SGS166 ガリードからの報告
村長が帰ってからはオレもラウラもテーブルに両肘を乗せ、顔を伏せてぐたっとしていた。ユウの結婚式での疲れだけでなく、その後のケビンや村長との話し合いで気が重たくなっていたのだ。
しばらくすると、ラウラがぱっと顔を上げて声を掛けてきた。
「ねぇ、ケイ。気分転換にダールムへ行ってみない? ミサキの姿でダールムの家に行ったことがないでしょ? マリーザ親子にも顔を合わせておいたほうがいいわよ」
たしかに気分転換をしたほうがいいな。それに、ガリードに依頼した調査の件も気になる。
「そうしようかな……」
オレたちは普段着に着替えて、ダールムにワープした。
ちなみにオレがミサキに入っているときは魔力が1/5になるから、今の魔力は〈169〉しかない。本来であればこの魔力ではワープ魔法を発動すると失敗するはずであるが、ソウルを一時移動している間のワープだけは特別で、失敗することはない。ワープに必要な魔力は異空間ソウルから補填されるからだ。
もう一つ補足しておくと、オレがミサキに入っているときも自分の使徒を連れて一緒にワープすることができる。ラウラを連れてワープできるということだ。
………………
アーロ村の時刻はまだ朝の11時過ぎだったが、ワープ先のダールムは昼の2時を回っていた。標準時が違うから時刻が違うのは仕方ない。アーロ村の標準時をダールムのそれに合わすよう村長に進言したほうが良いかもしれない。
マリーザと娘のティーナは家の中で掃除をしていた。オレたちが部屋に入っていくとちょっと驚いた顔をしたが、マリーザたちはすぐにラウラへ挨拶をした。
「紹介しておくわね。こちらの女性の名前はミサキ。あたしと同じようにケイの家族よ。この家にも時々ワープしてくるからよろしくね」
ラウラがオレを紹介した。マリーザ親子にはケイが神族であり、ワープを使えることや、ケイとユウの二つの人格を持っていることをずっと前に説明済みだ。親子に住み込みの管理人になってもらうことが決まったのは診療所にいた頃だったが、そのときに自分たちのことを説明して秘密が漏れないように暗示も掛けていた。
ミサキの姿でこの家に来るのは初めてだから、オレも形式的にマリーザたちに挨拶をした。それから気になってることを聞いた。
「この家は寂しい場所にあるから、夜とか怖いでしょ?」
問い掛けると、二人は顔を見合わせてちょっと返事をためらっているように見えたが、すぐに母親のマリーザが答えた。
「そりゃこの家に女が二人だけだからねぇ。あたしたちも初めの頃は怖かったですよ。でもね、ガリードさんの部下の人たちが来てくれてね。毎日昼も夜もこの家を警護してくれてるの。それをずーっと続けてくれるって分かったからねぇ。今はちぃっとも怖くないですよ。それに、みなさん親切なの」
マリーザの話では、五人編成の小隊がこの家に常駐して警護をしているらしい。小隊の数は複数あって、2日毎に別の小隊に交代しているそうだ。たしかに、オレの探知魔法にも五人の反応があった。その小隊のために別棟の2部屋を貸していて、食事もマリーザたちが用意しているという話だった。
オレが気になっていたのはガリードが約束を守っているかどうかだ。この家を24時間ずっと警護するということもダイルがガリードに約束させたことだった。まずはそれを確かめたのだが、約束どおり警護してくれているようだ。
ふむ。ガリードはオレが見込んだとおりの男だ。外見はちょっとむさ苦しくて、ぶっきらぼうな感じだが、優秀で誠実な男であるらしい。
遅い昼食をごちそうになっていると、庭で声がした。警護の者たちが訓練をしているようだ。窓から見ると、男が三人と女が二人。ロードナイトはいない。全員がソウルオーブを装着していて、みんな20代くらいの若さだ。
昼食を終えて庭に出ていくと、全員が駆け寄って来てオレたちを取り囲んだ。
「あんたたちは誰だ? どこからこの家に入ってきた?」
警護の役目をちゃんと果たしているな。
「あたしはラウラで、こっちはミサキ。あたしたちはこの家の者で、ケイ・ユウナ・アロイスの家族よ」
「本当か?」
男のひとりがラウラをじろっと睨みつけて、隣の女に顔を向けた。
「おい、マリーザさんを呼んで来い」
命じられた女が家の中に入ると、マリーザが慌てて飛び出してきた。
