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SGS115 親の心と子の心

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 数分でケビンの家に着いた。村人たちが心配そうに家の中を覗き込んでいる。それを掻き分けて中へ入った。


 家の中には見知った長老たちの顔があり、寝床で横たわっているギリルをミーナさんとマルセルさん、そして村長が取り囲んでいた。


「ラウラさん……」


「おぉ、来てくれたかえ」


 ミーナさんがあたしを見つけ、みんなの顔が一斉にこちらを向いた。


「ケイ様は? ケイ様はどこじゃ?」


「ケイは訓練のためにクドル・インフェルノの奥まで出掛けていて、戻ってくるのに数時間掛かるそうです」


「それは……」


 村長は何かを言い掛けて顔を伏せた。


 あたしは横たわっているギリルの体を見て思わず目を逸らした。酷い状態だった。右腕と右脚が付け根から斬り落とされていて、胸や腹の右側が緑色に染まって焼け爛れたようになっていた。苦しそうに呼吸をしていて意識は無いようだ。


 隣にいた長老の一人が何があったのか説明してくれた。その男も35歳くらいでギリルと同じくらいの年齢だ。そして左腕を失っていた。


「おれがムカデの大魔獣に捕まりそうになったときによぉ、ギリルさんが助けてくれたンだ。だけどナ、逃げるときにギリルさん自身がバリアを破られてしまってナ。毒砲が直撃したンだ……」


「どうしてムカデの大魔獣と戦おうとしたの?」


 あたしが尋ねると、その長老は少し困ったような顔をしたが、村長に「話すンじゃ」と促されて語り始めた。


「半月ほど前にナ、ギリルさんがおかしなことを言い出したンだぁ。ムカデの大魔獣を捕らえてヨ、ケイ様に捧げるってナ……」


 ギリルはそれまでケイのことをバーサットに味方する神族だと言い、敵視していた。ほかの長老たちもギリルに同調してケイに協力する気など全く無かった。だが、半月くらい前に突然ギリルが真逆のことを言い出した。ムカデの大魔獣を捕らえてケイに捧げると言い出したのだ。不審に思って長老たちがナゼそんなことをするのか尋ねたが、ギリルは理由を言わない。とにかくムカデを捕らえるから協力しろと言うだけだったそうだ。


 長老たちはギリルに逆らえず、ムカデの大魔獣を捕らえるという無謀な試みを実行に移した。それが今朝の出来事だ。


 ギリルと長老五人でパーティーを組んで大魔獣に挑み、案の定、敗退した。ギリルは長老の一人を助けようとした。そのとき、ムカデの毒砲が直撃して致命傷を負ったのだ。


 倒れたギリルを長老たちは何とか救い出して、その場で解毒の魔法と全身キュアを掛けた。そして村へ連れて帰って、村長に報告した。


 村長はギリルの傷を見て、ケイを呼び出すためにケビンを遣いに出した。それが一連の出来事だった。


「ギリルは瀕死の重傷じゃ。わしは猛毒に犯されたギリルの右腕と右脚を切断した。全身に解毒とキュア魔法を掛けたが、大魔獣の毒が強過ぎてのぉ。胸や腹の毒が消えぬのじゃ。毒が体に回ってどんどん腐らせておる。わしではギリルを救えん。じゃが、ケイ様ならギリルを救えるかもしれん。神族様じゃからのぉ」


 村長はケイのヒール魔法に期待しているのだ。ヒールは神族固有の魔法で、どんなに重傷や重体であってもあっと言う間に治癒させることができるからだ。


「じゃが……」


 村長は言葉を詰まらせた。


「じゃがナ、ケイ様が戻ってくるのは数時間後じゃろ? この容体ではのぉ……」


 村長のその言葉を聞いて、あたしの後ろから「うわーん」という泣き声が上がった。ケビンだ。


「おれっちが……、おれっちが親父にあんなことを言ったから……」


「あんた、お父さんに何を言ったの?」


「親父もミーナ姉たちもケイ姉を助けねぇなら、おれっちが魔闘士になってケイ姉と一緒に戦うって言ったンだぁ」


 あたしがギリルに怒鳴り込まれて、遊びに来たケビンを追い返した日、ケビンは家に戻って父親のギリルと大喧嘩をしたそうだ。


「ケイ姉を助けねぇなら親父のことは親とは思わねぇ。親子の縁を切るって。そう言ったらナ、親父にぶん殴られてよぉ。おれっちは家を飛び出して、そのまま家には帰ってねぇンだぁ」


