SGS182 そして3か月が過ぎた
テイナ姫たちをアーロ村で保護した翌日。オレはラウラと一緒にクドル・インフェルノに籠ることにした。魔力が〈1000〉を越えたら日本にワープで帰れるようになる。それを目指して、これまで延び延びになっていた訓練を行うのだ。
ラウラのロードオーブのソウルも早く入れ替えたい。今はラウラのロードオーブには大魔獣ムカデのソウルが入っている。だが、大魔獣のソウルだと魔力が〈650〉に固定されたままだ。それは困る。
魔獣のソウルに入れ変えたらラウラの魔力はおそらく激減するだろう。半分以下になるかもしれない。でも、伸びしろは大きく広がる。訓練を続ければ、いつか〈650〉を越えるはずだ。
テイナ姫たちのことはミサキと村長たちにお願いした。ジルダ神の攻略を終えるまでは、この村で身を潜めてもらうしかない。テイナ姫やルセイラたちもそれは分かっていて、この村でいる間に鈍っていた体を鍛え直そうと張り切っているようだ。
ダイルたちもクドル・インフェルノの別の場所に籠もって訓練をする予定だ。だが、その前にダイルはレングランで一仕事をするとオレに言ってきた。
「国軍のクーデターを防ぐ件は俺に任せてくれ」
「えっ? ダイル、どうするつもりなの?」
「国軍の部隊長と魔闘士部隊の全員を俺の支配下に置いて、タムル王子に味方しないようにさせるつもりだ。レングランの国軍の魔闘士はせいぜい四十人くらいだし、魔力も〈200〉以下の者が大半だ。そんなに難しい仕事じゃないからな」
「でも……」
「おまえが動くより、俺が動いた方がずっと上手くやれる。こういうことに俺は慣れてるのさ。騒ぎにならないように密かに動くよ。だから、ケイ。心配しないで、おまえは先にクドル・インフェルノへ行って訓練を始めろ」
それを聞いて、レングランの国軍の件はダイルにお願いすることにした。いつもダイルに甘えてばかりで心苦しいが、ダイルの言うとおりだ。オレよりもダイルの方がずっと上手く動ける。それに何かあれば、お互いの状況は念話で確認し合えるし、必要なときにはワープですぐに会えるから問題は無い。
………………
………………
そして、あっという間にオレたちがクドル・インフェルノに籠もってから3か月が過ぎた。
ダイルはあれからすぐにレングラン軍の部隊長と魔闘士部隊の全員を支配下に置くことに成功していた。ダイルはジール伯爵というレングラン軍の最高位の軍人と親しいようで、その伯爵の手を借りて国軍の魔闘士たちを一人ずつ攻略していったらしい。
ダイルのおかげでレングラン軍が暴走する心配は無くなったから、まずはひと安心だ。
クドル・インフェルノで訓練している3か月の間にも、オレは週に一度はガリードに会いに行って依頼した件がどうなっているか確認を続けた。
タムル王子の評判を下げる件は着実に進んでいるらしいが、ジルダ神の行き先を突き止める件は調査を始めて3か月が経ってもまだ掴めていないと言う。行方不明になっているセリナの捜索やバーサット帝国の調査についても進展が無かった。
レング神やレングラー王とも時々会っていた。こちらもジルダ神の行き先の件は何も分からない状態だった。
王都防衛隊に捕らえられていたイルドさんと弟子たちの件は、あれからすぐにレングラー王が密かに手を回して、その身柄はウード公爵の預かりとなっている。どうやらレングラー王はオレとウード公爵との関係を忖度してくれて、身柄をウード公爵に預けるのが一番安全だと考えたようだ。王都防衛隊に圧力を掛けてイルドさんたちの取り調べを中断させ、身分を奴隷に落とすことで無理やり決着させたとのことだ。タムル王子の権力を剥奪した後に、イルドさんたちの身分を元に戻す予定だ。それまではイルドさんたちには奴隷の身分で我慢してもらうしかない。
イルドさんたちはウード公爵邸で庭仕事や馬の世話などをしているらしい。レングラー王からウード公爵へはイルドさんたちの身の安全を確保するよう命令を出しているようだが、オレも夜中にこっそりとウード公爵邸に忍び込んで、ウード公爵とその家人たちにイルドさんたちの扱いについて暗示魔法で命じておいた。イルドさんたちは奴隷の身分ではあるが、公爵たちには友人のように優しく親しく接するよう命じておいたから大丈夫だろう。
