SGS156 わたしはケイです
――――――― ミレイ神 ―――――――
さっきまでは作戦どおりに進んでいたのだ。私もその様子を岩壁のテラスから眺めていた。高さ500モラの場所で、サレジたちとは少し距離があったが、遠視の魔法で手に取るように見えていたし、話し声だって聞こえていた。
ケイの仲間がサレジたちがいる丘へ近付いていた。サレジに残された時間はあと10分ほどだろう。私がそのことに気を取られて目を離した一瞬の間に、サレジは花の中で倒れていた。それと同時にケイたちの姿が消えていた。
サレジはすぐに立ち上がった。無事なようだ。ケイたちを捜しているらしいが、もう手遅れだ。私の探知魔法にはケイの反応が無いし、ケイの仲間が迫っているのだから。
どうやってケイたちが逃げたのか分らないが、あのダイルという豹族の男が何かの手段を使ってケイと子供を連れて逃げたのだろう。
今からケイたちを捜してもムダだ。この作戦は失敗だ。私はすぐにそう判断した。問題はサレジだ。あのまま放置しておくことはできない。捕まって調べられたら、サレジの暗示が解けてしまうかもしれないからだ。
それならサレジを殺そうか。一瞬そう考えたが、止めた。サレジはまだ使える。生かしておいて私の役に立たせたほうが良い。
「サレジを連れて戻ってくるから、ニド、あなたはこのテラスで待っていて」
同伴してきた副官のニドにそう告げて、すぐに飛行の魔法を発動した。
………………
サレジは花園の中でケイを探し回っていたが、私が念話で呼び掛けると空を見上げた。私の接近に気が付いたようだ。時間が無いので、飛行している間にサレジと念話で話をして、暗示で眠らせた。念力でサレジを運ぶのは手間が掛かるが、この男を捨てていくこともできない。
サレジを連れて飛行魔法で低空を飛びながら、私は後悔していた。
また失敗してしまった。どうしてこんなことになったのだろう。サレジには入念に暗示を掛けたし、今度の作戦は完璧なはずだった。それが突然、あの獣人の反撃で逆転されてしまった。
遠回りをして、ようやくテラスに辿り着いた。眠ったままのサレジを岩の上に横たえた。気持ちよさそうな顔で眠っている。この男をテラスから蹴り落としたら気持ちが軽くなるかもしれない。一瞬そう考えたが、背後から声がして、その欲求がすっと鎮まっていった。声の主はテラスで待っていたニドだ。
「ミレイ神様、お疲れ様です」
「ねぇ、ニド。変だと思わない?」
「ダイルが反撃してきたことですか?」
「ええ、そうよ。さっきサレジに尋ねたら、私が命令したとおりにダイルのロードオーブを破壊したと言っていたわ。それに、ダイルはサレジの攻撃で瀕死の状態になっていたのよ。それなのに、どうしてダイルは反撃できたのかしら? しかもまんまと逃げられてしまったのよ。ケイと子供まで一緒に連れてね」
「おそらくサレジが壊したロードオーブはニセモノだったのだと思います。経験豊かな魔闘士は万一に備えてロードオーブのダミーを体に埋め込んでいると聞いたことがあります。サレジはそれに引っ掛かって油断してしまったのでしょうね。ダイルはその隙を衝いて反撃して、上手く逃げ出したのでしょう」
「ロードオーブが偽物だったなんて……」
ダイルという豹族の男。恐ろしいヤツ。
だが過ぎたことを後悔しても仕方がない。ケイとダイルを殺す機会はまだこれから何度もあるだろう。
それよりももっと大きな問題がある。神族封じの首輪をケイの首につけたまま、ケイを逃してしまったことだ。
神族封じの首輪は第一夫人のジルダ神様が保管していたアーティファクトだ。ジルダ神様が神族の中で大きな力を持っているのは、神族を取り締まる役目をジルダ神様の一族が初代の神族から代々受け継いできたからだ。ジルダ神はその末裔で、神族封じの首輪を数多く保管しているらしい。その1個を私が無理を言って少しの間だけ借り受けたのだ。