「おふたりはケイ様のご家族に間違いないよ! ラウラ様とミサキ様だ。あんたたち、失礼なことをしちゃいないだろうねっ!?」
マリーザが叱りつけると、警護の者たちは驚いて姿勢を正した。
「すんません!」
「ごめんなさい」
口々に謝ってきた。
「謝ることなんかないわ。あんたたちがちゃんと警護してくれてるのが分かって、あたしもミサキも喜んでるのよ」
さすがラウラだ。オレが考えてることを代わりに言ってくれた。オレはミサキに入っているときはミサキ口調で喋らなきゃいけないのだが、それが苦手で、つい無口になってしまうからなぁ。
「ねぇ、お願いがあるのだけど……。今からガリードさんに会いに行きたいの。あなた、案内していただける?」
オレがぎこちないミサキ口調で言うと、小隊のリーダーらしい男はパッと明るい顔をして「喜んで」と返事をした。
それからオレたちは男の案内で隣の屋敷に向かった。ガリード兵団の本拠地だ。
ガリードは留守かもしれないと思いながら客間で待っていると、すぐに部屋に入ってきた。
「ラウラさん、元気そうだな。こちらの女性は?」
「ガリードさんもお顔の色が良いわね。こちらは、あたしと同じようにケイの使徒で、名前はミサキよ」
「ミサキです。よろしくお願いします」
椅子に座ったままガリードに軽く頭を下げた。
「ああ、こちらこそ。ケイさんの使徒は美人がばかりだな。あんたも魔女ってことだな?」
「はい。ワープや暗示魔法も使えますよ。ケイと同じようにね」
暗示魔法と聞いてガリードは顔をしかめた。
「それで? 今日はケイさんは来てないのか?」
「ええ。今日はケイから頼まれて、わたしたちだけでここに来ました。以前にケイからガリードさんにお願いしていた調査の件です。調査の結果で何か分ったことがあれば、それを聞いてくるようにとケイから言われています」
「おお、そうか。こっちからもマリーザさんにお願いして、ケイさんとの会談を調整してもらおうと思っていたところだ。色々と分かったことがあるんでな。報告したいことが三つあるんだ。どれも良くない知らせだが、まずは一番軽い件から話すとするか……」
一つ目の情報としてガリードが語ったのは、オレをバドゥで殺そうとした犯人についてだ。バドゥの線を追い掛けていくと、すぐに分かったそうだ。バドゥはダールムの街にある輸送ギルドから貸し出されたものだった。そのバドゥはオレが殺されそうになったその日に貸し出され、同じ日に返されていた。借りた者の名前も記録に残っていた。
「名前はニド。レングランの男だ」
「えっ!? ニド?」
思わず声が出てしまった。その名前にラウラも驚いたのか、声を抑えるように両手で口を覆った。
「そうだ。レングランのニドだ」
ガリードはオレたちが驚くことを予見していたかのようにニヤリとして、ニドの名前を繰り返した。それを無視してオレは考え込んだ。
あのニドだろうか? でも、ニドがオレを殺そうとするはずがない。今まで何度も危ないところをニドに救われたのだ。きっと名前が同じ別人に違いない。
「レングランのニドって、あのニドかしら……?」
ラウラも考え込みながら呟いた。
「そうだ。そのニドだ。おれは部下をレングランに行かせて調べたんだ。ニドという名前は珍しいから見つかると考えてな。そうすると、ラウラさん、あんたやケイさんと一緒に闇国へ流された男がニドという名前だと分かった。人相も確かめた。一致したよ。輸送ギルドにバドゥを借りに来た男とな。ラウラさん、ニドという奴はあんたやケイさんの友人なんだろう? 理由は分からんが、あんたらは友人に裏切られたってことになるな」
ガリードは同情するような口調で言ったが、目は笑っている。明らかに面白がっているようだ。
それにしても、ナゼだ? どうしてあのニドがオレを殺そうとしたのだろう? ニドがミレイ神の使徒であることは分かっている。つまり、ニドがオレを殺そうとしたとすれば、それはニドの意志ではなく、ミレイ神の意志ということだ。
だが、仮にミレイ神がオレを殺そうとしたとしても、その理由が分からない。それまではニドを使って、ミレイ神はオレを助けようとしていた。助けてくれた理由も分からないが、おそらくオレがミレイ神の子供を代理出産したことに関係しているのだろう。
それが一転、ミレイ神はオレを殺そうとしているらしい。ナゼなんだ?
