SGS142 セルド魔医の術式
カーラ魔医から術式を問われて、フィルナはハンナに向かって「お願い」と言った。
ハンナはフィルナに頷いてから「術式についてはあたしから答えるわね」と言って説明を始めた。そう言えばダイルから聞いたことがあるのだが、ハンナは以前に魔医をしていたらしい。
「内臓の悪性腫瘍や脳内出血のような難しい病気や怪我は、これまでは魔力が〈500〉以上ある魔医が治療しないと完治できなかったでしょ。それはね、筋肉や骨のようなものに邪魔されてキュア魔法の魔力が患部に十分に届かなかったからなの。だからね、この術式では邪魔をしている筋肉や骨なんかを切り開いて、患部を露出させるのよ。そうすれば、患部に対して直接にキュア魔法を照射できるでしょ」
ハンナは詳しくカーラ魔医に説明した。まるで外科の手術だ。ハンナの説明を聞きながらそう思った。
「本当にそんなことができるの? 患者の体を切り開くってことでしょ? そんなことをしたら大量に出血して死んでしまうわよ! それに患者だって痛くて我慢できないでしょ!?」
カーラ魔医がこんな風に質問して、それにハンナが丁寧に答えるということを何度か繰り返した。専門的な説明にカーラ魔医が納得したかどうかは分からないが、最後の質問はオレにも分かった。
「それで、この術式は実際に行われてるの?」
「ええ、もちろんよ。この術式はね、セルド魔医の術式とあたしたちは呼んでるの。あたしの弟子でベルドラン王国にセルドという名前の魔医いるのだけど、そのセルド魔医が中心になってこの術式を実用化したのよ。もう何度もこの術式で成功させているし、あたしも実際に試してみたわ。この術式を考案するまではね、セルド魔医も魔力が〈140〉くらいしかないから難しい病気の治療ができないって悩んでいたの。それで、みんなで知恵を出し合って手術とキュア魔法を組み合わせる術式を考案したのよ」
その話を聞いても、カーラ魔医は躊躇っているような顔をしている。
「あたしには患者のお腹を切り開いたりできない……。ムリよ!」
「でも、何もしないで放っておけば患者は死んでしまうのよ。魔医として本当にそれでいいの?」
ハンナの問い掛けに、カーラ魔医は困惑した表情をして考え込んでいる。それを見たハンナがまた口を開いた。
「最初はあたしがこの術式で治療して見せるわ。カーラ魔医とクレナ魔医、あなたたちも一緒に手伝って。どうかしら?」
「そういうことなら、お願いします……」
カーラ魔医は自信が無さそうで、まだ迷っている感じだ。それを見たクレナ魔医が心配そうな顔をしてカーラ魔医に話しかけた。
「カーラ、あなたは本当にやるつもり? この人たちを信じていいの?」
そう言いながら、クレナ魔医はフィルナに顔を向けた。
「あなたが神族様の使徒だと言うのなら、何かその証はあるのですか?」
「えっ!?」
突然そう言われてフィルナは固まってしまった。アイラ神に念話を入れてワープでここに来てもらえばいいが、こんなことで忙しいアイラ神を呼び寄せるのは気が引けるのだろう。
『フィルナ、アイラ神に来てもらう代わりに、わたしがミサキを呼び寄せる。彼女はわたしの使徒だけど、神族と同じような魔法を使えるから。ワープだって使えるから心配いらないよ』
そう言って、フィルナの返事を待たずにミサキを呼び寄せた。ミサキはアーロ村の隠れ家で待機していたが、すぐにワープで診察室に現れた。今のミサキを操縦しているのはコタローだから、この場の事情はすべて分かっている。
「フィルナ! 使徒の身分を証明するために急いで来てほしいって念話で言ってきたけど、いったいどうしたの? あたしも神族だからね。忙しいのよ!」
ミサキはワープしてくるなり、フィルナに向かって強い口調で話しかけた。アイラ神の真似をしているようだ。
診察室にいた全員が驚いて固まってしまった。驚いた理由は、神族らしい人が目の前にワープで突然に現れたこともあるが、それだけじゃない。その神族が熊の頭を被って現れたからだ。