オレとラウラのクドル・インフェルノでの訓練については着実に成果を出していた。オレの魔力は〈1026〉になっているし、ラウラも〈812〉までになったのだ。
ラウラがたった3か月で〈812〉にまで伸ばすことができたのには訳がある。クドル・インフェルノで高位の妖魔と遭遇して、ラウラがラストアタックを取ったのだ。その妖魔とはシルフロードだった。
以前はクドル・インフェルノで訓練をするときは自分よりも魔力が格段に高い魔獣や妖魔を避けていた。そういった魔獣や妖魔は体内に専用魔石を有していて、魔力〈1000〉を超えるほどの攻撃魔法を放ってくると村長から忠告を受けていたからだ。そんな攻撃魔法が直撃すればバリアを破壊されて、オレは死ぬことになるかもしれない。だから危険な魔獣や妖魔に遭遇したらワープで直ちに逃げるようにしていた。
だが3か月前にクドル・インフェルノで訓練を始めたときからオレの考えは変わった。ラウラのロードオーブに格納してある大魔獣のソウルを別のソウルに入れ替えねばならないからだ。それもできるだけ魔力の高いソウルに入れ替えたい。そのためには高位の魔獣や妖魔であっても狙おう。チャンスがあればラウラにラストアタックを取らせるのだ。オレはそう考えるようになっていた。
そしてそのチャンスは意外にも早く訪れた。体調が悪そうなシルフロードに遭遇したのだ。クドル・インフェルノに籠り始めて数日後のことだった。
シルフロードはオレたちよりも魔力が高く〈920〉もあるし、しかも飛行の専用魔石を使って空を自由に飛ぶことができる妖魔だ。普通ならそんな格上の妖魔に遭遇したら逃げ出すところだが、オレたちは運が良かった。そのシルフロードをあっさりと倒すことができたからだ。
正面に見える丘の上空から淡い緑色に輝くそれが現れたとき、一目見ただけでは何かは分からなかった。丘の裏側から飛んできているようで、距離は150モラほどあった。革の鎧を纏った人族のように見えたが、人族には翼は無いし、輝きながら空を飛ぶことも無い。そいつは空中をフラフラと酔っぱらっているように飛んで、こちらへ向かってくる。
『シルフロードだわん!』というコタローの警告を聞いたときに、オレも同時に探知魔法でそれを確認していた。ワープで逃げるべきか戦うべきか一瞬判断を迷った。相手は酔っぱらっているのか、怪我をしているのかは分からなかったが、見るからに体調が悪そうだったからだ。これはチャンスだ。戦おうと決めた。
相手もこちらを見つけたようだ。そのシルフロードはまるで小さな子供がアリを見つけて弄ぶような感じで、隙だらけでオレたちに上空から襲い掛かってきた。
オレは咄嗟に熱戦の魔法を放った。腹を撃ち抜いたようで、そいつは襲撃してきた速度のまま地面に激突した。そのときはまだ息があったから、ラウラがラストアタックを取ることができた。
オレたちの魔力が〈1〉に見えているからシルフロードはこちらを舐めていたのだろうが、あっさり倒すことができたのは相手の体調が悪かったからだろう。
その理由はどうでもかまわない。とにかくすぐにロードオーブのソウルを入れ替えて、魔法でシルフロードの死体を分解して土に戻した。ラウラの魔力は〈460〉に落ちたが、それから3か月の間、ラウラはオレと一緒に必死になって魔獣や妖魔を相手に訓練を続けた。魔力は最初の〈650〉を越えて、今の〈812〉まで達することができた訳だ。
ちなみに高位の妖魔を倒したとしても、その専用魔石を取り出して使うことはできない。オーガロードが持つ誘導爆弾の専用魔石やシルフロードが持つ飛行の専用魔石が使えれば最高なのだが、残念ながら体内から取り出した時点でただの石に変わってしまうそうだ。価値がないから売ることもできない。
