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「主殿、俺を男にしてください」


 棋士アンドロイドである#京司郎__きょうしろう__#が、研究室の床に額をつけて妙なお願いをし始めたので、俺の頭はフリーズした。

男にして欲しい? どういうことだ?


「……とりあえず顔を上げて。ここの床、あんまりきれいじゃないからさ」


 床に土下座する京司郎が可哀想という事もあるが、棋士アンドロイドとして結構値の張る着物を着させているのであまり汚して欲しくないという気持ちもあり、顔を上げるよう言った。


「いえ、主殿が俺を男にしてくれるって約束してくださるまでこのままでいます!」


 まさか土下座で脅してくるとは……!

妙な交渉術を身につけたものだ。


「いや、その男にして欲しいというのがよく分からないんだけど……」

「分からないのですか」


 顔を上げて床から俺を見上げるその目は驚きで見開かれていた。


「うん、意味が分からない」

「なんて初心な……! さすがは俺の主……! 純情でお可愛らしくていらっしゃる……っ」

「いや、アラサーの男に初心とか純情とか言うな」


 目をうっとりと潤ませる京司郎の、本人には自覚はないのだろうが男を馬鹿にしたような言い方にむっとする。

俺だってもし可愛い女の子が「私を女にしてください……」と顔を赤らめて迫ってきたら意味も分かるし、やぶさかではない。

 だが、相手は男でしかも人間ではない。どういう意味で言っているかさっぱりだ。


「つまりですね……」

 京司郎は立ち上がると着物を軽くはたいてから、こほん、とひとつ咳払いをした。

そして、


「俺に魔羅をつけて欲しいのです」

「……はぁ?」


 真顔で放たれた要望に、俺はしばし言葉を失った。〝バグ〟の二文字が脳裏によぎる。


「……えっと、まず確認したいんだが、魔羅が何か分かってるか?」

「もちろん分かっておりますとも。男性器です」


 いい笑顔で男性器とはっきり言い切られてなぜか俺の方が怯んでしまう。


「お、おお、そうだ、男性器だ。……で、お前は自分が棋士アンドロイドってことは分かってるか」

「はい、当然です」

「将棋をするのに男性器は必要か?」

「主殿はおかしなことをお聞きになりますね。男性器を将棋で使うはずがないでしょう。男性器はまぐわいの時に使うのですよ。ふふ、そういう知識には疎いのですね。主殿は本当に無垢で可愛らしい」

「いやそれぐらい分かってるからな! 全然無垢じゃないからっ」


 嫌みではなく心底可愛いと思って言っているのがまた腹立たしい。

 俺は咳払いをして話を戻した。


「将棋をするのに男性器は必要ないということは、棋士アンドロイドのお前に魔羅をつける必要はない、だろ?」

「いえ、必要です! 魔羅がなければ何も始まりません!」

「なんで!?」


支離滅裂な言動、これはバグ確定だ。#類瀬__るいせ__#博士に報告しなければ……。

俺は溜め息を吐いた。


「もう一度言うぞ。お前は棋士アンドロイドだろ? そんなものは必要ない」


 バグの程度を推し量ろうと諭すようにして言うと、


「あら、いいじゃない。つけてあげれば」


 業界で魔女の異名を持つ類瀬博士の、無駄に艶っぽい声が背後から響いた。振り向くと研究室の扉に気怠げにもたれて紙コップのコーヒーを飲んでいた。

科学に携わっているというのに、非科学的な禍々しい美貌を持つ彼女は、俺の上司だが年齢については不明だ。年齢だけでなく、天才過ぎるその頭脳のせいで、凡人にはその考えを察することが出来ない。

この許可も気まぐれなのか、それとも何か意図があるのか、凡人の俺には測りかねる。


「しかしですね、博士、棋士アンドロイドにそんなものは不要です」


 一応、一般的な正論でもって反論すると、瀬博士はやれやれとでも言うように緩くかぶりを振った。


「頭が固いわねぇ。いいじゃない、欲しがってるんだから、二本でも三本でもつけてやんなさいな」

「二本も三本もいらないと思いますけど!?」


 こればかりは相手がいくら天才でも自分の方が正しい自信がある。


「ただでさえ容量がいっぱいなんですからこれ以上余計な機能はつけれませんよ」


 なぜ天才と謳われる彼女にこんな初歩的なことを説明しないといけないのかと、俺は溜め息を吐いた。

 棋士アンドロイドは、人間に似せた所作や言動、表情などの高度な機能に加えて、複雑な将棋プログラムも搭載するため無駄な機能は減らさなければならない。あらゆる機能を複雑に、しかも同時に稼動させなければならないため負荷がかかるのだ。

 将棋コンピューターが人間に勝利してから久しいが、棋士アンドロイドとなるとその勝率は格段に下がるのはそこに原因がある。


「人間もアンドロイドもたまにはご褒美がないと頑張れないわよ」

「類瀬殿……!」


 京司郎が救いの女神でも見るかのように目を輝かせた。


「さすが類瀬殿は分かってらっしゃる」

「可愛い息子のお願いだものねぇ。叶えてやりたいっていうのが親心ってやつよ」


 ふふふ、と和やかに笑い合いながら、話が着実に男性器をとりつける方向に向かっている。

 これはよくないと、俺は慌てて口をはさんだ。


「いや、確かにご褒美も大事だと思いますよ。俺だっていつも頑張っている京司郎のお願いはきいてあげたい。でも、棋士アンドロイドとしては勝つことがまず大前提ですし……」

「じゃあこういうのはどう?」


 長々と続く俺の言葉が面倒になったのか、類瀬博士は溜め息を吐いて言った。


「今度の対局で#伊大知征弘__いだち ゆきひろ__#九段に勝てたらつけてあげるのは?」


 男の名前に京司郎の眉がピクリと神経質に動いた。


 伊大知征弘――名人である父、祖父の才能を凌ぐと言われている男で、その上顔立ちがモデルのように整っているため将棋界の貴公子との異名を持ついけ好かない奴だ。

 そして俺の幼馴染みでもある。それ故に、奴の性格の悪さはよく知っている。だからからこそ、こうして将棋界で天才の名を欲しいままにし、なおかつ女の子にモテまくりだということが許せない。

 京司郎を造ったのも、こいつを打ち負かすのが理由の一つでもある。

 俺が憎悪と言っても過言でもないくらいの黒い感情を抱いているせいか、京司郎もユキヒロをひどく嫌っている。俺が会場でユキヒロに絡まれると鬼の形相で間に入ってくるほどだ。


「なるほど、それはいい案ですね。あの男を打ち負かしなおかつ主殿に俺を男にしてもらえる……分かりました、そうしましょう」


 黒い笑みを浮かべ承諾する京司郎に、なぜか背中にぞわぞわと鳥肌が立った。


「佐久間君はそれでいい?」

「え、あ、はい、じゃあそれで……」


 ついでのような軽さで同意を求められ、なぜ唯我独尊を地で行く彼女が一介の助手に過ぎない俺の同意を確認するのか首を傾げつつ頷いた。


「はーい、じゃあ決定~! ということで京司郎ちゃん、頑張ってね」

「はい、精進致します」


 ぽん、と類瀬博士に肩を叩かれた励まされた京司郎は頭を下げると、俺にくるりと向き直った。


「主殿、必ずや伊大知征弘に勝ってみせますね」

「あ、ああ、頼んだぞ……」


 ずい、と近付いてきた京司郎の闘志が燃える瞳に気圧されつつも、俺は何とか頷き返した。

 その日から妙に熱の入った京司郎との将棋の猛特訓が始まった。

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