SGS102 男たちは夜這いで目覚める
その夜。と言っても外が暗くなるわけではない。村では夜の時刻を決めているらしく、その時間になると大半の村人たちは家の中で眠っている。だが魔族や魔物が襲撃してきたり、不審者が防壁の外から侵入してきたりすることがあって、村のロードナイトたちが十人ずつ交代で見回り番をしているそうだ。
だから夜の時間にオレたちがノコノコと出歩くと間違いなく怪しまれる。やはり霧が出るまで待つしかなさそうだ。
ラウラと同じ寝床で数時間ほど眠っただろうか。突然、コタローに起こされた。
『ケイ、ラウラ、起きろにゃん! 小屋の中に誰かが入ってきたわん』
オレとラウラは寝床で上半身を起こした。侵入者は二人だ。寝床のすぐそばまで近寄ってきたが、小屋の中は暗くて顔まで分からない。
「起こしちまったかィ!? 女二人で一緒に寝てても、面白くねぇだろ? おれたち二人が相手してやっからナ」
「それは夜這いにきたってこと?」
ラウラが恐れ気もなく聞いた。もしかするとこの世界では夜這いは普通の風習だったりするのだろうか。そうであったとしても、オレもラウラも常に自分の身はバリアで守っているから、突然に襲われたとしても心配はないが。
「そうだヨ。優しくしてやっからナ。安心シロ」
オレは男を相手にする気なんて全く無い。だがラウラはどうだろ? 最近、男に抱かれてないから、その気になってるかもしれない。
『ラウラ、もしこの男たちの相手をするなら、わたしは外に出て散歩でもしてくるから……』
『なに言ってるの! あたしがこんな男たちの相手をするはずがないでしょ!』
あ! ラウラを怒らせてしまった。ミスったな。
『ごめん。この世界じゃ、夜這いって普通の風習なのかと思って……』
『そりゃ夜這いはどこでも普通にあるわよ。でも、あたしがこんな男たちに体を許すはずないじゃない! あたしの相手はケイだけよ』
嬉しいことを言ってくれる。でも、オレも女だけど……。
「どうすんだァ? イヤっつっても、おめぇらに子種を仕込むがなァ」
「イヤに決まってるだろ! おとなしく帰りな。そうすれば見逃してあげるから」
オレはそう言いながら目の前の男たちを睨みつけた。薄暗い中で見えるのは男たちの大きな影だけだ。思わず後ろにいるラウラを庇いながら下半身に掛かっている毛皮の毛布を手繰り寄せた。バリアで守られているから大丈夫だと分かっているのだが。
「ヘッヘ。嫌がる女に子種を仕込むのもオツなもンだァ。なぁ、兄貴ヨォ」
「そうだナ。おめぇは奥の女に仕込んでやれ。おれはこっちの女とやるからヨ」
男がオレの腕を掴もうと手を伸ばしたところで、崩れるように土間の上に倒れた。もう一人の男も土間に倒れ伏した。オレが眠りの魔法を撃ち込んだのだ。
照明の魔法で照らして見ると、二人とも髭面で30歳を超えたくらいのオッサンだった。ぽっちゃりした顔立ちと体形が似ているから兄弟かもしれない。
『この二人をどうしようか?』
『反省させないとダメよね』
『ねぇ、私に考えがあるんだけど……。聞いてくれる?』
オレたちはユウのアイデアを実行に移した。まず眠っているオッサンたち二人に暗示魔法を掛けた。夜になったらオレたちの小屋に来て、それぞれ裸で寝床に入ること。そして、眠りながら女として夜這いを待ち受けること。男から言い寄られたり襲われそうになったら喜んで受け入れて、相手が満足するか拒むまで女としてサービスを続けること。朝になったら自分の家に戻って普段の生活をすること。オレたちのところへ夜這いにきたことや、オレたちと小屋の中で会ったことはすべて忘れること。ムリして思い出そうとしたら頭が割れそうな頭痛が1分間続く。こんな暗示だ。
