SGS188 幽霊を尋問する
まずは幽霊に暗示魔法を掛けて、素直に質問に答えるようにしてから尋問を始めた。
『聞こえるでしょ? まず、あなたの名前を言いなさい』
『へえ……。おらの名前はナデアだぁ』
『えっ!? 日本人じゃないの?』
『へえ。この世界の者ではねぇだ』
『ええーっ!? 異世界から来たってこと? それは、どこの世界なの?』
『ウィンキア……、知ってるけ?』
『ええぇぇぇぇーっ!! ウェンキアだってぇぇぇーっ!』
オレは腰を抜かすほど驚いた。本当なのか!?
それまでは日本語で話しかけていたが、ウィンキアの共通語で話しかけてみた。たしかに話は通じる。訛りは無いが、たどたどしい話し方だ。
『ウィンキアの言葉、あなた、話せる。あなた、ウィンキアの人ですか?』
『まぁ、そうだけど……』
『よかった……。ずっと捜してた。ウィンキアの人、ずっと、ずっと、捜してた。やっと、巡り合えた……』
念話から感極まったような感情が流れ込んできた。
『それじゃあ、ナデア。あなたのことを話してくれる? ウィンキアから、いつ、どうやってここに来たのか。ここでどんな暮らしをしてて、なぜ幽霊になったのか……』
『はい。あたしは、昔……、数百年の昔、ウィンキアからここに来た……』
数百年前にこっちの世界に来たと言ってるから、ウィンキアの言葉をかなり忘れてしまったのだろう。話し方がたどたどしいのは、おそらくそのせいだ。
知育魔法でナデアにウィンキア語を教え込んで、それから会話を続けた。知性は十分にあるらしく、ナデアはすらすらと自分のことを話し始めた。
こちらの世界に来たとき、ナデアは10歳の女の子で、それから15年ほどこの村で暮らしていた。だが病気に罹って死んでしまった。
死んだ後で自分が意識を持った浮遊ソウルになっていることに気付いたそうだ。つまり、幽霊だ。幽霊になってからは時間の感覚がおかしくなって、時間の経過がはっきりしなくなったらしい。
この世界に来る前、ナデアはウィンキアのファールランという街に住んでいた。昔は神族が支配する王国だったそうだが、ナデアが生まれた頃はとっくの昔に王国は滅び、バーサット帝国に支配されていたそうだ。
そこまで聞いて、ミサキから念話が入った。
『おかしいわね。バーサット帝国は建国から30年くらいしか経ってないわよ。ナデアが言ってることは時間の勘定が合わないわ』
たしかにそうだ。ナデアは数百年前にこの世界に来たと言ってるからな。
『幽霊になって時間の経過がはっきりしなくなったらしいから、おそらくそのせいだろうね』
ともかく話の続きを聞いてみよう。
ナデアはファールランの街外れにある流民村で生活をしていたらしい。ある日の昼間、兄妹と一緒に道端で遊んでいて、気が付いたら山の中にいたと言う。それがこっちの世界だった。だから、どうやってこっちの世界に来たのかは分からないらしい。
この世界に来たのはナデア一人ではなかった。何十人もの人たちがナデアと一緒に山の中に現れていた。全員が流民村の住人で、その中にはナデアの両親や兄妹たちもいた。
最初はここが異世界だとは分からず、何人かの男たちが探索のために山を下りて行き、何日かして戻ってきた。その男たちの話では、山の麓にある村へ行き、数人の村人に出会ったが、言葉が全然通じなかったそうだ。村人は総じて背が低く、痩せていて、ボロを纏っていた。黒い髪を頭の上で結っている者が多かった。
こちらの者が話しかけても、村人たちは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていったそうだ。
麓の村へ何度も探索隊を出し、ようやく、この地がウィンキアとは違う世界だと気が付いた。
『ねぇ、ケイ。村人が髪を頭の上で結ってるって……、それって髷のことよね? そうだとすれば江戸時代か、それよりも前の時代ってことになるわよ?』
『うん。ナデアは数百年前にウィンキアから来たって言ってたから、その話とは合うね。でも、バーサット帝国に支配されてたって言ってるからなぁ……』
