SGS208 時空の彼方
アーロ村の自分の家に戻ったオレはリビングの椅子に腰を下ろした。周りには誰もいない。ダイルにも自分の家に戻ってもらった。一連の出来事を知ったアイラ神が訪ねてくることになっていて、その応対をダイルに任せたからだ。
オレは念話でラウラに呼び掛けた。ユウとコタローは異空間ソウルの中で耳を澄ませているはずだ。1回目の念話は失敗。2回目も失敗……。
何度か失敗が続いて、ようやく繋がった。
『ラウラ、聞こえる? わたしの念話が通じたら返事をして!』
『ケイ!? ケイなのね? よかった……。何度やっても念話が通じなかったから、もうダメかと思っていたのよ』
『ラウラ、怪我とかしてない? ケビンは? それと子供たちやジルダ神の使徒は? みんな無事なの?』
『あたしは怪我もないし大丈夫よ。でも、ケビンや子供たちのことは分からないわ。ここにいるのはあたし一人だけだから。周辺を少し調べたけど、誰もいないみたい。ケビンや子供たちの姿もないわ。それで、どうなったの? ジルダ神は無事なの?』
『ジルダ神はダイルが亜空間シェルターの中に入れて守ってくれたから大丈夫。でも、ケビンや子供たち、それに先生やジルダ神の使徒も強制的に異空間に転移させらたみたいなんだ。ラウラやわたしもそれに巻き込まれたんだ』
『やっぱり強制的に転移させられたのね。ここに転移で飛ばされてきたのはあたしだけみたいだから、ケビンや子供たちは別の場所に転移させられたのかもしれないわね。それにしても、ここはいったいどこかしら?』
『ええと、説明には時間が掛かるけど、ラウラが今いる場所は安全なの?』
『ええ、今のところは安全だと思う。探知魔法で探ったけど周囲には魔物や魔族はいないみたい。ここがどこかなのかは分からないけど、あたしがいるのは山の中よ。魔樹海じゃないわね、樹の高さが低いから。もちろんバリアを張ってるし、樹の上に隠れてるから精一杯の安全は確保しているつもりよ』
『驚くかもしれないけど、ラウラが今いるのは地球だと思う。それも過去の地球なんだ』
『ええっ! 地球って、ケイが生まれた世界よね。しかも過去って……。あたしの魔力が半分になっているんだけど、地球に転移させられたせいだったのね』
『でもね、ある意味ラッキーだったんだよ。地球に漂着したんだし、地球でも魔法を使うことができているんだから。下手をしたら、亜空間の中でずっと漂っていたかもしれないし、ソウルリンクだって切れていたかもしれないからね』
オレは正直ほっとしていた。ラウラのロードオーブは亜空間を通してウィンキアソウルと正常にリンクしているようだ。時空を超えてもソウルリンクがちゃんと繋がっているということだ。ラウラはこれから過去の地球でしばらくの間生活しなければならないだろうし、何らかの危険に対処する必要もあるだろう。だが、魔法があれば生き抜くことはできるはずだ。
オレはラウラに孤児院で起きた一連の出来事を語った。
『そう……。バーサット帝国がミレイ神を取り込むための計略だったのね。腹立たしいけど、ジルダ神は無事だったし、こちらの味方になってくれるのは有難いわね』
『問題はね、時空を超えて転移してしまったケビンや子供たちをどうやって救い出すかってことなんだよね』
『ねぇ、ケイ。こっちへワープで迎えに来れないの?』
『今は無理なんだ。わたしの魔力では時空を超えてワープすることができないから。でもね、コタローの話だと、わたしの魔力が〈1500〉を超えたら、時空を超えてラウラのところへワープできるようになるって。だから頑張って魔力を高めて、必ずラウラを迎えに行くから。でも、ケビンや子供たちについては連絡も取れないし、連れ戻す手段も無いんだよね』
『そう……。まずは子供たちを見つけることから始めないといけないわね。ところで、あたしはどれくらい過去に飛ばされたのかしら?』
『どれくらい過去なのかは分からない。この前に日本に戻ったときのことを話したよね。幽霊のナデアのことを覚えてる? 彼女の場合は数百年前って言ってたけど……』
『山を下りて確かめるしかないわね。今は夜だから、夜が明けたら行動を開始するわ』
『分かった。まずはケビンや子供たちを捜し出してほしい。子供たちがジルダ神の使徒と一緒なら安心だけど、はぐれている可能性もあるから心配なんだ。ジルダ神の使徒はマリシィっていう名前だからね』
『ケビンや子供たちのことはあたしも心配よ。何とかして捜してみるわ』
『うん、お願い。さっきも言ったように、わたしの魔力が〈1500〉を越えたらラウラを迎えに行くから、無理なことは絶対にしないでほしい』
『分かってる。ありがとう、ケイ』
その後も細々とした打ち合わせをしてから念話を切った。
このときのオレは事態を軽く見ていた。自分の魔力を〈1500〉まで高めて、時空を超えてその地へラウラを迎えに行くだけだと考えていたからだ。ケビンや子供たちのことも、現地に行けばどうにかなると考えていた。
それがまさか、この先1年ちょっと経って、ラウラだけでなくオレもその地でとんでもない戦乱の渦に巻き込まれることになるとは予想だにしてなかった。それはウィンキアとの因縁で引き起こされる戦乱である。原因がウィンキアにあるということだ。
