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SGS140 カーラ魔医の診療所

 女性が「魔医です」と言いながら野次馬を掻き分けてオレに近付いてきた。


 まい? 魔医というと、ロードナイトで魔法を使って治療することを生業としている者、つまりこの世界の医者ってことだ。


 どうやらこの女性はオレの容体を診るつもりのようだ。探知魔法で調べると女性の魔力は〈140〉だった。


「あたしは魔医よ。検診の魔法で診てあげるから心配しないで」


「わたしはバリアを張ってたから大丈夫です。でも、ちょっと胸の辺りが痛いかも……。一応診てもらえますか?」


 胸が痛いと言ったのはウソだ。女魔医の注意をこっちに引き付けておくためだ。女魔医はオレに向けて検診の呪文を唱え始めた。オレはその隙に再び高速思考を発動した。女魔医が怪我人たちを診る前に致命傷があればそれを治すのだ。


 オレは倒れている女性たちに対して検診の魔法を発動した。一人は内臓が破裂していて死に掛かっている。もう一人は頭を強打していて脳内出血を起こしていた。それに二人とも背骨や肋骨を骨折している。このままだと、二人とも死んでしまうだろう。


 内臓破裂の女性は35歳くらい、脳内出血の女性は16歳くらいだった。オレは二人に対してヒール魔法を発動した。内臓と脳の治療だけに絞ったヒールだ。骨折にもヒールを掛けたが、裂傷や打撲はそのまま残した。


 だが、ヒール魔法を最後まで掛けることができなかった。野次馬が間に入って塞いだからだ。オレはヒールを中断して高速思考も解除した。


 若い女性の脳内出血と骨折は完全に治癒できたが、中年女性の方は一部治療を仕掛ったままになってしまった。肝臓の破裂と骨折は処置が終わったが、腸の破裂が十分に修復できていないのだ。出血は止めたからすぐに死ぬことはないだろうが、腸に穴が空いたまま放ってはおけない。


 どうしようかと考えていると、女魔医が声を掛けてきた。


「あなたの体を診たけど、なんだか魔力の乱れがあって胸のところはちょっと分らなかったわ。野次馬が多いせいかもしれないわねぇ。もしかすると心臓が傷付いているかもしれないから、あたしの診療所に来なさい。そうしたら、静かなところでちゃんと調べられるから」


 女魔医の検診魔法がちゃんと働かなかったのは、実はオレがヒールの時間を稼ぐためにわざと魔力の波動をかく乱して邪魔したせいだ。


 女魔医は野次馬を掻き分けて中年女性を調べ始めた。


「この女性は酷い傷を負ってる。内臓も破裂しているみたい。今のままでは危ないわ……」


 そう言うと、キュアの呪文を唱え始めた。しかし、この女魔医のキュア魔法では内臓破裂を治療することはできない。内臓破裂などの重篤な病気や怪我を治療するには魔力が〈500〉以上必要だが、この女魔医の魔力ではムリなのだ。


「ダメ……、あたしの手には負えない……」


 女魔医の呟き声が聞こえてきた。中年女性への治療は諦めて、若い女性の怪我を調べ始めたようだ。


「この人は頭の傷が酷いけど、脳は大丈夫みたい」


 女魔医は若い方の女性を診て命に別状はないと判断したようだ。


 女魔医が女性二人への応急処置を終えた頃、ダールム防衛隊の隊員たちが駆け付けてきた。この場で簡単な事情聴取があって、結局、バドゥの暴走による当て逃げ事故ということになった。犯人が捕まったら家まで連絡をくれるそうだが、期待はできないだろう。単純な事故ではないと思うからだ。


 防衛隊が馬車で女魔医の診療所まで怪我人を運ぶことになった。オレも運ばれた一人だ。オレが素直に診療所へ行こうと思ったのは隙を見つけて中年女性の治療をするためだ。ラウラたちも一緒に付いてきた。


 その診療所は街の外れにあった。オレたちの家の近くで、500モラほどの距離だ。3階建ての石造りの建物で、部屋数も多そうだ。カーラ診療所という看板が掲げられている。


 防衛隊の隊員たちはオレたち怪我人を担架に乗せて診療所の中に運び込んで、「それではカーラ魔医、後はよろしくお願いします」と言って帰っていった。


 この女魔医がカーラという名前で、この診療所の持ち主であることが分かった。


 診察室は意外に広く、ベッドが5床もあった。治療室を兼ねているようだ。部屋の中には白衣を着た40歳くらいの女性がいて、オレたちが担架で運び込まれると顔を歪めて嫌そうな顔をした。この女性もロードナイトで魔力は〈60〉だ。どうやらこの白衣の女性も診療所の魔医らしい。


