わたしは貴方の運命の相手ではありません!
王国ディグラーシェを舞台にした短編シリーズの第一弾。
「ほんと、どういうつもりなのかしら!」
―――この国の第二王子の運命の相手・ブラントン侯爵家の次女マリアは、艶があり輝くシルバーブロンドの髪に、プラチナブルーという珍しい色彩の瞳を持っている。―――
マリアは気づいたら社交界に広がっていた噂話に、まだ幼いながらも辟易とし、親友のパルマに会いに訪れた先で会った人物を思い出し、愚痴をこぼした。
「・・・しばらく、ここに来るのはやめときなさい。心配だわ。」
二歳年上のパルマは、本来、格上の公爵令嬢で、正真正銘第二王子の婚約者である。
そんなパルマと親友となるきっかけは、マリアがパルマと初めて出会った三歳の誕生パーティだった。
「おはつにおめにかかります。ぶらんとんこうしゃくけが、じじょ、まりあ・ぶらんとんにございます。ほんじつは、わたくしのさんさいのたんじょうぱーてぃにおこしくださり、ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりおたのしみくださいませ。」
たどたどしいながらも、懸命に名乗りカーテシーを行う姿に、二歳年上のパルマは、『かわいい!!!!』と内心で叫び出しそうなところを、キラキラとして興奮している様子に気づいた母親からの視線に怯えて、必死に堪えていた。
パルマはその後も、その場で一番位の高い筆頭公爵家であるパルマたちの下に、ブラントン家の面々が挨拶に訪れるまで、ずっとマリアのことを見つめていた。ようやく顔合わせが叶うと、マリアが訪問者とすっかり挨拶を終えるまで、兄と会場に用意されたケーキを食べながら再びマリアを眺めるという幸せな時間を過ごした。
三歳ながら、挨拶を頑張ってこなしたマリアは、六歳離れた姉のアシュリーに連れられ、パルマたちのいるテーブルに行き、自分のことを何故かすっかり気に入ってくれていたパルマと沢山おしゃべりをした。
(この時、アシュリーが、パルマの兄であるラウルと妹たちを眺めながら手持無沙汰に会話をしたことで意気投合し、後に婚姻を結ぶことになるが、それはまた別のお話で)
親たちが子供たちの様子を確認するためにテーブルまで来ると、ソファーで手を繋いで幸せそうに眠る末っ子たちの姿を、微笑まし気に兄・姉が眺めながらケーキを食べていた。『似た者家族・類は友を呼ぶとは、このことだな、』と、その場にいたもの誰もが思っていたことだろう。
実は、幼い頃は体が弱く、常に屋敷で過ごしていたマリアには、姉以外にも年の離れた兄たちもいて、それなりに可愛がられてはいたが、このパーティーの後からは、父親同士が仲が良く、年も近いパルマと遊ぶことの方が多かった。
外に出ることのできないマリアに、パルマは外での出来事を、面白おかしく話して聞かせた。
そんなパルマの話を目を輝かせて聞いていたマリアは、成長するにつれて体も丈夫になり、だんだんと、天真爛漫に・・・いや、お転婆なじゃじゃ馬娘へと変貌を遂げた。
とはいえ、淑女の仮面をかぶることも忘れない。庭を歩き回っても体調を崩すこともなくなった十歳の頃、既に第二王子の婚約者に内定していたパルマは、将来の王族となるための教育を受けるため、王宮に上がった。
そのため、以前よりも頻度は減ったものの、今度はマリアがパルマの招待を受け、王宮へ出向いて交流を行うことも少なくないため、侯爵令嬢として、淑女の仮面は必要なものだった。
パルマは王宮では、男子禁制の花離宮という場所で過ごしていた。そこは、王族であろうと、いや、例え国王であろうと、立ち入ることのできない宮。神力によって茨で覆われ、閉鎖された空間。
マリアが招待されるのも、もちろん、その花離宮だ。
花離宮に行くまでには、王城内を移動しなければならず、内心の好奇心を必死で隠しながら、既に城に官吏として出仕している長兄と、パルマに仕える護衛と共にしずしずと行動していた。
