SGS109 大魔獣を倒す手伝いを頼む
オレが縦穴から通路に入り広間に走っていくと、ラウラや村長たちが難しい顔をして壁を見ていた。壁には何かの文字が現れている。古代文字ではなくウィンキア語だ。これならオレでも読むことができる。
〈私はアロイスだ。村長と長老たちに重要なことを告げる。
私の拠点に客が来た。この者は私が待っていた神族であり、私の後継者候補だ。まだ候補であり、後継者と決めたわけではない。だが、私が定めた期限までにこの者が相応の勇気と力量を持った強者であることを示すことができれば、この者を私の正式な後継者としたい。
後継者として相応しい勇気と力量があるかどうかを確認するための試練を私は用意した。それは大魔獣を殺すことだ。どの大魔獣でもよいから一頭を殺すのだ。
この者に与えた期限は90日だ。この者にはその期限までに大魔獣と戦って雌雄を決するよう指示した。どちらかが死ぬまで戦うのだ。この者が大魔獣を殺すことができれば我が後継者とし、私の拠点とこの村、そして私のスキルを引き渡すこととする。引き渡しが終われば、私はこの世界から消えるつもりだ。
この者が私の後継者となったときは、村長と長老、そして村人たちは我が後継者の命に従うのだ。なお、後継者は我が拠点にある魔力泉と結界魔法の出力制御弁を司ることとなる。これは我が後継者が村の生命線を握るということだ。
我が後継者が村の存続を望まぬと判断したときは、そのときより24時間が過ぎれば我が拠点は跡形なく破壊されるであろう。つまり、魔力泉と結界魔法が消えるということだ。そのときは、村長と長老、村人たちは我が後継者に従う必要はない。村に留まるのも行きたいところへ行くのも自由だ。
なお、後継者候補が大魔獣に殺されてしまったときは、また次の後継者候補が現れるまで、私はまた眠って待ち続けよう。その間は村長と長老たちが中心となって今までどおり村を存続させるのだ〉
村長たちはオレをチラッと見たが、すぐに目を逸らした。念話を使って何か相談しているようだ。村長たちも事情を知ってるなら話が早い。
「村長、長老のみなさん。お願いがあるんです。わたしたちが大魔獣を倒すのを一緒に手伝っていただけませんか? この村のロードナイトたちに一緒に戦うよう働きかけてほしいのです。大魔獣を倒して、わたしがアロイスの後継者となったら、必ずこの村を存続させて、今まで以上に暮らしやすくしますから」
オレの言葉を聞いて村長たちは互いに顔を見合わせた。だが、ギリルだけはオレを睨み付けて声を荒げた。
「おれたちに手伝えだとぉ? 馬鹿なことを言うんじゃねぇ! あんたが神族だとしても、あの大魔獣を倒せるはずがねぇンだ。手伝えば自分たちが殺されると分ってて、誰が手伝うもんか! この村の魔闘士であんたらと一緒に戦う者なんぞ誰もいねぇっ!」
ギリルの言葉に長老たちも頷いている。その様子を見て村長が口を開いた。
「あんたがアロイス様が待っておられた神族様だと分かった。それはわしらも認める。じゃから、これからはケイ様と呼ばせてもらおう。じゃがのぉ……」
村長は困ったような顔をして言葉を続けた。
「気の毒じゃが、ギリルの言うとおりなのじゃ。大魔獣との戦いを手伝うことはできぬ。わしらが戦いに加わってもナ、わしらの力量では大魔獣には敵わぬ。為す術もなく大魔獣に殺されてしまうだけじゃ。
じゃが、あんたが大魔獣を殺すことができたなら、アロイス様の指示どおりあんたに従おう。それまでは、わしらは静観するだけじゃよ」
村長の言葉にオレは愕然となった。村の人たちの支援無しにオレたちだけで大魔獣を殺すなんて、そんなことができるとは思えない。
