SGS016 ラウラ先輩は良い人っぽい
周りは裸の男ばっかりで、その真ん中に裸の自分。
「きゃわっ!」
悲鳴なのか叫びなのか自分でも分からないような声を上げてオレは顔を伏せた。
「おまえ、いくら顔を隠しても胸や尻が丸見えだぞ」
「くびれから尻にかけての曲線が……たまらねぇー。おれ、鼻血出そうだ!」
「風呂屋へ行ったらいいことがあるってラウラが言ってたけど、新入りがこんなサービスをしてくれるなんてな。副長、おれ、こいつに惚れそうです!」
「うつ伏せはもういいから。今度は仰向けになってみろ!」
周りの男たちに言われ放題だ。オレは自分が女だったことを思い出して半分パニックになった。これだけ色々言われると自分が情けなくなってくる。
あ、また涙が出そう……。
「副長、これはラウラ先輩のいたずらなんです。わたし、ここから出たいんで、みなさん、少し離れてもらえますか?」
半泣きで訴えた。
「いたずらでも何でもいいから、このままもっと見せろよ」
「見ないでっ!」
泣き声で言い返した。情けないがどうしようもない。
「おい、おまえら。もうそのくらいにしといてやれ! みんな、ちょっとの間、目を閉じてろ!」
男たちの興奮がエスカレートしていくのを副長が抑えてくれた。オレは急いで起き上がって蒸し風呂から小走りで出た。脱衣場では知らない男が目を丸くして何か言おうとしていたが、それを無視して自分の服を着た。髪も体も濡れたままだが、しかたない。逃げるように風呂屋から飛び出た。
歩きながらタオルで濡れた髪を拭き、涙を拭いた。女の体になってからすぐに涙が出るようになってしまった。女性は脳と涙腺の仕組みがそうなっているのだろうか……。
それはともかく、やられた。ラウラの企みにまんまとハマってしまった。彼女はオレをいじめようとしている。今のオレは弱くて、いじめを跳ね返す強さは何も持っていない。力も無い。魔法も使えない。金も無い。オレには何も無かった。
今の自分が情けない。でもそれをどうすることもできない。悔しい思いが涙となって流れていく。
今のままではダメだ! なんとかしてもっと強くなろう! だけど、どうやればいいんだろ……。
………………
隊舎に帰ってきた。
ラウラはオレの顔を見ても平然と防具の手入れをしている。
「先輩! ひどいじゃないですか。先に帰っちゃうなんて。おかげで、男たちにわたしの裸を見られてしまいました」
「何を言ってるの? あたしのせい? 違うわ。あんたが薄ノロなだけよ! そんな感じでボンヤリしていたらハンターとして生きていけないわよ!」
ラウラのやつ、怒ったような顔で説教をしている振りをしてるけど、なんとなく嬉しそうな感じだ。思ったとおりにオレを引っ掛けることができたからだろう。
そっちがその気なら、こっちもラウラに思い知らせてやろう。
「すみません。不覚にも眠ってしまって、気が付いたら男たちに囲まれてました。お尻が丸見えだとか、もっと見せろとか、色々迫られてしまって……」
少し涙を浮かべて辛そうな顔で話す。
「それで……どうしたの?」
よし、ラウラめ! うまく乗ってきたぞ。
「男たちが寄ってたかって……。恥ずかしくて言えません……」
「あんた……、そんな恥ずかしいマネ、したの!? さかりのついたメス猫みたいに!」
どっちがメス猫だよ!
