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ガディオッホ領から王都に帰ると、アズラ王太子殿下は祖父と魔物狩りに出掛けて行った。

魔物と戦う経験を積むためだそうだが、怪我をしても大丈夫と分かっていても心配でならない。

2日ほどで戻ってきたアズラ王太子殿下は「もう魔物に遅れはとらないよ」と猛々しい顔をしていて、ルチルの不安を吹き飛ばしてくれた。


ルチルの誕生日には学園の平民みんなからの合同プレゼントも届き、少し大変だったけど楽しい長期休暇は終わった。



休みが明け、ルチルは学園に行きたくなかった。

なぜなら夏期は文化祭があるからだ。

面倒臭いのだ。

貴族の子供たちの意見が纏まるわけないのだから。


夏期登校初日、早速文化祭の話し合いが行われた。

学園で行事があり、クラスでの決め事や用意がある時は、魔法と選択科目以外の授業がHRに変わるのだ。


ルチルは、クラス委員になってしまっている不運な少年少女を見つめる。


「ご意見がある方いらっしゃいますか?」


「はい!」


元気よく手を挙げたのは、縦ロールことダンピマルラン侯爵令嬢だ。


「劇がよろしいかと思いますわ。皆さん、きっとアズラ王太子殿下の凛々しい姿を見たいと思いますの」


ダンピマルラン侯爵令嬢の腰巾着1と2と3も「そうよそうよ」と頷いている。


アズラ様が主役の劇かー……


見たいわ! 全力で見たいわ!

でも、あたしは裏方でお願いします。


他にもコーラスやバザー、ビリヤード対決や魔法研究発表会など、たくさん意見が出た。


みんな、そんなにやりたい?

全部自分たちでしなきゃいけないんだよ?

分かってる?

侍女も侍従も中に入れないから手伝ってもらえないんだからね。


「ルチルは何かしたいことないの?」


隣から小声で、アズラ王太子殿下に声をかけられた。

ルチルも小声で返す。


「特にありませんわ。アズラ様はありますか?」


「僕もないけど、楽しいことができたらなって思うんだ。自分たちだけで何かって初めてだから、何でも楽しいだろうなって」


くぅ! 今日も推しが可愛過ぎる!

ハニかみ笑顔いただきました。

ありがとうございます。


「あ、あの! 私、アズラ王太子殿下とお話しできる時間が欲しいです!」


急に聞こえてきた大声に、ルチルとアズラ王太子殿下は声の女の子に視線を移した。


「あ、あの……そんな風な出し物はダメでしょうか?」


「私も話したいわ」


「2人っきりなんて素敵よねぇ」


待てーい!

そんなのアズラ様は楽しくないだろがー!

ホストか!? ホストクラブか!! それならあたしも貢ぐ……


落ち着け、あたし。

今はそんなこと言ってる場合じゃない。


チラッと横目でアズラ王太子殿下を見ると、ちょっと悲しそうに目を伏せている。


だよね! そうなるよね!

そんなのクラスの出し物じゃないよね!

あああああ! もう! ここは公爵令嬢の力を使ってやる!


「皆様、落ち着きませんか?」


ゆっくりと立ち上がり、じっくりと周りを見渡した。


「アズラ様とお話ししたいという気持ちは分かりますわ。皆様より多く話している私でさえ、もっと話したいと思うのですから。

ですが、それはアズラ様の出し物になってしまい、クラスで何かをするというコンセプトから外れてしまっています。クラスの出し物じゃなくていいと言うのならば、話し合いも必要ありませんよね。

文化祭というモノの意味を、今一度冷静にお考えになってはいかがでしょうか?」


真っ直ぐに告げ、凛とした姿勢のまま座り直した。

静まり返り、クラス委員でさえ声を出せない中、オニキス伯爵令息の明るい声が聞こえてきた。


「はーい! 俺はねぇ、何か販売したいな。みんなで一緒に作って、それを売るの。売り上げ金は孤児院に寄付されるっていうし、素敵なことじゃない? それに、殿下が作った物なんてプレミア付きそうだよね」


さすが。アズラ様が作ったものが手に入るなんて、普段では絶対あり得ないことだものね。

そりゃみんなの顔が輝くわ。


周りが「それいいかも」「素敵」などの声で埋まっていく。

クラス委員が多数決を取った結果、何か作って販売するということになった。


だが、ここで新たな問題が発生する。

何を作るかだ。


ハンカチの刺繍は、男の子たちには無理なので却下。

フラワーアレンジメントがいいという意見も出たが、お花の管理が大変そうなので却下。

お菓子がいいという意見が出て、みんながルチルに視線を送ってくる。


クッキーならピッタリだろうけど、みんな作れるのかな?