 怪我をした中年女性は女魔医に眠りの魔法を掛けられていて、今は診察室のベッドに寝かされている。若い女性のほうもベッドに寝かされていたが、意識ははっきりしているようだ。オレも怪我人の一人としてベッドに寝かされていた。


 若い女性の話からこの二人は親子で流民だと分かった。母親はマリーザ、娘はティーナという名前らしい。ちなみに40歳くらいの魔医はクレナという名前で、カーラ魔医に雇われているのだそうだ。


 ティーナがベッドに横たわったままカーラ魔医に向かって声を絞り出した。


「先生、お母さんを助けてください」


「精一杯治療します。でもね、覚悟はしておいて。あなたのお母さんは腸に穴が空いてて、あたしの魔法だけでは治らないの……」


「そんな……」


 ティーナは泣き始めた。その様子を見ていたクレナ魔医が口を開いた。


「カーラ魔医。こんな流民の親子を連れて来てどうするんです? どうせ、お金は無いだろうし、死んでしまうのなら放っておけばよかったのに……」


「なにを言ってるの! しかも怪我人の前で!」


 カーラ魔医は声を荒げた。それでも、その指先はベッドで眠っているマリーザに向けてキュア魔法の魔力を注いでいる。


「でもねぇ、カーラ。こんなお金にならないことばかりをしてると、先代のお父上が作られたこの診療所をつぶしてしまいますよ」


「お金はどうにかするから、あなたは黙って仕事をしなさい」


「はいはい、分りました。入院患者の様子を見て来ます」


 クレナ魔医は馬鹿にしたように言って診察室を出ていった。どうやらクレナは先代の頃からこの診療所にいる魔医で、口うるさい姑のような存在らしい。


「カーラ魔医。なんだか、たいへんそうですね」


 なんとなく同情して声を掛けてしまった。カーラ魔医はマリーザの治療を続けながら、オレをちらっと見た。


「クレナは口は悪いけど、一生懸命に患者さんを治療してくれるわ。それに……」


 カーラ魔医はクレナ魔医のことを悪くは思ってないようだ。


「それに、彼女が言ったことは間違ってはないのよ。お金は必要なの。でも、目の前に苦しんでいる怪我人がいれば放っておけない。彼女もそれは分かっていて、わざと言ってるの。彼女が口うるさく言ってくれるから甘えた患者は診療所に寄って来ないわ」


「だけど、本当に病気や怪我で苦しい思いをしている人も、目の前であんな風に言われると気持ちが萎縮してしまってこの診療所に来れなくなるんじゃないですか?」


「そうかもしれないわね。でも、この診療所に来るか来ないかは病人や怪我人が自分で決めることよ。本当に病気や怪我で苦しんでいる人なら、少しくらい意地悪なことを言われても来るんじゃないかしら?」


 それを聞いてオレも意地の悪い質問をしたくなった。


「この診療所の評判を聞いて、大勢の病人や怪我人が押し寄せてきたらどうするんです? しかも、お金を持ってない死にそうな患者ばかりだったら?」


「クレナ魔医が心配してるのもそういうことよ。お金のない重篤な患者ばかり治療してどうするのってね。でもね、助けてほしいと言ってくる患者が来れば、あたしは自分がムリしない範囲で受け入れるわ。お金は持っている人からたくさん頂くから大丈夫よ」


「だけど、今度のように自分の技量では治療できない病人や怪我人が来たらどうするんですか?」


「あたしたち魔医は神様じゃないからね。自分ができることしかできないのよ。はっきりと治療できないことを患者に伝えて、それでも治療してほしいと言われたら、あとは目の前の患者に対して全力を尽くす。それだけよ」