何日か前に魔獣猪と戦ったときのことが頭を過ぎった。オレはあの魔獣猪に危うく殺されるところだったのだ。その恐怖がよみがえって来て、思わず足が震えた。
それに気付いたのかラウラが手をぎゅっと握ってくれて、オレの代わりに声を上げた。
「でも、この村には魔闘士が七十人もいるそうだし、村長や長老たちは魔力が〈500〉を超えてる魔闘士でしょ? みんなで力を合わせれば大魔獣だって倒せるはずよ!」
「昔はナ、アロイス様が大魔獣と戦うときには村の魔闘士たちも手伝っていたそうじゃ。アロイス様の姿が消えてからも何度かナ、村の長老たちだけで大魔獣に挑んだそうじゃがの。すべて敗れて多くの長老たちが命を落としたンじゃ。そういう話が伝わっておる。今では誰も大魔獣と戦おうとする者などおらぬよ」
「でもね、村長が声を掛けてくれれば、一緒に戦おうと言ってくれる魔闘士がいるかもしれないわ。ねっ! お願い!」
「ダメじゃ! バーサット帝国がこの村を狙っておるンじゃ。村に魔闘士が七十人おると言っても人が余っておるわけではない。一人でも欠けることは許されンのじゃよ」
村長が強く否定すると、それに頷きながら横からギリルが口を出してきた。
「それによぉ、村長。この女が神族だとしてもよぉ、バーサットに味方してる神族じゃねぇのか!? いや、そうに違いねぇっ! バーサットのやつらがこの村を手に入れるために、新たに仕組んだことに違いねぇんだ!」
ギリルがとんでもないことを言い出した。長老たちも頷きながらオレたちに冷たい視線を送っている。
その後もラウラは粘って村長に交渉を続けたが徒労に終わった。最後に村長が長老たちを見回しながら声を張り上げた。
「アロイス様の後継者の件は村の者たちへは内緒じゃ。村の者たちがそんなことを知ったら、心配したり混乱したりするでなぁ。村の衆へ伝えるのは、ケイ様がアロイス様の命を受けて大魔獣と戦うことになったということだけじゃ。よいな?」
村長の言葉に長老たちは応諾して解散となった。オレたちも小屋に戻って眠りについた。何も考えたくなかった。悪い夢であってほしい……。
………………
翌朝。目が覚めてから寝床の中で大魔獣を倒す方策を考えてみたが、何も思い浮かばない。ラウラも同じ思いのようで、二人で言葉少なく朝食を食べていると、ケビンが駆けこんできた。
「聞いたゾ。姉ちゃんたち、守護神様に言われて大魔獣と戦うんだってナ。村ではどこでもそのウワサばっかりだぁ。女が二人だけで大魔獣に敵うはずねぇってナ、村の連中は言ってるけどヨ。おれっちは姉ちゃんたちが大魔獣をボコボコにして勝つと思うゾ。なにしろおれっちが味方するからナ」
「どうしてあんたが味方をしたらケイが勝てるのよ? あんたって、大魔獣をボコボコにできるくらい強いの?」
「ラウラ姉よぉ、あんた、頭良くねぇナ。おれっちが大魔獣に勝てるように見えっか? おれっちが姉ちゃんたちの味方をするってことはだナ、おれっちのミーナ姉やマルセル兄が味方してくれるってことサ。それにナ、おれっちがちょっと頼めばヨ、外様衆のおっちゃんたちは助けてくれると思うゾ。この小屋で姉ちゃんたちの世話になってるおっちゃんたちは多いからナ」
ケビンの話を聞いて、オレとラウラは顔を見合わせた。
『外様衆はともかく、ミーナさんやマルセルさんにお願いしてみるのは良い考えかも……。ケイ、すぐに行ってみる?』
オレたちはさっそくケビンの家を訪ねた。ミーナさんだけでなくマルセルさんも家の中にいて、こちらの話を聞いてくれた。だが、話が進むにつれてミーナさんとマルセルさんの表情が曇っていくのが分った。
「ミーナ姉よぉ、マルセル兄よぉ、助けてやってくれヨ。おれっちと一緒にこの姉ちゃんたちの味方をして大魔獣と戦っておくれ。なぁ、頼むよぉ」
