SGS192 お袋と語り合う
自分のお袋にオレのことを信じてもらえない。なんだか悲しくなってきた。
「とにかくわたしの話を聞いて。そうしたら分かってもらえると思うから」
1階に戻り、リビングの椅子に座って話を始めた。ウィンキアという異世界にバスの乗客全員が召喚されてしまったこと。笹木優羽奈という女性の体にソウルを移植されてしまったこと。自分の元の体やほかの乗客の行方は分からないこと。向こうの世界で年を取らなくなったことと、魔法を使えるようになったこと。自分と友人のミサキという女性だけが日本に戻ってきたこと。
お袋はオレの話に黙って耳を傾けてくれていたが、話が終わっても、まだ不審そうな顔をしていた。暗示が効いてないのかな?
「そんな不思議なことがあるのかねぇ? あたしには何だか夢の話を聞いてるようで、理解が追い付かないよ……。あなたが自分はお狐様だと言ってくれた方がよっぽど分かり易いけどねぇ……」
結局、お袋はまだ半信半疑らしい。信じてもらえなくても仕方ないな……。
「この話は絶対に秘密だからね。人に話そうとしても、話せないように母さんの心に鍵を掛けたから」
「誰にも話さないわよ。こんな話をしたら、あたしの頭がおかしくなったと思われちゃうだけだからねぇ……。
なんだか話をしてたら喉が渇いたわね。ちょっと待ってて」
お袋は立ち上がって、キッチンでお茶の用意を始めた。
「お父さんはねぇ、2年前に死んじゃったのよ。心臓だったわ。あなたが戻ってくるって、ずっと信じて待ってたのよ。だから2階のあなたの家もそのままにしとけってね。あなたの家も毎日お掃除して、2階のテラスには花壇も作ってね……。でも、突然、逝ってしまったの……」
お茶を淹れながら独り言のように呟いた。
「お父さんが居なくなってからはね……、なんだか何もかも煩わしくなっちゃってねぇ……。
あなたが戻ってくるって言うお父さんの言葉をちゃんと信じとけば良かったわねぇ。あなたの家のお掃除も億劫になってきたし、2階の花壇も枯らしちゃって……。ごめんね、信じて待っててあげられなくて……」
お袋が泣いていた。その泣き顔を見ていると、自分も鼻の奥がツンとして一気に涙が溢れてきた。
「母さん……、ごめんよ……。もっと早く……、戻ってきたかったけど……」
恥ずかしいが、涙で喉が詰まって、言葉を出すのがやっとだった。
「情けないねぇ。あたしも年を取ると涙脆くなっちゃったけど……。あなたも女になって涙脆くなったんだねぇ……」
涙を拭いて、お袋がお茶を出してくれた。
「この年になって、こんな可愛い娘ができるなんてねぇ……。お父さんに帰ってきた挨拶をしておきなさい」
お袋はオレを自分の息子と認めてくれたようだ。
仏壇にあの万年筆を返して、手を合わせながら心の中で親父に「ただいま」と言った。
「それで……、さっきの話だと、あなたはササキユウナさんになったんだね? それじゃあ、名前も圭杜からユウナに変えたのね?」
仏壇の前に座って手を合わせていると、お袋が後ろから声を掛けてきた。
「え? いや、ウィンキアでの名前はケイって言うんだよ」
「ケイって、あなたも子供のころからそう呼ばれていたじゃないの。じゃあ、あたしもそう呼ばせてもらおうかねぇ」
「うん。それと、言い忘れてたけど、この体はわたしと優羽奈で共有していてね、二人で交代しながらこの体を使ってるんだ。だから、優羽奈が体に入っているときはユウって呼ばれてる」
「何を言ってるのか意味が分からないわねぇ。体を交代しながら使ってるって、どういうことなの?」
その説明をしてお袋に理解してもらうのに、また時間が掛かってしまった。一つの体に二つのソウル、つまり圭杜と優羽奈のソウルが入っていて、適時交代しながら体を使っていると説明した。
「それなら、ケイ、あなたがユウナさんの体を間借りしてるってことじゃないの!?」
「そうなるね。それに、わたしがこの体を使っているときでも優羽奈とは五感は共有してるんだよ。つまり、優羽奈は見たり聞いたりしてるってことさ」
それを聞いて、お袋は飛び上がって驚いた。
「まぁっ! じゃあ、ユウナさんは今もこの会話を聞いてるのね?」
「うん、聞いてるよ」
「そうなのっ!? そんな大事なことは早く言ってくれないと……。
