SGS168 本丸攻略作戦
その日の深夜。オレは行動に移った。街壁を飛び越えてレングランの王都に侵入して、王城に近付いた。さすがに王城の近くでは警備が厳重だ。真夜中だというのに、頻繁に見回りの兵士たちが通り過ぎる。オレはそのたびに物陰に隠れた。
ソウル一時交換から自分の体に戻っているから、万一見つかって戦いになったとしても負けることは無いだろう。だが、見つからない方が良いに決まってる。
王城は高さ20モラほどの城壁で囲まれていた。浮遊魔法でオレはその城壁の上に飛び上がった。そこは天井の無い通路になっている。
付近に誰もいないことを確かめてからポケットの中で眠っているネズミを取り出した。今回の偵察に使う人工生命体だ。
『じゃあ、ここからはコタローに任せるから。気を付けて……』
『分かったわん。まかせろにゃん』
石の床の上で眠っていたネズミが目を覚ました。ちょろちょろと駆けて、手すりを支える石壁の陰に隠れた。石と同じような色をしてるから、昼間でも目を凝らさないと気付かないだろう。ましてや今は真夜中だ。その姿は全然分からない。
オレはその場所からワープしてダールムの家に戻った。
………………
翌日の朝、ソウル一時交換でミサキに入ってから、オレはラウラと一緒に買い物に出た。ミサキの服をほとんど持ってないし、ミサキは10センチくらい背が高いからオレが持ってる服ではサイズが合わない。この機会にミサキ用の服を買い溜めておこうと考えたのだ。
それに自分の下着や寝間着も色々買っておきたい。なにしろ新婚のユウが身に着けるものだから気を使ってしまう。ダイルが喜びそうなものを選んでいると、ラウラにイヤらしいと言われてしまった。こっちの世界にも男が喜びそうな女性用の下着や寝間着があって、店にはたくさん売られていた。
「ラウラにも買ってあげるね」
オレがラウラに似合いそうなものを何着か手に持って耳元で囁くと、ラウラは恥ずかしそうに小さく頷いた。愉しみが増えた。
買い物で疲れたのでラウラと一緒に飲食店に入って昼食を取り、その後、カーラの診療所へ寄った。ミサキとしてカーラ魔医たちに挨拶をするためだ。
挨拶が終わって診療所から出ようとしたときにコタローからの連絡が入った。テイナ姫が幽閉されている部屋にワープポイントを設定したという連絡だ。
高速思考に切り替えて状況を確認した。
『テイナ姫が閉じ込められているのはにゃ、城の中の2階建ての古い館の中だわん。その建物にいるのは見張りが五人とテイナ姫の世話をする者が二人だけだぞう。部屋には外から鍵が掛かってたわん。ドアの前に見張りがいるぞう』
『部屋の中には入れたの?』
『もちろんだわん。部屋に食事を運び込むときににゃ、するっと忍び込んだのだぞう。セーブポイントは部屋の中に設定したからにゃ、そこへワープすればテイナ姫に簡単に会えるわん』
『偵察用のネズミは無事?』
『異空間ソウルにワープで無事に戻ったわん。だから心配にゃい』
意外に役に立つな、あのネズミ。オレは高速思考を解除して、家に戻るためにラウラと一緒に診療所を出た。
………………
夕方にソウル一時交換を終えて、ミサキから自分の体に戻った。
そして深夜。オレはテイナ姫が幽閉されている部屋にワープした。
夜になったら新しく買った下着や寝間着をラウラが着て見せてくれると言ってたけど、それを楽しむのは次の機会だ。ちょっと残念だが。
ワープ先の部屋の中は暗くてほとんど何も見えない状態だ。暗視の魔法を発動すると、テイナ姫がベッドで眠っているのが見えた。窓には分厚いカーテンが掛かっていて月明かりを遮断している。
オレはテイナ姫にマヒの魔法を掛けてから眠り解除を発動した。
『テイナ姫、眠っているところを起こして申し訳ないですが目を覚ましてください。それから、あなたの体にはマヒの魔法を掛けてますから、体は動かないし声も出せません。起こしたときに驚いて声を上げたり暴れたりするのを防ぐためです』