オッサンたちは暗示によって夜になったら体が勝手に動いて女としてサービスをする。その間も意識は覚醒しているから、自分が何をしているかは理解できるし覚えているはずだ。夜這いされる方にも、夜這いをする方にもドキドキ感と後悔の念をたっぷり味わって反省してもらおう。これがユウのアイデアだった。
オレはちょっと酷だと思ったが、ラウラはそのアイデアに飛び付いた。で、オッサンたちの顔を見て「髭面はダメよね」とか言って、オレが暗示を掛けている間に男たちの髭を剃り始めた。ついでにすね毛も剃ったようだ。
毎晩、この小屋に来る前に髭やすね毛を剃ってくることを暗示で命令しておいた。
15分ほどでオッサンたちに暗示を掛け終えて、二人を寝床に寝かせた。オレはすぐに次の作業に取りかかった。小屋の下を掘って地下室を作るのだ。これから作る部屋がオレたちの当面の隠れ家となる。
戸棚の仕切りと床板を外して、そこを入口として地下へ下りる階段を作った。オレがクラフト魔法で土を掘って、台所兼リビング、寝室、トイレ、風呂場などを作り、ラウラが亜空間バッグから必要な物を取り出して生活できるように仕上げをしていった。これまでも何度か似たような隠れ家を作っているから1時間ほどで隠れ家が完成した。小屋の裏側にある雑木林の中に裏口を設けた。大きな岩で蓋をしてあるから裏口が見つかる心配はないだろう。
オレたちが隠れ家を作っている最中に、誰かが小屋に入ってきたことをコタローが知らせてくれた。侵入者は今度も二人だ。夜這いだろう。
今回はオレたちは何もせずに放っておいた。10分ほどで小屋から出ていったようだ。
隠れ家を作り終わって小屋に戻ってみると、あのオッサンたちは二人とも静かに寝床で横になっていた。毛皮の毛布を顔の辺りまで被ってぐっすり眠っている。ちゃんと暗示が効いているようだ。
念のため眠りの魔法を掛けて、毛布を捲り二人の様子を見てみた。どっちのオッサンも顔が腫れあがっていて体中に殴られた跡があった。
『途中で男だって分かっちゃったみたいね。最後まで行ってないわね……』
ラウラさん。あんた、どこを見て残念そうに言ってんだ? そんなモノ、摘まんで持ち上げちゃって。
可哀そうだからオッサンたちに全身キュアを掛けてやった。
二人に毛布を被せて、オレたちは隠れ家に戻って眠った。その後も朝になるまでに何度か夜這いが訪れたらしい。オレは無視して眠ったままだったが、ラウラは「可哀そうだ」とか言って、その都度様子を見に行って、殴られたオッサンたちを治療してやったようだ。
「ケイ、起きて。ついにやったよ!」
「えっ!? 何かあった?」
「あいつら、最後までイッたのよ!」
「……」
オレはアホらしくなって、また眠った。ラウラはそういうことに熱心なようだ。
………………
結局、霧が出ないまま3日が過ぎた。その間もラウラは退屈しなかったらしい。
昼間はケビンが遊びに来て、オレとラウラが遊び相手をしてやった。話をするだけじゃなくて、すごろくやリバーシのようなゲームを作って三人で遊んだ。
この村に来て4日目の昼間、いつものようにケビンが小屋に遊びに来て、すごろくで遊びながら変なことを言い始めた。
「姉ちゃんたちのウワサ、おれっちの耳にも聞こえてきたゾ。夜這いにきた外様衆のおっちゃんたちを喜ばせてるってナ。おれっちも……」
そこまで言い掛けて、ラウラにパシッと頭を叩かれた。
「あんたねぇ……。言っとくけど、夜這いにきた男たちを喜ばせてるのは、あたしたちじゃなくて別の人間だからね! それに、あんたが夜這いするのは早過ぎよっ!」
もう一回パシッと叩かれて、ケビンは頭を抱えた。
ケビンが帰った後、ラウラがオレに向かって念話で呟いた。
『変なウワサが立ってるなんて、イヤだわね』
