人の姿も見えた。箱の上で寝転んだり座ったりしているようだ。マリシィたちだろう。


 箱とその上に乗っているマリシィたちは背の高い竹藪に完全に囲まれていた。それで兵士たちからは見えなかったのだ。


『そこで止まれっ! 誰だ? 名乗りなさい!』


 突然、あたしの頭の中に念話が飛びこんできた。この辺りで念話ができるのは一人しかいないはずだ。


『マリシィさんですね? あたしの名前はラウラ。レングランの孤児院であなたと一緒に子供たちをバリアで守った者です。あなたたちの味方です』


『あっ、あのときの……。こっちへ来てくれるか?』


 金属製の箱に近付くと大人の女性が一人、前に進み出てきた。ほかに大人の女性が二人いて、子供たちを後ろに隠すような仕草をしている。あたしを警戒しているのだろう。


 あたしが箱に乗り移ってマサヒデを降ろすと、子供たちの中から黒い影が飛び出してきた。


「ラウラ姉だっ! 会いたかったよぉっ!」


 抱き付いてきたのはケビンだ。あたしの胸の中に顔を埋めてスリスリしている。


「あんた、どさくさに紛れて何してんのよ!」


 頭に拳骨を落とした。


「いてっ!」


 抱き付いているケビンを引き剥がすと、マリシィと思われる女性が小声で話しかけてきた。30歳くらいでショートヘアの美人だ。ずっとジルダ神様の使徒として護衛を続けてきたせいか、どことなく男っぽくて立ち姿も美しい。


「その子と知り合いのようだが……。わけの分からないことばかりだ」


「ええ。詳しい事情は後でお話しします。ともかく無事にマリシィさんや子供たちと合流できて良かったです」


「あなたもこの地に強制的に転移させられたのか?」


「そうです。昨日、こっちへ来ました」


「昨日? それは変だな。私や子供たちは10日ほど前にこの地へ来たのだが……」


「それは……、正確に教えてください。何日前ですか?」


「えっ? ええと……、11日前だ」


「11日前……」


 やはり時間が合わない。マリシィとあたしはほぼ同時に時空を超えたはずなのに、この戦国時代へ辿り着いた時間がずれているのだ。もしかすると何か誤差のようなものが生じるのだろうか。それともう一つ確認するべきことがある。


「その間に朧な状態になりませんでしたか? この地の者や人がすべて朧に見えて、通り抜けることができるような状態です」


「ああ、突然にそうなって驚いた。だが、それが続いたのは2日間だけだ。その後は、また普通の状態に戻ったが……」


「普通に戻ったのは何日前ですか? 夜なのか朝なのかも教えてください」


「ええと、5日前の昼過ぎに戻ったが……。それが何か?」


 マリシィが指を折りながら話してくれたことは以前にケイが教えてくれたことと合致する。幽霊のナデアから聞いた話をもとにコタローが推測したところによると、こっちの世界に来たときはソウルが不安定だから、普通の状態が5日間続いた後、亜空間に入って朧な状態が2日間続き、また普通の状態に戻るそうだ。その繰り返しが半年ほど続いた後は普通の状態で安定するらしい。その半年間でソウルがこちらの世界に慣れるのだろうとの推測だった。


 ナデアが経験したことと同じ状態がマリシィたちやあたしにも起こるはずだ。そうだとすれば、マリシィたちは明日の昼頃にまた亜空間に入って朧な状態になるはずだ。そうなれば、あたしと2日間は接触できなくなる。できれば今夜のうちにマリシィと話をして、今後のことも相談しておきたい。


 あたしが考え込んでいると、焦れたようにマリシィが声を掛けてきた。


「この地は不思議なことばかりだ。住人とは言葉も通じないし、背丈や身なりも全然違う。魔法も知らないようだし、私たちは突然に朧な状態になってしまうし……。いったいどうなっているのか……」


「実は、ここはウィンキアではありません。地球という名前の異世界です。しかも、400年以上遡った過去に転移させられてしまったのです。朧な状態になったのは、あたしたちのソウルがこの世界では不安定な状態にあるせいで、亜空間に入ってしまうためです」


「えっ、本当か!? そんな馬鹿な……」


「本当のことです。詳しくお話ししたいのですけど、ここは兵士たちに囲まれていて危険です。話をする前にもっと安全な場所に移動しましょう」


「だが、どこへ?」


「川を渡って、近くの山へ移動するのです。夜のうちにその山の中に隠れ家を作ろうと思っています。そうすれば今よりもずっと安全になりますから」


 あたしはマサヒデから手ごろな山があることを聞き出していた。深志城の北西にある低い山で、そこには樹木が鬱蒼と生い茂っているそうだ。隠れ家を作るにはちょうどよい。


「しかし、子供たちと先生二人をバリアで守りながら川の上を移動しなければならないのだぞ。私が本来の魔力を使えれば何の問題もないのだが」


「魔力が半減しているのでしょう? こちらの世界ではそうなるそうです。あたしも魔力が半分になってしまいました」


「そうなのか。こちらの世界では魔力が半減するのか……」


「それでも、こっちの人族は魔法を使えませんし、魔物も魔族もいません。魔力が半減しても、あたしたちは十分に優位に戦えますよ」


「それなら子供たちを守ることもできそうだな」


「ええ。とりあえず、あたしたちで手分けして子供たちを向こう岸に運びましょう。川は浮上走行の魔法で渡ります。バリアを張りながら念力で子供たちを運ぶので、眠っている子供は起こして手を繋ぐように言ってください。そうすれば何とか運べると思います」


「川を渡るのか……。ここから抜けるにはそれしかないだろうな。そうしよう。ところで、この男は? この地の住人のようだが、どうするのだ?」


 マリシィはマサヒデを指差した。


「この人は案内人です。役に立つので、この人も連れて行きます」


 あたしとマリシィでそれぞれが子供を五人ずつ対岸まで運んだ。そして、あたしが子供たちを守りながら対岸で待っている間にマリシィが箱のところまでもう一度戻って、先生たちとマサヒデを運んできた。


 マリシィが戻ったのにはわけがある。あの金属の箱を回収するためだった。あの箱はマリシィが非常時に備えて亜空間バッグで常時携帯している避難小屋なのだそうだ。鋼壁の魔法で頑丈に作ってあるらしい。今回はそれが役に立ったということだ。


 川沿いの荒れ地を抜けて小道に出た。周囲は田んぼと畑だ。子供たちは手を繋ぎながら暗闇の中を健気に歩いて付いてきた。先生たちと年長の子供たちが小さい子の手を引いている。声を出してはいけないと言い聞かせておいたから、全員が無言を通している。今が危険であることを子供たちも感じ取っているのだろう。


 あたしは先頭に立ち、マリシィは最後尾を守っている。マサヒデは眠らせたままあたしが念力で運んでいた。しばらく歩くと前方に黒々とした雑木の林が見えてきた。緩やかな傾斜となって、道が途切れた。ここから先は鬱蒼とした樹木が上の方へ続いている。マサヒデが話していた低い山の麓に着いたようだ。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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