ユウが疑問に思うのは尤もだ。わけが分からないが、ナデアの話は続いている。
この地に来て何日目かのことだ。突然、周りの樹々や草藪が朧になって風景から色が消えた。一緒にここに来た人たちの姿ははっきりしているし、お互いに触ったり話したりもできるが、樹や草は触ろうとしても透けて通り抜けてしまう。鳥の鳴き声や風が樹々の梢を揺らす音も聞こえなくなった。
夜になり、次の日の朝になってもその状態が続いた。水や食料に触ることができないから飲むことも食べることもできない。それがずっと続いて、みんな死んでしまうのではないか。そんな不安と恐ろしさで誰もが気が狂いそうになった。
それが2日間続き、突然、普通の状態に戻った。そして5日後、またその状態になった。それは2日間続き、また普通の状態に戻った。朧な状態が2日間続いた後、普通の状態が5日間続く。その繰り返しがずっと続いた。
それを繰り返しているうちに、水や食料をバッグに入れて担いでいれば、朧な状態になっても水や食料に触れることができると分かった。これで渇きや飢えの心配は無くなった。その周期が分かれば恐れることは無い。
そのときナデアは子供で、これは後から聞いた話だが、周りの大人たちはこの朧な状態を上手く利用したらしい。朧な状態であれば、頑丈に作られた建物であっても、土壁くらいなら問題なく通り抜けることができた。だから、朧な状態の間に町へ行って、城の中の武器庫や商家の蔵から武器や道具、農具などを盗み出してきたのだ。
そうやって武器や道具などを手に入れて、この山の中を切り開いて隠れ村を作っていった。それまでは狩りで猪や鹿を捕らえたり、森で山菜や木の実を採ったりして不安定な食生活だったが、畑を作り作物を自給できるようになった。
だが、この場所はあまりにも不便だ。それで、ファールランから来た者たちは朧な状態を利用して周辺の地域を探索し、もっと住みよい場所を見つけて移り住もうと考えた。そこで新たな村を作ったら迎えにくると言って、多くの者がこの隠れ村を離れて別の土地へ移っていった。
しかし結局、ファールランから来た者たちは周辺の村や町では受け入れてもらえず、遠く離れた山の中に何カ所か隠れ村を作って住んでいたらしい。
朧な状態と普通の状態の繰り返しは2か月ほど続き、その後は徐々に朧な状態の期間が短くなって、ここに来てから半年後には朧な状態になることは無くなったそうだ。
言葉が通じないのが問題だと考えた者がいて、麓の村から女を拉致してきた。その女に言葉を教えてもらい、ナデアも日本語が喋れるようになった。
ナデアの家族はこの隠れ村に残って生活を続けたが、少しずつ亡くなっていった。ナデアも25歳で病に倒れて死んだらしい。
ナデアの話が終わると、ミサキ(コタロー)から高速思考で念話が入ってきた。
『これは私の推測だけど……、その朧な状態というのは亜空間に入った状態だと思うわ。ウィンキア生まれのソウルを持った者をこっちの世界に転移させようとしても、不安定な状態になって存在できないのよ』
『不安定な状態になってるから、こっちの世界で亜空間と普通空間の間を入ったり出たりしていたってこと?』
『ええ、そうよ。ナデアたちは誰かに無理やり転移させられて、こっちの世界に連れて来られたのだと思う。でも、ウィンキア生まれのソウルを持った者がこっちの世界に無理な転移をしてきたら、どこか違う時空間へ漂流してしまうことになるの。おそらく、それでナデアや一緒に来た人たちは時空の狭間を漂って、数百年前の時代に行ってしまったのだと考えられるわ。
でも、そこでもまだ不安定な状態が続いていて、亜空間に入ったり出てきたりを繰り返していたのでしょうね。それが半年ほど続いて、やがて安定してきたから亜空間に入ることは無くなった。そういうことだと思うわ』
『なるほど。その説明なら、ナデアが数百年前にウィンキアから来たって言ってたことと一致するね。つまり、ナデアがウィンキアからこの世界に送り込まれたのは実際はこの30年以内のことだけど、誰かに無理やり転移させられたせいで数百年前の過去へ行ってしまった。そういうことだよね』
