ぶかぶかYシャツ
私はファッションに疎かった。服は着られればなんでもいいと思って、毎日の服のコーディネートを考えなくて済むように制服のある高校を選んだくらいだ。その日も、「毎日着るものくらい畳みなさい」と母に命じられて服の整頓をしていた。
高校二年生の夏休みの最後の日、家のクローゼットで一枚のYシャツを見つけた。綺麗に畳まれていたが、何故だが少し古くさいように見える。Yシャツなんて全部同じようなものなのになんでだろう、と思ってまじまじと見て理由が分かった。デザインだ。このシャツには襟の先にボタンがついていて襟が広がらないようになっている。でもなんでこんなものが家にあるのだと疑問はさらに生まれてくる。
母にこれをどこで買ったのかと聞くと、「このYシャツ、どこで見つけたの?」と驚いた顔をして聞き返された。
「それはお父さんが学生時代に着ていたシャツね。捨てるつもりだったけど、なんだか捨てられなくて」
父は私が小学1年生の時に亡くなった。当時の記憶なんてほとんどないけど、それでも母と抱き合って泣き明かしたのだけは覚えている。母はそれから女手一つで私を育ててくれたのだ。毎日は楽しい。楽しいからこそ悲しみの記憶なんてすぐにおぼろげになってしまう。父の笑顔は覚えていても、父がどんな格好をしていたのかはもうわからなくなってしまっていた。そんな折に見つけたこのYシャツは最初は古くさくみえていたが、父のものだと分かった途端に温かみのあるようなデザインに見えてしまうのだから不思議だ。なんだか私と父のつながりのようなものを感じた。
私はそのYシャツを手に取り、鏡の前で体に当ててみた。少し大きめだったが、なんとか着られそうだった。
「これ、着てみてもいい?」
母は少し驚いたようだったが、にっこりと微笑んでうなずいた。
「もちろん、どうぞ。お父さん、小柄だったから男物でのちょうどいいと思うわよ」
夏休み明け、私はそのYシャツを着て登校した。いつもとは違うものを着ていると少しだけ気持ちが弾む。ずぼらな私にとってあまり経験したことにない種類の気持ちだった。友達のリナが私を見て、驚いた表情で言った。
「そのシャツ、なんかいいね! どこで買ったの?」
「これ、実は父の昔のシャツなんだよ」と説明すると、リナはさらに興味津々な顔をした。「へえ、それってすごくおしゃれじゃん。アンティークっぽくていい感じ」
その日一日、私の心は軽やかだった。父のシャツを着ていることで、なぜか自分がもっと大人になったような気がした。帰宅後、母が私を見て微笑んだ。
「似合ってるわよ。そのシャツを着ると、あなたがお父さんと少し似てる気がする」
私はその言葉に胸が温かくなった。今は父のことを話さなくなったけど、このYシャツがきっかけでポツリポツリと話題に上がるようになった。父がどんな人だったのか、どんな夢を持っていたのか、Yシャツを通じて少しだけ知ることができたような気がした。