SGS185 ユウの両親と話し合う
ユウは落ち着いた口調で「驚くと思うけど、実はね……」と切り出した。
「私や路線バスの乗客は異世界に召喚されてしまったの。ウェンキアという世界で、その世界には魔物がたくさんいてね。誰もが魔法を使う世界なのよ。こちらの女性はバスの乗客の一人で、名前はミサキさん。異世界に一緒に召喚されて、親友になったのよ。向こうの世界で私もミサキも魔法を使えるようになって、年を取らない体になったの。色々あったけど、やっと、こっちの世界に帰って来れたのよ」
「ミサキです」
そう言ってオレは一礼した。ユウの両親も頭を下げて、視線をユウに戻した。
話を聞いたユウの両親はどちらも顔を強ばらせている。突拍子もない話に驚きを隠せないようだ。
父親が頬を引き攣らせながら口を開いた。
「異世界って……。魔法を使うとか、年を取らないとか、本当なのか? テレビで魔物が現れて人を襲ったとか、魔物は異界から来ているとか、そんなニュースや番組を見たことがあるが……」
ユウの両親にはあらかじめ暗示を掛けてあるから頭ごなしに反論したり、怒ったりはしない。
「パパ、ウソじゃないの。本当のことよ。これを見て」
ユウは指先から30センチくらいの炎を出した。母親がそれを見て悲鳴を上げた。
「魔法はこんなものじゃないのよ。魔物を一瞬で焼き殺せるくらいの強い魔法を使えるし、ワープだって……」
ユウはリビングの隅に短距離ワープをして見せた。
父親も母親も口をポカンと開けて呆けたような顔をしている。
「本当に優羽奈……、なのか……?」
もしかすると魔物が自分の娘に化けているのかもしれない。父親はそう考えたのだろう。その呟きを聞いたユウは自分が本当の娘であることを証明するために、小さいころの思い出とか家族しか知らないようなことを必死で説明し始めた。
親子の間でいくつか問答を繰り返して、父親と母親は目の前にいる娘が自分の子供に間違いないとようやく納得したようだ。
「あなたが行方不明になった後、パパもママもずっと捜し続けたのよ。路線バスの乗客が異界に落ちてしまったとかいう話が出てからは、有名な心霊術の先生にお願いして優羽奈を呼び出そうとしたりもしたわ」
「それに、毎月行われている路線バス失踪者の家族会にはいつも参加してるんだ。何か手掛かりが無いかと情報交換を続けてきたんだよ」
おそらく、あのバスに乗っていて行方不明になった人たちの家族は、みんな同じような気持ちで肉親を捜し続けているのだろう。
「優羽奈、おまえたち二人だけじゃなくて、ほかの乗客たちもこっちの世界に戻って来れたのか?」
その質問にユウは困ったような顔をしてオレを見た。
『本当のことを言うしかないよ』
オレの念話にユウは小さく頷いた。
「戻って来れたのは私たち二人だけよ。ダイ……、大輝さんとは向こうの世界で巡り合えたけど、ほかの乗客たちとは離れてしまって、どうなっているのかは分からないの」
「そうか……。それで、大輝君はこっちへは戻ってないのか?」
「ええ。事情があって、大輝さんは戻れないの。でも、私たち、向こうの世界で結婚したのよ」
結婚という言葉に反応したのか、ユウの母親が口を開いた。
「結婚? 大輝さんと結婚したのね? 二人は初めから結婚を前提にお付き合いをしていたものねぇ。本当に良かったわぁ。ねぇ、パパ」
「ああ、そうだな。あの頃は二人とも学生のくせに結婚するとか言ってたから、おれは早過ぎると思っていたが……。今考えれば、二人は固い絆で結ばれていたんだな。大輝君ならおれも安心しておまえを任せられるよ」
「ありがとう、パパ、ママ」
ユウから聞いて知っていたが、大輝は何度もユウの家に来たことがあって、父親や母親とも気安い関係になっているそうだ。それに大輝は優羽奈と結婚を前提に付き合っていることをはっきり両親に告げたと言う。
「それで、大輝さんはいつこっちの世界に戻るの?」
「それは……、戻って来れないかもしれないの……」
「えっ!? どうして? 大輝さんが戻って来れない事情があるの?」
ダイルが豹族の体になってしまったことは秘密することにしていた。あまりにも衝撃が大きすぎるからだ。
「ええ……。大輝さんはワープの魔法が使えないので、こちらの世界には戻って来れないのよ。ワープは使えないけれど、ほかの魔法は色々使うことができて、強いの。あちらの世界で離れ離れになってしまったのだけど、大輝さんは何年も私を捜し続けてくれて、ようやく再会して結婚することができたのよ」
「それほどまでに大輝君はおまえのことを……。大輝君ならきっとおまえを幸せにしてくれるだろう」
ユウの両親は二人とも涙ぐんでいる。ユウが大輝と結婚したことを心から喜んでいるみたいだ。
「でも、今話したことは絶対に秘密にしてね。誰にも言わないでほしいの」
「分かってるわ。ねぇ、パパ? そんなことを誰かに話したら大変なことになるものね」
母親の問い掛けに父親も頷いていた。
「それとね。私たちは大輝さんが待ってる向こうの世界へ戻らなきゃいけないの。でも、心配しないで。こっちの世界へはいつでもワープで来れるから」
オレはこの家の中にワープポイントを設定するつもりだ。そうすれば好きなときにいつでもユウの両親に会いにくることができる。
「そんなに簡単に異世界との間で行き来ができるのか? もしそうなら、家の中にも簡単に魔物とかが現れたりするんじゃないのか?」
「パパ、そんな心配はいらないよ」
「だけどな、魔物は幽霊が出やすいところに現れるって菜月が言ってたぞ」
ユウの父親がいきなり変なことを言い始めたから、オレは少し混乱した。高速思考を発動してユウに尋ねた。
『菜月って誰?』
『私の妹よ。5歳年下なの』