ケビンは拝むようにして二人に頼み込んでくれた。
ミーナさんとマルセルさんは困ったような顔をしていた。二人だけで念話で何か話し合った後、マルセルさんがこちらを向いて険しい表情で口を開いた。
「大魔獣を相手にして一緒に戦うのはムリだナ。魔闘士がいる家によぉ、村長から通達が来たンだ。誘いを受けても大魔獣との戦いに加わってはダメだとナ」
村長は早くも村の魔闘士たちに手を回したようだ。
マルセルさんはオレたちの顔色が変わるのを見ながら話を続けた。
「それによぉ、おれたちみたいな力が無い者が大魔獣に挑んでも、殺されちまうだけだからナ。勘弁してくれ。戦いには加われねぇが、別のことを手伝うからよぉ」
「姉貴も兄貴もよぉ、情けねぇゾ!」
ケビンは目に涙を溜めながらミーナさんとマルセルさんを睨み付けている。だがオレは二人の気持ちが何となく分った。
「ケビン、そんなことを言ってはダメだよ。ミーナさんもマルセルさんも、ケビンや家族のことを思ってムリができないんだと思う。もしお姉さんが死んでしまったら、残されたケビンやお父さんはすごく悲しい思いをするよね? ミーナさんとマルセルさんはそれを考えたんだよ」
オレの言葉を聞いて、マルセルさんは表情を和らげて頷き、ミーナさんはオレに向かって小さく頭を下げた。
「それならヨ、戦いに加わらねぇで、別のことを手伝うって、いったい何するンだよぉ?」
ケビンはまだ膨れっ面をしていたが、口調は穏やかになっている。
「はっきり言うけどナ、あんたら二人だけでいきなり大魔獣と戦っても、倒すのは絶対にムリだゾ。何の準備もせずに格上の敵と戦うのは馬鹿がすることだぁ。なにしろ戦う相手はずっと格上の大魔獣だからナ」
「マルセル兄よぉ、話が見えねぇゾ! だから、どうするンだ?」
ケビンはそう言うが、オレは何となくマルセルさんが言いたいことが分かった。
「それはつまり、戦う前の準備が大事だってことですよね?」
「そう言うことだぁ。分ってるじゃねぇか。おれたちは戦いに直接は加わらねぇが、準備は手伝ってやれるヨ」
その後、大魔獣が棲んでいる空間がどういう場所なのか、大魔獣と戦う前に何を準備しておけばよいのかなど、ミーナさんやマルセルさんから色々と教えてもらった。
アーロ村ではこの村がある環状空間のことをクドル・パラダイスと呼び、環状空間の内側の空間をクドル・インフェルノと呼んでいるそうだ。魔獣や大魔獣が徘徊している恐ろしい場所だからクドル・インフェルノと呼ぶのも納得できる。
オレもラウラも大魔獣を見たことがないし、クドル・インフェルノへ行ったこともないと話すと、マルセルさんもミーナさんも呆れ果てた顔をした。
「あんたたち、よくそれで大魔獣と戦うなんてアロイス様と約束したもンだね。怖いもの知らずって言うンかしら……」
「今はそれを言っても何にもならねぇゾ」
マルセルさんはミーナさんにそう言って、今度はオレたちの方に顔を向けて話を続けた。
「まず初めにすることはナ、あんたらが自分の目で大魔獣を見て確かめるンだ。そこから始めるしかねぇゾ」
マルセルさんがオレたちをクドル・インフェルノまで案内してくれると申し出てくれたが、結局、ミーナさんが同行してくれることになった。まだ結婚前だからマルセルさんの家に迷惑を掛けたくないとミーナさんが言い張ったからだ。オレはそれを聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ケビンはマルセルさんと一緒に留守番だ。一緒に付いていくと喚いていたが、ミーナさんに頭をパカンと叩かれて渋々居残りを承諾した。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




