SGS139 命を狙われる
オレたちを取り囲んでいるのはガリード兵団の下っ端たちのようだ。
「きゃーっ! こわいーっ!」
ハンナがわざとらしい悲鳴を上げた。
「俺たちは近くの空き家に行くだけだ。家を買うために下見に来たんだ。そこを通してくれ」
ダイルが言うと、男たちが馬鹿にしたように声を上げた。
「おい、聞いたか? 獣人のくせに美女を四人も連れて家を買うそうだ」
「おれたちもその空き家へ行って、この女たちを味見しようぜ」
オレはそれ以上は言わせなかった。男たちのバリアを全部破壊して威圧魔法を掛けたのだ。
男たちは真っ青になって震え始めた。全員が腰を抜かしたようになって座り込んでしまった。
商人ギルドの担当者も震えていたが、ラウラが手を引っ張って家まで案内させた。
家は石作りで周囲は高さ3モラほどの石塀で囲まれていた。外観も内装も非常に良い。家の裏は高さ15モラの街壁で、その向こうはクドル湖の岸辺だ。敷地も広くて、50モラ四方か60モラ四方くらいはあるだろう。その敷地内に3階建ての母屋と別棟、作業場、倉庫が並んでいた。畑が作れるくらいの広い庭もあるが今は雑草で覆われている。
オレは念のために探知魔法で幽霊の有無を確認した。魔力が〈500〉以上あれば、意識を持った浮遊ソウルを探知できる。
よし、大丈夫なようだ。家の中にも半径500モラの範囲にも幽霊らしい存在はいない。
「この家に決定! いいよね?」
オレが言うと、みんなも賛成してくれた。
「じゃあ俺は、隣にちょっと挨拶をしてくる」
ダイルはそう言うと、石塀を飛び越えて行ってしまった。この家の隣がガリード兵団の本拠地だ。探知魔法で探ると、200モラ四方の敷地の中にロードナイトが二十人ほどと普通の人族が二百人くらいいることが分かった。ロードナイトの魔力は〈233〉が最高で、〈100〉以下の者も半分くらいいる。たぶん、ダイル一人で大丈夫だろう。フィルナとハンナも平然としているから、こんなことはダイルたち夫婦にとって日常茶飯事のようだ。
オレたちが部屋の割り当てや片付けの段取りを相談していると、ダイルは1時間もしないうちに戻ってきた。
「団長のガリードと話を付けてきた。今日から24時間態勢でこの家を守ってくれる。それと、ガリード兵団の全員にこの家の住人の命令に従うことを約束させた。家への訪問客にも手出しをしない。だからガリード兵団のことはもう心配ない」
さすがにダイルは凄い。
「どんな魔法を使ったの?」
「いや……、それは内緒だ」
ラウラはダイルにそう言われて寂しそうな顔をした。何でも話せる友達になったと思っていたので、オレもちょっと寂しい気がする。
オレは家の契約をするためにフィルナと担当者を伴って商人ギルドへ戻った。後に残ったダイルたち三人には家の片付けをお願いした。
家の値段は立地環境が悪いせいで50万ダールと格安だった。円に換算すれば1000万円くらいだ。即金で支払って、帰りには寝具や食料を馬車いっぱいに買い込んで家に戻ってきた。
帰り道でまた男たちに囲まれた。馬車を無理やり止められて御者が怯えた。しかしオレがケイ・ユウナ邸の住人だと言うと、男たちの態度がガラッと変わった。
「失礼しました。お屋敷まで警護しますので、お通りください」
馬車の御者も男たちの豹変ぶりには驚いていた。
家に戻ってみると、雑草に覆われていた庭は石畳に変わっていた。家の中も見違えるように掃除ができていて、ピカピカになっている。別棟や倉庫、作業場の中も綺麗に片付いていた。オレたちが家を出てから戻ってくるまでに3時間も掛かっていないが、どんな魔法を使ったのだろう。
尋ねると、ラウラとハンナがガリード兵団の兵士たちに命令してやらせたそうだ。それを命令したラウラたちの厚かましさにも呆れたし、荒くれ者の集団を命令どおりに動くようにしたダイルの裏ワザにもあらためて感心した。どんな裏技を使ったのだろうか? もしかするとダイルも暗示魔法を使えるのかな?