卵、割ったことある?


「皆さんが作れると言うなら、クッキーでも作りますか?」


「やった!」


「嬉しい!」


「クッキーだって!」


「俺は嫌だー!」


歓喜の声は、オニキス伯爵令息の声に掻き消された。


「ありきたりの物なんて面白くないし、目立たないよ。ルチル嬢、刺繍花はダメですか?」


クッキーの案の時よりも、クラスの女の子たちは喜びが顔中に溢れている。

逆に、男の子たちは不安そうにしている。


「はぁ? 無理よ! 無理! 手が不思議な動きしてるのよ! 私、絶対に作れないわ!」


反対の声を上げたのは、シトリン公爵令嬢だ。

ルチルの部屋で、ルチルが作るのを見ているからこその意見だ。


「オニキス、あれは僕にも無理だ。手をどう動かしているのか、全く分からない」


「そんなに難しいんですか?」


「難しいというより、向き不向きがあると思います」


「そっかー。じゃあ、クッキーかぁ……でもクッキーは、お店で買う方が絶対美味しいじゃん」


おーい、尤もなことを言うでない。

あ、ほら。また意見が振り出しに戻った……


長い意見交換が、また始まる。

クラス全員が作れそうな物の良案が一向に出てこない。


はぁ、仕方がない……

かぎ編みに飽きたら作ろうと思ってた、とっておきを出してやるか。


「来年くらいにアヴェートワ商会から販売しようと思っていた物があるんですが、そちらを作りますか?」


この一声に教室が沸いた。

静かに見ていた先生に怒られるくらい狂喜乱舞した。


「アヴェートワ公爵令嬢、本当にいいのか? 販売する予定の物なんだろう? 先に販売……いや、作り方を教えても。アヴェートワ商会に相談しなくてもいいのか?」


「先生、大丈夫ですわ。いい宣伝になりますから」


「大丈夫ならいいが……父親には、ちゃんと報告するんだぞ」


先生、大丈夫です。

お父様は、こんなことで怒りませんから。

うち儲けてますから。


「ルチル様、それは簡単に作れるのよね? 難しい手の動きはしないわよね?」


「針もかぎ針も使いません。特殊な道具を使いますから……その道具はどうしましょう……」


「ルチル公爵令嬢、文化祭は学園から予算が出ているんです。その道具が高くなければ買えます」


「そうなのですね。道具がいくらになるかは、父に聞いてみますわ。それに、その予算で絹糸を買いませんとね」


「ルチル、何を作るのか聞いてもいい?」


「くみ紐という特殊な紐ですわ」


「何に使う紐なの?」


「髪の毛を結んだり、腕に巻いてブレスレットにしたり、親しい友人や好きな方に渡すお守りを作れたりする紐です」


「お守り?」


「はい。幸せや安全を願って渡す物です。鞄や剣などに付けていただけたら嬉しいものですよね」


「素敵」という声が、色んな所から聞こえてくる。


「それがアズラ様の手作りとなると、ご利益ありそうですね。それに、売り物以外にコソッと好きな方への分を作るのも素敵ですね」


「アズラ王太子殿下の手作り欲しい」と、こちらも其処彼処から聞こえてくる。


「1週間いただいてもよろしいでしょうか? 来週、見本をお持ちしますわ。見本を見て、本当にくみ紐にするかどうか決めてください」


長かったHRが終わり、昼食までは自由時間。

ルチルたちはカフェテリアに向かった。


「ルチル様。もう1度聞くけど、くみ紐難しくないのよね?」


「大丈夫です。道具には番号が書いてあって、番号通りに編むだけです」


「分かったわ。難しくないのならいいの」


ルチルの方に身を乗り出していたシトリン公爵令嬢が、頷きながら腰を下ろした。


「お守りになるなんて素敵な紐だね」


「マヂで殿下の作った物、争奪戦になりそうですよね」


「アズラ様の作品は抽選がよろしいかと」


「え? 高い値段ふっかけないんですか?」


「しませんよ。悪徳業者じゃないんですから」


「勿体無い」


勿体無いなんて思ってもないくせに。

孤児院への寄付だからね。


「本当に作り方を教えてもいいの?」


「他の貴族が、先に売り出したりするかもですね」


「いいですよ。流行るでしょうが、流行りなんていつか廃れるものですから。

というか、作り方を配布してもいいですしね。好きな人には買って渡すより、作って渡したくなるものでしょうし」


「ルチルの分は、僕がコソッと作るよ」


「私もアズラ様の分、コソッと作りますね」






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