SGS105 アロイスの拠点に入る
照明の光が届かないから、この縦穴がどこまで続いているのか分からない。
「そのとおり。この縦穴を昇っていくのじゃよ。上へは浮遊魔法を使うしかない。つまりナ、神族様や上位のロードナイトでないと入れぬようになっておるのじゃ」
村長はそう言って、浮遊の呪文を唱え始めた。長老たちの何人かはすでに浮遊を始めている。浮遊魔法が使えない長老もいるらしく、別の長老が手を取って一緒に上へ昇っていく。
「さぁ、あんたらも浮遊魔法で付いてくるんじゃ。暗いから、暗視魔法を使った方が良いぞえ」
村長に付いて、オレは浮遊魔法で縦穴を上り始めた。少し遅れてラウラが続く。
100モラほど上がったところで、水平方向の空間が現れた。通路のようだ。幅は5モラ、高さは3モラくらいで、岩壁の奥の方へ通路は続いている。
その通路を30モラほど歩くと広い空間に出た。20モラ四方の広間のようだ。ここがアロイスの住居だろうか? 長老の誰かが照明の魔法を発動したらしく、広間の中が明るくなった。
オレは通路の入口に立って広間を見渡した。左側の壁には別の通路の入口が見える。広間の真ん中には大きな石のテーブルがあり、その周りには同じく石の椅子が並んでいた。二十人くらいが座れそうだ。
「この広間は?」
「ここはアロイス様とわしら長老たちが話をするための会議室じゃ。そっちの通路の奥には厩舎とテラスがあって、テラスから外に飛んで出入りできるようになっておる」
「飛ぶって?」
「アロイス様は空を飛ぶ魔物を飼い慣らしておったようじゃの。昔の話じゃがナ……。案内できるのはここまでじゃ。わしらはここで待っとるから、あんたはあの中に入ってみなされ」
村長が指さす方向を見ると、広間の奥の壁に長方形の窪みがあった。さっき広間を見渡したときにはテーブルの陰になっていて気付かなかったのだ。その窪みはまるで棺桶を立てたような形で、人間一人がスッポリ入れるくらいの大きさだ。あの窪みに入れってことなのか?
「あの窪みが入り口になっておるのじゃ。あんたが守護神様の待ち人ならば、あの窪みから中に入れるはずじゃよ。そうでなければ入ることはできぬがナ」
「入れなかったら、どうなるんですか?」
「どうにもならんよ。先には進めンから戻るだけじゃナ」
「ラウラは? わたしの使徒はどうなるんです?」
「中には入れぬからナ、ここでわしらと一緒に待つしかないのぉ」
ホントにこんな窪みからアロイスの拠点に入れるのだろうか? オレは不安になってきた。
「村長、あの窪みから中に入った人はいるんですか?」
「いや、アロイス様は別として、入れた者は誰もおらぬよ。今まで長老たちが何人も試したがのぉ」
「誰も入った者がいないって……。でも、アロイス様は中にいるんですよね? 探知魔法には何も反応が無いですけど」
オレの質問に村長たちは顔を見合わせた。
「中におられると思うがのぉ……。実はナぁ、わしらもアロイス様とお会いしたことが無いのじゃ。180年以上前に、何代も前の村長がアロイス様と話をしたと伝えられておるがナ。おそらく、それから後はアロイス様の姿を見た者はおるまい。アロイス様はずっとこの中に閉じ籠っておられてナ、姿を隠されたままなのじゃ」
「えっ!? それは、アロイス様は中で死んでるってことですか?」
「分らぬ。亡くなられたのか、眠っておられるのかナ……」
「でも、村長。ケビンや村の人たちは守護神アロイス様は一万年以上生きていて、村を守ってると言ってたわよ。あれはウソってことなの?」
ラウラが強い口調で村長に詰め寄った。村長は困った顔をしていたが、渋々口を開いた。
「この村を支えておるのは守護神様の存在なのじゃよ。アロイス様のおかげで村の周囲には結界魔法が張られておってナ、魔族や魔物は村に入って来れぬ。守護神様の魔力泉から湧き出てくる魔力も豊富じゃし、村に強い魔闘士が大勢おるのも守護神様がご先祖たちを鍛えてくださった賜物じゃ。それにナ、この村では争い事も少ない。それも守護神様が見守ってくださるおかげなのじゃ」
村長が言った魔力泉というのは、地中深くから魔力が地表に漏れ出している場所のことだ。魔力泉は街や村では上水や下水の処理、農地用の水の供給、オーブへの魔力補充などに使われていて、無くてはならない重要な資源だ。
アロイスが生きていようが死んでいようが、今でもアロイスの存在は重要な役割を果たしているらしい。
「つまり今もアロイス様がこの村を守り続けているように見せかけているってことですか? 村の人たちはアロイス様と会ったことも無いのに……」
オレが尋ねると、横からギリルが口を出してきた。
「余計なことを聞くんじゃねぇ! おれたちの村のことは、おまえらに関係ねぇことだ!」
「ギリル、おめぇは黙ってろ! この娘さんは、アロイス様が待っておられた神族様かもしれねぇンだからの」