ともかく、おかげで今日からこの家で住めるようになった。それぞれの部屋に寝具を運び入れた。ダイルたち夫婦は三人で一つの部屋に寝るし、オレとラウラもいつものように同じ部屋だ。
夕食はラウラたちが作ってくれた。それをみんなで広いダイニングルームで食べた。
この家には蒸し風呂が付いていたが、オレの好みで風呂場を改装して広い湯船を設置した。石壁の魔法を使って20分ほどで湯船を作り上げたのだ。五人くらいが一緒に入れる広い湯船だ。
夕食後、さっそくダイルたち夫婦が三人で風呂に入っていった。オレとラウラはダイルたちが出た後で一緒に入った。最近はラウラの裸にも慣れて来て、ムラムラ感を抑えるコツが掴めてきた。例の病気が出るのは少なくなっている。でも、たまに失敗するが……。
その日の深夜、ダイルは一人で出掛けていった。レングランの闘技場へこっそり忍び込んで、闇国への別ルートを探すと言っていた。
………………
翌日も朝からラウラたち三人を連れて買い物に出た。家の家具とアーロ村に供給する物資を買い付けるためだ。村長から大量の大魔石を預かっているから、それに見合う物資を買い付けないといけない。
アーロ村には防壁の内側に畑はあるが、主食の小麦は不足した状態が続いている。それに砂糖や調味料は皆無の状態だ。衣類なども足りない。そういう村で必要な食材や生活物資をダールムの店で買い付けて、家の倉庫まで運んでもらう。そして、倉庫の中でオレの異空間倉庫に移し替えるのだ。
オレがアーロ村へ戻れば、それらの物資は村の倉庫へ移して、村長たちに管理と配給を任せる予定だ。もちろん村人たちへはタダで与えるのではない。村への貢献度合いや働きに応じて報酬として提供することになるだろう。
家具や必要な物資の買い付けは昼過ぎまで掛かった。買い付けた家具や物資は店側が家まで馬車で運んでくれる手筈になっている。
家に戻ろうと街の通りを歩いていると、突然、高速思考に切り替わった。コタローから念話の連絡が入る。
『ケイ、後ろからバドゥが突進してくるわん! 真っすぐこっちに向かって来てるにゃ。距離は10モラ。衝突まで0.5秒。緊急事態だから、オイラのほうで強制的に高速思考に切り替えたわん』
バドゥというのは巨大な象のことだ。馬と同じように街の中や街道で普通に見掛ける。人に飼い慣らされていて、大きな荷物を運ぶために使われているが、実は魔物の一種だ。そのバドゥがオレを目掛けて迫っているとコタローは言うのだ。
振り向いて確かめる時間は無い。オレたちは常時、高出力のバリアを張っているからバドゥに激突されても大丈夫だ。弾き飛ばされたり怪我をしたりはしないだろうが、周りにはほかの通行人も多い。もし、バドゥがオレのバリアに激突したら、弾き飛ばされるのはオレではなくバドゥだ。そうなると、バドゥはもっと多くの通行人を巻き込んで大惨事になる。そのときに、オレたちだけが無事で周りの人たちが死んだり大怪我をしたりしている状態になるのは絶対に避けたい。
オレはバドゥに向けて念力魔法を発動した。通常は指先で相手に狙いを付けるが、オレは魔力が〈500〉を越えてから「全方位照準機能」を得ていた。これは異空間ソウルのサポートプログラムが高速思考モードで照準を合わせてくれる機能だ。つまり、コタローがオレの指示で狙いを付けてくれるってことだ。だから、今までのように自分の目と指先で照準を定めなくても、後ろから来るバドゥにも狙いを付けることができるのだ。
オレの場合は無詠唱で魔法を発動できる。それに「全方位照準機能」が使えるから手を動かす必要もない。つまり、魔法を高速思考モードで素早く発動できるということだ。
しかし、今から念力魔法を発動しても、バドゥを完全に止めるのはムリだ。勢いを弱めることはできるはずだが激突は避けられない。
歩道を反対方向に歩いている通行人たちが自分たちに向かってくるバドゥに気付いて顔を恐怖で歪める。悲鳴が上がり始めた。スローモーションでそれを見ながら、オレは念力を操作した。バドゥは少しだけ減速し、道の方へ向きを僅かに変えた。
バドゥは地響きを立てながら後ろから迫り、歩道をかすめて、その端を歩いていた何人かの通行人を跳ね飛ばした。オレも宙を舞った。見た目は弾き飛ばされた格好だが、激突される直前に自分から念力で前に跳んだのだ。大惨事を避けるためだ。バドゥはそのまま通りを駆け去っていった。
オレは10モラほど飛ばされたふりをして、今は歩道に倒れ込んでいる。もちろんバリアが身を守ってくれているので無傷だ。
『偶然の事故じゃないよね? 明らかにケイを狙って突っ込んできたもの。でも、バドゥの乗り手の顔は分らなかったわ』
ユウからの念話だ。オレが無傷だと知っているから全然心配していないようだ。
『うん。わたしも事故じゃないと思うけど、犯人捜しは後にしよう。今は怪我人の治療が先だよね』
『でも、ケイ。こんな目立つ場所でヒール魔法やキュア魔法を使うべきじゃないわ。下手をすると神族だってばれちゃうわよ?』
たしかにそれはマズイ。
『それなら目で見える傷はそのまま残して、内臓なんかのダメージだけを治療するしかないね』
オレは高速思考を解除した。難を免れたラウラたちが駆け寄ってきた。周りには野次馬が集まり始めている。
『ケイ、大丈夫なの?』
『怪我は?』
『どこを打ったの? 痛いところはない?』
ラウラたち三人は心配そうな顔でオレを覗き込んでいる。
『うん、大丈夫。バドゥが突進してくるのが分かってたから、わざと跳ね飛ばされたように見せ掛けただけだから』
5モラほど先の歩道に女性が二人倒れている。この女性たちは歩道の端を歩いていてオレと擦れ違ったときに、運悪くバドゥに跳ね飛ばされたのだ。二人ともうめき声を上げているから生きている。周りを野次馬が取り囲み始めていた。
オレが起き上がろうと上半身を起こすと、誰かが声を上げて駆け込んできた。
「魔医です。ちょっと通して!」
女性の声だ。30歳くらいの女性が野次馬を押しのけてオレに近寄ってきた。
※ 現在のケイの魔力〈777〉。
※ 現在のユウの魔力〈777〉。
※ 現在のコタローの魔力〈777〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