そんなある時、突然マリアの前に、件の、パルマの婚約者である第二王子が、護衛や側近と思われる数名の男性たちと共に現れこう言った。
「そのシルバーブロンドの髪に、プラチナブルーの瞳!間違いない!貴女が私の運命の相手だ!」
―――――運命の相手。
前世の記憶の残る者が、その記憶を有する理由は、生まれ変わりの運命の相手を見つけることだと言われていた。ただ、その運命の相手というのは、人生において重要な人物と言うことであって、何も伴侶などとは限らないのだが、この王子様の前世の記憶が、彼女のことだけだというのだから、本人がそう思い込んだとしてもしょうがないことだった。
しかし、対象と勝手に断定された側からしたらたまったものではない。特に、心当たりがまるでないのだ。
「人違いです。」
瞳の色と髪色がそっくりだったというだけの話だったが、いくら「違う」と言っても第二王子には聞き入れられず、途方に暮れた。
その結果、第二王子の婚約者の公爵令嬢に取り入ろうとしていた令嬢・令息たちからのひどいバッシングを受けることになった。
その一方で、幼い頃から仲良くしていたパルマ本人からは、同情の目を向けられていた。
パルマが第二王子の婚約者に就いたのは彼女が七歳の頃で、当時から、第二王子が「運命の相手」を探していて、同じ色を持たないパルマのことを疎んじており、パルマはそのことを仲の良いマリアにこぼしていた。
「わたくしは政略だからいいけど、あんな王子の運命の相手に選ばれた人が憐れでならない。」
と自分の婚約者をヤバい奴認定していたのだ。それが、わが親友となれば・・・。
結局、公爵家が婚約解消に頷かないでいたため、その間、一年ほど逃げ回る日々を送ったが、なんとか凌ぐことができた。
最終的に、国に使節団の一員として派遣されていた、対面した相手の前世を読みとることのできる能力を有していた四兄のジェイクが領地を継ぐために帰国したことで、マリアの正しい前世の姿…黒髪・黒瞳であったことが判明した。そして、それが第二王子に伝わったことで、マリアは第二王子から逃げ切ることができた。
そして、その王子の運命の相手は、じつは、王子が六歳の頃にお忍びで出向いた王都の中にある公園で出会い、今もなお可愛がっている
――――――猫だった。
王子は、この猫と出会い、自分には前世で誓い合った相手がいるということを思い出したのだが、その彼女は、マリアと、そしてこの猫と同じ色を持った、笑顔の可愛らしい女性だった。
ジェイクがマリアのことを伝えた際、王子が腕に抱えた猫と目が合い、ヨミとったのが、王子の思い人の姿。その姿を写して、名前と共に王子に渡し、この猫の前世だと伝えた。
ということで、平穏が一年ぶりに戻ってきたマリアは、今日も今日とて花離宮にパルマを訪れ、話に花を咲かせていた。
「ほんっと、人騒がせな王子様ね!お猫様には、過去の記憶ないのよね?パルマ、殿下と結婚なんかして、大丈夫なの?」
「「「「フハッ!!!」」」」
その場に控えていた護衛や侍女が、たまらずといった感じで一斉に吹きだす。
だけでなく、主であるパルマも堪えきれないといった感じで笑い出した。
「マリア・・・お猫様って・・・クスクス。」
「だって、殿下の運命のお相手なのでしょう?『猫』とか『猫ちゃん』なんて呼べないし、名前も知らないわ。」
「あら、あの子の名前、知らなかったの?『マリィ』よ」
「ブーーーーーーーッ!!!!・・・・は?」
思いがけない、以前なら少し予想した名前に、今度は、マリアがたまらず吹き出す。
「だから、『マリィ』よ。前世の彼女の名前をもじっているらしいわ。ちなみに、彼女の名前は、『マリアナ』・・・だったかしら。」
「はぁ、まさか名前まで似ていたなん・・・・て・・・・って、マリアナ・・・・?って、あれ!?まさか、私の名前の由来になった大叔母様?!ルシェルのおじ様のところの?!」