ユウナさん、ごめんなさいねぇ。あたしの息子があなたの大切な体に入っちゃって。なんてお詫びをしたらいいのか……」
オレに向かってお袋は何度も頭を下げた。
『大丈夫ですよ。ケイと私は仲良くやってますから。お母様にそう伝えて』
ユウの伝言を伝えて、オレはこの際だから言いにくいことを一気に話してしまうことにした。
「それとね、優羽奈はウィンキアで結婚してるんだ。だから、わたしも普段はウィンキアで生活してるから、向こうに帰らなきゃいけないんだよ。こっちには時々来るけどね……」
「向こうの世界で結婚してるって……。相手は……、男の人だよねぇ? まぁ、あなたも女の体になったのだから……」
お袋が何かを想像して遠い目をしてるが、勘違いされても困る。
「いや、結婚してるのは優羽奈だから……。それに、優羽奈が相手の男性と一緒にいるときは、わたしは五感の共有は止めて眠るようにしてるから、変な想像はしないでよ……」
実際は眠ってなくてミサキの体に入ってることが多いが、話がややこしくなるので言わない。
「ケイったら、何を遠慮してるの? そんな遠慮はしないで、相手の男性も共有しちゃえばいいのよ。
あらっ!? ユウナさんに聞こえてたわねぇ。ごめんなさいね、余計なことを言っちゃって」
『いえいえ、私もお母様と同じように思ってますから。ケイも早くダイルのお嫁さんになって幸せになってほしいって。ケイ、お母様にそう伝えて』
『それを伝えなきゃダメなの?』
オレが渋々伝えると、お袋はにっこりと微笑んだ。
「ユウナさんは優しい娘さんだねぇ。あたしゃ嬉しいよ。なんだか、ケイのお嫁さんができたみたいで……」
『まぁっ! 私もそんな気持ちです。そう伝えて』
『はいはい……』
勝手にしろってな感じだ。
オレがそれを伝えると、「いい娘だねぇ」と言いながらお袋はニコニコしている。だが突然、何かに気付いたのか、改まったような表情をした。
「ところで、ケイ。ユウナさんのご両親も心配してるだろうねぇ。どうするの?」
「それは心配ないよ。昨日の夜、この体を優羽奈と交代して向こうの両親に会ってきたから。でも、優羽奈の両親にはこの体を二人で共有してることは話してないんだ。内緒にしようと思ってる。自分の娘の体に男のソウルが入ってるなんて言ったら、ショックを受けるだろうからね」
「そうだねぇ。ユウナさんのご両親の気持ちを考えたら、それが良いのかもしれないねぇ……」
そう言いながら、お袋は仏壇の前ににじり寄った。
「お父さん、圭杜が帰って来てくれましたよ。でも、体は女性になっててね、名前はケイって言うんですって。子供のころと同じ呼び名ですよ。ユウナさんていう娘さんの体をお借りしていて、体を一緒に使わせてもらってるんですって。驚いたでしょ? でもね、なんだか娘が二人できたような気がするの。あたしは幸せ者だわねぇ。あなたの分まで生きてて良かったよぉ……」
手を合わせながらそう呟く声が聞こえてきた。
オレも一緒に手を合わせると、幸せな気持ちが広がっていくような気がした。
その後はお袋が親父との思い出話やオレの友人たちの近況などを語ってくれた。オレはウィンキアでの暮らしや仲間たちのことなどを話し、お茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら夕方になるまで語り合った。
夕方になるとお袋は慌てて買い物に出掛けていった。そのすぐ後にミサキから念話で連絡が入ってきた。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
(日本では〈513〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈103〉)
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈103〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈513〉)
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。




