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SGS183 日本に戻る

 ワープした先は意外なことに建物の中だった。床も壁も古い板張りの部屋で、広くはない。内部は薄暗いが、部屋の奥には神棚のようなものが祭られているのが見えた。反対側の明るい方に目を向けると、格子の扉があって外から光が差し込んでいる。おそらくここはどこかの神社で、そのお社の中だろう。


 格子から外を見ると古い賽銭箱が置かれていた。苔むした石畳が続いていて、両側には崩れそうな狛犬と石灯籠が並んでいる。その先には立ち枯れたような木の鳥居が見えた。お社の周りは大きな樹木に囲まれているようだ。静かで、小鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。


 周囲に誰もいないことを探知魔法で確かめてから短距離ワープで石畳の上に出た。鳥居まで歩くと、そこから先は古い石段が下に向かって伸びていた。木々の間からは山里に広がる緑色の田んぼと数軒の家が小さく見えている。


 暑くはないし、寒くもない。田んぼの様子からすると、今は5月か6月頃だろうか。時刻は分からない。


『私たち、日本に帰って来れたのね?』


『うん、なんだか懐かしい風景だね』


 ユウもオレの目を通して同じ景色を見ている。この風景をゆっくりと眺めていたいがそうもいかない。


『ミサキ。ワープして来て』


 オレが呼び掛けると、すぐにミサキ(コタロー)が現れた。


『とにかく、村の方に下りて行ってみよう。まずは、自分たちに協力してくれそうな人を見つけないとね』


 石段を下りて簡易舗装の農道に出た。農道脇の用水路を流れる水音が心地よい。


 少し歩いたが誰とも出会わない。何軒かの家の前を通り過ぎると、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。オレが探しているのはこの家ではない。


 その隣に探していた家を見つけた。車のある一人住まいの家だ。その家には玄関先に白い普通車と軽トラが停めてあって、住人が一人いることが探知魔法で分かっていた。


 オレは躊躇せずにその玄関の引き戸を開けた。


「ごめんください。いらっしゃいますかぁ?」


 少し待っていると、奥から60歳を越えたくらいの男性が現れた。ふっくらした体形で、白い頭が薄くなりかけている。見るからに人の良さそうなおじさんだ。駱駝色の綿シャツとズボンを穿いていて、ひと目で農作業用の服装だと分かった。


「はい。どちら様ですかな?」


 男が驚いたように目をパチパチしている。見知らぬ若い女たちが玄関に入ってきたせいだろう。オレはにっこり微笑んで眠りの魔法を掛けた。床に崩れようとする男の体を念力で支えて廊下に寝かせた。


 男を念力で奥の仏間まで運んで寝かせると、オレは暗示魔法を掛け始めた。だが、いつもより少し時間が掛かってしまった。


 実はオレの魔力は地球に戻ってきたときに〈513〉まで下がっていた。地球が存在している空間では魔力がウィンキアの半分になるからだ。どうやらウィンキアの空間に比べて、この地球の空間は魔力が通り難いようだ。地球で魔法が発達しない理由はそれが原因かもしれない。


 地球に戻ると魔力が半分になることはコタローやユウから事前に聞いていた。暗示魔法にちょっと時間が掛かるようになることと、魔力が〈1000〉を越えて使えるようになったばかりの飛行魔法が地球では使えなくなることは予想していたことだ。それは残念だが、ほかに大きな支障はないはずだ。


 男は雄次という名前で63歳。奥さんは8年前に病気で亡くなったそうだ。娘さんが一人いるが結婚して県外で暮らしていて、ほとんど帰って来ないらしい。娘さんからは自分と同居したらどうかと勧められたが、この家から離れたくなかった。その誘いを断って、農家をしながらここで一人で暮らしているそうだ。


 よし。この人なら理想的な協力者だ。


 雄次さんには暗示でオレのことを自分の姪だと信じ込ませ、オレの言うことには素直に従うようにさせた。ミサキのことはオレの友人だと紹介すると、雄次さんはすんなり受け入れた。


「今夜は泊まれるんだよな? ゆっくりして行け?」


 雄次さんはオレのことを遠くから訪ねてきた姪だと完全に思い込んでいる。


 ここは長野の山村で、大きな街までは車で1時間ちょっと掛かるらしい。今は5月15日の午後4時過ぎだった。今から近くの街まで送ってもらっても夜になってしまう。今晩は雄次さんの言葉に甘えて、この家に泊まらせてもらおう。


「おじさん、一晩泊めてください。お世話になります」


 オレとミサキが頭を下げた。


「いやぁ、嬉しいなぁ。うちにお客が来るなんぞ、何年も無かったことだぁ。すぐに風呂を沸かすで、待ってろぉ」


 ばたばたと雄次さんは風呂を沸かしに行き、畑から野菜を採って来て夕飯の準備を始めた。オレやミサキも手伝うことにした。料理は苦手だけど、調理魔法が使えるから少しは役に立つはずだ。


