SGS153 クールタイムを忘れてた
―――― ユウ(前エピソードからの続き) ――――
私は黄色いお花畑の中で幸せいっぱいな気持ちだった。心地よい風が吹いて花たちが揺れている。このお花畑のどこかに彼が待っているのだ。
どこにいるの? もしかして、私を驚かそうと隠れているの?
突然、「パリン!」という音がした。
えっ!? なに? なにが起こったの?
自分のバリアが破れる音だと思ったが、予期しない出来事に理解が追い付いて行かない。
大輝、どこなの?
彼を捜して周りを見渡そうとして、自分の体から力が抜けていくのを感じた。
どうしたんだろう? なにが……。
自分の膝が崩れてゆっくり倒れていくのが分かった。
そのとき、誰かが私を支えてくれた。背中の方から胸とお腹に手を回して私を抱きしめてくれた。
大輝? 大輝なのね?
「ケイ、意外に弱かったな。おまえは神族だと聞いていたが、バリアはすぐに破れたし、マヒの魔法にも簡単に掛かってしまったしなぁ。ど素人だな」
えっ!? 大輝の声じゃない! だれなの? 別の男だ。どこかで聞いたことがある声だが思い出せない。体を動かして顔を確かめようとしたけど、ダメだ。目は見えて耳も聞こえているけど、体や口は動かない。ホントにマヒしてしまったみたいだ。
「おいっ! 姉ちゃんを放せっ! おれっちを騙したのかぁっ!?」
ケビンの声だ。
ダメよ! こっちに来ちゃダメ!
「うるせぇガキだな」
男が何かの呪文を呟くと「ガサッ!」と音がして、私の足元に何かが転がった。きっとケビンだ。ケビンに何をしたのっ!?
「ケイ、久しぶりだなぁ」
思い出した。この声はサレジだ。ハンターギルドの親方で、ケイを犯そうとした男。自分の思い通りにならなかったケイを奴隷として売り払った男だ。
サレジが後ろから私の髪に顔を埋めて耳元で囁いた。
「あのときはおまえを味見できなかったが、今度こそゆっくりと味わってやる。この花園の中でなぁ。ふっふっふっふっ」
それを聞いて鳥肌が立った。このままじゃホントにサレジに犯されてしまう。
体は動かないけど魔法は発動できる。バリアが破壊されたら10秒間は魔法を発動できないけど、もう10秒は経っている。まず、ケイに連絡をしないと……。
高速思考に切り替えて念話でケイに話しかけた。
『ケイ! ケイ! 助けて、ケイ!』
すぐにケイから返事がきた。
『どうした?』
『サレジに捕まってしまったの。ダイルとケビンの三人で散歩に出ていた途中で……。捕まったのは私とケビンだけよ』
『分かった。すぐにソウルの一時交換を解除するよ』
『待って! ケイ、待って……』
呼び掛けている途中に気付くと、私は異空間ソウルの中に引き戻されていた。
――――――― ケイ ―――――――
ユウから緊急連絡を受けてオレは自分の体に戻ってきた。それまでは小屋近くの樹にハンモックを掛けて昼寝の真っ最中だった。ミサキの体に入って気持ちよく眠っていたところを突然起こされたから、まだ頭がぼんやりしている。
高速思考は自分の体に戻ったのと同時に解除されていた。気付くと、オレは後ろから誰かに抱きしめられている。周りは一面が黄色のお花畑だ。丘の中腹らしい。場所を聞かなかったが、ここはリリカの花園だろうか……。
くそっ! 誰かの手がオレの胸を揉んでるのが見える。だけど体がマヒしているらしく、まるで感覚が無い。体が動かないから抵抗もできないし……。
ユウはサレジに捕まったと言ってたから、オレを抱きしめて胸を揉んでるのはサレジだろう。考えただけで鳥肌が立つ。
マヒ解除の魔法を発動しようとして、自分がとんでもない失敗をしたことに気付いてしまった。ソウルの一時交換を解除したら10分間のクールタイムが発生することを忘れていたのだ。その間は魔法を一切使えない。念話もできない。どうしよう!?
「ケイ、おれは今からおまえをたっぷりと味わうつもりだ。その後で、おまえにはじっくりと話をしてもらうぞ。アーロ村の守護神と組んでおまえが何を企んでるのか聞きたいのでなぁ」
アーロ村の守護神と組んでオレが何か企んでるって、いったい何のことだろ?
