SGS100 アーロ村に入る
村に近付くと、その周囲は高さ10モラほどの防壁で囲まれていることが分った。しかし、防壁の所々は人の背丈より低いところがあって、これでは魔族や魔物の侵入を防ぐことはできないと思われる。まるで老人の下の歯が何本か抜け落ちたようで滑稽に見えた。不思議に思ってケビンに尋ねると、村の防壁はまだ工事中だと不機嫌そうに教えてくれた。
村の門のところで数人の男たちに囲まれた。探知魔法で見ると、全員がロードナイトだ。槍を手にした大柄な男がジロジロとオレたちを見ながら尋ねてきた。
「二人とも両腕がしっかりあるナ。地上から流されてきた罪人ではねぇらしいが、あんたら、どこから来たンだぁ?」
この質問への答えはあらかじめ用意していたのでオレが答えた。
「ええと、クドル・ダンジョンで狩りをしていたら、突然に周りの風景が変わって……。気が付いたらこの谷間のようなところに来ていました」
ウソも方便だ。
「ダンジョンの罠に引っ掛かって転移してきたってことかぁ?」
「そうかもしれません。困っていたら、この子に出会って、この村まで案内してくれたのです。それで、できればこの村に滞在させてほしいのですけど、どうしたらいいですか?」
「それなら村長のとこさ行って、許しを得なきゃなんねぇナ。ケビン、案内してやれ」
意外に親切だ。今のところオレたちに不審そうな目を向ける者はいない。
門を通って村に入ると、周りに村人たちが集まってきた。大半が髭面でむさくるしい男たちだった。全員が普通の人族だ。十人以上はいるだろう。
「ケビン、この女たちは誰だぁ?」
「めんこい娘っ子たちだなァ」
「腕さ、あるナ? 罪人じゃねぇのか?」
「どこさ、泊まる? おれんちに来ねぇか? 泊めてやっから」
男たちは一緒に歩きながら口々に勝手なことを話しかけてきた。
「今から村長さんのとこへ連れてくンだ。この姉ちゃんたちに手ぇ出すんじゃねぇゾ! おれっちと村長さんの客だからナ!」
ケビンは男たちに負けていない。
『ラウラ、この村、なんだか雰囲気が悪いよね』
『そうね。男たちの目が凄くイヤらしい。鳥肌が立つわ』
ラウラは手を握ってきた。たしかに今は飢えた狼に囲まれながら歩いているような状況だ。普通の女性なら今にも襲われて組み伏せられるような恐怖を感じることだろう。守護神が統治していると聞いていたが、村の治安はイマイチだな。
そんなことを考えながらケビンの後ろに付いて村の中を進んでいった。
ケビンは男たちを掻き分けるように大股で歩いて、一軒の平屋の前で立ち止まった。この家は他の家よりも何倍も大きい。村長の家のようだ。
ケビンが扉を開けて、中へ入るように言った。
家に入ると、そこは長椅子が並んでいる広い部屋だった。村の集会所なのかもしれない。さすがに男たちは中には入って来なかった。
「姉ちゃんたち、ごめんよ。村は女の数が少ねぇからナ。見たことねぇような美人が来たから、村のおっちゃんたちが寄ってきたのサ」
なるほど、そういうことか。
ケビンが家の奥へ村長を呼びに行き、すぐに戻ってきた。
「村長さんがナ、ちょっと待っててほしいってサ」
村長を待っている間にケビンがまた色々と説明してくれた。その話によると、村の女の数は五十人ほどだそうだ。残りの百五十人は男で、その中の百人くらいは地上の国から流されてきた罪人や敵国兵らしい。オレやラウラもそうだったが、奴隷として生かしておくのが危険だったり、邪魔だったり、見せしめだったりして、訳アリでここへ流されてきた者たちのようだ。
この闇国へ流されてくる罪人や敵国兵たちは、誰もが片腕を切り落とされていて、毎年数人がこの村に辿り着くそうだ。その大半が男であり、女は数えるほどしかいないという話だった。
この村に辿り着いた者たちに対しては、村長がその人柄を見定めた上で、守護神アロイスに忠誠を誓い、村の掟に従うと約束した者だけが村への定住を許されるそうだ。定住が決まると、その者をすぐに村長や魔力が高いロードナイトがキュア魔法で治療してくれる。切り落とされた腕は時間が掛かるが再生できるらしい。
