『カラスと水差しwith黒プレスマン』
カラスの兄弟は喉が乾いていました。
毎日、あんなに鳴いているのですもの、当然です。
声を枯らすほど鳴いているから、カラスという名前になったらしいです。
苦労しているから、クロウと呼ぶ国もあるとか。
喉が乾いたら、ドリンクをドリンクするのが一番です。
そんなわけで、カラスの兄弟は、水を探して飛び回りました。ほどなく、一軒の家を見つけ、窓の外から、テーブルの上に、三つの水差しが乗っているのを見つけ、その窓から家の中に入りました。
申しおくれましたが、カラスの兄弟は、三兄弟です。三羽ガラスと言いますので、三羽が据わりがいいです。
長男のカラスは、細長い水差しをのぞき込みました。まず、臭いをかぎます。次男のカラスはもう少し丸い水差しを、三男のカラスはずんぐりした水差しを。
まず臭いをかいだのは、中身が水でない可能性があるからです。一つがしょうゆ、一つがお酢、一つがラー油だったりすると、餃子が欲しくなってしまいますので、そこはちゃんと確認したのです。
大丈夫でした。ちゃんと水のようです。ま、無味無臭なので、はっきりとはわからなかったのですが、水差しに入っている無味無臭の液体は、普通は水です。大丈夫です。
ところが、どの水差しの水も、底のほうに少しあるだけで、くちばしの短いカラスは、この水差しの水を飲むことができそうにありません。
手があれば、三つの水差しの水を一つにして、飲むことができたかもしれませんが、あいにく、カラスは翼しか持っていませんでした。
全然関係ありませんが、天狗には、大天狗と小天狗がいまして、鼻が長いのが大天狗です、カラスっぽいのが小天狗です。
閑話休題。
長男のカラスは、名案を考えつきます。水差しの中の水位を上げればいいのですから、中に何か入れてやればいいのです。問題は、人間の家に、水差しに放り込めるような、小さめの何かちょうどいいものがあるかどうかです。小さくて、どの家にも必ずたくさんあるもの。
石ころは不正解です。石ころがたくさんある家なんて、聞いたことありません。
そうです。プレスマンです。小さくて、どの家にも必ずたくさんあります。
プレスマンがない家もある?
そんな家はないです。
プレスマンを持っていないやつなんて、人間じゃないです(証明終了)。
はい、そういうことで、カラスの長男は、細い水差しに、黒プレスマンを一本一本落としていきました。この家には、黒プレスマンと白プレスマンがありましたが、長男のカラスは、黒プレスマンを選んだのです。水位がだんだん上がります。
…黒プレスマンが、これ以上入らなくなったとき、カラスの長男のくちばしに触れたのは、水ではなく、黒プレスマンでした。当然といえば当然の結果です。
次男のカラスは、もう少し丸い水差しに、同じように、黒プレスマンを放り込みました。細い水差しよりは、たくさんの黒プレスマンが入りますので、長男よりうまくいくと予想したわけです。
結果は、敗北でした。たくさん入るということは、時間もその分かかるということで、次男のカラスは、途中で力尽きてしまいました。最後まで黒プレスマンを入れられたら、水が飲めたのかは不明です。
三男のカラスは、創意工夫を心がけていましたので、長男のカラスと次男のカラスの失敗を踏まえて、黒プレスマンのような細長くて体積の小さいものをたくさん放り込むのではなく、もっと効率のいい方法を探しました。
そうです、標準用字用例辞典です。これなら、一発です。ずんぐりした水差しが相手ですし。
ちょっと重かったのですが、三男は頑張りました。どぼん、と、標準用字用例辞典は、水差しの中に落ちました。さぞ、水位が上がっただろうと思い、水差しの中をのぞき込みますと、どうしたことでしょう、水がありません。すっかり膨れ上がった標準用字用例辞典が、水差しの中に鎮座ましましていらっしゃいます。当然といえば当然です。
ということで、三羽のカラス兄弟は、水を飲むことができませんでした。
三男のカラスが、最後の二歩手前くらいの力が尽きて倒れたとき、長男の細い水差しが倒れました。
最初からこうすればよかったのです。テーブルに水がこぼれました。
三男のカラスは、最後の一歩手前くらいの力を振り絞って、テーブルにこぼれた水を飲もうとしました…が、飲めませんでした。平らなところにこぼれた水が飲める形ではないのです、カラスのくちばし。
三男のカラスの目の前に、さまざまな光景が、走馬灯のようにかわるがわる映し出されました。河原でついばんだ鯉、竹林でついばんだミミズ、追いかけ回して疲れたところを捕らえてついばんだ鳩、お寺の鐘を聞きながらついばんだ柿、人間の食べ残しの血のしたたるような獣肉…。
おや?何かがしたたる音が。
さっき倒れた水差しの水が、テーブルにこぼれた後、床にしたたっているではありませんか。
三男のカラスは、今度こそ、最後の力を振り絞って、テーブルの下に下りました。いや、落ちたというほうが近いかもしれません。床に倒れた三男の口に、テーブルからしたたる水が自動的に補給され、寝ながらにして、三男は、体力を回復していったのでした。
長男と次男は、淘汰されたというのが、昔の昔話です。
長男と次男は、三男のおかげで命拾いをしたというのが、近年の昔話です。何でもまろやかになります。
どちらの結末を選ばれるかは、読者の皆様に委ねます。
黒白をつけなければならないようなものでもありませんし。
教訓:プレスマンは、現在、黒白の二種類です。