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SGS165 今が変わるべき時

 ユウの結婚式が終わると、アイラ神や村長たちはすぐに帰り、オレとラウラも小屋に戻ってきた。簡素な結婚式で、披露宴などは開かなかったからだ。


 なんだか心にぽっかりと穴が空いたようだ。ラウラもオレと似たような気持なのか、ぐったりと椅子に腰を掛けていた。オレたちがぼんやりと座っていると、小屋の扉が開いて誰かが入ってきた。ケビンだ。


「ラウラ姉、ミサキ姉、ちょっとした頼みがあるんだぁ」


 それを聞いたラウラが嫌そうに顔をしかめた。


「頼み? あんたが何か言ってくるときはろくなことがないんだから!」 


「それで、ちょっとした頼みって何なの?」


 オレもラウラと同じ気持ちだったが、一応尋ねてみた。


「さすがミサキ姉だナ。どっかの尻デカ凶暴女とは違うナ」


「誰が尻デカ凶暴女だってっ!?」


 ラウラに喧嘩を吹っ掛けてどうするんだと思うが、ケビンも懲りないヤツだ。


「そんなことよりナ、おれっちの頼みのことを聞いておくれヨ。頼みってのはヨぉ、おれっちをナ、地上の街に連れてってほしいンだぁ」


「地上の街へ? あんた、地上の街へ行って、どうするのよ?」


 怒った振りをしていたラウラだが、ケビンの言ったことに興味を持ったようだ。


「地上の街へ行けばヨ、色んなものを見たり聞いたりできるからナ。このアーロ村にいたってヨ、魔物や魔獣を狩って、年取って、死んでいくだけだからナ」


 ケビンの目がキラキラと輝いている。どうやらケビンは本気で地上の街へ行きたいと頼んでいるようだ。その目は未来への希望に満ち溢れているように見えた。


「それはつまり、地上の街へ行って見聞を広めたいってこと? あ、えーと、街で色々と学びたいってことだよね? この村ではあまり学べないから」


「ミサキ姉は分かってるナ。そういうことだァ。連れてってくれるよナ?」


 そう言われてオレがどうしようかと迷っていると、ラウラが「ダメよ」とすぐに否定した。


「あんたみたいな悪ガキを地上の街へ連れていったら、街の人たちに迷惑を掛けてしまうでしょ。だから連れていくのはダメなの!」


 ラウラの言葉にケビンは辛そうな顔をした。ラウラにしょっちゅう悪戯や喧嘩を吹っ掛けているから自業自得だ。そう思ったが、ちょっと可哀そうになった。


「ラウラが言ったようにね、今のままのケビンじゃ、街へは連れて行けないけどね……。でも、諦めるのは早いよ」


「ちょっと、何を言い出すの!?」


 ラウラがこちらに顔を向けて、咎めるようにキツイ目をした。


「どうしたら連れてってくれるンだぁ?」


 ケビンは期待するような目でオレを見つめている。


「えーと……」


 気まぐれで余計なことを言ってしまったと後悔したが、もう遅い。オレは頭を搾って、思い付いたことを口にした。


「まず、街で暮らせるくらいの礼儀を身に付けること。それと、やって良いことと悪いことを自分で判断して、他人を思いやった行動ができるようになること。最後に、ケビンの家族の許しを得ること。つまりミーナさんとマルセルさんの許しだよ。この村を出ることになるから村長の許しも必要だね」


「れいぎ? れいぎって何だぁ?」


 おいおい、そこからか?


 しかし、改めて問われると、礼儀が何かをちゃんと答えることができない。


 高速思考を発動して、植え付けられた知識の中から礼儀について洗いだした。


 礼儀を身に付けるとはどういうことか。それは相手を不快にさせないように言葉遣いや態度・身なりに気を配ること、常識やルールを守ること、感謝の気持ちを持つこと、相手を馬鹿にしないで敬うこと、ちゃんと挨拶すること、間違ったらきちっと謝罪すること、等々。


 オレはそれを口に出して列挙した。ケビンはポカンとして聞いていたが、間違いなく分かってないだろう。


「すぐには分からないと思うから、今言ったことをケビンが分かるように紙に書いて、後で家へ持って行ってあげる。たしか、ケビンは文字を読めたよね?」


「村長さんに教わったからナ」


 ケビンは得意そうに言う。ケビンは頭は悪くない。と言うか、むしろ頭の回転は速いし、記憶力もある方だ。教育や指導をほとんど受けないまま成長しているだけなのだ。ちゃんと教育して指導すれば、ひとかどの人物になるかもしれない。今ならまだ間に合うだろう。


 オレはそんなことを考えているうちに、本気でケビンを地上の街に連れて行っても良いかもしれないと思い始めていた。


「それと、ミーナさんたちと村長にケビンが地上の街へ行って学びたいと希望していることを伝えるけど、そのときにケビンにあげるのと同じ紙を渡して、ケビンをよく指導しておくように言っておくからね」