 ケビンは家に帰らずに隣に住むマルセルさんの家に世話になっていたらしい。最近、ケビンが毎日のように魔闘士にしてくれと言って小屋に来たのは、そういう事情があったのだ。


 ケビンの話を聞いて、ミーナさんが辛そうに口を開いた。


「ケビン。あんたが親子喧嘩して家を出て行ってから、父さんはずっと考え込んでたンよ。それで、あたしに言ったの。おれがムカデの大魔獣を捕まえてあの神族に捧げたら、ケビンは家に戻るかなって……」


 それを聞いてケビンはまた泣き始めた。ミーナさんも泣いている。


 あたしはケイに念話で連絡を入れた。彼女はこちらに向かって走っている途中で、まだ時間が掛かると言う。なんとか間に合ってくれればいいのだけれど……。


 だが、その願いも空しくケビンの父親はそれから30分ほどして亡くなった。


 ギリルは亡くなる少し前に意識を取り戻した。自分の周りに家族や村長たちが集まっていることを見て、ギリルは微かな声で村長に告げた。


「ミーナとケビンを頼む。それと……、継承の儀式を……マルセルに……」


 村長はすぐにマルセルさん以外の者を外に出した。ミーナさんとケビンも泣きながら外に出てきた。


 継承の儀式とは、正確に言えば、ロードナイト継承の儀式だ。ロードナイトが不治の病や瀕死の重傷を負ったときにそのまま死ぬのではなく、愛する子供や弟子に自分を殺させるのだ。そうすればロードオーブに格納されているソウルが相手のオーブに移り、魔力をそのまま継承させることができる。運が良ければスキルを継承できることもあるらしい。残酷な話だが、ロードナイトがいる家系ではこの儀式によってロードナイトを代々継承している家も多いのだ。


 ナムード村長が立ち会って儀式が終わり、ギリルは亡くなった。あたしたちは再び家に入った。マルセルさんはまぶたを腫らしているし、村長の目も赤くなっていた。ギリルの亡骸はすでに棺に納められていて対面はできない。


「ケビン、大丈夫?」


「うん……」


 あたしが尋ねると、ケビンは泣きながら頷いた。魔力を引き継げなかったことは残念に思っているだろうが、父親の最後の言葉を聞いて納得しているようだ。


 あたしは再びケイに連絡を入れた。そして、ギリルが亡くなったことや、大魔獣を捕らえようとした理由を話した。もうケイがこちらへ急いで戻ってくる必要はない。それでもケイは走ってくると言った。


 ケイが駆け付けてきたのはそれから1時間くらい経ってからだ。息を切らしながらケイは家に入ってきた。細身のパンツと豹柄のワンピースを着ている。パンツやワンピースには戦ったときの汚れが残っていた。


