SGS101 男たちに囲まれる
意外に村長が優しかったのでオレもラウラもホッとしていると、急に外がざわついた。ケビンが見に行って、すぐに引き返してきた。
「ヤバイのが来ちまったンだ! また後で戻ってくるからナ」
ケビンはそう言い残して、家の奥に走り込んでいった。
その直後、男が入ってきた。一人だけだ。35歳くらい。体格はがっしりしていて、モミアゲが印象的だ。なんとなくアブナイ感じがして、雰囲気がサレジ親方に似ている。こいつもロードナイトで魔力が探知できない。魔力がオレよりも上ってことだ。
男は扉を開けたままオレとラウラをジロジロと見た。遠慮がない視線だ。
「なるほど。こりゃ二人とも村のどの女よりも綺麗だ。外様衆が騒ぐはずだナ。けどヨ、おれの目は騙されねぇゾ!」
男はオレを恐ろしい顔で睨んだまま言葉を続けた。目線をオレから逸らさないのが不気味だ。
「村長よぉ。こんな怪しい女どもを村に入れることは、おれが認めねぇ! すぐに追い出すゾ!」
「バカこくでねぇ、ギリル。勝手なことをするなら、わしが許さねぇゾっ!」
「村長。いいや、ナムード叔父貴よぉ。そろそろ隠居したらどうだ? 60にもなって村長を続けるのは疲れるだろ? 後のことはおれに任せて、安心して隠居しろ?」
「ギリルよ、客人の前で余計な口を利くんじゃねぇ! おめぇは副村長でわしの後継者だがナ、自惚れるンじゃあねぇっ! わしをコケにすると怪我をするゾ。わしの家からとっとと出てけっ!」
村長が怒鳴りつけると、ギリルは村長やオレたちを睨み付けた後、扉を乱暴に閉めて出ていった。
「すまねぇなぁ。あの男はわしの甥でのぉ。実力があって副村長になったンじゃが、3年ほど前にヨメに死なれちまってナ。その途端に、あんな風に変わっちまったンじゃ。元来は好い男なんじゃがのぉ……」
どうやら副村長のギリルは村長のナムードを排除して、自分が取って替わろうとしているようだ。さっきも扉を開けたままにして口論していたが、外の男たちに態と聞こえるように大声で村長に隠居を促していたとしか思えない。
ギリルが立ち去ったことを家の奥から覗いていたのか、ケビンが戻ってきた。
「ケビンや、この娘さんたちを空き家へ案内してくれっか? ついでにナ、村の中も見せてやってくれ。世話もおめぇに頼むぞぇ」
ナムード村長は親切だ。村長に礼を言って、ケビンと一緒に外に出た。男たちがまた群がって来て後を付いてきた。
『ねぇ、ラウラ。こんな村、早く出たほうがいいよね?』
『ええ。守護神に会ったら、すぐに村を出ましょ』
………………
ケビンの案内で空き家の前まで来た。雑木林に囲まれていて、家の前と横が広い草地になっていた。林の中には小さな川も流れているらしい。茅葺と土壁の小さな平屋で、家というよりも小屋と呼んだ方がよさそうだ。
「なんだか良い匂いがするわね。花の香りみたいだけど……」
ラウラに言われて気付いたが、微かに花の香りが漂っていた。なんだか懐かしい香りだ。この香りは……、思い出した。あの花だ。キンモクセイの花の香りに似ている。オレが小さかったころ、家の庭にキンモクセイの樹が植えてあって秋になったらオレンジ色の花を付けていたっけ……。
「あぁ、この匂いかぁ? こりゃアーロ樹の花の匂いだぁ。村の中はアーロ樹だらけでよぉ。この家の周りにもいっぱい生えてンだ。ほらァ、見てみろぉ」
ケビンに言われて見てみると、雑木林の中に小さな花を付けた樹木が所どころに生えていた。花の色は白っぽいがキンモクセイに似ている。ケビンの話によると、アーロ樹は樹木ごとに花を付ける時期が違うそうだ。
「だからナ、一年中花が咲いてるンだぁ。おれっちはこの匂い、嫌いじゃねぇけどナ」
