SGS138 家を買う
ダールムの街の通りを宿に向かって歩いた。通りには色々な店が並んでいて通行人も多い。レングランよりもずっと賑やかな感じだ。
人族だけでなく亜人もちらほら見かけた。エルフ族、ドワーフ族、それにレバンクーメル族(豹族)とドンガクーメル族(熊族)だ。豹族も熊族も一見すると人族と同じような容貌だが、よく見ると種族特有の耳とシッポがあるから亜人であることは明らかだ。
ダールムに旅で訪れている亜人もいるのだろうが、この街に住みついて働いたり店を営んだりしている亜人も多いようだ。さすが商人の街だ。色々な人種を受け入れて育むような許容力があるのだろう。
豹族のダイルやエルフ族のハンナが一緒に歩いていてもジロジロ見たり、難癖を付けてくるような者はいない。
この世界に来て、こんな伸びやかな気持ちで街を歩いたのは初めてだと思う。やっと本当の自由になれた気がする。
宿屋は正門の近くにあった。部屋を二つ取った。ダイルたちの部屋とオレとラウラの部屋だ。
お金の心配は要らない。アロイスの遺産や魔獣から取れた大魔石は異空間ソウルの倉庫に移してあるし、手持ちのお金もたっぷりあるからだ。以前にバーサット帝国の魔闘士から奪った大金貨やソウルオーブが手付かずで残っている。自分のお金ではないが村長から預かった大量の大魔石もあるのだ。
宿に入る前にラウラたちと一緒に衣料品店に入ってワンピースや下着などを買い漁った。自分たちで手作りしたワンピを着ていたが、街の中ではなんとなく目立ってしまって浮いている感じがしたからだ。
その日の夕食はダールムで一番美味しいとフィルナが勧める店に行った。フィルナはダールムでも有数のオーブ商の娘らしい。だから、ダールムの街のことは詳しいのだろう。店は混んでいたがフィルナがチップを渡すとすぐに席を用意してくれた。
テーブルの前に並んだステーキやスープなどはどれもこの世界に来て食べた中ではたしかに一番美味しいと思った。しかし何かが物足りない。なんだろうと考えると、それは調味料だと気が付いた。この世界では塩や砂糖はあるが、醤油やソースは無さそうだ。胡椒や唐辛子などの香辛料も見たことが無い。
ラウラとハンナはステーキを美味しそうに食べているし、フィルナもダイルと楽しそうに話しながらビールを飲んでる。オレはみんなの様子を眺めながら、なんだか幸せな気持ちになった。
………………
その日の夜。オレはみんなに部屋へ集まってもらった。
「これからの予定を話しておくね。まず最初に、ダールムで自分の家を買おうと思ってる。前にアイラが話してたように、その家にワープポイントを設定して、いつでもワープして来れるようにしたいんだ。
それと、ダールムで倉庫も借りたい。この街で食料や資材を買って、倉庫に運び込む。倉庫があれば、人目を気にせずに買い集めた食料や物資をわたしの異空間倉庫に移し替えることができるようになるからね」
「分かったわ。それなら、明日はみんなで商人ギルドに行きましょ。ギルド長を知ってるから、きっとケイが気に入るような家や倉庫を紹介してくれるわ」
フィルナがいると心強い。
「あとね、闇国へ奴隷を運ぶためのルートを見つけたいと思ってる……」
オレは近い将来、ダールムの奴隷商で女の奴隷を買い集めてアーロ村へ連れて行こうと考えている。そのためには闇国へ下っていくルートを見つけなければならない。レングランの闘技場には闇国への入口があるが、女の奴隷を引き連れて、闘技場に侵入するのは危険すぎる。
闇国への入口は一つではない。クドル湖周辺のどこかに闇国へ通じる別の入口があるはずだ。オレが闘技場から闇国へ流されたとき、地下洞窟の川には別の洞窟から川が流れ込んで合流していた。その川を遡って行けば、きっと地上に出られるはずだ。
「ということで、それが闇国へ通じる別の入口ってことになるよね。家と倉庫を決めて家の家具とかを買い揃えた後で、その闇国への入口を見つけに行きたいんだ」
オレの話を黙って聞いていたダイルが口を開いた。
「話は分かった。家と倉庫が決まったら、その後は手分けして仕事をしよう。そのルート探しは俺が一人でやる。その間に、ケイとおまえたちは家具とかを見繕って、家を住めるようにしてくれ」
「でも、ダイルにそんな危険なことをお願いするわけにはいかないよ」
「いや、ケイ。俺はアイラ神からおまえのことを頼まれてるからな。遠慮しないでいい。それに、俺には家の中のことをするより外で動く方が性に合ってるんだ」
