SGS201 孤児院での攻防その2
オレは草地の中にいた。たった今まで孤児院の中にいたのに瞬時に違う場所に移動したようだ。これは強制的にワープさせられたってことか……。
ここはどこだろ?
草地は野球場くらいの広さがあり、オレはその真ん中辺りに立っていた。周囲は森だ。空は黒い雲に覆われていて、今にも雨が降り出しそうだ。
ラウラや子供たちはどこだ?
周りを見渡したが人の姿は見えない。あの紫色の光に一緒に包まれたから、ラウラたちも強制的にワープさせられたはずだ。きっと近くにいるに違いない。
『ラウラ、聞こえる?』
念話で問い掛けたが、ラウラからの返事は無い。
『ケイ、大丈夫?』
ユウからの念話だ。高速思考モードで問い掛けてきた。
『わたしは大丈夫だけど、ラウラと連絡できないんだ』
『探知魔法にも反応が無いから、ケイの近くにはいないわね……』
『うん……。ここから離れた場所に飛ばされたってことかな? コタロー、わたしとラウラたちがいる場所が分かる?』
『ケイがいる場所は日本のどこかだわん。はっきりとした場所は分からないにゃ』
『つまり、さっきの光で地球に強制的にワープさせられたってこと?』
『そうなるにゃ。あの男が持っていた杖のような物はおそらく異空間転移装置だわん』
『あぁ、前にコタローが言ってた古代のアーティファクトだね? 問題のある人族を強制的にウィンキアから地球へ送り返すために初代の神族たちが使っていたとか、そんな話だったよね?』
『そうだわん。そのアーティファクトをバーサットが手に入れたんだにゃ』
『もしかすると、日本にいたナデアや魔物たちはバーサット帝国がそのアーティファクトを使って送り込んでいたってこと?』
『そうだにゃ。試験的に使ったのかもしれないわん。今回はそれをジルダ神の暗殺に使おうとしたんだにゃ』
『だけど、バリアを三重に張ってたんだよ。どうしてバリアが効かなかったんだろう?』
『これは推測だけどにゃ、バリアごと異空間転移させる仕様なのだと思うわん。これを作ったソウルゲート・マスターもまさか暗殺用の武器として使われるとは考えてなかったんだろうにゃあ』
『でも、コタロー。暗殺と言っても、地球にワープさせるだけじゃ、殺したことにならないわよ?』
ユウに先に尋ねられてしまった。
『ウィンキアに戻れないのにゃら暗殺と同じだわん』
『だけど、わたしがワープを使えばウィンキアには簡単に戻れるけど……?』
『そうよ。ケイの言うとおりよね。そんなアーティファクトでジルダ神を暗殺しようとしても、ジルダ神だってワープですぐにウィンキアに戻れるから意味が無いわよ?』
『ユウ、それは違うにゃ。ジルダ神のソウルはウィンキア生まれだからにゃ、地球がある異空間では不安定になって存在できないのだわん。無理やり地球へ転移させたらにゃ、時空の狭間を漂って過去のどこかへ漂着することになると考えられるぞう。そうなるとにゃ、普通のワープでは戻って来れないわん』
『そういうことか……。バーサットの連中はそれを知っていて、そのアーティファクトを暗殺に使ったのか……。と言うことは、ラウラや子供たちは時空を超えて過去に行ってしまったということだね?』
『おそらく、そうだろうにゃ』
『じゃあ、コタロー。ラウラたちはもう戻って来れないの? そういうことなのね?』
ユウの念話には悲しみの感情が混じっている。オレもコタローの話を聞いて頭の中が真っ白になってしまった。
『今はムリだにゃ。時空を超えてワープをするには魔力が〈1500〉以上必要だわん。しかもそれができるのは地球生まれのソウルを持つ者だけだぞう』
『じゃあ、わたしが頑張って魔力をそこまで高めたら、ラウラのところへ時空を超えてワープできるようになるってこと?』
『そうだわん。ラウラとのリンクは繋がったままだからにゃ』
『ラウラとの念話は? やっぱり魔力が〈1500〉以上必要なの?』
『時空を超えて念話を100%成功させるには魔力が〈1500〉以上必要だわん。だけどにゃ、ワープと違って念話は失敗しても死んだりしないからにゃ。何度か繰り返せば成功するはずだわん』
『時空を超えて念話ができるんだね? コタロー、やり方を教えてよ』
『それは後だにゃ。今は先にやることがあるわん』
『バーサットの暗殺犯を捕まえることよね?』
『ユウ、そのとおりだぞう。それとにゃ、暗殺犯が持っている異空間転移装置を手に入れるのだわん。その装置を使えば路線バスに乗っていてウィンキアに拉致されてきた人たちを日本に戻せるからにゃ』
『なるほど、そういうことだね』
『とにかく今はにゃ、窓から攻撃してきた男が逃げ切ってしまわないうちに捕まえるのだわん。先生の見習いをしていた工作員はラウラと一緒に時空を超えて転移してしまったはずだからにゃ、ラウラに任せるしかにゃいぞう』
オレはすぐにワープで孤児院へ戻った。高速思考は自動的に解除されている。
さっきまで子供たちが遊んでいた部屋には誰もいなかった。いや、正確に言えば亜空間シェルターにはダイルたちがいるはずだが、オレが安全だと合図するまではその中で待機しているはずだ。
発砲から30秒近く経っている。暗殺犯に追い付けるだろうか……。
探知魔法で周囲を探ると多数の人族を捉えたが、ここから走って遠ざかっているのは一人だけだ。魔力が〈1〉の一般人だが、これが暗殺犯に違いない。
オレは窓から飛び下りて追いかけ始めた。筋力強化と敏捷強化は常時発動している。距離は50モラほどだからすぐに追い付けるはずだ。
孤児院の門から出ると、住宅街の道を走って逃げる男の姿が見えた。大きな革のバッグを重そうに肩に掛けていて、通行人を避けながら駆けていく。あのバッグの中に異空間転移装置が入っているのだろう。
道には何人もの通行人が歩いていて、大きなバッグを担いで逃げる男を見て「泥棒だァ! 捕まえろぉ!」と叫んでいた。
通行人たちの叫び声に違和感を覚えた。どうして泥棒って叫んでるんだ? だが今はそんなことを考えている場合じゃない。
数秒後、男が突然立ち止まった。男は誰かにバッグを渡している。20モラほど先だ。相手は女のようだ。仮面を被っている。探知で見ると女の魔力は〈1〉だから一般人のようだ。男の仲間に違いない。
走り寄るオレに気付いて、女がこちらを見た。仮面の奥の目が驚いたように見開かれた。
その直後、女が消えた。ワープ!? 女は神族だったのか……。
男が再び逃げ始めた。だが、オレから逃げ切れるはずが無い。距離は5モラだ。眠りの魔法を放った。男が崩れ落ちるように倒れた。
念力で男を持ち上げて、空中に浮かしたまま孤児院まで歩いた。
通行人たちがオレの方を見ながら「魔闘士様が泥棒を捕まえてくださった」と話しているのが聞こえた。
孤児院の窓から部屋に入って、男を横たえた。
ダイルたちはまだシェルターで待機している。オレが合図するまでは待機する手筈になっているからだ。オレはダイルたちと話をする前にやっておくことがあった。孤児院の中にいる幼児組と乳児組の子供たちや先生たちを眠らせておくのだ。騒がれては困るからな。
その処置が終わって、邪魔が入らないことを確認してから児童組の部屋に戻った。そして右手でサムズアップをした。事前に取り決めておいたサインで、もう安全になったという意味だ。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。