 もちろんオレは面倒なことは自分でやるつもりはない。全部コタローに振ろうと考えている。正確に言えばミサキ(コタロー)であるが。


「ミサキ姉、ホントか? ホントにホントなのかぁ?」


 ケビンはまた目をキラキラさせている。


「うん、ホントだよ。でも、ケビンが礼儀を身に付けることと、他人を思いやった行動を取れるようにならないと、街へは連れて行けないからね。分かった?」


 問い掛けると、ケビンは「分かったぁ」と言って嬉しそうに走って帰っていった。きっと姉のミーナや姉婿のマルセルに今の話をするつもりだろう。


「ケイ、本気なの?」


 ラウラが呆れたような顔で聞いてきた。


「ええと……」


 オレが答えようとすると、先にラウラがパッと明るい顔をして声を上げた。


「あ、ケイの考えが分かったわ。ケビンにわざと難しい要求を出して、この村から出ないように仕向けたのね?」


「いや、その……、違うんだ。本気でケビンを地上へ連れてっても良いかなって思い始めたんだよ」


 オレはさっき考えていたことをラウラに語って聞かせた。


「あのケビンに礼儀を身に付けさせるなんて、まず無理な話よ。あたしでもできそうにないもの。ケビンは野生児のままで、この村で暮らした方が幸せだと思うけど……」


 ラウラにそう言われると、オレもそうかなと思ってしまう。


「どっちにしても、今はケビンにチャンスをあげたんだから、その結果を見守ろうよ。これからケビンが変わるかどうかは本人次第だからね」


 オレの気まぐれでケビンにチャンスを与えたことが、この先のケビンの将来を大きく変えていくことになるのだが、このときのオレはそんなことは想像もしてなかった。それはまだまだ先の話であるのだが……。


「そう言えば、この前もケビンにね……」


 ラウラはケビンがやった悪戯のことを話し始めた。憎めない悪ガキの話をしていると楽しくなってきて、少しだけ元気が出てくる。笑いあっていると、また小屋の扉が開いた。


「ケビンから聞いたんじゃが」と言いながら入ってきたのはナムード村長だ。


 村長は小屋の扉を開けてから気まずそうな顔をして扉をノックした。ノックを忘れていたことに気付いたのだろう。


「突然にすまねぇナ。今、話はできるかのぉ?」


「どうぞ。ここに座って」


 ラウラは自分の座席を村長に譲って、オレの隣に座り直した。


「ケビンから話を聞いてここへ飛んできたのじゃが、あの子を地上の街へ修行に連れていくそうじゃな。ラウラ様とミサキ様に許しを貰ったと嬉しそうに話しておったゾ。それが本当なら、わしは大賛成じゃ」


 村長は早とちりをしているようだ。これは訂正しておかねばならない。


「ええと、今すぐではないですよ。条件付きで、ケビンがその条件を満たせば連れていくと言っただけです」


「条件? ああ、礼儀がどうのとかケビンは言っておったナ。ともかく、わしはケビンを地上で修行させることに大賛成じゃ」


「でも、もしケビンを地上へ修行のために連れていったら、村のほかの者たちも地上へ修行に行きたいと言い始めますよ。そうなると困りませんか?」


 オレの言葉に村長は静かに首を振った。


「いや、むしろ逆じゃナ。この村はこれまで何千年もずーっと変わらぬまま地の底で眠り続けておった。目を閉じ耳も塞いで眠っておったということじゃのぉ」


「村の掟を破ることになりますよ? 今までにアーロ村の人たちが地上へ行かなかった理由は聞いています。それは、守護神のアロイスが天の神様からの命令でこのダンジョンから出られないから、村人たちもアロイスに遠慮して地上へ出なかったのですよね? 地上へ出ないことが暗黙の掟のようになっているそうですけど、その掟を破っていいんですか?」


「今となっては要らぬ掟じゃよ。ケイ様が現れたからの。あの方がこの村に迫っておる地上からの脅威を教えてくださったのじゃ。もはや我らは眠ってはおれぬ。目を閉じ耳も塞いで眠っておったのでは、この村は滅びていくだけじゃ。今は一刻も早くこの村を変えねばならぬのじゃよ」


 村長の話を聞きながらオレは少し感動していた。一刻も早くこの村を変えねばならないと言った村長の言葉に胸を打たれたのだ。この村長はもっと保守的で頑固な人だと思っていたが、どうやら違っていたようだ。


 ラウラが「ちょっと、村長」と言って、少し不満げに声を上げた。


「この村を変えるって、その件はケイから指示が出てるでしょ」


「村の防衛力を高める件じゃな? ケイ様からのご指示どおりにその施策は進めておるヨ。魔闘士の数や質を高めたり、村の防壁を高くしたり、偵察を出したりナ。これからもその施策は進めていくがナ、村の守りを固めるだけでは生き残れんかもしれぬと思い始めたのじゃヨ。あのバーサット軍との攻防戦で村の衆が何人も死んだからのぉ。こちらから打って出ねば敵には勝てぬと考えるようになったのじゃ」