ちなみに、この村でロードナイトになれるのは村で生まれた譜代衆だけだ。ここへ流されて来て村での定住が許された者たちは外様衆と呼ばれていて、結婚もできずに下働きだけで一生を終える者が大半だそうだ。
「だからヨ、外様衆のおっちゃんたちが姉ちゃんたちに群がってくるのは仕方ねぇってことサ」
事情は分かるが、若い女にハエのように群がってくる男たちはオレでも気持ち悪いと思う。
少し待っていると、村長らしき人が家の奥から現れた。50歳くらいで体格ががっしりしたオジサンだ。髪の毛にも顎にもタワシのように硬そうな毛が生えていて、あれでゴシゴシやられると痛そうだ。
この村長がロードナイトだということは分かるが魔力は不明。つまり、オレよりも魔力が高いってことだ。
「ケビンが美人を連れてきたと言っておったが、ほんに、ぶったまげた!」
村長はオレたちをしげしげと見つめた。村長が探知魔法を発動していたとしても、オレとラウラは神族とその使徒だから普通の人族として探知されるはずだ。
以前にコタローから教えてもらったことだが、探知魔法の仕様では神族と使徒は魔力〈1〉の一般人に見えるようになっている。そういう仕様になっている訳は神族と使徒の存在を隠すためだそうだ。探知魔法だけでなく様々な魔法で神族や使徒が優遇される仕様になっているのだが、それはソウルオーブや異空間ソウルの魔法を開発したのが天の神様だからだ。神族や使徒は人族を指導する立場であり、魔族や魔物から人族を守る役割を担っているから、天の神様はそういう優位性を神族と使徒に与えてくれたのだと思う。
オレがそんなことを考えていると村長がまた口を開いた。
「それで、あんたら、どこから来なさった?」
「わたしたちはレングランから来ました。パーティーを組んでダンジョンを探索していたら仲間と逸れてしまって、ダンジョンの中を彷徨っていると何かの罠にかかったらしくて、気が付いたらこの谷間のような場所に来ていたのです。仕方なく谷間の探索をしていたら、偶然にケビンに出会って村まで連れて来てもらったのです」
罪人として流されてきたと言うわけにはいかない。自分で腕を治療したことまで説明しなければならず、オレが神族だと分かってしまうからだ。
さっき、バーサット帝国の兵士たちに説明したときと同じで、村長は疑わしそうな目でオレたちを見つめた。
「話は分かったがのぉ……。まぁ、細かいことは聞かぬよ。とにかく、若い女は大歓迎じゃ」
オレの話を信じていないが、村で受け入れる。村長は言外にそう言っているのだ。女の数が少ないからだろう。
「ありがとうございます。地上に戻るまでの間、この村で滞在させてください」
「地上に戻るまで? いやいや、それは無理だナ。地上へ通じる道は無いからの。それよりも、この村でずっと住んだらどうだえ? 空き家があるからナ。その一軒を使って構わんから」
「いえ、この村に定住するつもりはありません。地上へ戻る道はどうにかして探してみるつもりです。その道が見つかるまでの間、空き家があるなら貸していただければ助かるのですけど?」
オレの言葉に村長は「うーん」と唸って少し考え込んだ。
「1か月の間だけ客人としてこの村での滞在を許すとしようかのぉ。地上への道を見つけるのは無理だと思うがナ。1か月が過ぎたら、この村に定住するか、出ていくか、決めてもらうからの。その間は空き家を使って構わんよ。それで良いかの?」
「分かりました。ありがとうございます」
1か月あれば守護神を調べることも、地上へ戻る道を探し出すこともできるだろう。
※ 現在のケイの魔力〈400〉。
※ 現在のユウの魔力〈400〉。
※ 現在のコタローの魔力〈400〉。
※ 現在のラウラの魔力〈320〉。
ちょっと前のエピソードでも書きましたが、主人公たちはようやく準備運動を終えて、スタートラインに立とうとしているところです。準備運動が長すぎましたね。笑