だがそれは1年以上も未来の出来事であり、今はまだその話をするべきではない。当分の間はオレのウィンキアでの足場固めの話を主として語っていくことになるが、もう一方でラウラの転移先での活躍も話しておかねばならない。それが近い将来、話が時空を挟んで交わりながら進んでいき、やがてラウラもオレもその戦乱に巻き込まれることになるからだ。まずはラウラがその地へ転移したところから話を起こしていこう。
――――――― ラウラ ―――――――
夜が明けた。ケイはここが地球だと言ってたけど、もしそうならウィンキアとよく似ている世界だ。でも樹の高さはせいぜい20モラくらいであり、100モラもある魔樹とは比べ物にならない。それに、山の中なのに魔物はいないし、動物の数も少ないようだ。そういう意味ではここはウィンキアよりもずっと安全かもしれない。
探知魔法で自分を調べると魔力が〈406〉になっていた。あたしの魔力はウィンキアの半分に落ちてしまったが、この地球という世界では十分だろう。そもそもこの地球では魔法を使える者はいないらしいから。
亜空間バッグの中身も確認したが、失った物は無さそうだ。これまで溜めてきたソウルオーブや大魔石、大金貨など、あたしの全財産が入っているのだ。それに、最近はクドル・インフェルノの中に長期間籠もって訓練を続けていたから、補給困難な危険地帯の中でも生きていけるだけの準備はしてあった。亜空間バッグの中には数年間分の食料や生活道具が入っている。当分はなんとかなるだろう。
進む方向を決めるために浮遊魔法を使って空に上がった。周りを山に囲まれているせいで人里は見えない。ゆっくりと数百モラ上昇して周りの山より高度を上げると、遥か遠くに蛇行しながら山間を下っていく川が見えた。その先は霞んでいるが、平野が広がっているようだ。
目指す方向が決まった。空中に浮遊したまま、風の魔法を発動してゆっくりと平野の方へ進み出した。道なき山中を藪漕ぎをしながら進むよりはずっと速いはずだ。
途中に子供たちがいるかもしれないから探知魔法で探りながら移動したが、人の気配は全く無かった。
川の流れを目安にしながら空中を進み続けた。人里が見えてきたのは昼過ぎだ。どの畑も一面が黄色く染まっていた。麦畑ではない。もしかするとこれが田んぼの稲だろうか。米という穀物かもしれない。ウィンキアには無い穀物だが、ミサキ(コタロー)が知育魔法で色々な知識を植え付けてくれていたから、なんとなくこれが米だと分かったのだ。
コタローが日本のことを教えてくれたのには理由がある。10日ほど前にケイが日本へ帰ったときに、お土産としてブルーレイディスクという円盤をたくさん買って来てくれた。その中にはお芝居が色々と入っていたのだが、それを楽しむためには日本語や日本のことを理解しておくことが必要だったのだ。その知識がこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
林の中に細い小道が見えた。そこに降りて道を下っていくとすぐに林が途切れて視界が開けた。見ると、道は田んぼの中をうねうねと下って小さな村に繋がっている。遠くに子供たち数人が小道を駆け下りていく姿が見え、その先には家々が豆粒のように見えていた。どれも粗末な平屋で、土壁と板葺きか藁葺きの屋根だった。
田んぼの稲を眺めながら村の方へ歩いていくと、村人たちが稲刈りをしているのが見えてきた。さっきは樹の陰になっていて見えなかったようだ。十人くらいいて、その中には女性の姿もあった。
男たちも女たちも小柄で痩せていた。誰もが薄汚れた前合わせのワンピースのような衣服を着ている。頭には笠を被っている者もいるが、大半の者が髪を結っていて泥や埃にまみれていた。はっきり言って、男も女も貧相な身なりだ。ここはかなり貧乏な村なのだろう。
昔の日本にナデアが送り込まれてきたときのことをケイから聞いていたが、村人たちの身なりや村の様子はそれに似ている気がする。つまり、あたしも数百年前の日本に来てしまったということだ。
小道を走り下りた子供たちが稲刈りをしている村人たちのところへ駆け寄った。こっちを見ながら何かを訴えているようだ。
何人かの村人たちが立ち上がってこちらを向いた。あたしの方を指差しながら何かを叫び始めた。
女たちが子供たちを連れて村の方へ駆け出していった。同時に男たちがあたしの方へ走ってきた。手にはさっきまで稲刈りで使っていた鉈のような物を持ったままだ。どうやら歓迎されていないらしい。
「おんなっ! おめぇ、どこから来た? どこの者だぁ?」
男たちはあたしを取り囲み、その中の一人が恐ろしい顔付きでこちらを睨みながら鉈を振り上げた。ほかの男たちも敵意をむき出しにしている。
男たちが話しているのは日本の言葉だ。コタローのおかげで、あたしにも理解できる。
「あっちから……」
あたしは山の方を指差した。
「うそこくでねぇ! あっちはお山があるだけで村も道もねぇぞ。さては、おめぇは上杉の物見か山賊の手先だな? ひょっとすっと、ガキ供が言うように空から下りてきた女天狗様かぁ?」
空から下りるところを村の子供たちに見られていたらしい。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)
SGSをお読みいただきありがとうございます。これからのSGSはウィンキアと現代日本だけでなく、戦国時代の日本も舞台に加えて、時空を跨ぎながら物語が展開していきます。言わば、異世界&現代&歴史ファンタジーですね。主人公たちの活躍がてんこ盛りで物語がちょっと長くなると思いますが、どうかこれからもよろしくお願いします。




