SGS187 幽霊よりも怖いもの
暗闇の中に漂う青白い人魂。そいつはゆっくりとオレの方へ近付いてくる。時刻は深夜の2時過ぎだ。
『に、にげようか……?』
『なんで逃げる必要があるのよ? あんな人魂よりケイの方が強いに決まってるでしょ!』
ユウに問い掛けたのが間違いだった。現実主義者のユウは全然怖がってない。オレは急いで高速思考を発動した。
『ミサキ、あの人魂が見えてる?』
『ええ。こっちの世界ではあれを人魂って言うのね? 浮遊ソウルが具象化してるだけだわ。意識を持った浮遊ソウルが具象化すると、あんな火の玉のようになって現れたり、死ぬ前の元の姿で現れたりするのよ』
『それは分かったけど、どうして探知魔法に反応が無いんだろう? こっちの世界の幽霊は探知できないのかな?』
『それは……、たぶんケイが探知魔法を使うときに浮遊ソウルに対しては魔力〈10〉以上を探知するように設定してるからよ。もしかすると、こっちの世界の幽霊は魔力が〈10〉より低いのかもしれないわ。だからね……』
オレは魔力が〈500〉を越えたときから浮遊ソウルも探知できるようになっていた。しかし、浮遊ソウルは無数にいるから、探知するとしたら敵対する可能性がある意識を持った浮遊ソウルだけでよいはずだ。ミサキの話では、意識を持った浮遊ソウルの魔力は〈10〉以上が普通だから、探知魔法の標準設定では浮遊ソウルに対しては魔力〈10〉以上を探知するようになっているそうだ。
ミサキのアドバイスに従って、浮遊ソウルの探知設定を魔力〈1〉以上を探知するように変更してみた。
おおっ! 探知できた。あの人魂は魔力〈5〉の浮遊ソウルだ。
『じゃあ、あの人魂を成仏させようか?』
オレは強気になった。相手の正体が分かれば怖くない。浮遊ソウルに対しては魔法が効くから、調伏魔法や電撃魔法で人魂は消滅してしまうはずだ。
『ちょっと待って、ケイ。捕らえて尋問しましょ。そうすれば、幽霊スポットに魔物が現れやすいっていう話が本当かどうか分かるかもしれないわ』
ミサキ(コタロー)はユウ以上に現実主義者だった。
『尋問て……? 誰が? どうやって?』
『それはね、ケイ。あなたが、念話で、尋問するの!』
オレはまた鳥肌が立ってきた。幽霊と話をするなんて、イヤだ。絶対にイヤだーっ!
しかし、結局、ミサキとユウに説得されてその人魂を捕らえることになった。
浮遊ソウル捕縛という魔法がある。魔力が〈500〉以上あれば成功率は100%となるから今のオレでも使うことができる。
高速思考を解除してその魔法を発動した。だがオレは慌てていた。人魂を見て動揺したせいだ。照準を十分に定めないまま魔法を撃ってしまったのだ。魔法はちゃんと発動したが人魂を完全に外してしまった。
その間にも人魂はゆらゆらとオレの方に近付いてくる。そして……。
人魂が消えて、オレの目の前に幽霊が現れた。
「きゃぁぁぁーっ!」
思わず腰が抜けそうになった。オシッコをちびってしまったかもしれない。今のはオレの悲鳴だ。
長い髪を振り乱した青白い顔。白い着物を着て宙に浮いている。暗い闇の中で見えているのは上半身だけ。それも透けるように淡い感じだ。
本物の幽霊がオレの目の前にいた。両手を前に垂らして、ゆらりと迫ってくる。
何も聞こえないが、「うらめしや……」と頭の中に聞こえてきた気がした。
「あわわわ……」
オレはわけの分からない言葉を呟きながら、少しの間、固まっていたようだ。
『ケイ、しっかりしてっ!』
そう言いながらユウが活性化の魔法を掛けてくれた。
そうだった。オレはこんな幽霊を怖がる必要はないんだ。
浮遊ソウル捕縛の魔法をもう一度発動して、今度はしっかりと狙って撃った。幽霊の姿は消えて何も見えなくなったが、その浮遊ソウルをしっかり捕まえていることは感覚的に分かっている。
『幽霊を尋問しようか?』
『いいえ。まず、妹を捜してっ!』
『そうだね』
石段を駆け上がると、廃屋にいる二人の姿が見えた。廃屋と言っても石作りの土台と何本か石の柱が立っているだけだ。男と女がその柱に縛り付けられていた。
「うわぁぁぁぁーっ!」
「いやーっ! 来ないでーっ!」
男に続き女がオレを見て悲鳴を上げた。暗闇の中ではオレの姿は黒い影のようにしか見えないはずだ。さっきの人魂の後にオレが現れたから、幽霊か化け物とでも思っているのだろう。
『妹よ! 妹の菜月だわ!』
男も女も震えながら顔を伏せている。怖くてこっちを見ることができないのだろう。
オレは魔法を放って二人りを眠らせた。これから暗示を掛けて何があったのか話を聞くつもりだ。
オレはユウの妹に対して今は夢の中にいると思いこませた。そして、何でも素直にオレの質問に答えるよう暗示を掛けた。そうやって聞き出したのはこういうことだ。
ユウの妹は一週間ほど前に魔物研に入部した。すると入部してすぐに先輩たちから合宿に同行するよう命じられて、この廃村にやってきた。