『魔物って幽霊が出やすいところに現れるって、本当なのかな?』
ウィンキアでの幽霊は、意識を持った浮遊ソウルが何かの原因で姿を現したものだ。実体を持たない妖魔の一種と言える。こっちの世界でも幽霊の話はテレビやマンガで見たことはあったが、ウィンキアと同じようなものだろうか? その幽霊が出やすいところに魔物も現れるなんて……。
『さあ、そんな話は初めて聞いたわ。コタロー、何か知ってる?』
『こっちの世界に来てパソコンで魔物のことを調べた中にそんな記事があったにゃ。幽霊スポットに魔物が現れやすいと書いてあったわん。
だけどにゃあ、こっちの幽霊のことはオイラには分からないぞう。ウィンキアの幽霊にゃら魔物を操ることはあるらしいと分かってるけどにゃ。ウィンキアの幽霊は意識を持っていて魔法を使えるしにゃ、中にはテイムの技能が高い幽霊もいるからにゃあ』
コタローにも分からないなら、これ以上考えてもムダだ。
『幽霊のことは置いとくとして、ユウのパパさんって何か誤解してるのかな? わたしたちのことを幽霊と同じように考えてるみたいだね』
『きっと私が突然に戻ってきたから混乱してるのよ』
ユウは高速思考を解除して父親に話しかけた。
「とにかく、パパ。私たちは幽霊じゃないし、もし魔物が現れても簡単に退治できるから心配ないわよ」
「でも、おまえたちは向こうの世界に帰ってしまうのだろう? 連絡したいときはどうするんだ? 電話のような物があるのか?」
「えっ? 電話は無いけど……」
ユウは困って、オレの顔をチラッと見た。
こっちの世界との連絡方法か……。オレはまた高速思考を発動してコタローに問い掛けた。
『コタロー。何か良い方法はないかな?』
『こっちの世界の電話のようなものは無いにゃあ。とりあえず、オイラが毎日、こっちにワープしてくるしかなさそうだにゃ。オイラが様子を確認したり言伝したりするってことでどうかにゃ? オイラにゃら同時にいくつもの仕事を処理できるからにゃ、ケイたちをサポートする仕事に支障は出ないわん』
『コタロー、そうしてくれたら助かるわ。ありがとう』
高速思考を解除して、ユウは父親にニッコリと微笑みかけた。
「パパ、電話は無理だけど、連絡係を毎日来させるから……。コタロー、出て来て」
ユウが呼び掛けると、コタローがワープしてきた。応接テーブルの上に現れて、シッポを振っている。
「えっ!? 黒い犬か?」
「可愛いわねぇ。ダックスフンドね?」
「ええ。私のペットなの。でも、普通の犬じゃないわよ。言葉を話すし、魔法も使えるのよ」
「まさか、こんな犬が……」
父親がコタローを見ながら呟いた。それを聞いて、ユウはニコッと笑った。
「コタロー、挨拶して」
『オイラ、コタローっていう名前だわん。よろしくにゃ』
父親と母親は念話を聞いて、驚きのあまり口をあんぐり開けたままだ。コタローは二人に顔を向けてシッポを振っている。
『聞いたでしょ? コタローは犬だから声を出して喋ることはできないけれど、念話という魔法を使って頭の中に直接語り掛けることができるの。コタローへはパパやママも念話で話すことができるから、返事をしてあげて』
最初のうちは念話が途切れたりして上手く話ができなかったが、しばらく会話を続けると普通に話ができるようになった。
「ねぇ、優羽奈。コタローちゃんの寝床はあなたの部屋に作っておいたらいいかしら?」
「私の部屋って……、まだあるの?」
「もちろんよ。パパがね、あなたがいつ戻って来ても大丈夫なようにしておけって。それで、あたしが毎日お掃除してるのよ。部屋に行ってみる?」
2階に上がって、ユウはドアの一つを開けた。オレも後ろから付いていった。
部屋の明かりを点けると、6畳くらいの洋間にベッドがあり、その上には可愛いピンクのパジャマが置かれていた。勉強机があって、壁には高校のセーラー服が掛かっている。
ユウは部屋を見回していたが、なんだか瞳が潤んでいる。もしかして、泣いてるのか……?
ユウの父親と母親も部屋に入ってきた。二人は仲良く腕を組んで、にこやかに微笑んでいる。
ユウは二人に駆け寄って、その胸に顔を埋めた。
「ありがとう、パパ、ママ。ごめんね、心配かけちゃって……」
「うん、よかった、良かった……」
「あなたがこうして帰って来てくれただけで、ママは嬉しいのよ……」
三人とも泣いていた。オレもこういう場面には弱い。貰い泣きしそうになったが、コタローが邪魔をした。
『ケイ、この部屋にワープポイントを設定したらどうかにゃ』
シッポを振りながらコタローがオレを見上げている。
『分かったよ……』
盛り上がった気分を害されたので少しぶっきら棒に返事をして、ワープポイントを設定した。
「ママ。隣は菜月の部屋でしょ? 菜月はどこに行ってるの? 家にいないみたいだけど……」
泣きやんだユウが問い掛けると、母親は困ったような顔をした。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
(日本では〈513〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈103〉)
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
(日本でソウル交換してケイの体に入ると〈103〉)
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
(日本でミサキの体を制御しているときは〈513〉)
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。