 ケイ、あなたはどれくらいの距離を走ってきたの? きっと着替える時間も惜しんで、ここまで必死に走ってきたのね……。


「遅くなって、すみません……」


 ケイは上気した顔で謝った。その顔や髪の毛は美しかった。清浄の魔法を掛けたみたいだ。こんなときだけど、女のあたしから見てもケイは可愛いと感じた。


「ラウラからギリルさんが亡くなったと聞きました」


「あんたがいたらギリルを助けられたかもしれん。じゃが、今さらそれを言っても仕方が無いことじゃ……。

 おっ、そうじゃ! ムカデとの戦いで腕を無くした者がおる。治療してやってくれんかの?」


 村長が長老の一人を指さした。さっき説明してくれた長老で、左腕を斬り落とされていた。


 ケイは頷きヒール魔法を発動すると、見る見る腕が再生されていく。


「こんなの初めて見たゾ」


「すげぇナ」


「本当に神族様だったンだなぁ」


 近くで見ていた長老たちが感嘆の声を漏らした。


 そのとき、突然、棺のそばにいた誰かが立ち上がって怒鳴り出した。今まで父親のそばに寄り添ってその亡骸をじっと見ていたケビンだ。


「クソーッ!! ケイ姉よっ! なんでもっと早く帰って来ねぇんだっ! そんな凄いことができるンならヨー、親父も助けられたに違いねぇンだ!」


 ケビンは涙を拭いながらケイを睨み付けている。


 ケイは一瞬戸惑ったように見えたが、ケビンのところへ歩いていった。そして、ケビンをぎゅっと抱きしめた。


「ごめん……。間に合わなくて……」


 ケイに抱かれながらケビンは静かに泣いている。二人の姿は照明の陰になっていて、あたしの目には抱き合う二人が影絵のように美しく映った。


 周りから嗚咽の声が広がり、いつの間にか自分も涙が溢れて声を詰まらせながら泣き続けた。


 ………………


 翌日。昼前に葬儀が終わり、棺の中の亡骸は分解の魔法で土に戻されて村外れの墓地に葬られた。


 ケイとあたしは葬儀に立ち会って、ミーナさんやケビンたちと一緒に家まで戻ってきた。


 ミーナさんはマルセルさんとの結婚を早めて、この家でケビンと三人で暮らすそうだ。マルセルさんはギリルの魔力を引き継いだので、長老の一員に加わることになった。


 今回の悲しい出来事はこれで収まりそうだ。でも、ケビンはまだ塞ぎ込んでいた。父親の死に責任を感じているのかもしれない。


 家まで一緒に来ていた村長が、元気のないケビンを見て声を掛けた。


「ケビンや。言うのを忘れておったがの。継承の儀式の直前にナ、おまえの親父からこれを預かったのじゃ」


 村長はそう言いながら、手に小さなものを取り出した。薄汚れた革の小袋だ。


 継承の儀式の直前というと、ギリルが亡くなる間際のことだ。あのときギリルは一時的に意識が戻っていたようだ。継承の儀式のために村長とマルセルさんだけが残ったが、その場で村長はギリルから小袋を受け取ったのだろう。


「ギリルは震える手でわしにこれを差し出してナ、おまえに渡してくれと言っておった」


 よく見ると、革の小袋には黒っぽい血のような物がこびり付いていた。おそらくギリルの血だ。


 村長は革の小袋を開いて、中から何かを取り出した。1個のソウルオーブだ。


「ギリルはナ、前々から言っておったのじゃ。もし自分に何かあったら、この小袋のオーブでケビンのヤツを魔闘士にしてやってくれとナ。できれば長老になるまで引き立ててやってくれと言っておった」


 それを聞いて、ケビンは村長の手のひらに乗ったソウルオーブを食い入るように見つめた。村長はそんなケビンを見ながら話を続けた。


「ギリルは大魔獣に挑んだが、死を覚悟しておったのじゃろうの。ケビン。おまえの親父はナ、死を覚悟してまでおまえに伝えたかったことがあるのじゃ。毎日毎日、村の防壁をたった一人で作り続けた親父さんを、おまえもずっと見てきたはずじゃ。その親父さんがおまえに何を伝えたかったのか、よく考えてみるンじゃの」


 村長の言葉を聞きながら、ケビンは目を大きく見開いている。その目から涙が溢れ出た。


「わしはナ、おまえの親父と約束したのじゃ。おまえを一人前の魔闘士に育て上げるとナ。おまえを魔闘士にするのは村の掟どおり、おまえが15歳の成人になってからじゃ。この小袋とソウルオーブはわしが預かっておく。それまではナ、おまえは自分の体と心を鍛えておくのじゃ」


 ケビンは涙を流しながら村長に頷いた。


 こうしてギリルが引き起こした出来事は幕を下ろした。ちなみに、ギリルが8割ほど作っていた村の防壁はマルセルさんとミーナさんが作り続けることになった。もちろん、ケビンも手伝うそうだ。


 ※ 現在のケイの魔力〈464〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈464〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈464〉。

 ※ 現在のラウラの魔力〈320〉。


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