「そうよ、ケイ。ダーリンに任せておけば大丈夫よ」
ハンナの言葉にフィルナも頷いている。この二人は絶対的にダイルを信じているようだ。結局、この件はダイルにお願いすることになった。
………………
翌日。朝一で商人ギルドへ行った。フィルナが窓口で何か言うと、奥の部屋に案内された。すぐに60歳くらいの上品な男性が現れた。
「マイダール商会のお嬢さんがお越しとは、お珍しいですな。お父上から聞いておりますぞ。アイラ神様の使徒になられたそうで、おめでとうございます」
「ナーダムさん、お久しぶりです。今日はお願いがあって来ました。実は……」
ギルド長はナーダムという名前のようだ。フィルナがオレたちのことを大切な友人だと紹介し、家と貸し倉庫を探していると言うと、ギルド長はすぐに担当者を呼びに行ってくれた。その担当者は中年の男性で、家の仲介では一番のベテランらしい。
担当者が部屋に物件一覧を持って来て説明を始めた。何を勘違いしたのか、最初は貴族が住むような豪邸ばかりを勧める。それを丁重に断って、商人や職人が住んでいた普通の家の物件一覧を見せてもらった。
「ケイ、ここが良いんじゃないか? この家なら倉庫を借りる必要もないぞ」
ダイルが指さしたのは、3階建ての家で、広い倉庫が付いていると書かれていた。担当者に聞くと、防具職人の親方が住んでいた家だと言う。同じ敷地内には弟子たちが住んでいた別棟や倉庫があり、縫製ができる作業場や広い庭まであるらしい。その親方は年老いて廃業し5年ほど前に亡くなった。家族は無かったのでそれ以降はずっと空き家になっているそうだ。
「わたしもこの家は良いと思うけど……。でも、良さそうな家なのに、今まで買い手が現れなかったのか不思議だよね。もしかして幽霊が出たりする?」
オレが尋ねると、担当者は慌てて手を振った。
「いえいえ、幽霊などは出ませんよ」
幽霊というのは意識を持った浮遊ソウルが何かの原因で具象化したものだ。このウィンキアにも幽霊はいて、剣などの武器で攻撃してもダメージは与えられないが、魔法の攻撃はダメージを与えることもあるそうだ。
それにしても良い物件なのにずっと売れ残っているなんて変だ。幽霊が出ないとすると、ほかに何か悪い話があるのだろう。
「売れ残っている事情を正直に話してもらえる?」
「は、はい。じ、実は奥さま……」
奥さまって、オレのこと!? 完全な誤解だ。自分でも顔が赤くなるのが分かる。否定しようとしたが、担当者は話を続けている。
「実は奥さま、隣の屋敷に問題があるのです。ガリード兵団の本拠地なんです。もともとこの家はガリード兵団専属の防具職人の工房だったのです」
「ガリード兵団?」
「ダールムで最大の私掠兵団なのですが、ご存じないですか? この街では有名な私掠兵団です。有名って言うより悪名高いと言った方が正確ですが。荒っぽい連中が多くて、悪党どもや街の連中に怖がられているんですよ。だからこの家は売れないし、周辺一帯はどの家も引っ越してしまって空き家になっています」
「ケイ、あたしはその家がいいと思うけど」
「そうだな。ケイ、現物を見にいくか?」
ラウラやダイルは乗り気なようだ。ハンナも頷いている。
「フィルナはどう思う?」
この街をよく知っているフィルナに聞いてみた。
「この街に住んでた頃はガリード兵団と聞くと怖いと思ってたけど、今の私たちなら全然問題ないわ。街の人たちが近付かない方が却って都合いいわよね?」
「じゃあ行ってみよ」
オレたちは担当者の案内で現物を見に出掛けた。
「奥さま方、豹族の護衛が付いていたとしても、あんな物騒な場所に住むのはお勧めしませんけどねぇ……」
担当者は最後まで勘違いしていた。ダイルは護衛じゃないし、オレは奥さまじゃないんだけど……。
………………
その家があるのはクドル湖のすぐ近くだった。大きな家が立ち並んでいたが、人の気配は無く荒れ果てた家が多い。人通りが絶えた道を進んでいくと、男たちが走ってくるのが見えた。五人だ。探知魔法で分かっていたが、ロードナイトはいない。どの男もソウルオーブを装着しているだけだ。
「止まれ! どこへ行く?」
男たちの一人が聞いてきた。オレたちを取り囲んで殺気を放っている。
※ 現在のケイの魔力〈777〉。
※ 現在のユウの魔力〈777〉。
※ 現在のコタローの魔力〈777〉。
※ 現在のラウラの魔力〈650〉。