考えてみれば、サレジにオレを襲わせたのも神族だった。仮面を被っていたが女性の神族だ。もしかすると、あれもミレイ神だったのか? いやいや、安易な憶測だけで決めつけるのは危険だ。
この件に関しては掴んでいる情報はそれだけだとガリードは語った。今の時点ではこれ以上考えてもムダだ。ともかくこれからはミレイ神に対して警戒しなければならない。それだけは確かなことだ。
「二つ目の情報は何ですか? さっきの件よりも悪い話ってことですよね?」
「ああ、ケイさんが聞いたら間違いなく怒り出す話だ。実はな、レングランでケイさんが指名手配された。罪状は内乱罪だ」
「えッ!? どういうことなの?」
オレよりも先にラウラが怒ったような声を上げた。
「何日か前にケイさんのことを告訴した奴がいてな。ケイさんが罪人として闇国へ流された後、闇国で巣くっていた罪人どもを糾合して、レングランで反乱を起こして国を転覆させようとしてるってな」
「告訴したって、いったい誰が?」
「ラウラさん、あんたの古巣のボスだ。たしか、サレジとかいう名前だったか。それにサレジは手下を使って王都の中でとんでもない噂をばらまいてるぞ。ケイさんがレングランを恨んでいて、闇国から王都へ攻め上ってくるってな。ケイさんはよっぽどサレジから憎まれてるようだな」
くそっ! どれだけサレジはオレを憎んでるんだ?
それにしても、サレジの狙いは何だろうか? オレのことをレングランで告訴しても捕えることはできないと分かっているはずだ。
ラウラもオレと同じように考えたらしく、ガリードへ問い掛けた。
「それで? ケイはレングランで指名手配されただけなの?」
「いや。レングランは軍を動かす準備を始めたようだ。闇国からの侵攻に備えるためにな。闇国から反乱軍が王都へ攻め上ってきたら、逆に反乱軍を叩き潰すと軍の連中は気勢をあげてるらしい。反乱軍が鎮圧されたら、もちろんケイは処刑されるはずだ。反乱軍の首魁だからな」
「つまり、サレジはレングラン軍を使ってケイを殺そうとしているってこと? リリカの花園でケイやダイルを殺そうとして失敗したから、今度はそんな悪だくみをしてるのね?」
「ハハハ、それが違うんだな、ラウラさん。そんな単純な話ではないんだ」
「違うって、どういうことなの?」
「実は立太子の儀式が近々行われる予定になっていてな。レングラン軍の動きは、どうやらその立太子の件と関係しているらしい」
「立太子の儀式? それって何ですか?」
オレは訳が分からなくなって思わず聞き返してしまった。
「立太子の儀式というのは王位継承者を正式に決める儀式のことだ。実はそれが良くない知らせの三つ目なんだ。レングランの王位継承者がもうすぐ決まるということだ」
「えっ! 王位継承者が? いったい誰に決まるのですか?」
「タムル王子だ。1週間後に立太子の儀式が行われて、それを終えればタムルは正式に王太子になるそうだ。王位継承者ってことだな。レングランの王都ではお祭り騒ぎになっているらしい」
「タムル王子が……」
オレは一瞬、言葉が出て来なくなった。
※ 現在のケイの魔力〈846〉。
※ 現在のユウの魔力〈846〉。
※ 現在のコタローの魔力〈846〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