昨夜は就寝時間になったときに突然、先輩たちに囲まれて縛り上げられてしまった。幽霊を誘き出すための生贄にすると言われて、ユウの妹はあの石段の上にある廃屋に縛られたまま置き去りにされたそうだ。
もう一方の男のほうは魔物研の先輩とのことだ。新入部員を一人で置き去りにするのは可哀そうだから自分も生贄になると言って、一緒に縛られていたらしい。
これは魔物研に入部するときの儀式で先輩たちもみんな同じ目に遭ってきたと、その男の先輩が教えてくれた。今までは別の幽霊スポットで儀式を行ってきたが、幽霊など出てきたことは無いし、何かあっても自分が守ってあげるから安心しろと男から言われたそうだ。ユウの妹は幽霊が出ると言われる場所で縛られたまま暗闇の中に放置されて、ずっと恐怖で震えていた。だが一方で、その男がそばにいてくれたので頼もしく感じていたらしい。
ところが人魂が本当に現れた。真っ先に悲鳴を上げたのはその男の先輩だった。
事情は分かったが、部活動にしては明らかに度が過ぎている。その狙いは幽霊を誘き出すことではなくて、吊り橋効果を狙ったものだろう。
『これはたぶん、吊り橋効果を利用して女性を引っ掛けようとする罠だと思う。恐怖によるドキドキ感を共有した男と女は、そのときに恋心が芽生えてくっ付き易くなるってやつだよ。さっき廃屋の中で寝袋を広げて裸で楽しんでいた連中も、そうやってペアになったのだろうね』
『そうかもしれないけど……。ケイの推測が合ってるかどうか、こっちで眠っている男性にも確認した方がいいわ』
男に暗示を掛けて尋問すると、あっさりと白状した。今までも何人もの女性たちを同じように幽霊の生贄にして罠にはめてきたらしい。恐怖の中から芽生えた恋愛感情を利用して、女性たちを淫らな世界に引きずり込んでいたのだ。
『許せないわね!』
ユウが怒るのも尤もだ。だが、どうしてやろうか……。
とりあえず、眠っているユウの妹とその先輩の男を念力を使って廃屋に運んだ。廃屋の中では魔物研の部員たちが裸のままで眠っている。魔法で眠らせているから簡単には目覚めないが、裸のままでは風邪を引いてしまうだろう。
オレは仕方なく、それぞれのペアを寝袋の中に入れた。生意気にもダブルサイズの寝袋だった。邪な考えで合宿に来ているのが見え見えだ。
予備の寝袋が転がっていたので、ユウの妹とその先輩の男はそれを広げて寝かせた。と言うか、この寝袋はもしかすると、その先輩の男がユウの妹を誘い込んで使うつもりだったのかもしれない。ふたりは服を着たままだから寝袋の上でも寒くは無いだろう。
『この男たちには反省させなきゃいけないわね!』
ユウと相談して男たち六人には自分たちの卑劣な行いを女性たちに告白させて、罪を悔いるように暗示を掛けた。それと、幽霊や魔物と聞いただけで震えあがるくらいの恐怖感を植え付けた。
おそらく目が覚めたら、女性たちに罪を告白して、二度とこんな怖い場所には来ないはずだ。魔物研の活動は怖くて続けられないだろうから解散するだろう。
『女性たちは、どうしようか?』
『この男たちのことを好きだという気持ちが芽生えているかもしれないわね。そうだとしたら、それは暗示でどうこうするべきものじゃないわよね。男たちが罪を告白したら、女性たちも考え直すんじゃないかしら?』
つまり、女性たちには何もせず、それぞれの気持ちに任せるってことだ。
『わたしもユウの考えで良いと思う。それと……、菜月ちゃんはどうする?』
『ええと……。心配した父親が夜中に迎えに来て、縛られたまま気絶している娘を見つけて連れて帰ったということにしたらどうかしら。それで、魔物研からは即刻退部させることにしたという話にすれば不自然じゃないよね? 人魂や怖いお化けのようなものを見たことは忘れさせた方がいいわね』
そのシナリオでオレはユウの妹に暗示を掛け、一緒に縛られていた男にも暗示を掛けた。これで魔物研の連中への処置は終わった。
『ここに助けに来なかったら、妹はあの人たちの仲間に入っていたかもしれないわね』
『なんだか幽霊よりも人間の方が怖い気がするよ』
魔物研のメンバーへの処置が終わって、少し憂鬱な気持ちになっていた。だが、もう一つ、気の重い仕事が残っている。幽霊を尋問しなきゃいけない。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
(日本では〈513〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈103〉)
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈103〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈513〉)
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。




