SGS104 妖魔人でも密偵でもありません
ギリルが倒れているところまで行き、電撃マヒ解除と沈黙解除、それと全身にキュア魔法を掛けた。また暴れ出したら困るから眠らせたままにしておこう。
村長たちが現れて、オレたちのところへ走り寄ってきた。男の一人がギリルを調べて「眠ってるだけだ」と言って、眠り解除の呪文を唱えた。
ギリルは眠りから覚めたが、地面に座り込んだままだ。まだ、ぼんやりしているようだ。
「何があったのじゃ? ギリルを眠らせたのはあんたらかえ?」
尋ねてきた村長にオレはありのままを説明した。夜になると小屋へ男たちが夜這いにくるので、それを避けるために地下へ隠れていたこと。さっき、ギリルが現れて突然襲ってきたこと。反撃して眠らせたことなどだ。
ギリルはそれを聞いて「そりゃ違うぞっ!」と言いながら立ち上がった。
「おれはウワサを聞いて確かめにきたンだ。毎夜、この女たちが夜這いにきた男たちを喜ばせてるってナ。小屋に入ったらウワサどおりでナ。村の男たちが夜這いに来てたンだ。おれがそいつらを叩き出そうとしたときにナ、そっちの女が飛び出して来て戦いになったンだ。おれに向かってきた女は眠らせたンだがヨ。もう一人の女がすばしっこくてナ。逆におれが倒されちまったンだ。おれを倒したのはその女だぞっ」
ギリルはオレを指さした。そして言葉を続けた。
「村長ヨ。この女たちは絶対に怪しいゾ。探知魔法じゃ、普通の人族にしか見えねぇがナ。高い魔力でおれを攻撃してきたンだ。それにヨ、この女は詠唱無しで魔法を使えるみてぇだ。何か月か前にバーサット帝国の連中と戦ったときにヨ、おれは捕虜から聞いたことがあるンだ。バーサットは特別な能力を持った妖魔人を味方に付けてヨ、密偵に仕立ててるってナ」
ギリルからそう言われて、オレは数日前にバーサット帝国の偵察隊と戦ったときのことを思い出した。あのときカイゼル髭のロードナイトを捕らえたのだが、そいつが妖魔人のことを話していたのだ。たしか、バーサット帝国の皇帝が特殊な能力を持っている妖魔人を捜していると言っていた。
どうやらギリルはオレのことをその妖魔人だと考えているらしい。とにかく、ここは否定しておかないと……。
オレが口を開こうとすると、それを遮るようにギリルがオレを睨みながら言葉を続けた。
「だからヨォ、この女たちはバーサット帝国の密偵に違いねぇ。今のうちに殺しとかねぇと村に祟るゾ」
「いえ、違います! わたしたちは妖魔人でもバーサット帝国の密偵でもありません!」
殺されると聞いてオレは必死に言った。
「ウソをほざくなっ! ほれっ、おまえが腰に着けてるバッグの紋章が何よりの証だぁ!」
ギリルがオレのウエストポーチを指さしている。言われて気付いたが、ポーチにはドラゴンが何かの宝玉を掴んでいるような紋章が縫い付けられていた。
「たしかにナ、それはバーサットの紋章のようじゃのぉ」
「いえ、このバッグは何日か前にバーサットの兵士たちと戦ったときに手に入れたものです。この印がバーサットの紋章だったなんて知らなかったんです」
オレは必死に抗弁したが、村長たちは疑わしげにこちらを見ている。
そのときユウが高速思考で語り掛けてきた。
『ケイ、単純に否定しても信じてもらえないわよ。私は正直に神族だって言った方が良いと思う。と言うか、助かるためにはそれしかないよ?』
ユウの言うとおりだ。
「わたしは神族。そして、ラウラはわたしの使徒です。わたしたちはこの村に守護神と呼ばれるロードナイトがいると聞いて会いにきたのです」
「神族様じゃと?」
村長は長老たちと目を合わせた。念話で話し合っているのかもしれない。
「探知魔法で調べたが、あんたらはロードナイトではねぇナ。ひょっとすると、あんたが言うとおり神族様かもしれぬナ。じゃが、神族様でも無詠唱で魔法を使うことはできンぞ。あんたが無詠唱で魔法を使えるってのは本当なのかえ?」
オレは黙って頷いた。同時に右手の指先に着火魔法で小さな炎を出して見せた。
「こりゃ、もしかすると……」
小さな炎を見ながら長老の一人が呟いた。
「そうじゃの。アロイス様がずっと待っておられた神族様かもしれぬナ……」
村長と長老たちは無言で見つめ合っている。オレは思わず目を逸らした。念話で話し合っているのだろうが、むさくるしいオッサンたちが互いに見つめ合っているシーンなど見たくない。