「でも、全力を尽くしたって救えない病人や怪我人もいるでしょ?」


 オレは意識的に意地悪な質問をした。このカーラ魔医に興味を引かれたからだ。


「そうね。残念だけど、重篤な患者は治療しても死なせてしまうことが多いわね……」


 そう言いながらカーラ魔医は治療中のマリーザに目を向けた。


「必死に治療して患者を死なせてしまったときの無力感と、残された家族からの怨嗟の声にはいくつになっても慣れることはないわね……」


 カーラ魔医は悲しそうに言った。これ以上聞くのは酷かもしれないが、オレはもう少し聞きたくなった。


「我儘な病人や乱暴な怪我人だって来るかもしれない。そんなときは?」


「たいていの患者は我儘だからね。少しくらいの我儘は大目に見るけど、よっぽど嫌な患者がいれば追い返すか出て行ってもらうわ」


 カーラ魔医の話を聞いてオレが感心してると、ラウラが念話で話しかけてきた。


『ねぇ、ケイ。もしかすると、あのクレナ魔医は新しい患者が来たらいつもあんな風に言うのかもしれないわね。きっとわざと嫌なことを言って病人や怪我人が甘えてくるのを防いでいるのよ。カーラ魔医もそれを知ってて、怒った振りをしたのだとあたしは思うけど……』


 ラウラの考えを聞いてフィルナもそれに同調した。


『私もそう思う。アイラ神様も似たようなことをしてるもの……』


 フィルナが言うには神族のところには毎日のように色々な願い事が上がってくるのだそうだ。神族が支配している王国であれば神殿があるから、その神官が願い事をふるいに掛けて、本当に神族が対応するべきことを選り分けるそうだ。


 しかし、アイラ神が支配するカイエン共和国には神殿が無い。だから、役所の中に調整官がいて、その人が嫌われ役を担っているらしい。つまり、クレナ魔医と同じだ。その調整官は実はアイラ神の使徒の一人で、胃に穴が空きそうだといつも愚痴を零しているそうだ。


 オレもそれを聞いているうちに他人ごとではないと思い始めた。今は自分が神族であることを隠しているから良いが、それが公になったらオレのところにも願い事が持ち込まれるのだろう。


 正直言って、めんどくさいことには巻き込まれたくない。


 そうか……。オレは気が付いた。国を支配したりするから面倒なことになるのだ。でも、オレは既にアーロ村の支配者になってしまった。まずい……。


 いや、アーロ村の人口はせいぜい二百人くらいだし、魔力が高い魔闘士が多いから、何か問題が起きても基本的には村の人たちだけで対応できるはずだ。


 少数精鋭。オレはこの方針でやって行こう。オレがいなくても自己解決できる精鋭部隊を育てるのだ。


 オレがそんなことを考えていると、クレナ魔医が慌てて診察室に掛け込んできた。


「カーラ魔医、大変よ。2号室のアドルさんが継承の儀式をするからガリード団長に連絡してほしいって。もう自分は助からないからって言ってるわ」


「分かった。患者の意志に従うしかないわね。すぐに使いを出して、ガリード団長を呼んで来て。いなければ副長でもいいから。急がせてね」


 継承の儀式は以前にアーロ村のギリルが死んだときにやった儀式だ。ロードナイトが不治の病や瀕死の重傷を負ったときに愛する子供や弟子に自分を殺させるのだ。そうすれば自分の魔力をそのまま継承させることができるからだ。運が良ければスキルも受け継がせることができるらしい。


 どうやらこの診療所にガリード隊のロードナイトが入院していて、その人は死に瀕しているようだ。


『ガリード兵団の団長か……。ケイを狙った主犯かもしれないわね?』


『ラウラの言うとおりよ。あたしもガリード兵団が一番怪しいと思う』


 ラウラやハンナはオレを暗殺しようとしたのはガリード兵団だと考えているようだ。フィルナもそれに頷いている。たしかに動機から考えればそうかもしれない。ガリード兵団の本拠地が家の隣にあることを知って、ダイルが乗り込んで話を付けた。ダイルがどんな方法を使ったのか知らないが、無理強いされたガリード兵団側がオレたちに反発していることは容易に想像できる。


 30分くらいして男と女が診察室に入ってきた。男はロードナイトで魔力は〈233〉。50歳くらいで顔付は精悍だが、まばらに伸びた髭とボサボサの髪がむさくるしい。この男がガリード団長だろう。女は20歳くらいの髪の長い美人だが、なんだか悲しそうな顔をしている。


 オレはガリード団長と思われる男をまじまじと見つめた。オレを殺そうとしたのはこの男の差し金なのか!?


 ※ 現在のケイの魔力〈777〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈777〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈777〉。

 ※ 現在のラウラの魔力〈650〉。


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