SGS204 本当の夫婦その3
―――― ジルダ神(前エピソードからの続き) ――――
何度やってもレング神様の首輪は外れない……。
「ごめんなさい……。レング神様、ごめんなさい……。首輪を外すことができないの……」
涙が溢れてきた。
「ずっと外したいと思っていたのです……。首輪を外したら……、そうしたら本当の夫婦になれると思ったのに……」
泣き顔を見られるのが恥ずかしくて顔を伏せた。悔しくて、情けなくて、申し訳なくて……。
「ううっ……」
泣いているとグイと引き寄せられた。レング神様の腕に抱かれていると分かったが、涙が止まらない。
「おまえは完全に誤解しているよ。これは我の首輪を外すために仕組んだ茶番では無いのだ。さっきから言っているように、ジルダ、おまえをバーサットの攻撃から守るために我はここに来たのだよ。それに、この首輪はおまえには外せない。この首輪を我につけたのはジルダではなくてケイさんなのだよ」
えっ!? どういうことなの?
レング神様の腕の中は心地よかったが、話を聞くために体を離した。そして、涙を拭いながらレング神様の顔を見つめた。
「私にお聞かせください。何が起きているのか……」
「我の話を素直に聞けるか?」
素直に聞く……。なんだか新鮮な言葉を聞いたような気がして、私は頷いた。
「ケイさんは初代の神族と同じ能力を持っているそうだ。神族封じの首輪も自在に外せるのだよ」
本当だろうか……。
「だが、言葉だけではおまえは信じないだろうね……。たしか、おまえは神族封じの首輪を持っていたはず……」
レング神様は私から視線を外して、近くにいるその女性に顔を向けた。
「ケイさん、手間を取らせるが試させてほしい。ジルダの手でケイさんの首に神族封じの首輪をつけさせたい。ケイさんがそれを自在に外せるところを見せてくれるだろうか? そうすれば我の話が本当だと分かるはずだから」
「いいですよ。どうぞ」
驚いたことにケイという女性は私の隣に腰を下ろして、首を差し出した。なんと不用心なことだろう。そこまでするのなら、私も本気で試させてもらおう。
異空間倉庫から神族封じの首輪を取り出し、女性の首につけた。そして首輪に対して従属開始の呪文を唱えると「カチッ」という音がして首輪が閉じた。
これでこの女性の魔力は封じたし、私はいつでもこの女性を電撃で罰することができるようになった。
だが、この女性は平然とした顔をしている。もしかすると、そのことを知らないのだろうか……。
「あなたは首輪を自在に外せるそうですね。でも、そんなことをすれば電撃罰を与えますよ。バリアをしていても役に立たないのですよ」
「電撃罰? それは止めた方が良いと思うけど……。でも……、今の状況を分かってもらうには、それが手っ取り早いかな……。じゃあ、やってみる?」
「生意気なっ!」
「ジルダ、止めなさいっ!」
レング神様が止めようとしたが、もう遅い。電撃罰の呪文を中断するつもりはないから。
呪文を唱え終わろうとしたとき、突然、全身から力が抜けて心臓を握り潰されるような激しい痛みが体を貫いた。目の前が真っ暗になった。
………………
体を揺すられて目を開けた。頭がぼんやりしているが、目の前の女性の顔を見て何があったか思い出した。さっきの激しい痛みは治まっていたが、その残滓のせいか体が気だるい。
ケイという名の女性は優しい顔で語りかけてきた。
「ごめんなさい。こうなることは分かっていたんです。でも、口で説明しただけじゃ納得してもらえないと思ったので……。何が起こっているのかをお話しします。わたしの話を聞いてもらえますか?」
女性は真剣な眼差しで私をじっと見つめて返事を待っている。私は静かに頷いた。
「実はジルダ神、あなたには暗示魔法を掛けました。わたしや仲間に危害を加えようとしたり、騙そうとしたりすれば、直ちに全身がマヒして耐えがたい痛みが繰り返し起こることになります。それに、わたしの秘密も守らねばなりません。そういう暗示を掛けたのです」
「それで……、あんな激しい痛みが……」
私は生まれて初めて完全な敗北を実感していた。恐ろしさの余り自分の体が震え始めた。止めようと思っても震えが止まらない。そのとき、隣に座っていたレング神様がそっと抱き寄せてくれた。暖かい……。
抱きしめられているうちに、しだいに震えが治まってきたことが分かった。
「これを見てください」
女性は自分の首を指差した。その首についていた神族封じの首輪が「パカッ」という音とともに一瞬で外れた。
「これはお返しします」
女性は私の手に神族封じの首輪を載せた。壊れていないようだ。神族封じの首輪を自在に外せるという話は本当だったのだ。
「あなたが初代の神族と同じ能力を持っているって……、それも本当なのですか?」
私の問い掛けに、ケイという女性は照れくさそうな顔で頷いた。
「本当のことです。わたしの名前はケイ、こっちの豹族の男性はダイルです。どうか名前で呼んでください」
「ケイさんとダイルさん……。そう呼べばいいのですね?」
「はい」
「あらためて、よろしく」
二人はにこやかに微笑んで、ケイさんが言葉を続けた。
「以前、わたしはこのレングランに住んでいました。1年ほど前に家が盗賊に襲われて、色々な出来事があって奴隷の身分に落とされてしまいました。闘技場で奴隷としての生活を送っていましたが、ひょんな出会いでテイナ姫と知り合いになりました。そして、テイナ姫と一緒にゴブリンの国へ和平交渉に行きましたが、それに失敗して、その罪で闇国へ流されてしまったのです」