闇国での差し迫った状況はジルダ神様も知っていた。私が報告していたからだ。アーロ村には神族を越えるような能力を持った守護神がいて、それを捕らえるためと偽って首輪を借りた。ジルダ神様は渋ったがレング神様も私の味方をしてくれて、首輪を借りることができたのだ。
ケイを捕らえて尋問を済ませたら首輪をジルダ神様に返そう。その際には残念ながら守護神を捕えることができなかったと、そう言い訳をしたら許してくれるだろう。私はそう考えていた。
だが首輪はケイの首についたままだ。首輪をジルダ神様に返せなくなってしまった。数日のうちに返さないと、今度は私が罰せられる。とんでもなく困ったことになってしまった。これは致命的な失敗かもしれない。
どうすればいいのだろう……。守護神に首輪を持ち去られてしまったとでも言い訳をしようか……。せっかく大きな手柄を上げたのに、その功績も帳消しになってしまう。私の作戦でバーサット帝国とアーロ村を戦わせることで、レングランへの侵攻を防ぐことができたというのに……。
いいえ、まだ挽回できるかもしれない。今のままでは10日が過ぎれば、ケイは首輪に殺されてしまうことになる。ケイも首輪をつけたままでは危ないと分ってるから、首輪のことをアーロ村の守護神に相談するはずだ。
そうよ! ケイは必ず村に戻るに違いない。ケイが村に戻ってきたところを捕らえれば、きっと挽回できるはずだ。
とにかく今は、サレジをこの闇国から脱出させよう。
「ニド、あなたは地上へ戻りなさい。このサレジも一緒に地上へ連れていくのよ。今から目覚めさせるから」
「承知いたしました。ミレイ神様はどうされるのですか?」
「私は今からアーロ村へ向かうわ。ケイを捕えるためにね」
待っていなさい、ケイ。必ず捕えて、この失敗を挽回するのだから。
――――――― ケイ ―――――――
「おそらくあの女は神族だ」
ダイルがそう呟いて、また唇を重ねようとした。その感触に自分の体から力が抜けていくのが分かる。
「男はあの神族の命令で動いていたようだな……」
ダイルが囁いた。何度も唇が触れて自分の体が喜びに震えた。
「だけど男は間違えたんだ。優羽奈をケイと間違えて襲ったのだろうな……」
えっ!? それを聞いて、自分の体が強張った。霞が掛かったようにぼんやりしていた頭が少しずつ回り始めた。
ダイルは自分のことを優羽奈だと思ってる。勘違いだって言わないと……。
「あの……、ごめんなさい。わたしは優羽奈じゃなくて、ケイです……」
必死に出した声は消えてしまいそうな小さな声だ。言いたくない。でも、言わなきゃいけない……。
「今のわたしは、ケイ……、です……」
ダイルは目を大きく見開いた。
「本当か!? 優羽奈は? いつから変わってたんだ?」
自分の肩を掴んでいるダイルの手に力が入った。少し痛い。
「さっきの男に捕らえられたとき……、すぐにユウから助けてって言われて……」
「でも……、その帽子は?」
あっ!? 言われた初めて気が付いた。頭に手をやると、ネコ耳帽を被ったままだと分かった。
「脱ぐのを忘れてた……」
優羽奈ではないと分かっても、なぜかダイルは自分を抱きしめている。それがなんとなく気持ち良くて、そのままダイルの腕に抱かれていた。
そのとき、ラウラたちが現れた。丘の上から駆け下りて来て、お花畑の中に分け入ってきた。
※ 現在のケイの魔力〈846〉。
※ 現在のユウの魔力〈846〉。
※ 現在のコタローの魔力〈846〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




