SGS147 バーサット軍が村に向かってる
フィルナとハンナは二人とも眠らずにダイルを待っていたが、ラウラとオレは失礼して先に休ませてもらった。どれくらい眠ったか分らないが、突然にミサキから念話が入ってきた。
『ケイ、起きて! 砦のバーサット軍の動きが怪しいらしいわ。ダイルがわたしのところに来て、今すぐケイに警告してほしいと言ってるの』
ミサキはアーロ村の小屋にいて、今、ミサキを制御してるのはコタローだ。だが、ミサキとして念話してくるときは「わんにゃん言葉」ではなく、普通の女性としての言葉遣いで話しかけてくる。
心配していたが、ダイルはアーロ村に戻ったらしい。何か事情があるのだろうが、それよりも今はバーサット軍の動きが問題だ。
『動きが怪しいって、どういうこと? もっと具体的に説明して』
ミサキがダイルから聞いた話では、バーサット軍が今にもアーロ村を目指して侵攻を始めそうな状況だそうだ。バーサットの砦には兵士が四百人くらいいて、その中の六十人ほどが魔闘士だと聞いているが、その大半が村に攻め込んでくるとの話だった。
砦のバーサット軍には魔族やそれがロード化した妖魔まで加わっているそうだ。しかもその中には空を飛ぶ魔族や妖魔もいるらしい。そいつらが空から襲ってくるとしたらこちらは圧倒的に不利になる。
『その情報をダイルはどうやって入手したんだろ?』
『ジール伯爵というレングランの最高位の軍人を尋問して聞き出したそうよ』
ダイルはその軍人からレングランが仕掛けた謀略を聞き出していた。その謀略とは、バーサット軍を欺いて、砦の兵力をアーロ村にぶつけさせて双方を消耗させるという狡猾な作戦だ。レングラン王国から闇国へ派遣されたハンターたちが謀略をめぐらして、密かにバーサットの砦に対して裏工作を進めていたらしい。
その最高位の軍人はアーロ村が勝つと予想しているようだ。その理由は守護神アロイスの存在だ。アロイスが生きていると見せ掛けたことが、まさかこんな事態を招くとは思いもしなかった。
オレが考え込んでいると、ミサキの声で引き戻された。
『ケイ、聞いてる? それでダイル自身もアーロ村を守るために、急いでこっちに来たみたい。ケイにもすぐに村へ戻ってほしいとダイルは言ってるわよ。どうするの?』
『分かった。フィルナたちに状況を説明したら、すぐにそっちへワープする』
時刻を見ると明け方近くになっている。ラウラは眠っていたが、フィルナもハンナもまだ起きていてダイルの帰りを待っていた。ミサキから聞いたことを伝えて、オレとラウラはすぐにアーロ村へワープした。
フィルナとハンナはマリーザ親子が明日退院してこの家に来るから、家の管理を引き継いでから村へ戻ることになった。
………………
ダイルから詳しい話を聞いた後、村長の家に行き、長老たちにも集まってもらって対策を話し合った。そこに偵察隊の一人が戻ってきた。バーサットの砦の近くまで偵察に出ていた魔闘士だ。
その者は村までの20ギモラをずっと走ってきたらしい。バーサット軍が砦から出てアーロ村へ向かっていることを一刻も早く知らせるためだ。敵の数は三百人ほどで、加えて空を飛ぶ魔族が二十頭以上いるとのことだ。敵が今の速度で移動すれば、村にバーサット軍が現れるのは2時間後くらいだ。
今のままだとレングランが仕掛けた謀略にみすみす掛かって、アーロ村は大きな犠牲を出してしまうことになる。とにかく村人たちの命を守ることが最優先だ。
「村長、時間がありません。村の人たちにただちに待避壕へ避難するよう伝えてください。待避壕は岩壁の中に作られているし、強力なバリアで守られているから、魔族に空から攻撃されても大丈夫です。村の魔闘士たちも待避壕の中で待機させるのです。それと、村長と長老たちは待避壕の指揮所から指揮を取ってください。村人たちの命を守ることが第一優先ですが、戦況を見ながら応戦や反撃を適宜お願いします」
待避壕はアロイスの拠点に隣接して作られている。待避壕へ通じる出入り口は村の中や外に十か所以上隠されていて、侵入してきた敵にこっそりと近付いて撃退することができるようになっているのだ。
「分かったぁ。すぐ手配するからナ。ちょっと待ってろヨ」
村長は部屋を出て、数分後に戻ってきた。
「避難の指示は出したゾ。じゃが、困ったことが起きた。村の女たちがリリカの花園に出掛けたらしいのじゃ。1時間ほど前に十人で出たそうじゃ。バーサット軍が迫ってるから、すぐに連れ戻さねぇとナ」