オレが納得していると、横からユウが問い掛けてきた。
『でもね、ケイ。無理やりウィンキアからこっちの世界へ転移させられたとしても、召喚魔法は使えないわよ。召喚は地球からウィンキアへの一方通行の魔法だから……。だけど、もしかすると、ウィンキアから地球へ転移させる魔法があるのかしら? そんな魔法があるなんて聞いたことが無いけど……。ミサキ、どうなの?』
『ウィンキアから地球へワープができるのは初代の神族やケイやユウだけよ。それ以外でこっちの世界へワープできる魔法はないわね。
でもね、マスターが作ったソウルゲートの装備品があったはずよ。異空間転移装置という装備品よ。初代の神族たちはそれを使って、ウィンキアに永住させられないような不適格な人族を強制的に地球へ送り返していたわ。でも、その装備品は無くなってしまって、今はどこにあるのか分からないけど』
『つまり、それは失われた古代のアーティファクトの一つなの?』
『そういうことになるわね』
『もしそうなら、誰かがそのアーティファクトを持っていて、それを使って、ナデアたちをこっちの世界へ無理やり転移させたのかもしれないわね。
それに……、魔物がこの世界に現れ出したのも、誰かがその方法で魔物たちを転移させたということかしら?』
『ユウ、その推測が当たってるかもしれないね。ナデアに聞いてみよう』
高速思考を解除して、魔物のことをナデアに尋ねてみた。
『魔物ですか? ええ、魔物もこっちの世界に来ています。あたしたちがこの世界に来たときよりも前から魔物は来ていたみたいです。麓の村の連中がウィンキアから来た者を恐れたのは、その前に魔物を見ていて、その仲間だと思っていたようです。麓の村から連れてきた女の人がそう言ってましたから』
『ナデアもこっちの世界で魔物を見たことはあるの?』
『ええ。あたしが幽霊になってからですけど、何度か魔物を見かけたことがあります。最近は見てないですけど……』
『ナデアたちや魔物たちをこっちの世界に送り込んだ者がいるはずなんだけど、それが誰だか分かる?』
オレはダメ元で聞いてみた。
『あたしたちをこの世界に送り込んだ者……、ですか? それは分かりません。もしそんな者がいるのなら、それこそ呪い殺してやりたい気持ちです』
やはりナデアは知らなかった。
『幽霊が出やすい場所に魔物も現れ易いって言われてるんだけど、何か心当たりがある?』
『さぁ……。でも、そう言われたら、あたしが魔物を見かけたのは、お友だちの幽霊さんのところへ遊びに行ってるときでした』
おいおい。お友だちの幽霊さんがいるのかよ……。
『幽霊どうしで友だちになったりするの?』
『ええ。長い間、幽霊をやっていて彷徨ってると、気が合うお友だちもできて、仲の良い友だちが集まってお喋りしたりしてます。あたしのお友だちはみんな念話が使えるから、そこへ行けばあたしもお喋りができるので……』
『念話ができる幽霊がいるって? どうして幽霊が魔法を使えるんだろ?』
『それは……。実はあたしのお友だちの中にウィンキア出身の幽霊がいて、その人が魔法を教えたんです』
『ええっ!? ウィンキア出身の幽霊だって!?』
予想もしない話に思わず聞き返してしまった。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
(日本では〈513〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈103〉)
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈103〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈513〉)
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。