たしかにオレはミサキに顔を隠してワープしてくるように命じた。だけど、まさか熊の頭を被ってくるとは……。ミサキが被っていたのは何日か前にケビンからもらったドンガ(大熊)の頭だ。オレが隠れ家に飾ってあったものだ。
フィルナから返事が無いからか、ミサキは診察室の中をぐるっと見回した。
「用が無いのなら、帰るわね」
そう言ってミサキはワープで戻っていった。オレがすぐにアーロ村へ戻れと命じたからだ。
ミサキが消えた後も暫くの間、みんな固まったままだった。ようやくクレナ魔医が「ふーっ」と大きく息を吐いてから口を開いた。
「あなたが神族様の使徒だってことは分りました。でも、変わった神族様だわね。普段からあんなモノを被ってるの?」
「いえ……。たぶん、急に来ていただいたから、近くにあった置物を被ったのだと思うわ。知らない人の前では神族様は顔を隠すから……」
「そうなのね……。ともかく、あなたたちは本当のことを言ってるらしいから、あとは試してみるだけね」
そう言った後、クレナ魔医はカーラ魔医に顔を向けた。
「カーラ魔医、この術式で本当に死んでいく患者を救えるなら素晴らしいことよ。やってみる価値は十分にあるわ」
クレナ魔医のその言葉にカーラ魔医はしっかり頷いた。ようやくやる気になったようだ。それを見ていたハンナはベッドで眠っているマリーザに目を移した。
マリーザは腸に穴が空いていて、今までカーラ魔医の治療を受けていた。治療中もずっと魔法で眠らされたままだ。新たな術式はマリーザを試験台にすることになるだろう。もし失敗したときはオレがヒール魔法で治療するつもりだ。
ガリードの部下への治療はマリーザへの治療が成功したら、続いてこの術式を使って行えばよい。それならガリードも承知するだろう。オレはそう考えていた。
ハンナは娘のティーナに向かって話しかけた。ティーナはベッドに横になっているが、意識はしっかりしている。
「ティーナさん、話は聞いていたわね?」
ティーナが頷くのを見て、ハンナは言葉を続けた。
「じゃあ、お母さんのお腹をこの術式で治療するけど、いいかしら?」
「そんな方法で本当に助かるんですか?」
ティーナの声は今にも消えそうな感じだ。母親のことを助けたいと思っているが、この術式の話を聞いて不安になっているのだろう。
「約束はできないわね。でも、放っておいたらお母さんは必ず死んでしまう。でも、この術式で治療したら、助かる可能性はぐっと高くなるわ。それだけは言えるけど、どうするの?」
ハンナはまるで脅すように言ってるが、その言葉にウソは無い。それを聞いたティーナは泣き出しそうな表情をしている。
「待て!」
そのとき、入口の方から声がした。ガリードだ。今までずっと黙って話を聞いていたが……。
「その娘さんに得体の知れない治療をするかどうか決断を迫るのは酷だ。娘さんの母親を治療する前に、うちのアドルで試してみろ」
「でも、この術式で成功するという保証は無いわよ。それでもいいの?」
ハンナが言うと、ガリードは少し辛そうに顔を歪めた。
「かまわん。このままでも、すぐに死ぬと分かっているのだ。だが……、助けられるのなら助けてやりたい」
その言葉を聞いてハンナは頷いた。
結局、アドルを先にこの術式で治療して、それが成功すれば引き続きマリーザを治療するということに決まった。迷っていたティーナもその条件で承知したのだ。
病室で眠っていたアドルを診察室に運び込んで、部屋の真ん中に置いたベッドに寝かせた。
ガリードと部下の女性には病室で待機してもらった。万一のときはアドルの魔力をこの女性に継承させるらしい。今回の術式が失敗しそうになったならすぐに連絡すると約束して病室で待機させたのだ。
別のベッドで横たわっているティーナは魔法で眠らせた。母親のマリーザは小康状態を保っていて眠っているから今のところ大丈夫だ。手術の部外者への対応は済んだから、これで手術に集中できるだろう。
※ 現在のケイの魔力〈777〉。
※ 現在のユウの魔力〈777〉。
※ 現在のコタローの魔力〈777〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




