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 俺が対局中に漏らしたことは結構な噂となってしまい、それ以来、俺は人前で将棋を指せなくなってしまったのだ。

 奴が全て悪いわけではないのだが、それでも恨まずにはいられなかった。

 類瀬博士に誘われ棋士アンドロイドを造り始めたのも、奴への復讐という意味合いが大きい。


「譲、まだあのこと根に持ってるんだねぇ」

「当たり前だろ!」


 キッと睨みつける俺に、ユキヒロはくすくすと笑った。


「でも俺は譲に感謝してるんだよ。だって譲がいなかったら俺は将棋続けてなかったもん」

「え?」


 思いもよらない言葉に目を丸くする。

 その間抜け面が面白いのか、ユキヒロはまたくすりと笑った。


「譲が負けると半泣きになるのが可愛くてさぁ。その顔が見たいがために俺がんばってたらこんなに強くなちゃった」


 うっとりと目を細めるユキヒロの嫌みな物言いにカッとなった。


「テメェ……ッ」

「では明日の対局では貴様に泣いて貰おう」


 頭に血が上った俺を制するように、京司郎が落ち着き払った、しかし毒のある声で俺の言葉を遮った。


「京司郎……」


 俺を庇うように一歩前に出て、毅然とユキヒロに対峙する京司郎の姿に少し感動した。


「お前、立派になったな……!」

「このくらい当然です。主殿の仇は俺の仇です。絶対明日は奴を泣かせます。いや、泣くだけでは物足りないな。糞尿を垂れ流し、将棋界での居場所を奪ってやりましょう」

「そこまではしなくていい!」


 どんな惨状を作り出そうとしているんだ!

 こんなことを真顔で言うのだから本当に恐ろしい……。


「随分強気だな。一度も俺に勝ったことなにのによく言えたものだね。実力の伴わない自信は痛いからやめた方がいいよ」


 鼻で笑うユキヒロに、京司郎は不敵な笑みを返した。


「絶対に勝てるから言ってるんだ。今回の俺はいつもと違うからな」

「へぇ、どう違うの?」

「明日の対局で勝てたら、主殿が俺を男にしてくれるのだ。だから絶対に負けられない」

「わーっ! お、お前、それは言うな!」


 とんでもないことを得意げに言い放った京司郎の口を慌てて塞ぐ。しかし時すでに遅し。


「……は? なにそれ」


 遅れてユキヒロが顔を盛大に顰めて低い声で言った。


「あー、いや、これは、ちょっと……」


 俺は目を泳がせながら口ごもった。まさか男性器をつけることをご褒美にしているなど言えるはずがなかった。

 何とかして誤魔化さなければ……! と必死に頭をフル回転させていると、


「佐久間くーん!」


 豊満な胸を上下に揺らしながら浴衣姿の類瀬博士がやって来た。


 や、やった! 天の助け……!


「類瀬博士! どうしました?」

「ちょっと佐久間君に聞きたいことがあって……って、あらぁ、伊大知征弘九段とお話中? あとにしようかぁ?」

「いえいえ! 今、ここで話してくださいっ」


 俺は必死に類瀬博士の両肩を掴んで引き留めた。

 話題を変える絶好のチャンスだ。逃すわけにはいかない。


「あらそう? じゃあこの間話した件のことだけど、参考資料が届いたから見てくれる?」

「はいはい、この間の件ですね、了解しました」


 正直なところどの件だろうと思いながらも、藁にも縋る想いで差し出された雑誌を受け取った。

 しかしその表紙には『男根フェア!』『この男性器がやばい!』などの卑猥な言葉の羅列や、男性器を模したグロテスクな玩具が所狭しと並んでいた。


「ぎぃやぁぁぁ!!」


 思わず床に雑誌を叩き付けた。


「ちょっと大声で変な声上げないでちょうだい。一緒にいる私たちが恥ずかしいわ」

「いやいや、この雑誌の方が数億倍恥ずかしいですよね! セクハラですか!? 訴えますよ!」

「いやねぇ、佐久間君なんかにセクハラするわけないでしょ。それに私のような美女がセクハラしても相手も喜ぶから合法よ」


 得意げに胸を張る上司に俺は頭が痛くなってきた。


「じゃあセクハラじゃなかったら何だって言うんですか……」

「だからこの間の話よ。京司郎ちゃんにつける男性器、どれがいい?」

「ここでする話ですか!?」

「だって、佐久間君が今ここでって言ったんじゃない」

「言ったけれども……っ」


 俺は頭を抱えた。確かに言ったが、まさか公共の場でこんなものを出されるなんて誰が思うだろうか……。


「というかこういうのは本人に訊いた方がいいんじゃないんですか」


 もう自棄になって投げやりに言うと、


「いえ、主殿に決めて頂きたいです」


 いつの間にか床に落ちた雑誌を拾って京司郎が差し出した。


「なんで俺が……」

「だって主殿の中に入れるんですから、主殿が心惹かれるものを選んで欲しいのは当然じゃないですか」

「……へ?」


 今、とんでもない言葉が聞こえたような気がするんだが……。


 とんでもない言葉すぎて頭が理解を拒否しているのか、フリーズ状態になった。


「やはり無難にランキング一位のものがよいかもしれませんね。あ、こっちに初心者向けっていうのもありますがいかがでしょうか」

「えー、初心者向けってライトすぎて刺激がなさそうじゃない? それよりランキングのベスト三十を全部買って、日替わりで順位上げていくのは? 最後に一位のやつが残ってたら佐久間君もわくわくするんじゃない? そしたらヤってる最中も『一位のはこれよりすごいんだ……』って期待して締め付け強くなりそう」

「類瀬殿……! 貴方はやはり天才です!」

「ふふ、よく言われるわ」


 雑誌を覗き込みながらきゃっきゃと盛り上がる二人の会話が頭に入らない。

 いや、入るのだが完全に頭が拒否反応を示して、俺は呆然と立ち尽くすばかりだった。

 すると、ユキヒロの手が伸びてきてその雑誌を奪い取った。

 そして京司郎たちが抗議の声を上げる間もなくビリビリとそれを引き破いた。 

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