「だがその前に、おまえを護衛している獣人に用があるのだ。何の用か教えてやろうか?」
サレジがオレの耳元で囁く。声を聞くだけでも気持ちが悪い。
「あぁ、忘れてたいたよ。おまえはマヒしているから返事ができないな。ちょっと待ってろよ」
サレジが念話魔法の呪文を唱えた。
『どうだ? おれの念話が聞こえるな? マヒしていても、これで話はできるはずだ。おいっ、返事をしろっ!』
『喚かなくても聞こえてる……。わたしの護衛に何の用があるんだ?』
『おまえの護衛を殺すのさ。だが、簡単には殺さないぞ。あの獣人にはおれが味わった痛みや苦しみを何倍にもして返してやる。なぶり殺しにするところをおまえにも見せてやろう』
サレジの念話には憎しみの感情が籠っていた。ダイルを知っているみたいだ。何か因縁があるのだろうか……。
『わたしの護衛に何か恨みでもあるのか?』
問い掛けてもサレジからの返事は無かった。
『おい、しっかり前を向け。おまえの護衛が姿を現したぞ』
サレジはオレの顔を丘の上の方に向けた。オレの髪を掴んでダイルからオレの顔が見えるようにしたみたいだ。
丘の上にダイルの姿が見えた。こっちへ走り下りてくる。異変に気付いたようだ。
「止まれっ! 止まるんだっ!」
サレジが声を上げた。ダイルとの距離は20モラくらいだ。
「これが見えるだろ? おれを攻撃しようとしたら女を殺すぞ!」
サレジが右手に持った短剣がキラリと光り、それをオレの喉に突き付けているのだと分かった。左手でオレを後ろから抱えてダイルへの盾にしているらしい。相変わらず卑劣なヤツだ!
ダイルは10モラくらい離れたところで立ち止って右手に魔力剣を出した。
「あんたは誰だ!? なぜ、そんなことをする?」
「それは後で教えてやる。その前に、おれの言うとおりにしろ! その魔力剣を消して、おまえのバリアを解除するんだっ! 逆らえば、この女が死ぬことになるぞ」
サレジの命令を受けてダイルがちらっとオレを見た。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。いつもダイルには迷惑ばかりかけてる……。
ダイルは魔力剣を消した。それを見たサレジは呪文を唱え始めた。眠りの魔法だ。
ダイルに向けて魔法を放ったらしいが、ダイルは倒れない。
「おいっ! バリアを解除しろと言ったろ! おれを甘く見るとどうなるか教えてやる!」
サレジは念力の呪文を唱えた。すると、オレの足元から何かが起き上がってきた。男の子? ケビンだ。目を閉じている。息はしているから、眠ってるだけのようだ。
左腕でオレの体を抱きながら、サレジはその左手で念力の操作をしている。眠っているケビンが目の前に浮き上がってきた。
「何をする気だ!?」
ダイルが叫んだ。その声を無視して、サレジは呪文を呟き始めた。
えっ!? 熱線魔法?
その瞬間、サレジの左手から熱線が放たれ、目の前のケビンを貫いた。ケビンは左脚を撃たれて、その衝撃で大きく目を開けた。
「ギャァァァーッ!!」という悲鳴を上げて、ケビンは泣き始めた。念力はまだ効いていて、ケビンは空中に浮かんだままだ。
「鬱陶しいガキだ」
サレジが呪文を唱えると泣き声が聞こえなくなった。ケビンは声を上げずに泣いている。沈黙の魔法を掛けられたのだろう。
ダイルがケビンに向けて手を動かすのがちらっと見えた。
「余計なことをするなっ!」
それを見たサレジが叫んだ。
「キュア魔法を掛けただけだ。治療しないと子供が死んでしまうからな」
「キュアなどムダだ! おまえがバリアを解除するまで熱線を撃ち込むからな。次はこのガキの右脚を撃ち抜く。その次は左腕だ。いや、その前にガキの股間を焼こうか? ふっふっふっふっ」
サレジの声を聞いてケビンが空中で暴れ始めた。怖がっているのだろう。その様子を見ながらサレジは言葉を続けた。
「ガキが死んだら、次はこの女だ。おまえがバリアを解除するまで撃ち続けるぞ」
サレジの脅しに屈したらダメだ! ダイルに念話で呼び掛けたいがクールタイムのせいで魔法はまだ発動できない。だが、あと数分の我慢だ。
「俺は馬鹿ではない。自分が殺されると分かっていて、バリアを解除するはずがないだろう」
オレはダイルの言葉を聞いて少しだけホッとした。ダイルは冷静だ。サレジの言うことなど信じちゃいない。
「心配するな。殺しはしない。おれがこの女を楽しむ間、護衛のおまえにもその様子を見せてやるよ。ショーを楽しませてやる。魔法でおまえをマヒさせるが、それは我慢してもらおう」
信じちゃダメだ! サレジは騙そうとしてる。オレは必死に目で訴えた。でも、ダイルはオレを見てない。
「口ではそう言って俺を殺すつもりだろう。ここで殺されるくらいなら、俺は護衛の仕事を放棄してここから退散する。女を楽しむなら勝手にしろ!」
そうだ。ダイル、それでいい。ここから離れるんだ!
だが、オレの願いもむなしく、サレジが呪文を唱え出した。またケビンに向けて熱線を放った。ケビンはどこかを撃たれて痙攣をしていたが気を失ったみたいだ。
「退散するだと!? そうはさせんぞ! バリアを解除しないと、次はガキの股間を焼く」
サレジがまた熱線の呪文を唱え出した。ダイルに聞こえるようにわざと大きな声で呪文を唱えている。
「分かった。言うとおりにするから撃つな!」
ダイルがサレジの脅しに屈してしまった。オレのせいだ。オレが考えなしにソウル一時交換を解除してしまったから……。ダイル、ごめん……。
※ 現在のケイの魔力〈846〉。
※ 現在のユウの魔力〈846〉。
※ 現在のコタローの魔力〈846〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