ナムード村長はギリルを睨み付けていたが、オレの方に向き直って話を続けた。
「ここだけの話にしてもらいたいんじゃが、アロイス様の姿が見えんようになってからはナ、わしら長老だけがアロイス様と会って話ができるという掟を作ったんじゃよ。その掟を代々ずっと守り続けて、アロイス様の姿が消えたことを秘密にしてきたのじゃ」
「と言うことは、アロイス様がこの中に閉じ籠って姿を見せないことを知っているのは、ここにいる長老たちだけってことですか?」
オレの問い掛けに村長は悲しそうな顔で頷いた。
『村を平穏に統治するために守護神が生きてることにしたかったのね』
ユウがオレに話しかけてきた。つまり、そういうことだな。
「それで、あんたにお願いがあるのじゃ。あんたには、この中に入って、アロイス様がどうなっているのか確かめてもらいたいンじゃ」
「でも、どうやれば中に入れるんですか?」
「ほれ、そこに入り方が書いてある。わしや村の者には読めぬが、あんたが神族様なら分るじゃろ?」
村長は窪みの横にある壁を指さした。
棺桶の形をした窪みの横に何かが書かれてる。壁に文字のような模様が刻まれていた。
『これ、なんて書いてあるんだろ? ラウラ、分かる?』
『古代文字だと思うけど、あたしは読めないわ』
『私は分るわよ。コタローから知育魔法で色々と教えてもらったからね』
そうか。ユウは異空間ソウルの中で色々と勉強したらしいからな。
『ええと、読んでみるね……』
〈我が拠点に入りたければバリアを解除して窪みに体を入れよ。窪みの奥の壁が見えるように体を入れるのだ。両腕を左側と右側の隙間に入れて、腕を穴の中まで真っすぐ伸ばせば窪みの扉が閉まる。扉が閉まり終わるまでに高速思考を発動せよ。指示が窪みの奥の壁に表示される。両腕を隙間に入れて真横に伸ばしたままで、その指示に従うのだ。我が拠点に入ることができるのは資格有る者だけだ。資格無き者は扉が開くから直ちに立ち去るがよい〉
ユウに一回読んでもらっただけでは理解できなかったから、窪みを調べながら繰り返し何度も読んでもらった。
窪みの高さは2モラを少し超えるくらいだ。幅は60セラ、奥行きは50セラほどで、一人しか入れそうにない。窪みの左側と右側には腕を通せるくらいの隙間が横方向に開いていて、その隙間は途中から穴になっている。穴の中は真っ暗で何があるのか分らない。この穴の中まで腕を伸ばせってことか……。
窪みの奥の壁にも直径5セラほどの穴が10セラほどの間隔で縦横に並んでいる。この穴の中も真っ暗だ。何に使う穴だろうか……。
『高速思考を発動せよと言ってるから、この窪みに入れるのは地球生まれの神族だけってことになるわよ』
高速思考は異空間ソウル固有の魔法だ。コタローから聞いた説明では、この魔法は地球生まれのソウルを持つ神族だけが使えるらしい。
『ユウ、それって、わたしなら入れるけど、ラウラは入れないってこと?』
『そういうことになるわね……』
だが、あの暗い穴の中に腕を入れて伸ばすなんて、はっきり言って怖い。それに、ラウラをここに残していくことも心配だ。
『ケイ、もしかして怖がってる?』
ユウって鋭いな。
『こ、こわくなんか、ないけど、ラウラを置いていくのは……』
『あたしのことよりケイが心配よ。バリアも解除しなきゃいけないでしょ。もしかするとこの窪みは罠かもしれないわよ。あの穴から針が飛び出してきて串刺しにされたり……』
ラウラさん、それって心配してると言うより、オレを怖がらせて楽しんでるようにしか聞こえないのだが。正直言って、あの穴も怖いな……。
村長なら何か知ってるかもしれない。
「ええと、窪みの奥の壁にたくさんの穴がありますよね。あれは何ですか?」
「あぁ、あれか? 心配は無用じゃ。言い伝えではナ、敵を見分けて排除するための仕掛けだそうじゃ。人族には無害じゃよ。現にあの窪みから中へ入れなかった村人は皆、無事に出てきておるからナ」
村長は気安く言う。だが全然安心できない。
「何を躊躇ってるンだ? 入らねぇのか? あんた、やっぱり妖魔人じゃねぇのか!? ここへ来て正体がばれることが怖くなったンだろ? もし、中に入れねぇなら、あんたを妖魔人として殺すからナっ!」
ギリルが喧嘩腰でオレに毒のある言葉を投げつけてきた。長老の何人かはそれに賛同するようにオレを睨みながら頷いている。長老たちはオレたちを疑っているようだ。
オレもギリルを睨み返した。ここは勇気を出して中に入るしかなさそうだ。
『ラウラ、じゃあ、ここで村長たちと一緒に待ってて。中に入れたら念話で連絡するから』
『了解よ。ケイ、あなたならきっと大丈夫。でも、あの穴には気を付けてね』
ううっ。全然励ましになってない。
オレはバリアを解除して、恐る恐る窪みの中に体を入れた。怖くてオシッコをちびりそうだ。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