『ラウラが調子に乗って香水を撒いたりするから、夜這いにきた男たちが興奮したんだよ。もしかすると男たちは本気でラウラやわたしに種付けをしてると思ってるんじゃないかな。小屋の中は暗くて相手の顔は見えないから……』
ラウラは毎晩、地下の隠れ家に入る前に小屋の中に香水を振り撒いていた。夜這いにくる男たちがその匂いで一層興奮して最後までイクことをラウラは狙っているのだ。明らかにラウラは男たちを煽っているし、楽しんでいる。
以前、ヒュドレバン(風刃豹)を倒したときに、その腹の中に香嚢があることをコタローに教えられて、オレが抽出魔法を使って香水成分を取り出した。それは女らしいフローラルな香りだったからラウラにプレゼントした。その香水をラウラは夜這いにくる男たちのために使っているのだ。
ラウラの狙いどおりにその香りは夜這いにくる男たちの欲情に火を点けたようだ。香水を振り撒いてからはオッサンたち二人は殴られることも無くなり、最後までイクようになったらしい。ラウラが嬉しそうに話していた。
その話題になるとユウも会話に加わってくる。
『でもね、ケイ。毎晩いつも夜這いに来てるのは同じメンバーだそうよ。なんだか変よね』
たしかにユウの言うとおりだ。夜這いに来ているのはだいたい同じ顔ぶれの十数人の男たちだ。夜這いにくる男たちは香水に惑わされて自分の相手がラウラやオレだと勘違いしたままなのかもしれないが……。
『何度も夜這いに来てるってことは、もう気が付いてると思うんだよね。自分の夜這いの相手が近所のオッサンだって。でも、それでもめげずに小屋へ通い続けてるってことは……、そっちの道に目覚めてしまった。そういうことじゃないかな?』
『『やだーっ!!』』
ユウとラウラから一斉に声が上がった。でも、何となく伝わってくる感情は嫌がってると言うより喜んでるって感じだぞ?
『夜這いにきた男たちを懲らしめようと思って私が言い出したことが、裏目に出ちゃったね。ごめんね』
いや、ユウさん。口ではそう言うけどホントは反省なんかしてないよね?
『ユウちゃんが悪いんじゃないよ。あたしが香水なんか撒いて、男たちがくっ付くのを面白がっていたせいよ。でも困ったわねぇ。村の中ではウワサになっちゃったし、夜這いの男たちは相手が男でも懲りずに続けてるし……』
ラウラは落ち込んでるような言い方をしているが、これは困った振りをしているだけだな。本心は嬉しがってるのが見え見えだ。何が楽しいんだ? オッサン同士をくっ付けて。
『ラウラ、心配しないでいいよ。夜這いにくる男たちは相手が男でも満足してるみたいだし、村のウワサなんて放っておけばいいと思う。わたしたちは守護神に会って話を聞けば村を出ていくんだから……』
『そうよね。ケイが言うのなら心配いらないわね。あたしたちがこの村にいる間は、あの男たちはそのまま放っておいて大丈夫ってことよね?』
『ラウラ、なんだか喜んでるように見えるけど?』
『そんなことないわよ。ただ、あの男たちの新しい趣味を取り上げるのは可哀そうだと思ってたから、ちょっと良かったかなと思っただけよ』
『ふーん……』
ラウラとユウはその後もなんだか楽しそうに話していた。結局、この件はラウラに全部任せることにしたのだが……。
………………
その日の深夜。
隠れ家で眠っていると、コタローに起こされた。
『ケイ、起きるのだわん! ラウラが小屋の外で誰かと戦ってるみたいだぞう。相手は高位のロードナイトだわん!』
飛び起きて雑木林の裏口から出た。探知と暗視の魔法で状況を探りながら小屋の前方へ回り込んだ。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




