SGS169 街の様子を見る
翌朝。オレはダイルに事情を説明して、今日から数日の間、ユウに体を渡せないことを納得してもらった。
元々の予定ではオレやダイルたちはクドル・インフェルノへ籠もって訓練を行うことにしていたが、それは少し延期した。オレが王宮に潜入している数日間は、ラウラとダイルたちにはアーロ村で待機してもらうことにした。
村長へも少しの間留守にすると伝えて、オレはレングランへワープした。事前にウード公爵邸の庭木の陰にワープポイントを設定しておいたのだ。誰にも見られていない。
まだ時間があったから、レングランで街の様子を見ておくことにした。王位継承者が決まって街はお祭り騒ぎになっているとガリードは言ってたが、本当だろうか。あのタムル王子がそんなに人気があるとは思えないのだが……。それで街の様子を自分の目で確かめておこうと思ったのだ。
オレはこの街で指名手配されているらしいが、顔を知っている者などほとんどいないだろう。もし見つかっても逃げるのは難しくないからな。
ウード公爵邸の石の塀を飛び越えて、レングランで一番賑やかな通りに向かって歩いていった。
通りにはアチコチに垂れ幕が掲げられていた。どの垂れ幕もタムル王子を褒め称える言葉で溢れている。タムル王子の似顔絵が添えられていたり、一緒に花が飾られている垂れ幕も多い。
通りに並ぶ商店の多くで割引セールの看板が出ていた。タムル王子が王位継承者となったことを祝う割引セールを行っていて、そういう店には買い物客が多く入っているようだ。歩道を歩く買い物客の数も普段より多そうだ。
お祭り騒ぎという表現は少しオーバーだが、たしかに街は賑わっている。そう思いながら通りを歩いていると、ある店の前で中から甲高い声が聞こえてきた。
「だから言ってるでしょ! うちの店では割引セールなんかしないよっ!」
この店は女性用の衣料品店だ。オレがサレジ隊に売られたときに、イルド副長が連れて来てくれた店だ。副長はこの店でオレに下着やワンピを買ってくれたのだが、ちょっと恥ずかしかった思い出がある。今はもう大丈夫だ。入ってみよう。
「このババァ! こっちが下手に出てればいい気になりやがって!」
店の奥の方に二人の男が見えた。店の女主人に向かって凄んでいる。男たちはデブとノッポで肌が浅黒い。
「そんな顔したってあたしゃ怖くないよ! ゴルディアだかなんだか知らないけど、あんたのところの私掠兵団がうちの服や下着を買ってくれるわけじゃないでしょ!」
男たちはゴルディア兵団の兵士らしい。
「ババァッ! ゴルディアに逆らったらどうなるか思い知らせてやるぜぇ」
デブが腕を振り上げて女主人を張り倒した。今度はノッポが倒れている女主人に蹴りを入れてる。
目立ちたくないが、このまま見過ごすこともできない。仕方ないな。
「すみませーん。このブラをください」
オレは適当な下着を手に持って店の奥に進んでいった。
「おい、おんなっ! 今はヤバイって分からねぇか!?」
デブがオレを睨みつけたが、ノッポがそれを制した。
「まぁ待て、相棒よ。可愛いお客さんじゃねぇか。奥の部屋でお相手してあげようぜ」
ノッポがオレの腕を取ろうとして床に倒れた。デブもノッポの上に倒れ込んだ。オレがマヒの魔法を掛けたのだ。
女主人は床で気絶している。とりあえずキュアと眠りの魔法を掛けた。
デブとノッポには暗示魔法だ。ここで起こったことは忘れさせて、二度とこの店に近寄らないように暗示を掛けた。マヒを解くと、デブとノッポは慌てて店を出ていった。
もっと痛い目に合わせてやってもいいのだが、騒ぎになると面倒だからな。
女主人にも暗示を掛けて、デブとノッポを女主人が自分で追い返したと思わせた。暴力を振るわれたことはトラウマになると可哀そうだから忘れさせよう。この女主人には聞きたいことがあるから、オレには素直に話すよう暗示を掛けた。
