SGS107 アロイスは眠ってる?
いや……、穴から飛び出してきたのは針ではない。体に痛みは無いから違うようだ。横目で見ると顔の左右には太い金属の棒のような物が突き出ていた。
ウィーンという音がして、お尻に何かが触った。思わず悲鳴を上げ掛けたが、それが体を支えるための椅子のような物だと気が付いた。
『体を固定するって書いてあったから、そのための……』
ユウが話しかけてきたが、急激に眠くなってきた。
そう言えば、さっきの文字に「眠ってもらう」とあったな……。
そんなことを考えているうちにオレは眠りに落ちた。
………………
『ケイ、起きて! ケイ、起きなさい!』
ユウの呼びかけで自分が眠っていたことに気が付いた。
『どれくらい眠ってた?』
『実時間で10秒。魔法で眠らされたって分ったから、コタローが急いで眠り解除の魔法を掛けたんだけど……』
『それで、その間に何があったんだろ?』
『暗示の魔法を掛けられたらしいわ』
『暗示魔法だけではないにゃ。異空間ソウルの記憶域に何かが書き込まれた形跡があるのだわん。だけどにゃ、何が書き込まれたのかは解読できにゃいわん。ケイに掛けられた暗示を解くことができたら記憶域に書き込まれた内容を解読できるかもしれないけどにゃ』
くそっ! また、暗示魔法か。暗示魔法を掛けられたらロクなことが無い。アロイスはオレに暗示を掛けて何をさせるつもりだろう?
さっきのメッセージには「試練を与えるための準備に入る」と書かれていたから、もしかするとそれに何か関係があるのだろうか……。
ウィーンという音がまた聞こえて来て、座っていた椅子のような物が外れた。
何が起こるんだろ?
また目の前に文字が現れた。ユウがそれを読んでくれた。
〈我が拠点へようこそ。足元に注意されたし〉
えっ!? 足元って?
プシュッという音がして、突然、足元の床が無くなった。
「キャァァァーーーーッ!!」
オレの体は下に向かって落ち始めた。一瞬焦って恥ずかしい悲鳴を上げてしまった。急いでバリアと浮遊魔法を掛けた。
30モラほど落ちると広い空間に出た。照明魔法を発動して着地した。見渡すと、ここも20モラ四方の部屋だと分った。
とにかくアロイスの拠点に入れたようだ。
まずはラウラに連絡して、それから拠点の中を調査だ。
『ラウラ、聞こえる? 何とか中に入ったからね。いつでも話ができるように念話はこのまま繋いでおくから』
『了解。気を付けてね』
着地したのは部屋の隅だ。部屋の真ん中に天蓋付の大きなベッドのような物が置かれていた。この部屋はアロイスの寝室だろうか?
近付くと、やはりそれはベッドだと分った。磨りガラスのような半透明の板で四方が覆われていて、その上部には何かの装置のような物が蓋となって被さっていた。ベッドの上には誰かが横たわっているようだが、朧げな形しか見えない。
『アロイスはベッドで眠ってるみたいだね? 起こしたら怒られるかな?』
『いや、ケイ。それは違うにゃ。これは生命リフレッシュ装置だけどにゃ。動いてにゃいぞう。どうやら壊れてるようだわん』
『それって、どういうこと?』
『つまりだにゃ、アロイスはこの中で眠ってるんじゃにゃくて、死んでるってことだわん』
『『『えーっ!!』』』
オレとユウ、ラウラは同時に声を上げた。ラウラは村長たちと一緒に待機しているはずだが、ユウやオレの念話を聞いていたらしい。
『コタロー、アロイスが死んでるってホントなの?』
『装置を開ければ分るはずだにゃ。開け方は……』
オレはコタローに聞きながら装置を開けた。ベッドに被さっていた装置と磨りガラスが天井の方に引き上げられて行き、ベッドに横たわる人が見えてきた。
たぶんこの人がアロイスだろう。裸で仰向けで寝ている。
『死蝋化してるにゃ。とにかく死んでいることは確実だわん』
顔や体が崩れないまま蝋人形のようになってアロイスは横たわっていた。
村長がさっき、アロイスは180年以上前から姿を見せてないと言ってたから、そのころに亡くなったのだろう。
身長は2モラくらいで筋肉質だ。30歳前後に見える。顔立ちは彫りが深くてハンサム。髭は無い。
アロイスの死体を探知や検診の魔法で調べたが、何も得るものは無かった。ロードオーブも溶けてしまったようで、体内に残ってなかった。結局、アロイスの体を死蝋化したまま保存するために再び装置を下ろして元の状態に戻した。
この部屋に下りてきたときは天蓋付ベッドの陰になっていて気付かなかったが、反対側の壁に扉が付いていた。その扉を開けると、台所や風呂、トイレ、クローゼットなどアロイスが生活していた空間があった。
台所の食材はすべて風化していた。クローゼットの中の衣服は革でできたものが多かったが、長い年月が経っているらしくて使えそうなものは無かった。
『何も無いわね。武器や防具が何も残っていないなんて……』