 先に風呂に入れと言われて、ミサキと二人で風呂に入った。娘さんが使っていたというパジャマを借りてそれに着替えた。髪の毛を拭きながら仏間に行くと、座卓には料理が並んでいて、雄次さんが冷蔵庫からビールを出してきた。


「いゃあ、ほんとにこんな田舎までよく来てくれたなぁ。まずは乾杯だぁ」


 雄次さんの音頭で乾杯して、冷えたビールを一気に飲み干した。なんだか本当に自分の田舎に帰ってきた気がして、涙がこぼれそうになった。


 夕飯が終わった後、オレは風呂から上がってきた雄次さんにお礼をすることにした。


「おじさん、肩を揉ませてもらってもいい?」


 雄次さんに横になってもらい、肩や腰を揉んであげた。雄次さんの体は色々なところにガタが来ていたから、全身にヒール魔法を掛けて治療した。


「ケイちゃんに揉んでもらったら、なんだか体が軽くなったなぁ」


「ねぇ、おじさん。これからも時々ここへ遊びに来てもいいですか?」


「おお。嬉しいなぁ。いつでも遊びに来い」


 雄次さんの瞳が潤んでいた。本当にまた、ここに来ようと思う。


 ………………


 次の日の朝。オレたちは雄次さんの車で送ってもらって、街まで下りてきた。


 今回、日本に一時帰国するに当たって、オレはウィンキアから純金の地金を持って来ていた。これをどこかの店で買い取ってもらい、日本円を手に入れる計画だ。ウィンキアには金が豊富にあり、大金貨や金貨はすべて純金だった。だから、それを鋳潰して100グラムほどの純金の地金にした。買い取ってもらうときに、ご先祖様が残してくれた地金だと説明するつもりなので、わざと不揃いにしている。日本での資金とするためにこの地金を百本用意してきたのだ。


 前日に雄次さんに調べてもらったから、金の買い取りを行っている店の場所は分かっている。金を買い取ってもらうのに身元を証明する書類が必要なことも分かっていたから、その取引きはすべて雄次さんに任せた。


 雄次さんにその店に行ってもらい、純金の地金を売ってきてもらった。持ってきた地金のうち5本を売って、当面の活動資金を受け取ることができた。金を売ったときは税金が掛かると教えてもらったから、雄次さんにその金額と謝礼金を渡しておいた。雄次さんは暗示が掛かっているから素直に受け取ってくれた。


 オレたちは次に携帯ショップへ行った。スマホを買うためだ。これも本人確認が必要だから雄次さんに買ってもらった。スマホがあればいつでもネットに接続して調べ物ができるし、雄次さんにも連絡ができる。


 それから、街中のショッピングセンターに送ってもらい、雄次さんとはそこで別れた。


「おじさん。また、遊びに行くからね」


「ああ、楽しみに待っとるからなぁ」


 本当の叔父さんのような気がして、オレは雄次さんの車が見えなくなるまで手を振った。


 ショッピングセンターでは自分たちの服や靴、バッグなどを買った。ウィンキアから着てきた布製のワンピでも違和感は無いと思うのだが、ユウがダサいと言うからだ。


 ユウのアドバイスでオレとミサキの衣服を色々買っていると、あっという間に1時間が過ぎた。買った服に着替えてファミレスで昼食を食べた後、タクシーで公立の図書館へやってきた。


 図書館へ来たのはミサキ(コタロー)がこの世界の情報を入手したいと強く希望したからだ。


 コタローはオレの記憶や知識からこの世界のことや日本語などを学習していた。だが、オレの記憶や知識を探って得られた情報は不完全で曖昧だったから、もっときちっと学習したいとコタローは考えたようだ。さすがにAIだ。いや、コタローを単なるAIと考えるのはコタローに失礼だろう。オレが知っているようなAIを遥かに超越した人工知能なのだから。


 オレも図書館で知りたいことがあった。オレたちがミレイ神によってウィンキアに召喚されたとき、こっちの世界では大きな事件として扱われたはずだ。スマホでネットを検索したら、路線バスから忽然と運転手と乗客全員が消えたことは当時の大きなニュースになっていた。その路線バス乗客失踪事件を扱った本も数多く出版されていた。


 ※ 現在のケイの魔力〈1026〉。

   (日本では〈513〉。日本でソウル交換しミサキに入ると〈103〉)

 ※ 現在のユウの魔力〈1026〉。

   (日本でソウル交換してケイの体に入ると〈103〉)

 ※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。

   (日本でミサキの体を制御しているときは〈513〉)

 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。


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