一旦話しかけるのを止めて、オレはテイナ姫の様子を観察した。目を開けて侵入者を探そうとしている。マヒが掛かっていても目だけは動かせるのだ。
『わたしはケイです。以前、ゴブリンの国へ一緒に行きましたよね。姫様に危険が迫っているので、お救いするためにここへ来ました。詳しい事情を説明しますが、その前にマヒを解除します。声を上げたり暴れたりしないでくださいね。それと会話は念話で行います。お分かりになったら返事をしてください』
『ケイ? 本当にケイなのですか? この部屋の中は暗くて、おまえが本当にケイなのか、わたくしには分かりません。ケイだという証拠がありますか?』
さすがテイナ姫。しっかりしている。オレはゴブリンの国でベルッテ王と会話した内容などを話した。オレと姫様だけしか知らない話だ。
姫様が納得したので、オレはマヒを解いた。
『本当にケイなのですね? どうしてここまで来たのですか?』
オレはまず自分のことから説明を始めた。闇国へ流されて、自分が神族だと分かったということだ。それから、ここに来た理由を話した。タムル王子が王位継承者となることが決まり、1週間後に立太子の儀式が行われるということ。そうなるとテイナ姫の命が危ないため救いに来たという一連の話だ。
テイナ姫は慌ててベッドから下りて床にひれ伏した。
『ケイ様が神族とは……。知らぬこととは言え、これまでの無礼をどうかお許しください』
『姫様。わたしは神族と同じような能力を持っていますが、神族の仲間ではありません。ですから、話し方は今までどおりでお願いします』
オレは姫様の手を取ってベッドに座らせた。そしてオレも隣に座って話を続けた。
『今話したとおり、ここにいると危険です。わたしと一緒に今すぐここから脱出しましょう』
『脱出と申しても……、どうやってここから出るのですか?』
『姫様にわたしの使徒になっていただきます。そうすればワープで一緒に脱出できますから』
『しかし……、わたくしは……、こそこそと逃げとうない……』
テイナ姫は顔を伏せた。何か考えているようだ。すぐに顔を上げてオレの方を向いた。
『やはり逃げるのは止めます。たとえ殺されようと、わたくしはレングランの王女として堂々としていたいのです』
姫様は頑固だった。その後も一緒に逃げようと説得を続けたが姫様は頑なに拒み続けた。
無理やり連れ出すことも考えたが、そんなことをしても姫様が喜ぶはずがない。オレは高速思考に切り替えてユウとコタローに相談した。
『ねぇ、ケイ。テイナ姫を連れ出すのは諦めて、代わりに、タムル王子に暗示を掛けるっていうのはどう? 気付かれないようにタムル王子の部屋に忍び込んで暗示を掛けるのよ。暗示の内容は、そうねぇ……、タムル王子が次の王様になったときに、テイナ姫の王族としての身分を回復させて、お姫様に自由と財産を与えるような暗示でどうかしら?』
『なるほど。グッドアイデアだね、ユウ。それで行こう』
『それはムリだにゃ、ユウ。ケイはタムル王子に近付けにゃい』
『コタロー、どうして? その理由を説明しなさいよ』
ユウは自分のアイデアを否定されてちょっと怒ってる感じだ。念話でその波動が伝わってくる。
『タムル王子がいる館は厳しく警護されてるのだわん。偵察のためにオイラも忍び込もうとしたけどにゃ、ネズミ一匹通さない厳戒態勢で侵入できなかったわん。タムル王子に近付くのは困難だぞう。もうじき王位継承者になるってことだからにゃ、余計に警戒が強化されてるのだわん』
『それなら、どうするのよ!?』
ユウがコタローに突っ掛かる。
『タムル王子など相手にしにゃいで、この際、思い切って本丸を攻略したらどうかにゃ?』
『本丸を攻略って、どういうことよ!?』
『それはだにゃ……』
コタローが本丸攻略のアイデアを説明してくれた。