「ラウラ先輩に勧められてお風呂に来たって、男たちが言ってましたけど。そんなことウソですよね……。隊長になんて言えばいいのか……」
ここでオレは悩んでいる振りをして、うつむいた。
おっ、ラウラはうろたえ出したぞ。
「そんなの、ウソに決まってるでしょ。あたしはあんたに油断することの恐ろしさを教えたかっただけよ。もしこれが原野で魔族に取り囲まれていたら、どうするの? ね、分かるでしょ?」
もう少し念押しをしておいたほうがいいだろうな。
「はい……。とにかく、キズが付いてしまったので、隊長に調べられたときに何て言えばいいのか……。隊長が戻ってくるまでに考えておきます」
キズって心の傷だけどね。
「あの……、あんまり深刻に考えちゃダメよ。みんなにヤラレタら痛かったでしょうけど。でもキズは治るから。そんなに悩まなくても大丈夫よ」
いや、みんなにヤラレタんじゃなくって、あんたにやられて心が痛かったんだけどね!
「あんなことがあったから、これからもきっと、男たちに色々言われるし……。わたしにまた迫ってくる男もいると思うんです。それが心配で……」
「あたしが絶対にそんなことさせないから。みんな、あたしの言うことなら従うから心配しないでいいのよ」
よし! とどめの一発を!
「それに、ラウラ先輩がわたしを苛めてるって、みんなが思ってるみたいです。そんなデタラメが周りの人から隊長に伝わったら、わたし、困るんです……」
「それは絶対に誤解よ! あたしは、あなたの先輩として……。それに、隊長からもあなたを鍛えるように言われてるからよ。そりゃ少しは厳しくしてるけど……。あたしはあなたを苛めてるわけじゃないのよ。困ったわね、みんな誤解をしちゃって」
おっ! “あんた”から“あなた”に格上げされたぞ。
「よかった! やっぱり誤解ですよね? ホントは先輩ってやさしいのに、みんなは先輩がわたしを苛めてるって誤解してるんですよね?」
「そりゃそうよ。これからはもっと仲がいいところをみんなに見せないといけないわね」
「はい、これからもよろしくお願いします」
オレはペコリと頭を下げた。よし、これでOKだ!
………………
翌朝、異世界4日目。そして女性になって4日目。
今日から原野に狩りに出る。一泊二日の予定らしい。早朝。朝食を終えてすぐに出発した。オレは副長からもらった革の服を着て、狩猟刀を身につけている。ラウラ先輩も似たような装備だ。
ただし見た目で一つ大きな違いがある。オレだけが大きなバッグを背負わされていることだ。
この中にはテントや鍋など原野で寝泊まりするための道具五人分が入っている。食料や水は現地調達が基本なので必要最小限しか持っていかないが、それでも特大サイズのリュックサックを3つ合わせたくらいの容量がある。
でも重さは5キロくらいだ。なぜか。それはバッグに秘密がある。クメルンバッグと言って、クメルンという街で生産できる特殊な布を使って作られたバッグだ。このバッグに魔力充填済みのソウルオーブを1個入れておくと、この布が地面からの弱い魔力と反発し合って、重さを20分の1に軽減してくれる優れモノなのだ。
そういうことで、このバッグは原野や魔樹海を旅するためには必携品だ。だがこのバッグは高価だし、ソウルオーブが入っていることで価値は倍増している。
同じ意味で高価なのが従属の首輪だ。最近知ったのだが、従属の首輪にもソウルオーブが入っているそうだ。だから、もしオレが原野で迷子になって野垂れ死んだりしたら、すごい損失になるらしい。従属の首輪も一緒に失われるからだ。
一緒に狩りに行くスルホという男からは、「おまえの命は無くしてもいいが、クメルンバッグと従属の首輪は絶対に無くしたり壊したりするなよ。どっちもおまえの命の何倍も値打ちがある魔具だからな」と嫌味ったらしく言われた。
いつもならラウラ先輩が言いそうな嫌味だが、「それならバッグも首輪もあんたが持ちなさいよ!」と言い返してくれた。オレが感謝のまなざしをラウラ先輩に向けると、にっこりと笑みが返ってきた。
あれっ? ラウラ先輩って意外にかわいい。良い人っぽいかも。もしかするとオレはラウラ先輩のことを誤解していたのだろうか。いや、たぶん昨日の作戦が効いてるのだろう。