ユウががっかりしたように呟く。
『そう言えば、亜空間バッグに入っていたはずの物が何も散乱してないよね。アロイスはロードナイトだったから、死んだ時点で、亜空間バッグに入れてた物が出てくるはずなのに……』
オレも何かお宝をゲットできるかもしれないと期待していたのだが……。
そのときラウラが念話で話しかけてきた。
『武器や防具が何も残って無いの!? それは、へんよ! 1万年も前から魔獣を倒し続けてきた戦士でしょ? それなら古代のアーティファクトくらい持っていたはずよ』
どうやらラウラもアロイスの遺産に期待しているようだ。
『ラウラ、その古代のアーティファクトって何?』
『アーティファクトというのは天の神様が作ったと言われている宝物のことよ。武器や防具、指輪とか種類は色々あるらしいわ。天の神様が作ったアーティファクトにはね、魔法がたくさん付呪されていて、魔力を補充しないでもいくらでも魔法が使えるんだって。それにどのアーティファクトも壊れないし擦り減らないって聞いたわ。ダンジョンの中や魔樹海の奥地で稀に見つかることがあって、もし見つけることができたらソウルオーブ何万個もの価値になるらしいわよ』
『それはソウルゲートの装備品のことだにゃ。初代の神族や使徒たちが魔獣や妖魔と戦うために持ち出して、大半が失われてしまったのだわん』
『初代の神族や使徒たちが戦いで負けたときに、装備品は神族の死体なんかと一緒に埋もれてしまったか、魔族に盗られてしまったということ?』
『仮に魔族に盗られたとしてもにゃ、魔族はソウルゲートの装備品は使えにゃいのだわん。マスターはソウルゲートの強力な武器や防具が魔族の手に渡っても使えないように対策を用意してあったからにゃ。ソウルゲート製の装備品にはにゃ、人族や亜人だけが使えて、魔族は使えないような仕組みが組み込まれているのだわん。だけどにゃ、マスターがそんな仕組みを装備品に組み込むようになったのは戦闘用人工生命体を各ダンジョンに配置した後のことなのだわん』
『その話と、ここに何も武器や防具が残っていないことは関係あるの?』
『関係あるにゃ。アロイスが持っていた武器や防具は魔族でも使える物だった可能性が高いわん。そうするとにゃ、アロイスは死ぬ前に武器や防具をすべて処分したのかもしれにゃいぞう。強力な武器や防具が魔族に渡るのを恐れたのだろうにゃ』
『ちょっとガッカリよね。ケイやあたしがそれを使えれば、これからの狩りなんかが楽になるのにね』
『ええ、本当に残念だわ。せっかくアロイスの拠点に入れたのに、アロイスは死んでいて話を聞くことはできないし、武器や防具も残されてないとすれば、収穫は何も無かったってことになるわね』
ラウラだけでなくユウも気落ちしているようだ。オレも同じ気持ちだった。
『ラウラもユウも、がっかりするのは少し早いかもしれにゃいわん』
『コタロー、どういうこと? 何か収穫がありそうなの?』
『さっきのアロイスからのメッセージを思い出してほしいにゃ。アロイスはケイに試練を与えると書いてあったにゃ。ケイがその試練を乗り越えることができたにゃら、スキルを引き渡そうとするはずだわん。それにゃら、その試練とスキルを引き渡すための仕掛けがどこかにあるはずだぞう』
『でも、コタロー。アロイスは死んでるんだよ。さっきアロイスの体を検診魔法で調べたときもロードオーブは消滅してたよね。だから、蓄積されていたスキルも消えてしまってるだろうし、試練だって無いはずだよね?』
オレはそう言いながら何となく不安になってきた。
『アロイスが何もしてなければスキルは消滅しているだろうにゃ。だけどにゃ、アロイスは自分の死期を予期していたと考えられるぞう。だから自分の武器や防具を全部処分できたのだわん。そうだとすればだにゃ、自分の使命であるはずの蓄積してきたスキルをどうするだろうにゃ?』
『ええと、ロードオーブに登録されているスキルは自分が死んだら消えてしまうから……、死ぬ前に何か別の物にコピーしておく……。そういうこと?』
『そういうことだわん。そのコピー先は、たぶんソウルオーブだにゃ。ソウルオーブにはスキル複写という機能が備わっているのだわん。初代の神族はその機能を完全に使えたそうだからにゃ。アロイスもその機能を使いこなしていたかもしれにゃいぞう』
『それはつまり、アロイスのスキルを複写したソウルオーブがこの拠点のどこかにあるかもしれないってことよね?』
ユウは元気を取り戻したようだ。
『よし、探そう!』
さっきは探知魔法で探して何も見つからなかったから、もしかすると探知できないような仕掛けが施されているのかもしれない。探知魔法で探し出せないとなると、自分の手と目を使って探すしかなさそうだ。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