もちろん村長たちは違うだろうが、ラウラもユウもあれのどこが面白いのだろうか……。
オレが余計なことを考えてると、村長から声を掛けられた。
「アイロス様のところへ案内するでの。わしらに付いて来なされ」
オレとラウラは長老たちに囲まれながらアロイスの神殿まで歩き始めた。案内というよりも連行されている感じだ。
オレたちは神殿の近くまで来たがアロイスの気配は無い。
『変だな。岩壁の中の住居にアロイスが居るとすれば、探知魔法で分かるはずだけど、何も反応が無いよ。もしかすると留守かな?』
アロイスはオレよりも魔力が高いはずだから探知魔法ではその魔力値は分からない。だが、その存在だけは分かるはずなのだ。しかし何も反応が無い。
『探知偽装を使って、存在を探知できないようにしてるのかもしれないにゃ』
『コタロー、その探知偽装って、何なの?』
『それはだにゃ、第三者からの探知魔法に対して自分の種族や魔力を偽装するための機能なのだわん……』
探知偽装は異空間ソウルやソウルオーブに元々備わっている機能の一つで、初代の神族や地球生まれのロードナイトたちはその機能を使えたらしい。
人工生命体であるアロイスも地球生まれのソウルを持っている可能性が高い。そうであるなら探知偽装を使えるだろう。コタローはそう推測しているのだ。
ソウルゲート・マスターは自分が地球からウィンキアに連れてきた初代の神族やロードナイトたちだけを信用していたらしい。だから、マスターは地球生まれのソウルを持つ者が優位になるような機能を色々と異空間ソウルやソウルオーブに組み込んだようだ。
『と言うことは、わたしも探知偽装を使えるってこと?』
『使えるけどにゃ、そのためには必要な知識を修得しなきゃいけないのだわん』
『えーっ! 勉強しなきゃいけないの!?』
『オイラが知育魔法で必要な知識をケイのソウルに植え付けるだけだわん。何度か失敗するかもしれないからにゃ、知識の植え付けをするのは小屋に戻った後だにゃ』
コタローがオレに対して知育魔法を100%成功させるには〈500〉以上の魔力が必要だ。なので今のコタローの魔力では失敗する可能性があるということだ。ただし失敗すると魔法がすべて解除されて、10秒間のロスタイムが発生するから安全な場所で行わねばならない。
それはともかく、アロイスが探知偽装をしているのか、留守なのかは分からない。中に入って確かめるしかなさそうだ。
オレたちが念話で話し合っている間に神殿の前に着いた。
「ここを上がって中に入るのじゃ」
村長に言われて、神殿に続く10段くらいの石段を上った。石段は岩壁を刳り貫いて作られていて、石段を上った先は30モラ四方の広場になっていた。この広場は周りが岩に覆われていて外からは見えないように作られている。広場全体が明るく照らされていた。天井に照明の魔法が掛けられているようだ。
広場の奥にはまた10段くらいの階段があって、その先には奥行き10モラくらいのテラスと岩を削って作られた建物が見えた。これはアロイスの住居ではなく、村人たちがお祈りをするための礼拝堂だと教えられた。
広場の右側にはトンネルの入口のような横穴が5モラほどの間隔で三つ並んでいた。
「あれが守護神の住居なの?」
ラウラが指をさして尋ねた。
「いや、あれは待避壕の入口じゃ。どの入口も同じ待避壕に繋がっておる。万一のときには村人たち全員を余裕で収容できるんじゃゾ」
村長が自慢げに語ったところでは、待避壕もアロイスが作ったもので、この拠点と一緒に強力なバリアで守られているらしい。待避壕の上部には外が眺望できる指揮所があって、敵が村に攻め寄せてきたときにはそこから指揮を執るそうだ。
待避壕のことは分かったが……。
「守護神の住居が見当たらないね」
オレはラウラの耳元で呟いた。
「この上ってことかしら? この広場って、上まで岩が刳り貫かれてるみたいだけど……」
ラウラが頭上の空洞を見上げながら言った。天井の一部が刳り貫かれていて、縦穴がずっと上に続いている。ここを入っていくのだろうか……。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




