SGS117 豹族の魔闘士
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
あたしは村の門に立ってその豹族の男を見つめながら、あのときのことを思い出していた。
あれは3年くらい前のことだ。あのとき、あたしはサレジ隊のパーティーに従者として加わっていた。原野の中で魔物のボンジャスピガ(火毒サソリ)に出くわし、そいつと戦って危うく全滅しそうになっていた。五人いた仲間のうち三人が殺され、あたしももうダメだと思った。
そのとき突然に現れてイルド副長とあたしを救ってくれたのが豹族の魔闘士だった。
あたしが命の恩人の名前を忘れるはずが無い。名前はダイル。フィルナという名の人族の奥さんを連れていた。
その魔闘士はあっと言う間にサソリを倒した。今まで色々な戦いをあたしは見てきたが、その強さは他とは比べ物にならない。それほどダイルさんは強かったと思う。
それで今、この人の魔力を探知魔法で調べてみた。すると〈180〉だと分かった。あの当時、とんでもない強さだと思ったが、魔力は今のあたしよりもずっと低い。本当のことが分かったせいか、なんだかがっかりしてしまった。
ダイルさんは村長と話をしていて、二人とも何か困ったような顔をしている。
ダイルさんは豹族だ。体や顔つき、髪の毛などは人族と同じで、着てるものも革の上着とズボンで人族と変わらない。だが、髪の毛から豹耳が出ているのと、お尻からシッポが出ているから豹族だとすぐに分かる。
獣人はがっしりした体格の人が多いが、ダイルさんは少し違っていた。見た目はほっそりとしていて、顔付きも優しい感じだ。それに、豹耳の先っぽが内側に折れていて、なんとも可愛らしい。
あたしは門を出て近付いた。ダイルさんと村長が気付いて顔をこちらに向けた。
「お久しぶりです。ダイルさん」
あたしが挨拶をするとダイルさんは驚いたような顔をした。
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」
やっぱり……。ダイルさんはあたしを忘れてるんだ……。
あれから3年が過ぎているし、一緒に過ごした時間も僅かだったから覚えてるはずもないか……。だけど、なんとなく心が痛い。
「あの……、3年くらい前のことですけど、レングランの近くの原野でダイルさんに助けていただいたんです。火毒サソリにパーティーの三人が殺されて……」
その説明でダイルさんは思い出したようだ。
「あぁ、あのときの……」
「あのときはありがとうございました。こうしてあたしが生きているのも、ダイルさんに助けていただいたおかげです」
頭を下げて感謝の気持ちを現わした。話を聞いていた村長は表情を和らげて、あたしに話しかけてきた。
「ラウラさんや、あんたはこの人と知り合いのようじゃナ。話を聞いておると、この豹族の魔闘士は悪い輩では無さそうじゃ。ケイ様を捜してここに来たと言っておるが、後のことはあんたに任せていいかえ?」
村長の言葉にあたしは頷いた。
「あの……、フィルナさんは?」
気になっていることを聞いてみた。3年前に出会ったときは綺麗な奥さんを連れて旅をしてた。ここにはダイルさん一人で来たのだろうか?
「フィルナのことも覚えてくれてたのか? 実は近くで待たせているんだ。今、呼んだからすぐに来るはずだ」
ダイルさんは遠くにある森の方を見た。その視線の先には、こちらに浮上走行で走ってくる二人の女性の姿があった。
えっ!? フィルナさんの他にも女性を連れてるのっ!?