「リリカの花園って?」
「村から4ギモラほど離れたところにある花園じゃ。女たちはその花園に咲くリリカ草の花びらを摘んでナ、口紅や化粧液を作るんじゃよ。バーサットの砦とは方向が反対じゃし、十人の内の五人が魔闘士じゃからの。それで大丈夫だと考えたんじゃろうのぉ」
どうしようか……。今から連れ戻しに行くと却って危ないかもしれない。だが、女性たちが何も知らないまま村に戻ってくると敵に捕まってしまう虞がある。
オレが考え込んでいると、ラウラが話しかけてきた。
「ケイ、あたしが迎えに行ってくる。あたしならケイやミサキと念話でいつでも話せるから、状況を見ながら村に戻るか林の中に隠れているか相談できるでしょ。それに、もし敵に遭遇しても負けないわよ」
たしかにラウラが行ってくれるなら、万一のことがあっても何とか対応できるだろう。
「ありがとう。じゃあ、ラウラにお願いする。気を付けて」
「ええ、任せて。できるだけ早く戻ってくるから」
「ラウラさん、おれの女房を連れて行け。花園まで案内できっから」
マルセルから申し出があり、ラウラは礼を言って部屋を出ていった。
――――――― ラウラ ―――――――
あたしがマルセルの家に行こうとしたら、村長の家の玄関にケビンがいた。
「ラウラ姉よぉ、おれっちも連れてけ。リリカの花園に行くんだろ?」
「あんたっ! 盗み聞きしたのねっ!? ダメに決まってるでしょ! それより早く待避壕へ避難しなさい!」
ケビンの頭をパカッと叩いて、あたしは走り始めた。
「ラウラ姉のばーかっ!」
後ろからケビンの喚く声が聞こえたが、それを無視してマルセルの家に急いだ。
家にはミーナがいて、避難の荷造りをしていた。ミーナはマルセルと結婚したばかりで、ケビンの姉だ。
「あっ! ラウラさん。うちのケビンを見掛けンかった? バーサット軍が攻めてくるから避難しろって連絡をもらったンだけど、ケビンが帰ってないンよ」
「ケビンなら村長の家にいたから早く避難するように言っといたわ。それより、……」
リリカの花園の件を説明して、ミーナに案内をお願いした。
「分かった。付いて来て」
二人で道を走り始めた。
………………
30分くらい走ったところでミーナに声を掛けた。
「止まって! 丘の向こう側に人が大勢いるっ!」
あたしは300モラほど先にある丘を指さした。それは高さ50モラほどの一面草に覆われた丘で、向こう側は見えない。でも、探知魔法に反応があったのだ。大魔獣ムカデのラストアタックを取らせてもらったから魔力がすごく高まった。おかげで、今のあたしは600モラを越える範囲まで探知できるようになっている。
「ラウラさん、それは花を摘みに行ってる村の女衆よ。丘の向こう側がリリカの花園だからネ」
「いえ……。丘の向こう側の中腹に十人くらいいるけど、その麓にも三十人くらいいるの。たぶん、中腹にいるのが村の女性たちで、麓にいるのはバーサットかレングランの兵士だと思う。麓にいる三十人の中の十人くらいが魔闘士よ。村の女性たちは魔闘士が五人だけだし、魔力も低いから戦ったら負けるわ」
「村の女衆は気付いてないンかなぁ?」
「たぶん……。兵士たちまでは200モラくらい離れてるから気付かずに花を摘んでるんだと思う。ねぇ、ミーナ。丘の向こう側の麓はどうなってるの?」
「向こう側の麓は林よ。きっと兵士たちはその中に隠れてるンだわ。村の女衆を捕らえるつもりかもしれない……。ラウラさん、どうするン?」
「とにかく、女性たちに知らせて避難させましょ」
丘の頂上まで100モラの距離まで近付いた。ミーナに止まるよう手で合図して、小声で話しかけた。
「これ以上近付くと、相手の探知範囲に入ってしまうわ。相手の魔力は最大の者が〈288〉で、最小の者は〈140〉なの」
「それで、どうすンの?」
「ここから一気に女性のところに駆け込むわよ。ミーナ、あんたは女性たちを先導して、とにかく村に走って逃げるのよ。あたしは最後尾につくから。もし、相手が攻撃してきたら、あたしが応戦する。今なら、まだバーサットに攻め込まれる前に村に着けるわ」
「分かった。でもネ、相手は魔闘士が十人もいるンよ……」
ミーナは心配そうな顔をした。
※ 現在のケイの魔力〈777〉。
※ 現在のユウの魔力〈777〉。
※ 現在のコタローの魔力〈777〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