「恐れながら・・・兄君は、マリアナ・ルシェルと仰っていたので、おそらく。」
マリアの疑問に、いつもマリアに付いてくれる護衛のリズが答えをくれた。
「血筋なら、まあ、似ているのも当然っていえば当然ね。まさか、由来だったなんて。」
パルマは驚いた様子でマリアとリズを見比べる。
「私の色が、一族では珍しいけど、マリアナ様という、才色兼備の淑女と同じ色だったこともあって、彼女に憧れていたおばあ様が、私にマリアと付けてくれたの。まあ、程遠い存在になっちゃったかもだけど。・・・って、それじゃあ、ルシェルのおじ様のおじい様が、殿下の前世ってこと?」
「ああ、それは違います。」
今度はパルマの侍女、ミラが答えをくれた。
「殿下の前世は、若くして流行り病で亡くなられたそうで、マリアナ様の婚約者ですらなかったようです。婚約者候補ではあったようですが。結果として、マリアナ様は大学院に通われて、ルシェル家の嫡男の方と知り合われての恋愛結婚だったそうですよ。」
「ミラ、あなた、詳しいわね。」
パルマがあきれ顔で侍女にいう。
「・・・ブラントン小侯爵様に、」
(・・・いつの間にかジェイク兄さまとみんなが交流してる!)
「まあ、何にしても、マリアがマリアナ様でなくて本当に良かった。」
「わたしも、そう思うわ!パルマから、殿下の話を聞いていたでしょう?まさか、自分がその運命の相手認定されるなんて思いもしなかったものだから。
パルマの側近希望の人たちには、敵認定されるし。」
「かなり迷惑だったわね。おかげで、わたしはこの一年、マリアに会うこともおしゃべりすることもできなかったのだから。あの子たちは、しばらく王城出禁にするつもりよ。」
「元凶は殿下よ?」
「それでもよ。正しい情報が分からず、相手を陥れる方向に力を注ぐような側近はわたしにも殿下にも必要ないもの。」
「そうね。パルマはこれから、王子妃として、王太子妃様を支えていくのだものね。」
実は、運命の相手が記憶を有さない猫で、しかも前世では普通に恋愛結婚し、孫の誕生も見届けた女性であることで、不安要素が減った殿下とパルマは、現在、なかなかいい関係を築きつつあるそうだ。
彼女が猫になってしまったことで、結婚は出来ず他の女性と結ばれなければならないが、彼女自身、前世でしっかりと幸せな結婚生活を送っていたことを知った殿下が、ある意味吹っ切れたおかげだろう。
「マリアは、どうするの?まだ婚約の話なども出ていないのでしょう?」
「私は、『この能力』を使って、ジェイク兄さまの手助けをしていきたいと思っているわ!」
「小侯爵の手助け?」
「ええ!兄さまは、上の三人のお兄様たちから、ある意味押し付けられた爵位継承のせいで、『前世の恋人の生まれ変わりの幸せな姿を見届ける』っていう夢を後回しにせざるを得なくなった。だから、わたしは、侯爵家の仕事やお兄様自身の仕事を助手という形でお手伝いしたいの!」
「あら。こちらでも、前世の恋人?」
「ジェイク兄さまは、運命の相手だなんて思ってないわ。年齢もだいぶ違うだろうって。前世では、悲しい運命を辿られたようなの。だから、今世では幸せに暮らしていて欲しいって。」
「まあ。小侯爵様の想いが叶うといいわね。」
「もちろん!叶えるわ!今、もし不幸だったとしても!ね!」
「わたしは、あなたにも幸せになって欲しいわ。幼馴染で、親友で、年の近い義姉として。」
「それは、わたしもよ!幼馴染で、親友で、年の近い義妹として!」
「「これからも、幸せのために!!」」
マリアの子供の頃のお話からスタートしました。
次は、小侯爵ジェイクを主人公にした『ヨミビト』第一弾をUP予定です。
マリアの『能力』は、そのうち登場します。
※誤字報告いただき、ありがとうございます!!!
いただいた誤字は確認し、修正しております。