オレもこの匂いは嫌いじゃない。この村には長居はしたくないが、この場所は気に入った。
小屋に入って中を見回した。部屋は一つだけで、オレやラウラが奴隷のときに寝泊まりしていた闘技場の小屋と同じような作りだった。土間の隅にワラで作られた寝床と木製の戸棚があるだけだ。ケビンの話では、ニドもこの村に来たときに少しの間だけこの小屋に住んでいたそうだ。
小屋の中でケビンと話をしていると、男たちの一人が小屋の中を覗きこんで声を掛けてきた。
「こんなところで寝泊まりするぐれぇなら、おれんちへ来い? 優しくしてやっから」
「やめとけ。こいつのとこで泊まったら、すぐに孕まされるゾ。だども、おれなら大丈夫だぁ。おれんとこさ、来い?」
男たちは小屋の周りで好き勝手なことを口々に言い合っているようだ。男たちの人数は増えていて、二十人くらいになっている。この中にロードナイトはいない。罪人や敵国兵としてここに流されて来て、村に住み着いた者たちなのだろう。
『ケイ、困ったわね。こんな男たちに囲まれてたら守護神にこっそり会いにいくなんてできないわよ?』
『霧が出てきたら視界がきかなくなるから、そのときに会いに行こうよ。それまでは村の散策をしたりしてゆっくりしよう。男たちは……、無視するしかないよね。そのうち飽きて来て、いなくなるから』
この最下層では雨は降らない。その代わりに霧が出て、地面や樹木はぐっしょりと濡れる。霧が出たときは数モラ先も見えなくなるから、そのときがチャンスなのだ。ただし霧が出るのは不定期だから待つしかない。
オレたちはケビンに案内してもらって村の中を見て回った。村は岩壁に向かって緩やかな上りの傾斜地になっていた。段々畑や雑木林の中に平屋が点在していて、ときどきキンモクセイのようなあのアーロ樹の花の香りが漂ってくる。どこか日本の山里の風景を思い出させた。
だが、その郷愁を周りにいる男たちがブチ壊していた。
『ねぇ、男たちの数だけど、三十人くらいいるわよ?』
『いなくなるどころか、どんどん増えてるね……』
村の中を見て回った後、ケビンに守護神の神殿へ案内してくれるよう頼んだが、「姉ちゃんたちは村の者じゃねぇからダメだぁ」と断られてしまった。
ケビンは最後に一軒の家の前までオレたちを案内した。
「ここがおれっちの家だァ。姉貴を呼んで来っから、待ってろヨ」
そう言うと家の中に入って、すぐに若い女性の腕を引っ張りながら出てきた。その後に続いて男性が一人現れた。女性は16歳か17歳くらい。男性の方は少し年上で25歳くらい。二人ともロードナイトで魔力は女性が〈180〉で、男性が〈220〉だ。
「これ、おれっちの姉貴。その後ろは隣の家の兄貴だ。もうすぐ姉貴と結婚することになってるンだ。おれっちの親父は留守だナ」
ケビンの姉もその婚約者の青年もビックリしたような顔をしている。
「ちょっと待って、ケビン。この人たち、どうしたの?」
「なんだ、こいつら? 外様衆が集まって、何かあったンかぁ?」
家の前でオレたち女二人が大勢の男たちに囲まれているのを見て、ケビンの姉もその婚約者も驚いたらしい。
オレは二人に事情を説明した。ナムード村長に説明したことと同じような話だ。
「そりゃ大変だったなァ。もう心配いらねぇヨ」
青年は男たちを追っ払ってくれた。ケビンの姉はミーナ、その婚約者の青年はマルセルという名前だ。二人はオレの話を疑いもせずに信じてくれたようだ。
オレたちが小屋へ帰るときはマルセルが送ってくれた。おかげで外様衆の男たちは近寄って来なかった。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。