本丸攻略か……。魅力的なアイデアだが、その成功の可否はレングラー王の寝室にワープポイントを設定することができるかどうかにかかっている。
『コタロー、教えて。レングラー王の王宮にネズミで忍び込むことって、コタローならできるよね?』
『できないにゃ。レングラー王の王宮に誰にも見つからずに忍び込むのはムリだわん。警護が厳重で、ネズミどころかアリ一匹入り込めにゃい』
『それじゃあ、この本丸攻略作戦はダメってこと?』
『レングラー王の王宮にゃら、こっそりと忍び込まずににゃ、正面から堂々と入ったら良いと思うぞう』
『どういうこと?』
『テイナ姫にゃらレングラー王の側近を知ってるはずだわん。姫様にレングラー王の側近の名前と住居を教えてもらってだにゃ、今夜のうちに会いに行けばどうかにゃ?』
『ねぇ、コタロー。側近と会ってどうするの?』
ユウが尋ねた。オレと同じようにコタローの意図が分からないのだろう。
『相変わらず頭が悪いにゃ。ケイを新たな女官として表から堂々と入れるようにするのだわん。側近に暗示を掛けてにゃ』
『えっ!? わたしが女官の真似をするってこと? できるかなぁ……』
『ケイ、大丈夫よ。王宮の中に入ることができれば、後はなんとかなるわよ』
ユウは気楽に考えているが……。
コタローのアイデアを基にしてユウとオレの三人で作戦を煮詰めていった。この作戦を成功させるためにはオレが女官の真似をしてレングラー王にこっそり会いに行かなければならない。だが、そんなことがオレにできるだろうか……。
いや、これはチャンスだ。オレはアーロ村のナムード村長との会話を思い出していた。相手がオレの能力に気付く前にこちらから仕掛けるのだ。王位継承問題やレングランとの敵対問題を解決できるだけでなく、本丸を一気に攻略できるチャンスなのだ。先手必勝で進めていけば大きな変革に着手できるかもしれない。絶好の機会が目の前にある。これを逃してはならない。
高速思考を解除して、姫様に相談してみた。
『タムル王子への王位継承を邪魔する方策を考えているのですが、そのためにはレングラー王の側近に会わねばなりません。どなたか有力な側近をご存じないでしょうか?』
『父上の側近ですか?』
少し考えて、テイナ姫はオレの方へ顔を向けた。
『側近の中で一番の実力者はウード公爵です。わたくしの叔父で、内務大臣です。いつも父上の近くにいて、政務を取り仕切っている方です』
姫様からウード公爵邸の大凡の場所を聞き出して、オレはそこに向かった。
………………
公爵邸には先にネズミを偵察に出して、公爵が眠っている寝室にワープポイントを設定させた。そして、オレは労せずして寝室へワープ。眠っているウード公爵らしき人物とその隣で眠っていた夫人にマヒを掛けてから暗示を掛けた。
オレは明日から見習いの女官として王宮に入ることになった。身辺調査などがあると面倒だなと思っていたが、公爵の話では高位の貴族が推薦する場合はそういう手続きは一切省略できるようだ。
ウード公爵が明日の午後に王宮へ連れて行ってくれる手筈だ。ウード公爵はオレのことを親戚の娘で、嫁入り前の行儀見習いのために王宮の後宮へ奉公に出すと信じ込んでいる。
どうせなら初めから王様付きの女官になりたい。その方が一気に事が進むからだ。オレはウード公爵に自分の希望を言うと一喝された。
「たわけたことを申すなっ! 行儀見習いの分際で王様付きなどになれるものかっ!」
暗示が効いていて、公爵はすっかりオレのことを自分の姪だと信じ込んでいるから遠慮が無い。
行儀見習いでも何でもいいから、とにかく王様が籠もっている後宮に入り込めれば良しとしよう。オレが女官か……。全く自信ないが、やるしかないよな……。
※ 現在のケイの魔力〈846〉。
※ 現在のユウの魔力〈846〉。
※ 現在のコタローの魔力〈846〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