ケイさんは自分が闇国へ流されて、アーロ村という闇国にある村に辿り着いたことを話してくれた。アーロ村では守護神と呼ばれている男の養女となり、村を一緒に支配することになったそうだ。その守護神は魔力が〈3000〉もあって、バーサット帝国軍が村に侵攻してきたときにすべて撃退したと言う。
ケイさんが語ってくれたことはすべて本当のことだと思う。テイナ姫がゴブリンの国へ和平交渉に行ったことは私も知っていた。そのとき、奴隷上がりの娘を交渉官として同行させたことや、和平交渉に失敗した罪でその娘が闇国へ流されたことも聞いていた。その娘がケイさんだったのだ。
アーロ村のことやその村に守護神と呼ばれる男がいてバーサットを撃退したことはミレイ神から報告を受けていた。ケイさんが語ってくれたことはすべて私が知っていたことと一致する。
ケイさんは闇国で自分が神族と同じ能力を持っていることに気付いたそうだ。初代の神族の生まれ変わりだろうか……。闇国で極限状態になったせいか、守護神から何かされたせいかは分からないが、ともかく眠っていた能力が目覚めたということだろう。
「そこから先は我が話そう。構わないだろうか?」
レング神様はケイさんが頷くのを確認してから話を続けた。
「我がケイさんと初めて会ったのは数か月前だ。レングラー王の王宮の中だったな。そのときは我もジルダと同じだったのだよ。ケイさんの話を信じずに懲らしめようとしたのだ。我はあっさりと敗れてしまった。そのとき、ケイさんは我に神族封じの首輪をつけた。そして、我に暗示を掛けたのだ。おまえに掛けたのと同じような暗示だ。我は完全に敗れたと実感した。このレングランを開け渡すことも覚悟したのだ。だが、ケイさんが我に要求したことはこの国を開け渡すことではなかったのだよ……」
そのとき、ケイさんがレング神様に要求したことはアーロ村とケイさんたちへの敵対を止めて、今後は友人として仲良くすること、それとテイナ姫を王位継承者にすることだけだったらしい。ケイさんはレングランを支配する気は無く、今までどおりレングランはレング神様が支配し、レングラー王が統治することになったそうだ。
「だがな、ケイさんの要求を我の一存で了承することはできなかったのだ。アーロ村の件と友人となる件はともかく、王位継承者変更の件は我の一存では決められぬ。レング一族の実質的な支配者はジルダ、おまえだからな。それを知ったケイさんはジルダに狙いを定めようとしていた。しかし、我はケイさんに命乞いをしたのだ。ジルダを殺したり傷付けたりしないでほしいとな……」
「そこから先はわたしが話します。レング神、あなたの口からは言いにくいでしょうから……」
ケイさんがレング神様を制した。何かレング神様が話しにくいことがあるようだ。
「ジルダ神を殺したり傷付けたりしないでほしいとレング神から言われたときに、わたしは不思議に思ったのです。この千五百年の間、レング神はずっと首輪によってジルダ神に支配されてきたはず。さぞジルダ神を恨んでいるだろうと思っていました。でも、レング神の口から出たのは意外な言葉でした……」
そこでケイさんは言葉を切って、承諾を求めるようにレング神様に目を向けた。レング神様は黙って頷いた。
「ジルダを愛している、レング神ははっきりとそう言ったのです。ジルダ神は一族とこのレングランの繁栄を一番大切に考えている。だから強権を振るって憎まれることも多い。でも、普段は優しく可愛い女なのだと、レング神はわたしにそう言いました」
「本当なの?」
思わずレング神様に向かって尋ねてしまった。
「ああ、本当だ。今なら言えるが……、ジルダ、おまえのことを愛している。この千五百年の間ずっと我はおまえと本当の夫婦になりたいと思っていたのだ」
本当の夫婦……。
「レング神様も私と同じ気持ちだったの……?」
私が呟くと、レング神様は頷いた。
「そうだ。千五百年前、おまえが泣きながら我に首輪をつけたときから、おまえの気持ちも我と同じだろうと思っていた。だが、言えなかった。言っても、おまえは我を信じないだろうと思ったからな。首輪を外させるための計略だと疑うと考えたのだよ」
自分の頬から涙がこぼれ落ちるのが分かった。レング神様の話を聞いていて、いつの間にか泣いていたようだ。自分の夫を信じなかったがために形だけの夫婦を続けてきた。この千五百年を殺伐とした気持ちで、頑なに一族と国のことだけを考えて生きてきたのだ。
なんと愚かで情けない生き方だったのだろう。夫の気持ちを思いやることもせず、自分の本当の気持ちにも気付いてなかったなんて……。今になって、お互いに愛し合っていたことに気付くなんて……。
「ごめんなさい……。私が身勝手で素直じゃなかったから……」
「ジルダ、おまえのせいじゃない。我の力が足りなかったのだ。一族の主神としてもっと強くおまえを導ける力量があれば、こんなにもお互いに苦しむことは無かったはずだ……。我を許してくれるか?」
「私の方こそ、どうかお許しください」
レング神様が私の肩を抱き寄せて、腕の中に包まれた。
なんて安らかな気持ちだろう……。
「ええと、盛り上がっているところを申し訳ないけど、その続きは家に帰ってからやってほしいんですけど」
声を掛けられて気が付いた。ケイさんとダイルさんに見られていたことに。
「ごめんなさい」
「すまぬ」
同時に声を出してレング神様と笑みを交わした。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。