二人が近付いて来てその姿がはっきり分かるようになると周りにいる男たちが騒ぎ出した。
「おぉっ! すげぇっ!」
「美人だナっ! 二人ともよぉっ」
「おいっ! 一人はエルフだぜっ! おれ、エルフ見るの初めてだゾ!」
ダイルさんは男たちの歓声を気にする様子も無く、村長とあたしに二人の女性を紹介してくれた。
「二人とも俺の妻で、フィルナとハンナだ」
二人も奥さんがいるなんて! それも美人のエルフ! 気持ちが沈んでいくのが自分でも分かった。
「この二人も一緒に村に入れてほしい。いいだろうか?」
ダイルさんの問い掛けに、あたしは何も考えられずに頷いた。しかし、村長は不審そうな顔付で言葉を返した。
「ちょっと待つんじゃ。探知魔法で見たンじゃが、人族の奥さんは魔力が〈1〉じゃが浮上走行の魔法を使っておった。それに、エルフの奥さんはわしよりも魔力が高いようじゃが、どうなっておるんかの?」
村長の問い掛けにダイルさんは少し困ったような顔をしてフィルナさんとハンナさんを見た。念話で話し合っているようだ。
「実はフィルナはアイラ神の使徒なんだ。それで魔力は〈1〉に見えてしまう。本当はフィルナもハンナも村長より魔力は高いんだ」
えっ!? フィルナさんも神族の使徒なの? あたしだけでなく村長たちも驚いたみたいだ。
たしかに神族や使徒は自分の魔力を思うままに偽装できる。それは誰かに探知魔法で探られたときに自分の本当の魔力を悟られないようにするためだ。
あたしも同じだが、普段は〈1〉に偽装されている。だから、村長が不審に思ったのも尤もなのだ。
「なんと! 神族様の使徒とはナ。だが、そういうことなら村に入れても問題はなかろう。ハンナさん、あとは頼んだぞえ」
村長と魔闘士たちは村の中へ戻っていった。
フィルナさんとハンナさんは村長よりも魔力が高いらしい。お願いすれば、大魔獣との戦いに加わって助力してもらえるかもしれない。ダイルさんはちょっと力不足だけれど……。
あたしはそんなことを考えながらダイルさんたちを自分たちの小屋へ案内した。
「ラウラさん、聞いていいかな? あんたはレングランでハンターをしていたと思うが、どうしてこの村に?」
ダイルさんが不思議に思うのもムリは無い。あたしは罪人としてケイと一緒に闇国へ流されて、この村に来たことを説明した。もちろん、あたしもケイも無実であることを付け加えた。ケイとあたしの関係も聞かれたので、血は繋がってないけど姉妹のような関係だと話した。
今度はあたしのほうから疑問に思ってることを尋ねてみよう。
「ケイを捜してこの村まで来たって聞きましたけど……」
「そうなんだ。神族のアイラ神からケイさんの捜索を依頼されてね」
「えっ!? アイラ神様からの依頼なんですか? 実はあたしたちもアイラ神様を訪ねて行こうと考えていたんです」
「ラウラさんたちも!? それは、どうして?」
ダイルさんは歩きながらあたしのほうに顔を向けた。驚いているようだ。でも、なんて答えよう……。
「その理由はケイに聞いてください。あたしが説明するよりも確かですから」
時々、すれ違う村の人たちが興味深そうにあたしたちの方を見ている。念話で会話した方がいいだろう。
『村の連中に聞かれたら困ることもあるので、念話で話していいですか?』
『あれっ!? ラウラさんは魔力が〈1〉に見えたけど……。どうして念話が使えるんだ?』
『あたしはケイの使徒になっているので……。フィルナさんと同じように探知魔法では魔力が〈1〉に見えるんです』
『さっき村長からケイさんは神族だと聞いたが、本当だったのか……』
『本当のことです』
『だが、アイラ神はケイさんのことを神族だとは言ってなかったぞ?』
『きっとアイラ神様もご存じないと思います。最近までケイ自身も自分が神族だとは知らなかったくらいですから。はっきり神族だと分かったのは、ケイとあたしがこの闇国に来たときですから』
ダイルさんは訳が分からないという顔をした。なんだか困惑しているようだ。
『念のために尋ねるが、ケイさんはレングランの魔法屋の奥さんだったと聞いている。その人で間違いないか? 盗賊にご主人を殺されて子供は連れ去られたらしいが……』
『ええ。あたしもそう聞いてます』
『そうか……。まぁ、本人に会って確認すれば分かることだな……』
『でも、今はこの村にいないんです。クドル・インフェルノに入って、訓練をしているので』
『クドル・インフェルノ?』
『この最下層の内側にある広大なドーム空間のことです。そこに魔獣がたくさんいるので、ケイはそこで魔獣を相手に訓練をしているんです。もう1週間くらい戻ってません』
話をしているうちに小屋に着いた。小屋の前にはパーティーのメンバーが集まっていて、フィルナさんとハンナさんを見つけて声を上げた。あたしが今日の訓練は自分たちだけでするよう指示すると、男たちは未練たっぷりな素振りを見せながら訓練に出掛けていった。
テラスでテーブルを囲んで、お茶を飲みながらダイルさんたちと話を再開した。
『どうしてそんな危険なところへケイさんが一人で行って訓練してるんだ?』
ダイルさんが疑問に思うのも尤もなことだ。あたしは守護神アロイスの一件と大魔獣に挑むことになった一連の経緯を説明した。
ダイルさんは話を聞いて唖然としていた。そりゃそうよね。こんな話を聞いたら誰でも驚くに違いない。
あ、ちょっと失敗したかも。もしかすると、大魔獣との戦いに助力してもらうのは難しくなったかもしれない。
※ 現在のケイの魔力〈492〉。
※ 現在のユウの魔力〈492〉。
※ 現在のコタローの魔力〈492〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