それはともかく、オレはこの3か月の訓練で目標を達成することができた。魔力が〈1000〉を超えたからワープ魔法で日本に戻れるようになったのだ。
オレの魔力が〈1000〉に迫ってきた頃から考えていたことがある。日本にワープで帰って何をするかということだ。ユウやミサキ(コタロー)、ダイルと相談しながら少しずつ計画し準備を進めてきた。
日本にワープで戻ることはダイルに話していたが、ユウもそのことをダイルと話し合っていたようだ。その会話を何となく聞いてしまった。
「それでね……、両親や妹の様子を確かめたいの。ケイの魔力が〈1000〉を越えたら日本にワープできるようになるから、一時帰国しようと思ってるけど……。ダイルは……」
「ああ、分かってる。俺のことは気にしないで帰って来いよ。俺が帰れない理由はケイから聞いてるから……。その代り、俺の家の様子も見て来てくれ」
ダイルを連れていると日本にワープすることができないのだ。それは、ダイルが体の中に埋め込んでいるロードオーブのせいだ。その中に閉じ込めているソウルがウィンキア生まれだから、日本が存在する異空間の中では不安定になり存在できないからだ。
コタローから聞いた話では、ウィンキア生まれのソウルを持つ者を伴って日本が存在する異空間へワープしようとしても普通はワープが発動しない。それを無理やり行えば、どこか違う時空間へ漂流してしまうらしい。
ダイルがロードオーブを体から取り出して離れた場所に置けば、そのダイルを伴って日本へワープすることができる。その場合、ロードオーブはウィンキアに取り残されることになり、ロードオーブに格納されていたソウルは解放されてしまう。それはダイルがロードナイトとしての能力をすべて失ってしまうことを意味する。今まで何年も掛かって魔力とスキルを高めてきたのに、それを捨ててしまうことはできないというのがダイルの判断だ。それに、もし日本に帰ったとしても豹族の姿で生活するのは無理だと考えたのだと思う。なんだか悲しいな。
ラウラからは土産を頼まれた。何かの折にラウラから日本の話を聞かせてほしいとせがまれて、色々なことを話した。その中でテレビやビデオカメラ、パソコンのことなどを話したのだが、それがあればオレが住んでいた日本の様子を見聞きできるとラウラは考えたらしい。それで、そういった電気製品をお土産にと頼まれてしまったのだ。
オレとしては日本の電気製品をこっちの世界に持ち込みたくはないのだが、オレやユウが住んでいたのがどんな世界なのかをラウラに見せてあげたい気持ちもあった。まぁ、土産としてだからいいかな……。
電気が供給できるかコタローに尋ねたら、魔力を電気に変換する装置を作れるらしいから問題はなさそうだ。
コタローも現代の地球や日本には興味があるらしく、ミサキの姿で後からワープしてくることになった。
「じゃあ、行ってくるね。いつでも念話できるし、ワープですぐに帰って来れるから心配しないで」
「ええ、分かってる。でも、ちゃんと帰って来てね……」
ラウラは心配そうな顔でオレの手を握った。
「ケイ、お土産を楽しみにしてるわね」
「あたしのも忘れないでね」
フィルナとハンナからもお土産を頼まれてしまった。衣服や化粧品など色々だ。
コタローの話によると、地球へ初めてワープするときのワープ先はソウルゲートであらかじめ決められた場所だそうだ。日本の国内であることは確かだが、コタローもそれが日本のどこかは知らないと言っていた。
ダイルが朗らかな顔で手を振っている。それに手を振り返して、オレは日本へ向けてワープを発動した。ちょっと不安だけど……。
※ 現在のケイの魔力〈1026〉。
(自分を鍛えるために魔獣を毎日倒し続けているので魔力が増加)
※ 現在のユウの魔力〈1026〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1026〉。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(自分を鍛えるために魔獣を毎日倒し続けているので魔力が増加)