眠りから起こすと女主人は目をパチリと開いて床から起きあがった。
「大丈夫ですか?」
「あら、イヤだ! 目まいでも起こしたのかしら……」
「さっき、男が二人、慌てて店から出て行きましたけど、大丈夫ですか?」
「ゴルディア兵団のヤツらよ。割引セールをしろって煩く言ってきたけど、追い返してやったわ」
「周りの店は割引セールをやってるところが多いですけど、あれも?」
「そうよ。どの店もみんな、ゴルディア兵団のヤツらに脅されてね。渋々割引セールをやってるのよ」
女主人の話では、垂れ幕や花もゴルディア兵団が用意したもので、それを通りに掲げるよう強制されたらしい。ちなみに花は造花だ。すべてが作られたお祝い騒ぎだった。
やはりこのお祭り騒ぎには裏があった。タムル王子とゴルドが仕組んでいるようだ。
………………
衣料品店を出てレングランの通りを歩いていると、近くにイルド副長の家があることを思い出した。――いや、今はサレジ隊から独立しているはずだからイルドさんと呼んだ方が良いだろうな。
その家へは一度だけイルドさんが連れて行ってくれた。たしかさっきの衣料品店で下着やワンピを副長に買ってもらった帰り道だった。
あのときのことは今でも忘れられない。従属契約をした女の役割をイルドさんから教えられて、オレは酷いショックを受けたのだった。あれからもう8か月が経っている。あのときイルドさんはもうすぐサレジ隊から独立して、自分の家を新たな隊舎にすると言っていた。おそらく今はイルド隊を立ち上げて、ハンターの親方になっているはずだ。
サレジ隊にいたころは辛いことが多かったが、イルドさんは何かとオレの面倒を見てくれた。なかなかの好漢だった。元気にしているだろうか。ちょっと懐かしくなって、こっそりと覗きに行ってみることにした。
………………
たしかこの家のはずだが、様子がおかしい。家の前に人だかりがあって、全員が門の内側を覗き込んでいる。近所の住人や通行人たちのようだ。家の中で何かあったらしい。
門のところで誰かが叫んでいる。甲高い女の声だ。
「逃がすんじゃないよ。ここに住んでる奴らは全員が反逆者だからねっ! 一人残さず捕まえるんだよっ!」
人垣の隙間からその女の顔がちらっと見えた。忘れもしないその顔はアンニだ。サレジ隊を裏で取り仕切っていた女。サレジの女房で、オレとラウラを何の躊躇いもなく冷酷に奴隷市場へ売り払ったのがあの女だ。
オレは急いでその場を離れた。今、あの女に見つかったらヤバイ。間違いなく騒ぎになるだろう。
通りの店先で商品を見ている振りをしながら様子を眺めていると、家の門から兵士たちが続々と現れた。通りをこちらへ歩いてくる。オレは急いで店の中に入って、商品を探す振りをしながら顔を伏せた。
兵士たちは店の前を通り過ぎていく。その隊列の間に何人もの見知った顔を見つけた。イルドさん、それとレンニとスルホだ。ほかにも数人の顔見知りがいた。サレジ隊に所属していたハンターたちだ。全員が両手を縛られていて、兵士たちに縄で引きずられながら歩いている。
「おい、何かの間違いだ。ちゃんと調べてくれ!」
「おれたちは捕まるようなことは何もしてねぇーぞ!」
「アンニーっ! はめやがったなーっ!」
レンニやスルホたちは連行されながら叫び声を上げていた。
兵士たちは三十人くらいいたようだ。隊列が通り過ぎると、その後を見物人たちがゾロゾロと付いていった。
アンニがイルドさんの家の前でまだ居残って何かをしている。誰もいなくなったのに何をしてるのだろうか……。
「それ、買うのかい?」
後ろから声を掛けられて、オレは飛び上がるほど驚いた。
※ 現在のケイの魔力〈846〉。
※ 現在のユウの魔力〈846〉。
※ 現在のコタローの魔力〈846〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