 村長の考えが変わるきっかけとなったのは、やはりあの戦いだったようだ。戦いの前哨戦で村の偵察隊員が数人亡くなっていた。


 オレも村長の言うとおりだと思っている。守るだけでは敵には勝てないということだ。


「以前にケイも村長と同じようなことを言ってました。敵に勝つためにはこちらから敵に先んじて仕掛けていかないとダメだと。先手必勝! そう言ってましたよ」


 今はミサキの体に入っているから、どうも話がややこしい。


「先手必勝のぉ……。さすがはケイ様。良い言葉じゃナ。そのためにも今のままではダメじゃ。もそっと地上に出向いて、敵のことを知らねばならぬのじゃヨ。敵を知って、こちらから先に手を打たねば、このような小さな村はあっという間に攻め滅ぼされてしまうじゃろうのぉ」


「敵に勝つためには敵を知らねばならないとケイも考えていて、すでに手を打っています」


「ミサキ様、それはどういう手ですかのぉ?」


「地上のダールムという国でケイは私掠兵団を継続的に雇ったのです。ガリード兵団というダールムで一番大きくて実力がある兵団で、そこの団長も信頼がおける人です。すでにレングラン王国とバーサット帝国について調査するよう依頼を出してあります」


「さすがじゃナ。敵のことを知るのはそれで良いのじゃろうが、わしがお願いしたいのはもう一つあるのじゃ。味方を育てるということじゃヨ」


 なるほど。村長が言いたいことが分かった。


「それで、ケビンを地上へ修行に出すことに大賛成と?」


「そういうことじゃ。村の有望な者をナ、若いうちから地上の街へ行かせて、修行をさせたいと思うておる。村の中だけで暮らしておっては、得られる知識や技も限られておるし、考え方も狭くなるでナ」


「と言うことは、ケビンだけでなく、村のほかの者たちも地上へ修行に行かせるということですか?」


 オレの問い掛けに村長は「そのとおり」と強く頷いて言葉を続けた。


「じゃからナ、ケビンを地上へ修行に出すのは、困るどころか、その逆なのじゃ。大歓迎じゃヨ。村の若い連中へ大いに刺激になるじゃろう。さっきも言ったように、今は一刻も早くこの村を変えねばならぬのじゃ。ケイ様がこの村に現れて、村を目覚めさせてくれたからの。わしらも、ぼーっとしとれんわい」


「今が変わるべき時ということですね?」


「おお、それよそれ。今がまさに変わるべき時なのじゃ」


 今が変わるべき時か……。自分の口から出た言葉だが、もしかすると一番変わらなきゃいけないのはオレ自身かもしれないな。


 オレがこの村に来たのは偶然だったと思うし、この村を支配することになったのも自分の実力と言うよりも幸運に恵まれていたからだ。オレは様々な騒動に巻き込まれながら辛うじてそれを乗り越えてここまで来たが、これからはそうはいかないだろう。バーサット帝国や神族たちにオレが神族と同じような能力を持つことを気付かれてしまうのは時間の問題だ。気付かれたら、オレや仲間たち、それにこの村に迫る脅威はもっと大きくなるはずだ。


 今までは自分やラウラが生き残ることだけを考えて行動してきた。だけど、今のオレはアーロ村の支配者だ。村人たちの安寧な暮らしを守って行かなきゃいけない。だが、大いなる脅威がこの村に迫ろうとしている。バーサット帝国やレングラン王国、それと神族たちだ。それに打ち勝つためには今までの自分を変えるだけではダメだ。この村を変えるだけでもダメだと思う。そんなちっぽけな変革だけでは勝てないし、生き残れないだろう。もっと何か大きな変革が必要だ。それは相手がオレの能力に気付く前に為せる変革でなければならない。先手必勝で相手に仕掛けなければ、強大な敵に打ち勝つことはできないだろう。


 面倒くさいことは嫌だが、今はそうも言ってられない気がする。


 先手必勝で為せる変革。それはいったい何だろうか……。


 ラウラはオレが考え事をしていることに気付いたようで、オレに代わって村長と話を続けてくれた。話し合いの結果、近い将来、村の若い魔闘士たちをダールムへ留学させることになり、その準備を進めることになった。


 ケビンについてはそれとは別だ。ちゃんと条件を満たすまでは地上へ連れていくつもりはないとオレは断言しておいた。


「わしもちょっとはケビンに躾をしてみるがのぉ……」


 村長は自信無さげにそう言いながら帰っていった。


 ※ 現在のケイの魔力〈846〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈846〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈846〉。

 ※ 現在のラウラの魔力〈650〉。


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